OLの恋愛事情

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1人目

既読にならない。
時計は0時を回った。
諦めて今日は寝よう。
美沙はスマホを枕元に置くと目を閉じた。

眠れない。
ぐるぐると考えてしまう。

咲希から来たメールは本当なのだろうか?

「美沙、あなた、二股かけられてるよ!」

まさか、と思った。
しかし、咲希の言葉が本当であるかのように、
彼氏である悟から毎日かかって来ていた電話が、昨日からパタリと来ないのだ。

美沙は急いで悟にメッセージを送った。

「こんばんは。お疲れ様です。
お忙しいんですか?」

メッセージを送ったのは午後6時頃。
高校の教師をしている悟は、部活動の指導をしている頃だろう。
すぐに既読になることはないと思ってはいたけれど、まさかずっと無視されるとは。

悟と出会ったのは半年ほど前の12月。
美沙は、咲希が長年やっているヨガ教室に通い出した。その教室のメンバーの1人が悟だった。
10人でのレッスンで、メンバーの仲は良く、
入会して程なく、歓迎会が催された。
月イチぐらいでイベントがあるから・・・と、
誰と言うことなく連絡先を聞かれた。
その時悟とも連絡先を交換したのだった。

悟の印象は「気さく」。メンバーの誰とでもニコニコと会話する人だった。
大きな声で笑うのが印象的だった。
歳の頃40代後半。脂が乗った年齢である。
人懐こくて独身と言ったら、独り身の女性が言い寄ってもおかしくはない。
ヨガ教室のメンバーのうち美沙を含めると7人が女性で、3人しか男性がいないから、自然、悟が女性に囲まれることは多かった。
中には悟に異性として好意をもつ人もいるのかもしれない。
そんな人気者の悟から気に入られるとは、美沙は思ってもいなかった。

出会ってから4ヵ月が経った3月半ば。
悟から「花見をします」とメッセージが来てからというもの、毎日悟からメッセージが来るようになった。
「私に気があるのかしら?」
美沙は毎日ドキドキしながら悟からのメッセージを待った。
時には「おやすみなさい」しか来ない日もあったが、たいていは質問だったり、仕事の話であったりした。
4月。
花見を終え帰路に着くと、
「家についたら電話下さい」と悟からメッセージが来た。
美沙はそこで初めて悟と電話をした。
美沙は淡い期待を抱いていたが、挨拶程度で会話は終わり、落胆した。
ところが、翌日からメッセージではなく電話が来るようになったのだ。
1歩親密になれたことに美沙は胸を踊らせた。
だが、気さくな悟だ。他の女性とも電話をしているかもしれない。
美沙は淡い恋心をぐっと胸にしまった。
モヤモヤした気持ちは次の日曜日には晴れた。
悟から映画に誘われたのだ。
てっきり他にも誰か来るのかと思っていたら、
二人きりだった。
美沙は浮かれた。映画どころではない。内容が頭に入ってこない。
上映中、悟はジュースを飲むと美沙に回した。
「間接キス。」
美沙は40歳過ぎていたが、久々のロマンスに女子のような初々しい気持ちになっていた。
映画が終わると二人は喫茶店に足を運んだ。
「独り身だから日曜日はヒマしてるんだ。
またどっか行かない?」
「わあ嬉しい。私も日曜日は時間をもて余しているので、誘って頂けたらありがたいです。」
その場で次のデートも決まった。
こうして美沙は悟と毎週デートするようになった。

美沙は顔に出るタイプで、悟との仲はすぐに咲希にバレた。
咲希が鋭いのかもしれない。
ヨガ教室で美沙は咲希の隣にいつも陣取っていたのだが、咲希は悟が来ると美沙の隣を譲るようになった。
シャイな美沙は、教室では自ら悟に話しかけることはなかったが、おしゃべり好きな悟に話しかけられると、デレデレしてしまう。
これでは教室のメンバーにもバレバレだ。
美沙は恥ずかしいと思ったが、公認の仲になれたことが嬉しくもあった。

「公認の仲だと思っていたのは自分だけだったのか・・・。」
悟とのこれまでの日々が頭をよぎった。
毎日電話をして、毎週デートしていたとしても、告白されたり何かあった訳ではなかった。
懇親にしていたけど所詮友だち止まりだったという訳か。
浮かれていた自分が恥ずかしい。
それにしても「二股」とは。
私と仲良くする一方で、同じように悟は他の女性とよろしくやっていたのか。
気づかなかった。
相手はヨガ教室の人?
誰だろう?
歳が近そうな真美恵さん?
それともバツイチの佳奈さん??

