スーパーロボット大戦relayb外伝 scene:1 -白兎のレイブ-
R.C(リレイブ・センチュリー)00××年。
人類は地上と宇宙に分かれ、終わりなき争いを繰り広げていた。
スペースコロニーを建造し、宇宙にまでその生活圏を広げた文明の発展は
通称「スーパーロボット」「モビルスーツ」と呼ばれる巨大人型兵器を生み出し、
戦火は激化の一途を辿っていった。
さらに、地球侵略を企む異星人の襲来、
地上を我が物にしようと企む地下帝国の台頭。
原因不明の異常現象などが同時多発的に勃発。
もはや、人類に逃げ場無し…安息の場所は何処にも無かった。
失われた平和を取り戻すため、立ち上がる鋼鉄の戦士たち。
その戦いの果てにあるものは…?
「Re:layb」
突如として現れた10メートル級の謎の機動兵器。
解放された胸部ハッチ内にはコンソール類などコックピットらしきものが確認できる。
非常用の携帯食だろうか? やたら期限の長い食糧のものとみられるパッケージなど、残置物からはパイロットが搭乗していた形跡こそみられるものの、どこの誰が製造したのかはおろか、起動方法すら見当が付かなかった。
だが、その後思わぬ形で一つのヒントの様な情報が示された。
それは、これといった手掛かりもないまま回収したそれと共に基地に帰投した私が靴の裏の違和感に気付いた時だった。
——layb
辛うじてそう読める付箋が靴の裏に張り付いていたのだ。
そのことであのマシンは『レイブ』と呼ばれることとなる。
しかし、世界各地の名だたる科学者の力を借りても内部構造以上のものは分からず、肝心の起動には至らぬまま悲劇は起きた。
——それから数年。
「いや、だからほんとに知らないですって! コンソールだって触ってないし!!」
コックピットに突然現れたこの男により状況は一変した。
——re layb
凍結より数年を経て計画は再び始動する。
「観測者」
「途中経過はどうなっている?」
「順調だ。この世界は順調に『狂っている』。
この辺の狂いっぷりなんかは特に凄いぜ?
世界が何度ぶっ壊れりゃいいんだって程の
大災害や大戦争のオンパレードだ。もう最高さ」
暗闇に浮かぶいくつものモニター。
巨大な人型機動兵器同士の戦い。
人々を襲う天変地異。
この世のものとは思えぬ異形の怪物の咆哮。
それを傍観する者たち。
「ファイル名:リレイブ・センチュリー。これだけカオスな世界を
観察するのは久々だ。随分と奇妙な因果と結び付いたと見える」
「楽しむのは勝手だが、本来の目的を忘れるな。
早くあの機体の行方を突き止めろ」
「分かってますって。この世界の何処かに落ちたのは間違いない。
まあ、アレを持ち出したパイロットはもう生きちゃいないだろうが、ね」
「急げよ。アレが本来の力を取り戻せば、それだけでは済まん。
次の段階…世界の接続が始まる。それまでに、何としても取り戻さねばならんのだ」
「俺はその方が面白いけどねえ。
まあ、他ならぬアンタの言う事だ。素直に従いますよ、っと」
彼らの目的とは何なのか。
そして探し求めるモノとは。
きっと、私は。この世界を守るために生まれたんだろう。
そんなことばかり考えていた。
世界を繋ぐ。私を作った人はそんなことをずっと言っていた。多分世界を繋ぐというのは簡単なことじゃないんだろう。
戦争…嫌だな…戦争ってなんでこんなに辛いんだろう。手をとりあえるはずなのにどうして?
私を作った人は私を戦争に参加させなかった。きっと優しさなのだろう。
戦争は終わった。何とか戦争って言ってたらしいけど分からない。
かれこれ10年。作った人は私のことをどう思ってるんだろう…というより…最近作った人を見ないような…
騒がしい…外が騒がしい。なんだか煙たい。火事にでもなったのかなぁ。
あれ、どこかに連れて行かれる。
どこに連れていくんだろう。
連れていった人は色んなものを置いていった。そしてなにかをイジった。
力が湧いてくる。私は今、どこかを飛んでいる?
