うつつな夜と

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1人目

月すらも隠れるような夜だった。
公園に来ていて僕はその池の中に立っている彼女に一目惚れしてしまった。
あの時さやかな風に揺れるその銀色の生糸のような髪とつややかな唇は、無意識にこの世と彼女を切り取る。
世界の理が変わったような夜だった。

2人目

僕は、彼女に会いたくなり、再び公園に来ていた。しばらく、公園内を歩きながら、池の方を見るが、そこに彼女の姿はなかった。

「いつも来てるとは限らないんだから、会えるわけないよな……」
僕は、彼女に会うことを諦めて帰ろうとした瞬間

「ヒュー……」と風が吹き顔を背けた後、ふと池の方を見ると、そこには先ほどまでなかった彼女の姿があった。

3人目

普通に考えれば、こんなに暗い夜に池の“中”に女性が佇んでいるのは明らかにおかしい。
おかしいのだが、そんなことどうでも良くなってしまうほど池の中に立つ彼女は美しかった。

その美しさはこの世の物ではないような儚さを兼ね備えているように見えた。

4人目

「どうして、そんなところにいるんですか?」
僕は、思わず彼女に質問していた。

彼女は、こちらを振り向くと黙ったまま笑みを浮かべていた。そして、言葉を発することなく、彼女は夜空に輝く月の方を見上げていた。

そんな彼女の姿を僕は黙ったまま、見惚れてしまっていた。

「彼女は何者で、どこから来たんだろう……」
彼女への興味はますます深まるばかりだった。

5人目

そんな考えに耽っていると、

「おぬしには彼女が見えておるのか!」

 鋭い声が僕の思考を切り裂いた。驚いて振り返ると、そこには信じられないほど美しい女性が立っていた。腰まで届くブロンドの髪を月光に煌めかせ、深い緑色の瞳で僕を見据える。巫女服のような衣装を纏い、毅然とした態度でそこに佇んでいた。

「あ、あなたは……?」

 言葉が詰まった。今まで女性とほとんど話したことのない僕にとって、この人はあまりにも強烈な存在感を持っていた。

「我が名は新海翡翠。霊能者じゃ」

 翡翠さんは短く答えると、視線を池の少女へと移した。

「それにしても、あの娘が見えるとは。あの娘が見える人間は稀じゃ。特に生きた人間では滅多にお目にかからぬ」

 彼女の言葉に困惑しながらも、僕は少女の姿を見失わないように凝視した。彼女は相変わらず池の水面に佇み、遠い眼差しで月を眺めている。

「あの娘……何者なんですか?」

 ようやく絞り出した質問に、翡翠さんは重々しく頷いた。

「あれは古より池に宿る精霊。かつて人間であった少女の魂が変容したものじゃ」
 僕は息を呑んだ。あの美しい少女は、実は人ならざる存在だったのだ。しかし、それが真実なら……

「じゃあ……僕はどうして彼女が見えるんですか?」

 翡翠さんの表情が僅かに和らいだ。
「それはおぬしに特別な素質がある証拠じゃ。霊感というべきか。あるいは……」
 そこで言葉を切り、意味深な微笑を浮かべた。
「偶然以上の縁があるのかもしれぬな」
 池の少女がゆっくりとこちらを向いた。月光に照らされた白い肌と長い銀色の髪が神秘的な光沢を放つ。翡翠さんが真剣な表情に戻った。
「警告しておく。あの娘に深く関わることは危険じゃ。彼女は美しくも脆い存在。触れてはならぬ禁断の領域なのじゃ」
 しかし、少女から目が離せない。いや、離れたくない。
「彼女を成仏させる方法はありますか?」
 翡翠さんの眉が上がった。
「知ってどうするつもりじゃ?」
「救えるなら救いたい。僕にできることがあるなら……」

「単純な善意では済まされぬぞ」
 翡翠さんは厳しく言った。その緑色の瞳に冷たい炎が宿る。
「この池には古くからの言い伝えがある。数百年前、若くして命を落とした舞姫の魂が眠っておるのじゃ。その魂が池と同化し、長い年月をかけて精霊へと昇華していった」
 少女の過去を知り、胸が締め付けられた。
「でも、どうして今になって姿を現したんでしょうか?」
 翡翠さんは腕を組み、深刻な表情を浮かべた。
「最近、池の周りに不穏な気配を感じるようになった。誰かが彼女の力を悪用しようとしているのかもしれぬ」
「そんな……!」
 衝撃を受けた。彼女が狙われているなんて。
「だからこそ急がねばならぬ。彼女の魂を解放し、平穏を取り戻すためには」
 翡翠さんの言葉には切迫感があった。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「唯一の道はある。しかし、覚悟が必要じゃ」
 彼女は僕を正面から見据えた。月明かりの中でブロンドの髪が幻想的に揺れる。
「おぬし自身の心と向き合い、真実の愛を見つけ出すことじゃ」
 僕は困惑した。
「愛……?」
「そうじゃ。あの精霊を解放できるのは、彼女に対して純粋な愛を抱ける者のみ。つまり……」
 翡翠さんは池の少女を見やった。
「彼女に恋をした者のみができる特別な使命じゃ」
 愕然とした。一目惚れの彼女を救うために必要なのが「愛」だなんて。しかも、それは僕に課せられた使命だったのだ。
「本当に……僕にできるんでしょうか?」
 不安が募る。でも同時に、少女を救いたい強い想いも湧き上がってきた。
 翡翠さんは優しく微笑んだ。
「可能性はゼロではない。むしろおぬしには適性があるかもしれぬ。なぜなら……」
 彼女の言葉を遮るように、少女が池の中を漂うように近づいてきた。その顔は無表情ながらも、どこか哀しみを湛えているようだった。
「時間が残されておらぬようじゃ」
 翡翠さんが低く呟いた。
「まずは彼女との対話を試みることじゃ。そして、彼女の内なる声に耳を傾けるのじゃ」
 月明かりの下、池のほとりで僕は決意した。この謎多き少女の過去を探り、彼女を脅かす陰謀から守るために。そして何よりも、彼女を自由にするために。
 新たな冒険の幕開けだった。