いろんな思いが交錯して眠れない。
これでは明日の仕事に支障を来たしてしまう。
いい加減寝なくては。
美沙は起き上がると、着替えてコンビニへと向かった。手頃な値段のワインを買う。
下戸なので一杯も飲めば十分だったが、美沙は3杯も一気飲みして、ヘロヘロになって床についた。

翌日は最悪だった。
酒が抜け切れてないような感じがある。
悟のことは仕事をしていても頭を過ぎり、時折スマホをチェックしてしまう。
これは良くない。
美沙は午後から年休を取った。
そして帰路に着いたが、家に帰ったらさらに悶々としてしまうに違いない。
帰りたくなかった。
何か気晴らしがしたかったが、どこもここも悟と行った場所ばかり。
困った美沙は、パチンコ屋に足を運んだ。
美沙は年に数回程度パチンコを打った。
ガヤガヤとした音と黙々と台に向かう行為が雑念を払ってくれるのだ。
悟のことが思い浮かぶが、美沙は勝負に集中しようとした。熱中して悟のことを忘れたい。
美沙を慰めるように当たりはすぐに来た。
2連。
3連。
ところが勝っているのに、気分が浮かない。
さらなる気分転換が必要だ。
美沙はタバコを吸いに行った。
「悟のことを忘れたくてパチンコなんかやって。大金注ぎ込んだら目もあてられなかったよ。」
美沙は大きなため息をついた。
「今日は不調ですか?」
ふいに傍にいた男性が話しかけてきた。
勝負のことでため息をついたと思われたらしい。
「やっとかかったところです。」
美沙は控え目に言った。
「見慣れない顔ですね。いつもは違う店に行くんですか?」
その男性は常連客のようであった。
「ナンパかな?でもギャンブラーはお断り。」
値踏みをしつつ返事をした。
「久々に打ちました。運が溜まっていたようです。」
「いいですね!何打ってるんですか?オレもそれ打とうかな?今日はいつもの台が絶不調で。」
懐こい態度。パチンコ屋にはたまにこういう人がいる。
会って間もないのに親しげに隣の台に来るとは。
面倒だ。
とはいえ、パチンコは1人黙々とやる作業だし、店内はうるさいので、そう話すことも無い。
気が紛れそうだからまあいいか。
美沙は台に向かった。
当たりを引く度に隣の男性は拍手をしたり、グーのサインを出して来た。
回を重ねるごとにさすがの美沙もテンションが上がって来て、パチンコに集中出来るようになった。勝利を共に喜んでくれる人がいる、というのが大きいのかもしれない。
成果は上出来、気分がいい。
悟のことは頭から離れなかったが、未練はだいぶ無くなった。
いい感じ。
だが、このまま家に帰ったらまた・・・。
「お茶しません?おごってとは言わないですから。あ、会って間もないのにイヤですか?
とりあえず喫煙所で立ち話でも。」