ここはどこ?
気がついたら宇宙…宇宙って広いね…ねぇ?
あれ、連れていった人が動かない。
それから何日経ったんだろう。動かないしこっちも動けない…
なにかが近づいてくる。逃げなきゃ…
再び湧いた力で逃げると。目の前に誰かいた。
「オーパーツって萌えるよね」
動力なんだろうーとか
どうやって動くのかなーとか
考えるだけでオカズがいらない子なんですアタシ。
ずっと動かないし、分からない子だったのに
なんでこの人動かせたのかなー。
研究主任のアタシには動かせなかったのになー。
ぼやきっぱなしです。
モビルスーツの部品使って動作パターン的なモノを再現したら、20m級のロボットになった。
バラせなかったけどー
オーパーツだーこれー
関節小さすぎるー
生体部品かな近いのかもなー
よくわからないーなー
一番よく分からないのは、コクピットに居るこの人なんだけど
「キミは誰? アタシのラボにどうやって入り込んだの? 言葉はわかる?」
キラーンと眼鏡を光らせるアタシ。
ここは、リボーンラボ。
どうにもこうにも分からないワケアリのオーパーツが運ばれてくる最終保管庫。
最終処分場じゃないんだってば。
「起動」
——1年前。 母の失踪により私『維樹たすき』は書類上レイブの持ち主となっていた。
プロジェクト凍結から10年は経つだろうか? ウンともスンとも……いや、スンか? スンッって感じで動かなかったそれに異変が起きた。
レイブのツインアイに光が灯る。
『いたたたた……変な寝方したから身体いてぇー。 って、なんだこれ! どこ!?』
とにもかくにも、その日それは間抜けな声を出して起動した。
トンネルを抜けるとそこは——あれはなんて本だったっけ?目が覚めたらここにいた。 名前すら思い出せない。 ってことらしい。
「で、どうやってここに入ったのよ?不審者くん!」
緊張感の無い顔で困る男
「いやー、入ったというか……いたというか……怒ってます?」
「それはそうでしょ! 不法侵入はするわ、ラボは壊すわ!!」
「だって、さっきの人が話しかけてきて、答えたら今度はいきなりモニターにどアップで……」
「まぁ、そりゃびっくりするよね……で、びっくりしてレバーを触って?」
「あの人吹っ飛んでいきました」
「そうね。 それで全治2週間だそうよ? 不法侵入に器物損壊、加えて傷害罪ね」
「出会いは革靴の味」
コクピットの外で腕組みをして仁王立ちする少女――維樹たすき――に
見下ろされている。
いやしかし、これはなかなかいい眺――
「何処見てんのよッ!!」
「目がああああああ!!」
視線の意図に気づいた、維樹たすきの靴の裏が視界を埋めた。
ズシリ、と彼女の体重が頭部に一極集中する。
明らかに頚椎によろしくない鈍痛が走った。
「不法侵入、器物損壊、傷害罪、さらに加えて痴漢だなんて、
もう言い逃れのしようもないわね! ほら、とにかくレイブから降りてよ!
警察に突き出してやるから!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何もかも誤解なんだ! 不可抗力なんだ!
俺自身、何がどうなってるのかさっぱりなんだ!
夢の中で誰かの声がして、
気がついたら急にロボットのコクピットの中にいて、急に動き出して!
