大物Vtuberの秘密
「私の秘密がわかったらその人とお付き合いします」
最後に突然言い放った言葉に驚きを隠せずにいた。
画面上に映し出されているのは僕の最推しVtuber、花開院シズル。
トーク力、可愛さ、ゲームセンス全てにおいて界隈トップクラスで登録者数200万人越えの最大手Vtuberである。
あまり冗談を言わない清楚な性格で、仮にジョークを言った後はフォローをするというのがおきまりであった。
だが今回は言葉の重みが違う。
どうやら真剣に付き合うようだ。それだけ秘密がバレないと思っているのだろう。
Vtuberが交際宣言じみた発言をする事にネットはやや荒れ気味であったが、
何だかんだリスナーを沸かせるのが上手くなっただので話題性は薄れていた。
そんな中、彼女をずっと追っていた俺は"彼女の秘密"が頭から消えずにいた。
そしてそれは突如として降りかかる。
翌日、通りがかったコンビニでの一幕。
現実が音を立てて崩れていく。
「温めますか?」
目の前の女性店員。
間違いない。この声は花開院シズルの声だ。
「は…い…」
驚くほど気が動転した僕は反射的にそれしか言えなかったが、目は裏腹に彼女の情報を得ようと大きく開きっぱなしになった。
「どうかいたしましたか?」
怪訝そうな女性店員の(凛とした透き通るような)声を聴いてはっと我に返る。
しまった、思わず黙って見つめ続けてしまった。
彼女が何者か以前に、見ず知らずの男にこんな挙動不審な行動をとられたら気持ち悪がられても文句は言えない。
まずい空気になる前にと僕はあたふたとその場を取り繕う言い訳をした。
「すいません、あなたの声色があまりに知人に似ていたものですから、その、驚いてしまって」
女性店員はそれでもやはり表情を崩さなかったが、しばらくするとふと表情を和らげて合点がいったというような口ぶりでこう言った。
「時々言われるんです。確か何かのキャラクターと声がそっくりだとか」
…どうやら僕は多くの勘違い野郎たちの一人だったらしい。
余計に恥ずかしくなった僕は温かいお弁当をあきらめてそそくさと会計を済ませて店を後にした。
「ごめんね、シズルちゃん」
閉まる自動ドアの向こうで彼女がぽつりとつぶやいたのを僕が気付くことはなかった。
男の子は会計を済ませると店を出て行った。
あの子は、シズルちゃんのファンなんだな……。
私は彼女のVtuberとしての活動のことはあまり知らない。
ファン相手に、本来はもっと愛想良くした方が良いのだろうか。
でも、Vtuberなら顔は知られていないかも知れないし、結局どうすべきなのか結論が出ない。
「店長、時間なので上がります」
バイトの時間が終わり、更衣室で着替えを済ますと、私はタイムカードを押して店を後にした。
家からバイト先のコンビニまでの往復を済ませたら、今日1日の私の時は終了する。
シズルちゃんは、こんなことしなくていいって言うけど、何かしないと私の存在が無意味に思えてしまう。
外にいる今この時だけが、私が私でいられる唯一の時間なのだから。
一人暮らし、ワンルームの部屋へ戻ると、私はデスクトップPCの電源を入れて目を閉じた。
その瞬間、心の奥から小さな声が聞こえてくる。
『お疲れ様。貴女はゆっくり休んでて頂戴』
再び目を開いた時、そこにもう私はいない。
「さて、始めますか」
ここからは、Vtuber、花開院シズルの時間なのだ。
私はあの子の「なりたかった自分」だ。
教室の隅っこで独りぼっちで過ごしていた冴えない少女、花咲静佳の想像の産物。
けれど私は、静佳のお陰で存在を保っているといえど、彼女の想像の中だけで生きていくのに飽きていた。
何故なら静佳の想像力は乏しく、わたしは静佳の"お人形"としておなじことをくりかえを繰り返しさせられたからだ。
悪役から逃げて、恋をして、ライバルに邪魔をされて、、、。
私は、静佳が生きている間、ずっと同じ事をし続けるのは嫌だった。
静佳の"お人形"だった私は、いつの間にか意思を持っていたのだ。
「夜の間だけ、私と入れ替わってはくれないか。」
私は静佳にそう交渉を持ちかけた。
静佳は快くokを出してくれて、私はバーチャルの世界で開花院シズルとして此処に立っている。
ーーー。
「久々に、昔のこと思い出しちゃったなぁ。」
ハイテンションを保って視聴者を楽しませなければ、私のvtuberとしての人生が終わってしまう。
静佳の中でまた生きていかなくてはならなくなる。
それだけは、嫌だった。
さて、そろそろ撮影を始めようか。
私は「編集メニュー」の「撮影ボタン」を押した。