【実験】主導権を握れ!

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1人目

ある朝、目を覚ますと枕元に黄金の長靴が

2人目

俺を睨んできていやがった。

「てめえ、何見てやがる」

俺は無性にむしゃくしゃして、そいつを持ち上げると安宿の扉に思いきり投げつけた。そいつは派手な音を立てて扉にぶち当たると、力が抜けたように床に落ちて、恨みがましくぶつぶつと呟きながら俺から目をそらした。クソ、最悪な寝覚めだぜ。
キィ、と音を立てて扉が開く。
物音を聞きつけた宿の下男が、心配そうな顔をしながら入ってきた。

「お客さん、どうかされましたか?」

「どうかだと?この宿じゃ、長靴が客を見張るのか?」

「はあ?」

下男はいかにも知性の乏しい田舎者の顔で、床に落ちた長靴を見る。

「長靴が……どうかされましたか?」

「俺を睨んできやがった。気分が悪いぜ。片付けろ」

ぶつくさと文句を言うコートを捻り上げて黙らせつつそのまま羽織って、もう何も言わなくなった帽子を被る。下男はまだ扉の所で何か恐ろしいものを見る目で俺を見ていやがる。

「何だ?まだなんか用か!?」

下男は長靴を片付けもせず逃げるようにすっ飛んでいった。職務怠慢も良いところだ。その長靴はと言うと、俺に媚びを売るように、口をこちらに向けて履いてくれよと懇願している。誰が履いてやるものか。

3人目

そもそも、このご時世に靴なんて履く奴はよっぽどの物好きだ。ましてや長靴なんてものは、猫の童話に憧れた子供が身に着ける旧世代の遺物にすぎない。

俺は長靴から目を離し、指をパチリと鳴らした。視界が暗転する。労働の時間だ。

銀河同盟に加入している知的生命体は、より上位の文明に奉仕する義務を負う。地球が銀河同盟に加入させられてから数百年、地球の文明ランキングは下の中といったところだろうか。

今や人類は靴を履く必要がない。好きな時間に好きな所へ。人類に下賜されたものの一つに転移技術がある。

光が消えると俺の目の前に六つ目のタコのような宇宙人が現れた。実際は俺が現れているわけだが。ともかく、俺の上司である。

「遅刻/延長/脳/発電」

「申し訳ございません。それでは、本日の労働に移らせていただきます。」

上司はコクリと頷き、吸盤同士をくっつけ、俺の目の前から消えた。

下等知的生命体である人類に求められた労働とは、上位文明が活用する知的資源の供給である。脳に専用の装置を取り付けると、脳の回転がギュンと加速する。

考える暇が全くない思考労働の前に頭をよぎったのは、宿で見た黄金色の長靴だった。記憶の中のそれは、ひどくギラギラと輝いていた。

4人目

黄金の閃きは瞬時にぬた付く吸盤に塗り替えられる。俺の脳は今この時、宇宙のどこかで孤独なオタノシミの最中の痴的生命の、フルダイブ型アダルトフィード再生装置のいちプロセッサに過ぎない。イカとタコがぬらつきながら触手を絡ませ合う、(彼らにとって)大興奮間違いなしのあられもない情景、その女優だか男優だかの触手に付いた吸盤のひとつを描写するのが俺一人の脳に割り当てられた仕事だ。
この仕事の最中、不随意思考を除くほぼ全ての思考容量は映像処理に回されるため、通常であればこのように埒もない考えに耽溺することすらできないはずだった。俺はこわれはじめている。俺の担当する吸盤はしだいに黒ずみひび割れ粘液が枯れ始め、彼らの美的感覚からするととても醜くなりつつある。だが、たかが吸盤一個の話だ。彼らが気付くこともない。
ならば、であるならば、脳を侵されつつあるほどに奉仕している俺は、そんな彼らに気付かれもしないことの為に脳を破壊されつつあるというのだろうか?

ヒィイン

音、人間の可聴域ギリギリの高く、大きな音。
硬質で鋭角な音が右耳から左耳へ、俺の思考を切り裂きながら貫いてゆく。痛い。脳の痛み。反射的に俺の右手は脳の装置をひっつかんでブチブチと音を立てながら引きちぎる。吐き気。自らの手綱に戻ってきた視覚処理は、眼前の赤い光を脳に届ける。

こわれたぶひんはみつけられてしまった。

「AAAARRRRRRRRGH!!!」

喉が原始の咆哮を上げる。彼らは壊れた部品を修理などしない。新しい部品に取り換える方が「安価/簡単/文明的」なのだ。ふらふらと立ち上がり、気付く。立ち上がる?転移できない。下を見れば、体を支えるにはあまりにも頼りない二本の脚が地面に触れあっている。

「何だ?」

そして、その傍らできらきらと光る長靴がこちらを睨み上げている。

5人目

俺を睨めつける長靴をよそに、俺の脳を硬質な何かが貫き、四肢は爆発四散した。散らばった四肢と胴体は無事、船外に排出された。こうして俺は壊れた部品としての役目を全うしたわけだ。俺の代替品が美しい吸盤を描写できることを祈る。

ところで、俺はこの世界における死というのを随分と誤解していたようだ。死というのは完全な終わりというわけではないらしい。脳も胴体もバラバラで、それでも思考を続けていられるというのはどういうことだ?

しかし、それにしても俺以外の死者の気配を全く感じない。相互干渉はできないのだろうか。そんなことを考えながら精神のみで銀河中を光速移動していたら、(精神といえど秒速30万kmを超えることは難しいようだ)銀河の中心に辿り着いた。ブラックホール。視界を塗りつぶすはずの黒い星の周りには異様な光景が広がっていた。黄金の長靴。その群れである。

黄金の長靴がパタパタと歩くように(歩くようにとはいっても物凄いスピードである)ブラックホールにむらがり、踏んだり蹴ったりしているのだ。しかも、ブラックホールに長靴がぶつかるたびにキラキラ星のエフェクトが発生していた。壮観だ。

銀河通信教育で習ったブラックホールと随分と違う。俺は首をかしげながら(首はもはや存在しないわけだが、そういう気分である)ブラックホールに近づいたのが運の尽き。

精神がとんでもないスピードでぐんぐんとブラックホールに吸い寄せられていくのである。ここで俺の他に死者の気配が全くない理由に気が付いた。

光の速さでもブラックホールからは逃げられない!

万事休すかと思われたが、不幸中の幸い。ブラックホールを蹴ってる黄金の長靴に俺は入り込むことができた。長靴の中ではブラックホールの引力が無効化されるようだ。それはそれとして長靴を生涯安住の地とするわけにもいかず、長靴の中を調べることにした。出勤前、労働前、死亡前。今日は随分と黄金の長靴のことを想っていた。こんなことになった原因はお前のせいなのか?

そうしているうちに見つけた。長靴のソールには俺の知る言葉でこう書かれていた。

「黄金の長靴を履けるものは勇者となるだろう」

口に出して読んでみると(これも気分)、長靴の内側から大量の視線を浴びせられる気分になった。なんだか恥ずかしい。

まだ一足しか履いていないが、これは履いていることになっているのだろうか?