あ! あと、中身は見てない!」
「――今、ここで引導を渡してやるぅ!!」
「ぎゃああああああああ!! 誰か説明してくれよォ!!」
デデデン
「――で、名前は?」
「――ヨミジ。比良坂詠次(ヒラサカ・ヨミジ)です」
…本当に警察に突き出されてしまった。
「カツ丼の値段」
——地球署・取調室
「えっ、自腹なんですか?」
詠次は聞き返す。
「そ、自腹。 ご存知ない?」
黄色いユニフォームの女性は言ったでしょうがという顔をする。
「ないです……」
言われてみればなんか言ってたような? 腹が減りすぎて聞いていなかった。
「ここでも記憶喪失?」
「で、どうなの?」
ピンクのユニフォームの女性。
「なーんも。 白も白。 驚きの白さ。 被害者の子も被害届出す気はないみたいだし、取り敢えず嘘はついてないってことならこれ以上拘束するのもねぇ」
「だから言ったじゃないですか! 名前だって踏まれた時にグキッと思い出したぐらいで」
「監視カメラ的にも侵入の形跡はないし、なんかの特殊能力か宇宙人かもって念の為にこっちに回ってきたけど、触ってみてもほんとになんも無し。 もっかいグキッといってもらうしかないかも」
「そっかぁ。 一応身元引き受け人とかいないと帰せないんだけど、どう?」
ガチャッ
「その件は心配いらない。 彼の引き受け先が決まった」
ドアを開けて入ってきたのは——
「えっ……犬のお巡りさん!?」
詠次は今日イチ驚いた。
「気になるあいつは不審者」
――リボーンラボ。
「いやはや、酷い目に遭ったー」
空中浮遊するフライングチェアに載った研究主任。
彼女が造った発明品のひとつだ。レイブが不意に起動した時の弾みで
機体から転がり落ち、全治二週間の診断を受けた。
打撲した左腕を吊った三角巾が見るに痛々しい。
ついでにメガネも新調した。
「しかも脳波コントロール出来る」
「大丈夫? 病院で大人しくしてた方がいいんじゃ」
「へーきへーき。ベッドの上でじっとしてる方が
退屈し過ぎて死んじゃうもん。で、レイブを動かした子は?」
「安心して。ちゃんと警察に突き出したから。
地球署のS.P.Dって言ったら昔は特捜戦隊デカレンジャーって言って…」
「えー、ダメじゃん! 何でケーサツなんかに!
どっから湧いて出たのか、どうやってレイブを動かせたのか問い詰めて
生体解剖したりとか、色々試したかったのにー!」
フライングチェアが急降下し、たすきの鼻先にまですっ飛んで来る。
「ひゃっ!? ち、近い!」
でも、それもそうか。この十年近く誰にも動かす事が出来なかった
レイブをあの不審者が動かした事は事実…
「たのしい人体実験」
——リボーンラボ
ガラガラと冷蔵庫ほどある箱を台車に乗せて男は来た。 30代半ばのその男、見た目は悪くないのだがとにかく胡散臭い。
「主任、駄目だよ。 ちゃんと周りを見なさいね」
あいかわらず気の抜けたゆるすぎる注意。
「タチ博士! どこほっつき歩いてたんですかこんな時に
「内緒。 いやー君たちのおかげで大変だったんだよ? 該当する人物データ無し、過去数年遡ってみたけどまるっきりこの世に存在しないんだもん」
「誰が?」
「比良坂くん」
そう言うとどこからともなくテテーンとありがちな効果音と共に箱が開く。
「……どうも」
「は?」
顔を引き攣らせた不審者との運命的な再会。 お、このクソ博士どういうつもりだ?という顔をする私に博士はこう告げた。
「貰ってきちゃった」
てへぺろみたいなノリで言うなオッサン!しばくぞ!という私の顔を見た博士がこう続ける。
「というわけで、パイロットも見つかったし、プロジェクト・レイブ改め、“プロジェクト・リレイブ”、開始ということで」
はじまります!
「最初の一歩」
――リボーンラボ、演習場。
「よーし、それじゃあ比良坂くん。ドーンと行ってみようかあ!」
「は、はい…!」
突き抜けるような青空の下、
詠次の操縦で搬送用トレーラーから起き上がり、
ぎこちなく最初の一歩を踏み出す。
レイブ、大地に立つ。
「レイブが…動いてる…」
母がここにいれば、きっと喜んでいただろう。
世界のどんな著名な科学者にもその全容を解き明かせず、
動かす事さえ出来なかったレイブが、今、
自分の目の前で動いている事がまるで夢のようで。
たすきはふわふわとした感覚で、その光景をただ見ていた。
「わっかんないなぁ。何であの子には動かせるんだろう。ふしぎ。
やっぱ解剖してみるしか?」
「はっはっは。ダメだよ、主任。それじゃあまたレイブを動かせる人が
いなくなってしまう」
そう言う問題なのか、と主任とタチ博士のやり取りを流し聞きしながら、
「母さん…何処に行っちゃったの…」
ふと、現実に立ち返る。突然、自分の前から姿を消した母。
決して親子仲が悪かったわけではない。
娘である自分を置いて黙って出ていく理由が皆目思いつかない。
「片鱗」
「先生のことだから何処かで調べものでもしてるのさ」
タチ博士。 本名『彳 達也』。 ぎょうにんべんたつやではない。 これで『たち』と読むのだそうだ。
この人の名前でしか使われているところを見たことがない。
母のことを先生と呼ぶのは彼が母の助手をしていたからだ。
父のいない私にとって、この人は父のような、歳の離れた兄のような……そういう存在に限りなく近いけど絶対にやだなぁという人。
他人で良かったし、そういう距離感を取るのが上手いのかもしれない。
ズガガガガガガガガッ!
