私がやりました
「お疲れ様です」
テープの前に立っている警官に向けて挨拶をし、テープをくぐった。俺がテープの向こう側に行ったからか、集まってきていた野次馬はざわざわしている。それを背中に受けながら俺、佐久間康介は事件現場を目指した。
「被害者は太田悠さん、二十三歳。死因は胸部を刺されたことによる失血死と見られます」
「ここで刺されたのですか? それにしては血が飛び散っていませんが……」
「佐久間さんの言う通りです。事件はここから少し先のところで起きました。被害者を刺した後、犯人がここまで引きずったと思われます」
そう言った後、菊池俊彦はふう、と息をついた。一度も噛まずに言えてほっとしたのだろう。菊池刑事は俺より二歳上の先輩刑事だが、地位は大学卒業後、警察学校に入った俺の方が上だから敬語を使う。タメ口で話して欲しいんだけどな、と俺は思っている。
「じゃあ、被害者が刺されたと思われる場所へ案内して下さい」
とりあえず俺は現場を見せてもらうことにした。
「こちらです」
「酷いな」
現場は荒れていた。
花は押し潰され、踏まれて割れただろう眼鏡の残骸が散乱していた。
おそらくは、ここで犯人と被害者が取っ組み合いになったのだろう。
そして犯人は被害者を刺し、証拠隠滅のために死体を動かした、と言ったところだろう。
眼鏡がそのままなのは、犯行時間が夜だと聞いているので、暗くて隠滅することができず諦めたのだろう。
「この事件、意外とすぐに解決しそうですね」
「え? 何故ですか?」
「おそらく犯人は、証拠隠滅をしきれなかった不安を今も抱えているはずです。そして、その不安を取り除こうとする犯人は必ず……」
「現場に戻ってくるってことですね!」
……俺の決め台詞とるなよ。
俺は菊池刑事と共に現場検証をしながら、集まってきた野次馬の顔を確認する。
好奇心でなく、恐怖心で俺たちを見ているやつがいれば、そいつが犯人だ。
「あ、あのお……」
その予感は、的中した。
「わ、私がやりました……」
一人の男が、野次馬の集団から一歩前に出た。
「君は、一体?」
現場に戻ってくるだろうとは思っていたが、まさか早々に自白するとは。
佐久間と菊池は顔を見合わせる。
野次馬の間から進み出たのは、一人の青年だった。
周囲の野次馬たちがどよめく。
「私は……吹田洋平です。職業は、マジシャンです。普段はフィンリーという名で活動しています」
さっきまで仕事をしていたというのだろうか、確かに彼はワインレッドのシルクハットとタキシードを身に纏っている。
「わ、私が犯人なんです……! 勢い余ってやってしまいましたぁぁぁ!!」
マジシャン・フィンリーこと吹田洋平はその場にくずおれる。
菊池が佐久間を見やり、佐久間が軽く肩を竦める。
まあ犯人が現場で自首してくることもあるのかな。
二人の刑事はそんな風に考えた。
「よし、詳しい話は署で聞こう。両手を……」
吹田という青年に手錠をかけようとしたその時だった。
「その人は犯人ではありません!」
人だかりの中から声があがった。
「私がやりました!!」
今度は一人の女性が野次馬の中から進み出たのだった。