壁ドン
俺は意中の相手を壁際に追い詰めて、手で壁をドンと叩いた。
いわゆる、壁ドンというやつだ。
その瞬間、ミシミシという音をたてて、俺の叩いた壁の周囲が割れ、壁がゆっくりと倒れていった。
壁に全体重を預けていた俺もまた、そのまま壁と一緒に倒れていった。
俺と壁の間にいた意中の相手は、危機を察知し、俺と壁の間にある細い隙間をすり抜けて、脱出に成功していた。
つまり、倒れていくのは俺だけ。
割れた壁と俺の体は、壁の向こうへ、つまり20階のマンションの外へと落ちていった。
空が見える。
輝く太陽と、雲一つない快晴空が。
「っぁああああああああああああ!?」
落下が始まり、俺は必死にマンションの壁へと手を伸ばす。
だが、掴めそうな場所はない。
空中で必死に平泳ぎをしてみる。
だが、空を飛べる気配もない。
生きるために、思いつく限りがむしゃらに足掻いていると。
「助けてあげましょうか?」
どこからともなく、声が響いた。
そして、周囲の時間が止まっていた。
自分の状況を判断するには幾分か時間が要った。
俺の体は宙にとどまり浮かんでいた。
一緒に落ちていたがれきのむき出しになった鉄骨もよく観察できた。
残念ながら彼女の顔は遠くてよく見えない。
世界は静寂に包まれ外の喧騒どころか風切り音すら聞こえない。
「どうしたのですか?お答えはいただけませんか?」
また声が聞こえてきた。
今度は俺の後ろからだ。
「誰だ…」
俺はそういって振り向こうとしたが体は固まって動かず声の主を確認できなかった。
動かせるのは目と口が限界のようだ。
十中八九この状況は声の主の仕業だろう。
声は淡々として敵意は感じられないが同時に温かみも感じられない。
大体壁が壊れたのもおかしい。俺は素直に返事をするには得体の知れない存在を信用できなかった。
「まず姿を見せろ!どこまでお前のせいなんだ!」
背後の気配が動くと俺の目の前に人影が現れた。
そいつは宙に浮いていて、黒のビジネススーツをパリッと着こなしたすらりとした男だった。
男は金色の鎖を通した懐中時計を携えており、その顔はデジタル時計そのものだった。
「な……」
精悍な体つきとは裏腹に、機械的すぎる頭。デジタル時計は「13:42」を示したまま動かない。
「お前……人間………なのか……?」
すると、男は淡々と語り出した。
「人間ではありません。私は未来からやってきたロボットです」
「み……未来?」
未来からロボットがやってくるなんて、そんな漫画みたいな話ある訳がない。
そう信じていたのだが、今までの怪現象を説明するにはちょうど"都合がいい"のだ。
壁ドンで壁が壊れたのも、時間が止まったのも、突然人が現れたのも、すべて未来人の仕業だとすれば道理は通る。
「そうか……。お前がこの状況を作ったのか?」
「いいえ、逆です。私は貴方様をお救いするために参ったのです」
俺は男を問い詰めるも、返ってきたのは予想外の答えだった。
「簡潔に言いましょう。貴方様はあの女性と結ばれる運命にあります。しかし、それを良しとしない者が過去に遡り、お二人を亡き者にしようとしています」
「……つまり?」
「壁が壊れたのは歴史改変者の仕業、ということです」
「なんだそれは。誰だよ」
「それは言えません」
「は?」
「貴方様ご自身で、その人物を探してきてください。伝えられるのは以上になります」
時計男には当然表情というものはなく、淡々と俺にそう告げた。
「それでは、時間を進めますね」
「え?」
すると、止まっていた時間が動き出し身体は落下を始めた。
「うあああああぁぁぁぁ」
ちょっと待ってよ!あの流れだと過去に飛ばしてくれるとか、そういう流れだっただろ!!
あっという間に地面に近づくと、パンッッと言う音が響いた。
俺は、目をつむっていた。
無傷。
五体満足。
目の前には、時計男がバランスを崩すことなく立っている。
「お前が、助けてくれた・・・のか?」
「貴方様がここでお亡くなりになることはこのあとの未来では予知されていません。」
「助けてくれたことには感謝する。」
「当然です。命の危機を救ってもらった方に向かって暴言を吐く方は最低です。』
「歴史改変者が居たら、どんな未来もそいつの思うがままに変えられるってことだろ?そうしたら俺がこれから生きていける可能性はないんじゃないか?」
「そんなことはございません。歴史改変者は、警察の一部なのですが、決められたことについてしか、歴史を改変することはできません。条例に逆らうことも可能ですが、歴史改変者には歴史を改変することのできる『回数』が定められています。警察の幹部がこの回数だったら十分だろう、この回数だと少し少ないのではないか、ということを話し合って決めるのです。また、無駄に使うとその履歴が残ります、その履歴は一般人でも閲覧可能なので、どのようなことに『回数』を使ったのか一目瞭然です。」