私のモノローグを発砲音が掻き消した。 主任である。
プロジェクトが凍結されてからも処分するわけにもいかないので軍では細々とレイブの研究が進んでいた。
戦争が始まったりして動かないものを研究する余裕もないとレイブがリボーンラボに送られたのは一年戦争の半ば頃だった。
輸送機で母とレイブと一緒にリボーンラボへと降りたらいたのがこの眼鏡。
正直溜め息が出た。 これに何が出来るのかと。
案の定、レイブはスンだった。
母がいなくなって1年、眼鏡がいなかったらずっと塞ぎ込んでいたに違いない。
は? 発砲音?
「どうやら監視されてたようだね、俺達」
「泳がされてたー的な?オーパーツの秘密を暴いたら、ドイツ第三帝国に追いかけられるー的な?」
のんき過ぎませんか、ここの博士と研究主任。
おっさんと眼鏡。
「娘ちゃん!」
「たすきです!覚えてください主任」
「主任ちゃんと呼んでくれないのー寂しい」
のんきな口調で話しかけながらヘルメット被させられた。
タチ博士も防弾チョッキを着せてくる。
分かるけど分かりたくない、このコンビの機転。
「シェルターの入口は、冷凍庫(こっち)」
「アタシの作ったレイブの紛い物は、ガラクタの山の下(あっち)」
「紛い物が動いても軍動かなかったのに、本物動くと来るんだな。おじさん勉強になったよ」
「紛い物、フェイクにもならなかったなー。片腕じゃ紛い物も動かせないし。大きいけどタチくんじゃコクピット入れないしーどうしようかなーレイブに紛い物の武器を届けてくれると助かるけどー」
は? 何言い出してるの、この眼鏡。
深いため息をついた。
「たまきちゃん、ふぁいと」
「わかりましたよ、乗りますよ、乗ればいいんでしょ!フェイクに」
ラボから出て数歩。
部屋は爆発した。
「紛い物からのバトン」
「ど、どうなってるんだ…!?」
いきなり軍の偵察機「ホルスト」に攻撃され、困惑する詠次。
しかし、レイブには傷ひとつついていない。
「や、やめて下さい! 俺は敵じゃないんですって…」
「調査対象への射撃、着弾を確認。しかし、損傷は見当たらず。
パイロットに告ぐ。直ちに投降し、その機体ごとこちらの指揮下に降れ。
さもなくば実力行使で行く」
「はっ、はっ、はっ…!」
息せき切って、たすきはジャンクの山に埋もれたフェイクの元へ走る。
横目でレイブの姿を追いながら、
「冗談じゃない…今まで何にもしてくれなかったくせに…!
レイブが動いたと分かったら急に出てきて…!」
母が失踪したこの1年。私がどれだけの思いに膝を丸めて生きてきたか…!
「早く、早く動いて…!」
開けっ放しになったフェイクのコクピット席に飛び乗り
熟れた手付きでセミ・オートスロットルへ。
「――ヨミジくーん!!」
「えっ!?」
徐ろにザッピングし、無造作に掴んだフェイク用の武器を
レイブに放り投げる。
「おわっ!? とっ、と…」
「お願い! レイブを渡さないで!」
「明らかにオーバーサイズでしょ!」
「馬力はフェイクよりも上。やれるでしょ」
フェイクのコクピットを閉めずに叫ぶ。
「紛い物でも動いてよ、腕だけじゃくて!!