2人目

私は無言で男の目に火のついたタバコを突っ込んだ。
「いぎいいいいぃぃぃいぃぃぃやああぁぁあぁあぁぁっっっ!!!!」
男は目を抑えて悶絶しながら倒れこんだ。
「あのさ、別にイヤじゃないんだけどさ、私たち初対面なわけじゃない?もう少しさ、手順ってやつを踏んでほしいんだけど。」
男はふらふらと立ち上がると、叫び出した。
「警察!警察!警察!」
は?
どういうこと?
なんでタバコを目に突っ込んだくらいで警察を呼ばれないといけないわけ?
この人常識がないんじゃないの?
私は恐怖を感じた。それでもう一本タバコを取り出すと、火を点けて、もう片方の目にも突っ込んだ。
「んぐううううんんんんんん!!!!!!!!」
男は情けない悲鳴を上げながら両目を抑えて私が座っているパチンコ台にもたれかかった。
「ちょっとちょっと、そこ私の台だって、ちょっと、おい!てめえ、いい加減にしろよ!」
私はキレた。
私は鉄板と携帯ガスコンロを景品交換所で手に入れると、鉄板を熱した。
鉄板はすさまじい温度に達した。熱気が店中に漂い、汗が噴き出してくる。
私は顔じゅうの汗を袖で拭うと、男の頭を引っ掴み、顔面を思いきり鉄板に押し付けた。
「わあああああああああああぁぁぁあぁぁっぁあぁぁああああっっっっ!!!!!ああああああああああああああああああああああああああああああああっぁぁぁあぁぁあっぁぁぁぁああっぁぁあぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」
男がすごい力で抵抗してきた。私はその絶叫と力に女性として恐怖を感じつつ、あらんかぎりの力を込めて鉄板に顔を押し付け続けた。
やがて男の力は弱まり、動かなくなった。声も止まった。死んだのである・・・。
「怖かった・・・。」
私は男という生き物への恐怖におびえた。私はフェミニストとして、女性として、危うく男から襲われかけたのである。
震えながら私はさっきまで迫っていた脅威を思い出し、泣いた。
だが、もう助かったのだ。もう安心だ。もう私の体に手を出そうとする怪物はいない。
私はほっとして帰ろうとした。
その瞬間、後ろから肩に手を置かれた感触がした。
ぞくりと血の気が引いた。
これは男の手だ。
私はゆっくり振り向くと、そこにいたのは警察官の服を着た悟だった。
「美沙さん!」
「悟さん!あなた、警察官だったの!?」
「通報を受けて来てみれば・・・美沙さん!あなたは人を殺したんですよ!」
「え?」
悟は何を言ってるんだろう。ここでくたばっているのは人の形をした化け物だ。
だから成敗してやっただけのこと。
それを殺人鬼よばわりですって!
「美沙さん、あなたを殺人の現行犯で逮捕します。」
私は即座にナイフを取り出した。一瞬遅れて悟は銃を抜いたが、もう遅い。
彼の指がトリガーにかかる暇もなく、頸動脈をかき切ってやった。
悟の首から血のシャワーが降り注ぐ。
悟は一言も発さず、白目をむくと、静かに崩れ落ちた。死んだのである・・・。
私は返り血まみれになった。
信じられなかった。まさか悟が私を撃ち殺そうとするなんて。
それからどうやって家に帰って来たのか覚えていない。
だがショックで3日は寝込んだ。
職場からの電話は無視した。
しかし、咲希からの電話にはすぐに出た。
「美沙、ねえ聞いた?悟さん、パチンコ屋で殺人鬼の女に首を切られて死んじゃったんだって。」
「殺人鬼!?」
「そうそう、それでさ、ヨガ教室の先生が「殺人鬼の女って何!?」
「ちょ、ちょっと声が大きいって!」
「殺人鬼って!私がやったのは正当防衛だよ!」
「美沙?」
「男が!おぞましい男が!私に襲い掛かろうとしたんだから!」
「ど、どうしたの急に!」
「私は悪くない!私を殺そうとしたんだから!あの男は私にタバコの火を押し付けて来たし、悟は私を銃で撃とうとした!私は身を守っただけだよ!」
「美沙がやったの!?」
「そうよ!女の私が男を殺して何が悪いの!?」
「そう・・・。じゃあ、ばいばい!」
すると電話は一方的に切れた。
咲希のやつ、警察に通報するつもりだ。
殺す。
私はアパートを飛び出すと、全速力で咲希のマンションに向かった。
マンションにつくと、セキュリティを強引にぶち破り、非常階段を3段飛ばしで駆け上がった。
咲希の部屋の前に着くと、あらんかぎりの力を込めてドアノブを引っ張った。
金属合金のドアは軋み、バギィッと音を立てて蝶番ごとへし折れた。
「咲希いいいいいいいいいいいぃぃぃいぃぃぃぃぃっっっっっ!!!!!!」
私は中に駆け込み、部屋という部屋を荒らしまわった。
しかしどこにも咲希の姿が見えない。
私はもしやと思い、ベッドの下を覗いた。
「見つけた!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ助けて助けて助けて助けて助けて!!!!!誰か助けて!!!!!!!!」
私は咲希の髪を引っ掴んで引きずり出すと、頭皮ごと引きちぎった。
「ぎいぃっ!!」
咲希の頭皮はべろりとめくれ、頭の肉が見えていた。
私は台所から皮むき器を持ってくると、咲希の全身の皮を剥いだ。
それから、携帯ガスコンロの炎を全身に隈なく当てて、むき出しの神経を焼いた。
気がつくと咲希は死んでいた。
当然の報いだ。
正義は無事に果たされた。
私はすっと晴れやかな気持ちでマンションを出ていった。
今日は枕を高くして眠れそうだ。
気分爽快だった。

