変な出会い
「けい君、一緒に行きましょ」
「は、はい」
隣人のめぐみさんはあの日を境に毎日迎えに来てくれる。
あの日、僕たちはちょっと変わった出会い方をした。
三日前のことだ。
電車の中で偶然隣にめぐみさんが立っていた。
ドリアンの匂いがするなと思ったらどうやらめぐみさんが抱えている巨大な段ボール箱の中にドリアンがたくさん入っているらしい。だから、きっとこの人はドリアンが好きなんだろうなと思った。
しかし、めぐみさんはドリアンを落とさないように集中していて僕の視線には気付いていないようだった。
電車が急停車したその瞬間、彼女の抱えていた箱が大きく傾いた。僕は咄嗟にその箱を支え、強烈な果物の王様の香りを真正面から浴びることになった。
「ウッ!きつい臭い!」
「あ、ありがとうございます…!命の恩人、ならぬドリアンの恩人です」
彼女の眩しい笑顔に僕は顔を赤らめて何か気の利いた事を言おうとするが、酸欠の魚の言葉は編み上げられる事なく口を開け閉めするばかりで形を成さない。
「どうしたの?ええっと…確かお隣の圭介(けいすけ)くん…だったわよね?」
「あ、はい!そうです!ぼ、僕が圭介です!」
めぐみさんの潤んだ垂れ目がちの瞳に僕が写っていてる。ああ、なのに僕は、僕は…。
「ふふっ…これから学校?」
「ま、まあ、そうですね。学校に行き勉学に励むのは学生としての本分でありますから」
(これじゃあ壊れかけの機械人形だ!何か…何かないか?このままでは終わりだ…!)
必死に思考の渦の中から話題を吊り上げようと竿を振る。
「そういう めぐみさんは、これからドリアンを沢山持って どちらに行かれるのですか?」
「そうね…。多分…お仕事かしら?」
めぐみさんは小首を傾げて困ったように眉を寄せる。
「多分?」
「ごめんなさい、行かないと…」
電車がホームに滑り込みドアが開く。巨大な段ボール箱を抱えて去って行く彼女の背…。
言葉にできない思いは行動でしか表せない…。
電車に乗り込んでくる人の間をすり抜けてホームに降り立ち、人ごみの中を悠然と歩いていく僕のマドンナの後を追う。
(あんな物を抱えてるのに…)
するすると めぐみさんは階段を下りて改札を抜けて行く。
何とか追いつこうと「すいません、すいません」を繰り返して人の流れの中を泳ぐ。
(どっちだ?どっちに行ったんだ?)
一瞬、視界から消えただけなのに めぐみさんを見失った…。
朝のターミナル駅は、どこを見ても人、人、人…。
そこからドリアンと彼女のシャンプーのカヲリが入り混ざった独特の痕跡を鼻で掴み進む…。
北口を出て人通りの少ない高架下まで来た所でようやく彼女に追いついて、口の中の唾を飲み込んで声をかけた。
「めぐみさん!」
立ち止まり、振り返る彼女。絹のような長い髪がサラリと流れ、僕を見て彼女の目が大きく開かれる。
「手伝います!その箱、僕が運びますよ!」
「圭介…くん?…どうしたの?」
ぽってりとした真っ赤な唇から放たれる問を追い抜いて、僕は彼女が持つ段ボール箱を掴んだ。
「あの圭介くん…」
「遠慮しなくて大丈夫です!一日一善!情けは人の為ならず!僕が、めぐみさんを助けます!任せて下さい!」
困ったように微笑みを浮かべる彼女と後戻りできない僕。
次の言葉を紡ぐ前に、ゴム製の悲鳴を立てながら僕と彼女の横に黒いバンが急停止した。
「スカンクガールだな…。一緒に来てもらおうか」
バンから降りて来た真っ黒な目指し帽をした黒ずくめの屈強な男達が僕と彼女を囲む。
「え…あ…誰?え!?あの…」
「…ごめんなさいね。デートの枠は、もう彼で埋まってるの」
「キャンセルしろ」
「無理ね」
男の1人が宙を舞った。僕を特殊警棒で殴ろうとした男だ。
「随分と手荒な お迎えね。グイグイくる男性は嫌いじゃ無いけど…力ずくで女をモノにしようとする人は、私 好みじゃないの」
「残念ながら選択肢は無い。そこの小僧はキャンセルされて、お前は俺達とドライぶっどぅ」
ドリアンが顔面にめり込む。
「急いで!」
彼女は僕の手を掴んで走り出す。
「ま、待て!クソ!何だ!追え!逃がすな!」
アスファルトに転がったドリアンから勢いよく濃い緑色の煙が噴き出して辺りに悪臭をバラ撒いていく。
「ごめんなさいね。変な事に巻き込んじゃって」
「………」
未だ状況が飲み込めず、僕はただ(ドリアンの箱、落しちゃった…。それにしても めぐみさんの手…柔らかな…)と考えていた。