今動かないでいつ動くっての!」
ーパイロット たまきちゃん確認ー
ーコクピット閉めますー
ーシールド展開ー
ーパイロットの保護を優先ー
「フェイク動いてよ」
ーたまきちゃんの命優先ー
「私は、たすき! 名前間違えてるんじゃないわよ馬鹿AI!!!」
ー名前覚えてるの苦手なんだよなー。紛い物の制御を娘ちゃんの脳波に変更。レイブの援護は任せた。怪我しないようにー
ー後でいいから、シェルター壊れる前に掘り返してくれるとおじさんは助かるー
「なんでAIの真似してるのよ、バカメガネ!!!」
ー怪我させると、教授に合わせる顔ないなーってー
立ち上がるフェイクの巨体。
レイブの2倍近くある。
偵察機のバルカン砲に装甲を削られながらも、レイブに向かって歩き出す。
コクピット周りはやたらと頑丈だ。
「そろそろ、武器の使い方教えて貰えませんかね」
「しろうさぎ」
レイブそのものにスラスターの類は装備されていない。 地上用なんだろうか? 機体表面には宇宙を航行した形跡が見られたと聞く。 どういうこと?
その疑問はすぐに解消された。
「なんだ!? 兎!?」
ホルストのパイロットの驚き。
レイブが空中を跳ぶ。 何もない空間を足場があるかのように跳ぶと、あっという間にホルストの頭上に辿り着き、フェイクの放り投げたピコピコハンマー?みたいな武器を上から叩き付けた。
「すげぇ! 空中ダッシュと空中ジャンプ!! あとは飛び道具のひとつもあればなぁ」
って、跳んだはいいけど落ちてない?
ホルストと共に落下するレイブ。
ホルストはダメージらしきものはそれほど負っていないように見えた。
一方レイブは真っ逆さまに地面に刺さる直前、身体を丸めてくるりと着地した。
「わお身軽!」
私は私で集中砲火を受けながらフェイクの武器になりそうなものを半泣きで探していると。
「はい、そこまで。 みなさんお疲れ様でした」
気が抜けた私は泣いた。
「タ゛チ゛く゛ん゛の゛ア゛ホ゛〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
そう、ここは演習場。 演習が想定された場所。
「声」
「何考えてんのよアンタって人はァ! これが大人のやる事!?」
たすきは馬乗りになってタチ博士をグーで殴った。何度も、何度も。
涙の数だけ強く殴るよ。
「もうやめて! もう顔の感覚が無くなってきた!」
「余程怖かったんだなぁ。何も説明してなかったタチもタチだ。
反省するんだな」
ホルストのパイロットがヘルメットを外す。
リーゼント風に髪を固めていて、乱れは殆ど無い。
「悪かったね。タチに頼まれてレイブの性能を試させてもらった。
俺の名は芝田。ホルストの武器はすべて模擬弾だ。安心してくれ」
芝田はタチ博士の古くからの友人であった。
「それにしても、君。なかなかセンスあるね。
最後の方の動きなんて俺もちょっと追えてなかったもんな」
「あ、いや…」
あの時…突然ウサギのような身軽さを見せつけたレイブの
コクピットの中で…
「何だこれ…勝手に動いてる!?」
『あはは、たのしい!!』
「声? 誰?」
『ねえ、キミはいなくならない? あの人みたいに。
ずっと私と一緒にいてくれる? 次はどんなたのしいものを
見せてくれるの?』
詠次にだけ聞こえた、謎の声…
「疑問」
「ごめんねたすきちゃん。 まだ怒ってるね? 主任も巻き込んですまなかったね」
たすきは半泣きのまま鼻息荒く無言でガサゴソと工具を漁り威力の高そうなものを両手に装備し威嚇する。
主任はというとレイブのチェックを始めていた。