3人目

梅雨が明け、夏が始まろうという季節になった時のこと。
日本中……いや、世界中を震撼させる大事件が起こった。

『連続殺人事件発生 犯人は40代女性』

『犯人拘束の際に刑事が発砲 近隣住民は騒然』

『現場のあまりの残酷さに担当刑事が嘔吐 今世紀最大の事件か』

突如起こった殺人事件。
その死体の惨たらしさと、犯人が何の変哲もないOLであったことがマスコミの注目を集め、全てのマスメディアがこの事件を取り上げた。
殺されたのは、土木作業員の平良有馬(43)、警察官の間宮悟(48)、ヨガ教室の講師だった梓川咲希(42)の三名だ。
犯人は朝倉美沙(42)。被害者である梓川とは高校からの友人で、間宮とは周りも公認の恋人同士であったらしい。
朝倉のスマホにあった梓川とのメッセージのやり取りから恋愛感情による事件だと発覚したことで、マスコミやネットでは『狂愛OL事件』と呼ばれお祭り騒ぎとなった。
しかし、事件から三週間。真相があっさりわかったからか、マスコミもネットも熱が落ち着いていき、少しずつではあるが、この事件の盛り上がりは収まっていた。
事実、俺もこの事件は終わったものとして考えていたのだ。
あの日、上司に電話で呼び出されるまでは。

「(はぁ……何でまた急に呼び出しなんか……)」
急な呼び出しに疑問を感じながらマンションから出て駐車場へ向かうと、そこにはパリッとしたスーツに身を包んだ女性が立っている。
彼女が、俺の上司……花江先輩だ。
「ちょっと、風来くん。寝癖付いてるわよ」
そう言って笑う先輩。ちなみに、風来は俺の名字だ。
俺は先輩の車に乗り込み、特に話すこともないので、窓の外を眺めながら彼女がわざわざ俺を迎えに来た理由を考えることにした。
そう、今回呼び出されたとき、何故か先輩が迎えに行くと言われたのだ。
"公共機関は一切使わず、出来るだけ人と関わらず、私と来ること"、そう、先輩から言われた。
理由を聞いても答えてくれず、何も聞かずとにかく来いの一点張り。
仕方なく、理由も知らないままこうして先輩の車に揺られている。
「……どうしてわざわざ車で迎えに来たのか、知りたい?」
お、ナイスタイミング。
「そりゃあ知りたいですよ。あんな念の押し方されたら、誰だって不安になります」
「ま、当たり前だよね。人間の性、特に風来くんは、そういうの知りたがる人だと思ってたし」
「……俺のこと、何だと思ってんすか……」
俺の呟きに、「ふふ、冗談」と笑ったあと、先輩はしばらく黙る。
車が赤信号によって、その場に留められてしまう。

「ねぇ、風来くん。"あの事件"のことなんだけど……」
「……っ!?!?」

刹那、終わったものとして、ドラマを見て"忘れようとしていた記憶が、フラッシュバックする。
「っ、風来くん!?」
先輩の声がどこか遠くで響き、信号が変わったのが見えた。
その時の俺が確認できたのは、そこまでだった。


