漂着
白い砂浜が広がり、エメラルドグリーンの海が静かに寄せては返していた。日差しは力強く降り注ぎ、空は雲ひとつない青空。背の高いヤシの木が点在するこの南国の無人島に、少年たちだけが集まっていた。
少年たちは十人ほどで、全員が日焼けした肌を輝かせていた。彼らはみな均整の取れた体格をしており、太ってもいなければ不健康に痩せてもない。日々の生活で鍛えられた手足はしなやかで力強く、自然と共に暮らしていることを物語っていた。年齢も近いらしく、彼らの間には兄弟のような調和が感じられた。
その誰もが衣服を身に着けていなかった。服は海に流されたのか、風雨に晒されて朽ちたのか、それとも最初から無かったのか――彼ら自身も、それについては語らなかった。裸のままの彼らは、互いにその状態を意識することなく、まるでそれが当たり前であるかのように振る舞っていた。
僕は双眼鏡を下ろす。遅かれ早かれ彼らと接触を持たなければならないのだが、どうにも気が重かった。裸形もそうだし、状況的に何かしらワケアリなのは間違いが無かったからだ。ため息をついて上司を呪う。
「アオシマァ!お前、南国のビーチに興味あるか?」
タケチ部長が間延びした声で声をかけてきたのがこのもろもろの発起点だった。この部長が部下の趣味に……そもそも部下自身に興味が無いことなど僕は知っていたから、何かしらの仕事を押し付けようとしていることは容易に想像がついた。僕の返事を待たずにペラペラのクリアファイルが僕の机まで滑ってくる。
「ウチの管理してる無人島に住み着いてるやつらがいるらしいんだ。迷惑なことに、なんとかいうインフルエンサーがそいつらを客船から撮影していて、ちょっとしたバズんなってる」
ファイルの一番上にはその写真のコピーが挟まっていた。裸形の少年が大の字で浜辺に寝転がっている。
「あー、ビーチは今年行くつもりがないンすよねー」
そういうわけで、僕はヌーディストビーチじみた光景を前に途方に暮れているのだった。日本語、通じるかなあ……。とりあえず足を前に出す。声をかけないことには仕方がない。
「あー。ゴホン!や、やあ、君たち!その、初めまして……」
少年たちはまるで何の反応も見せず、浜辺に寝転がったり、腰を下ろしたりしている姿勢のまま、ピクリともしない。
僕の声は少年たちの上をふわふわと漂って、寄る辺なく霧散していくようだった。
「その、ハロー!?」
完全な拒絶。負けるか。僕はサメタ地所のアオシマだぞ。この島の権利者なんだぞ。僕は砂浜にブーツの足跡を残しながらずんずんと彼らに向かっていく。僕に近い方の少年が面倒そうに、傍らの杖に体重を預けながら立ち上がり、ダルそうに僕に向き直った。ようやく人間らしい反応が見られた気がする。
ギリシア彫刻のような肉体に赤銅色の肌を纏った、緩いウェーブの黒髪の美形で、そして僕よりも背が高い。負けん気で大股で歩いてきた僕だったが、思わず目をそらしてしまう。股の間のモノを見せつけられるように立たれて、怯まない男が居るだろうか?
「何の用だよ」
ハレルヤ!とりあえず日本語は通じるらしい……。
「その、君たちはなぜここに? ここの島は僕の会社の持ち物だから、できれば出て行ってほしいんだけど……」
「俺たちは別になんも悪いことなんかしてないぜ。海と森から飯をもらって暮らしてるんだ」
まあ確かに、それは事実だと思うけど…。
「いやその…急に出て行けとは言わないけど…。そもそも君達はどこから来たんだい?」
「そんなことも知らねえのに追い出そうとしたのかよ。ひどいなあ」
彼は視線を外してまた浜辺に座り込んだ。
他の少年達もこちらを警戒こそすれど、すぐに興味を失ってしまったらしく、僕を置いて思い思いにくつろいでいる。僕は焦れて彼の肩に手を置いた。
「じゃあ教えてくれないかな」
「俺たちはあの岩場の方にある洞窟を通って来たんだ。あそこが出口になってた」
彼の指さした先はちょうどこのビーチから死角になっているようで見えなかった。
「…その洞窟はどこにつながってるの?」
「さあな。俺たちだってあの向こうには何があったかわからないんだよ。この島に出てきたばかりなんだ」
もしかしたらどこかからやってきたのではなく、この洞窟の中で生成されるかして出現したのかも知れない。
だとすると彼らをどこかへ追放するのは難しい。とはいえこのまま野放しにする訳にはいかないし…。