「んー、起動したはいいけど全然動かないじゃん!! アタシのこと嫌い!? 仲良くしようよー!!」
「詠次くーん!!」
「はい! あ、その……さっきはすみませんでした。 えっと……」
「ん? あ! アタシはアサノ。 ここの研究主任。 コレ終わったら脳波とか色々アレするからよろしくね?」
色々アレ?と思ったが、この人の怪我は自分のせいなのだ。 その引け目から強く出られない。
「あ、はい……で、俺はどうすれば?」
「ちょっと座ってみて?」
そう言われコックピットに座る。 アイドリング状態?だった色々が起動してゆく。
「おー。 やっぱ詠次くんにしか反応しないねぇ……なんで? 港のヨーコヨコハマヨコスカ!!!!」
???という顔をする俺に助け舟を出したのはタチ博士だった。
「“アンタあの娘のなんなのさ”ってことさ。 俺も知りたいねそれは」
「オカルティックが止まらない」
「それは俺も知りたいって言うか…」
後頭部をポリポリと掻きながら、レイブのコクピット内に視線を逸らす。
お前も何とか弁明しろよ、あの時みたいに、と言った具合に。
思えば、あの声は夢の中で聞いた声に似ていた、ような…
「あ、そうだ。声みたいなのしませんでした?」
「は? 声?」
「そう。こう、女の子のような。公園で遊んではしゃいでる時みたいな。
ウサギみたいにレイブが飛び跳ねてる時、特に良く聞こえたんです」
タチ博士とアサノは怪訝そうな顔を見合わせて、
「そう言えば、演習中は歩くのがやっとみたいな状態だったのに、
急にレイブの動きが良くなったねぇ」
「でも、声みたいなのはしなかったよー。
戦闘中のレコーダーを再生してみようか。ポチッとな」
『何だこれ…勝手に動いてる!?』
『声? 誰?』
しかし、そこには詠次の声だけしか残されていなかった。
「あれ、ホントだ。でも、誰かと話してる感じでしょ?」
「え…まさかこの機体、事故物件? 何それ、怖」
「リボーンラボに送られてくるような代物だからねぇ…
ちょっと塩持ってきて、塩」
「紛い物?フェイク?」
「お嬢さん。たすき君だったかな?
君が乗り込んだロボと、件のオーパーツ、
見た目違い過ぎない?」
話しかけたのは芝田。
多少の落ち着きを取り戻しながら答えるたすき。
「ベースを作ったのは、母と主任ちゃんだと聞いてます。
リボーンラボに来てから、主任ちゃんがゴテゴテに装甲を盛り出して、普段はスクラップの山に隠し出したり。
奇行に走るのは、いつものことなんですけど」
「へっくちん」
「この姿、まるで亀だな。
飛び跳ねるウサギと、装甲ゴテゴテのカメか。
いい組み合わせになるんじゃないの?」
「亀か、レイブみたいにいい名前あればいいんだけど。
カメとか紛い物とかフェイクとか、ちょっと可愛そう」
「可愛そうなら、お嬢さんが名前を付ければいい」
私は、さっきまで乗っていた巨大ロボを見上げた。
「玄武」
んー。 しばらく私は考えた。
「ドンガメくん……? は悪口っぽいしなぁ」
んー?何がいいかなぁ。 かわいいのがいいなぁ
「亀、亀かぁ……」
言われてみれば四肢に対してちょっとボディはゴテっとしている。 白っぽいレイブに対して黒っぽい感じのコレは……
「玄武?」
「おー、レイブにゲンブか。 上手いこと言うな嬢ちゃん!」
「あっ、いまのは別に! うーん。 もっとかわいい名前がいいなぁ……」
「なんだ、俺はいいと思うけどなぁ」
「ゲンブか……ゲンちゃん。 ゲンくんかな? うん、悪くないかも!」
「だろ? 兎と亀。 レイブとゲンブ。 いいんじゃねぇか?」
「よーし、今日からキミの名前はゲンブだ!!」
よろしくね、ゲンくん!!