……あの事件のことは、とてもよく覚えている。

凄惨な死体。
後輩が撒き散らした吐瀉物。
証拠品。凶器。監視カメラ。
犯人の部屋の扉を乱暴に叩く音。

包丁を持った女が、支離滅裂な言葉を吐きながらこちらへと走り寄ってくる。
押さえ込もうと飛びかかったことで、包丁が女の手から滑り落ちた。
しかし、女は俺の首に手をかけ、女とは思えない力で首を絞めてきたのだ。
別の刑事の一人が果敢にも女の腹を蹴り、俺の身体の上から吹き飛ばしたことで、息が吸えるようになる。

頭に酸素が回っていなかったのか、命を奪われそうになったことで極限状態に陥っていたのか。
鍛えられている刑事に腹を蹴られたのにも関わらず、ゆらりと立ち上がり、怒って何かを捲し立てていた女の姿が……化け物に、見えたのだ。

「…………!…………!」

誰かの声に気がついた時には、目の前で女が血を流して気を失っていて……俺の手には、拳銃が握られていたのだ。

その女……朝倉が死ななかったこと、朝倉の行いがあまりにも非人道的であったこと、俺や他の刑事が殺されそうになったことなどから、俺は何も処分が下されず、逆に休みをもらってしまった。
それが、さらに俺を苦しめた。
誰も、俺を裁いてはくれない。
それならいっそ自分で……そう思ったところで、実行に移すことも叶わなかった。

俺、は……。


「…………?」
目を開けると、知らない天井があった。
物語の初めにありがちな、ありふれた導入であるが、実際に体験してみると、これは確かに"知らない天井"だなと思う。
ゆっくりと首を動かし、辺りを確認してみる。
全体的に真っ白な、無機質な部屋。ドラマなんかでよく見る"病院"や"研究所"のイメージ、そのままだ。
そこまで確認したところで、部屋の中に一人の女性が入ってきた。
「おはよう、風来くん。よく眠れた?」
「……先輩……」
花江先輩は俺の呟きにクスッと笑うと、手近にあった椅子を引き寄せ、俺が眠っていたベッドの近くに寄ってきた。
「ごめん。気を遣ってたつもりだったんだけど、まさかあそこまで本格的にトラウマになってるとは思ってなくて……」
「……いえ。先輩は、悪くないですから……」
首を振りながら、「それより」と無理矢理話題を逸らす。
「ここは、どこなんですか?それに、結局俺を呼び出した理由って、何なんですか?」
「……やっぱり、そうなるよね。……結構、覚悟のいる話だよ?」
「大丈夫かどうかは、自信ないですけど……それでも、気になってしまって……」
「そう。…………」
黙り込む先輩。
多分、俺が呼び出されたのには、あの事件が関係している。
だからこそ、彼女は言葉を選ぼうとしてくれているのだろう。
その彼女の好意に甘えて、俺も彼女の言葉を根気強く待つ。
「……朝倉美沙が捕まったとき。彼女は酷く……精神が狂っている状態で、何とか精神鑑定と、身体検査を行った。

……そのとき、変な"ウイルス"が見つかったの」

「…………は?」

この人は、突然何の話をしているのだろう。
開いた口が塞がらない。

「名前はまだ付いていない。実は既に存在は認知されていたんだけど、人間に害を為すウイルスではないと判断されて、ほとんど放置されていた状態だった。
朝倉美沙の身体にあったそのウイルスは、認知されていたウイルスと同じもののはずなのに、形態が大きく変わっていたらしいわ」
「あの、先輩。何の話を……」
「朝倉美沙は40代の、どこにでもいる普通のOL。彼女が殺人衝動に目覚めてしまったのは、そのウイルスのせいかもしれないというのが、上の見解。
……とにかく、答えを探して明らかにしなければいけないのよ。彼女の悲しい恋愛事情のためにも、ね」

そう言って先輩は、俺の方を向いた。
その目は、いつもの優しい先輩の目ではなく、歴戦の刑事の目だった。

「風来くん。あなた、あの事件のときに彼女と接触したでしょう?」
「……え?……え、いや、まさか、そんなこと……」


最悪な可能性。
先輩が"公共機関を使うな"と言ったこと。
今、こんなわけのわからない部屋にいること。
先程から感じていた、嫌な予感。

「風来くん。


あなたも感染しているの。朝倉美沙が持っていた、形態の変わった後のウイルスが」