にっぽりぽんかっち

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最初に「にっぽりぽんかっち」を口にしたのが誰だったのか、もう誰も覚えていない。
ただ、その日、確かに**音だけが残った**。

にっぽり
ぽん
かっち

言葉というより、歯車が噛み合う直前の音だった。

教室の黒板には、誰も書いた覚えのない文字があった。

にっぽりぽんかっち

白墨は途中で折れていて、最後の「ち」だけがやけに力強い。
担任はそれを見て、しばらく黙ったあと、何事もなかったように出席を取り始めた。

「これは消さなくていいんですか」

誰かがそう言った瞬間、教室の空気が一段階、低くなった。

「……ああ、いいんだ」

担任は笑った。
その笑顔が、にっぽり、だったのかどうかは思い出せない。

その日から、学校は少しずつ**説明を放棄**し始めた。

チャイムが鳴らなくても授業は始まり、
給食の献立表と実物は一致しなくなり、
体育倉庫の奥行きは日によって変わった。

それでも誰かが困り始めると、必ず聞こえてくる。

「にっぽりぽんかっち、だからさ」

言われると、それ以上考えられなくなる。
頭の中に、柔らかい蓋が落ちる感じがした。

ある朝、校門の前に巨大な張り紙が貼られていた。

にっぽりぽんかっちは、
本日通常運転

通常とは何か。
誰も聞かなかった。

昼休み、トイレの鏡に映る自分の顔が、一瞬だけ遅れて動いた。
瞬きしたら戻ったので、誰にも言わなかった。

「気にしすぎだよ。にっぽりぽんかっちだ」

そう言えば、全部済むのを、もう知っていたから。

言葉は増殖し、やがて代替を始めた。

謝罪の代わりに。
説明の代わりに。
理解の代わりに。

職員室から、怒鳴り声が消えた。
代わりに、静かな合意だけがあった。

「まあ……にっぽりぽんかっちですし」

ある日、保健室のベッドが一つ減った。
理由は誰も知らない。

「必要なかったんだろ」

それも、にっぽりぽんかっちだった。

放課後、校庭の端で、用務員が地面に円を描いていた。
その中に、壊れた時計が埋められている。

「それ、何ですか」

聞くと、彼は一度だけこちらを見た。

「時間がズレたやつ」

そして言った。

「にっぽりぽんかっち、したから」

その夜、夢を見た。

校舎が逆さまに立っていて、
窓から窓へ、生徒たちが静かに移動している。
誰も口を開かない。

ただ、足音だけが、
にっぽり
ぽん
かっち
と鳴る。

翌朝、学校は何事もなく存在していた。
ただ、校歌の歌詞が一行、増えていた。

意味はわからない。

でも、全員が歌えた。

それが一番、怖かった。