すると、めちゃくちゃでっかい声がした。
『おなまえ! レイブ、おなまえ? わたしはレイブ? おなまえだよね? やったぁ!!』
フリーズ。 その場の全員がだるまさんが転んだ!と振り向かれたように固まる。
『みんな止まったねぇ。 おはなししないのかな? 聞こえる? 合ってる? まちがえた?』
『ここはどこ? みんなはだぁれ?』
『おはなし、しない?』
「Hello,brand new world」
「喋ったァァァァァァァァァァ!?」
「ほら、この声! 俺が聞いた声だ! ね? 言った通りでしょ?」
「そう言う問題じゃなーい!」
レイブが言葉を発した。
ややズレている詠次と裏腹に、タチ博士やたすきは大パニック。
「何これ!? 何これ!? レイブが喋ってんの!?
アタシ、アサノ! 研究主任! 分かる!?」
『アサ、ノ? あなたの、おなまえ?』
「そうだよ、レイブ! おりこうさん!
きゃはー! すごいよ、レイブ!」
レイブの足元で跳び跳ねてはしゃいでいる。
天才とは言え、そこはまだ年端の行かない幼気な少女だ。
「たはー、何だか凄いモン見ちまったな。
冗談じゃないぜ」
驚きはするものの、至って平静に愛飲する缶コーヒーを傾ける芝田。
各々、それぞれのリアクションでレイブとの
ファースト・コンタクトを果たした。
『ーーえーと、タチ、シバタ、タスキ、アサノ、ヨミジ!』
ひとりひとり、指を指して名前を呼んでいく。
「せいかーい! 偉いよ、レイブ~!」
「うーん、こりゃあ驚いたねぇ。学習型AIでも積んでんのかな」
「えらいひと」
『おりこう! えらい! んふふーー。 レイブえらいーー』
レイブは満面の笑みを浮かべてご満悦である。 いや、レイブそのものは至って徹頭徹尾鉄仮面なのだが、これが漫画なら“パァッ”とか書き文字を浮かべているな。 と、この場の誰もが思ったのだ。
『おはなしできたね! ゲンブはおはなししないねぇ? なんでかなぁ』
「ほら、聞いてるよ主任! なんでなの?」
たすきは興奮している。
「喋らせるって発想は無かったなぁーー。 作った人、すっごい良いシュミしてるーー!!」
主任も興奮している。
「さっきまで塩持ってこいとか言ってたのにもう馴染んでる……多分俺より……」
詠次はちょっとショック。
タチとシバタは固まっている。
「たすきちゃん、だいぶ元気になったみたいだね」
先程までとは違う声。
「はい! なんたってレイブが動いてしかも喋って! 母さんにも見せてあげたい!! えらすぎさんもそう思うでしょ?」
——沈黙。
『だれ?』
「久しぶりだねレイブ。 プロジェクト・レイブ元・責任者の偉杉(イスギ)と申します」
元技術局長官、現連邦議会議員。 つまり偉い人。
『えらい…ひと…』
「そう、偉い人よ。」
『せ、せすじピーンとしないと…』
「レイブ。あなたは特別な存在なのだからゲンブは話すことが出来ないのよ。」
特別な存在。レイブはその言葉を反芻する。
『レイブとくべつ。』
「そうよ。」
「…しかし…まるで妹かなにかみたいな話し方だなぁ。」
「それも製作者のシュミかしら…」
「もしくは製作者の親族の魂が入ってるとか… 」
「これ以上オカルトを増やさないで。」
少しアクシデントがあれどレイブはとても嬉しそうに皆と仲良くしていた。
だが平和というものはすぐ消え去る。無論この空間も。
突如として爆発音がラボから聞こえた。
警報が鳴り響く。
「何があったの!」
「MSによるリボーンラボに対する攻撃です!! 」
「どういうことなの!? 」
「ダメです!MSはこちらの通信に応答してくれません!」
『良かったのか?我らの軍を差し向けずに。』
『本来なら我らも居てはならない存在だ。不用意に姿を現すより、こうしてこの世界の兵器を使って抹消するのが1番だ。』
MSの攻撃に晒されるリボーンラボ。迎撃を開始するもろくな武器が残っていないため苦戦。
「アンノウン」
「長官、こっちに!」
MSから見てレイブのちょうど真裏にシェルターの入り口があったのが幸いした。
「もう長官じゃないよ、タチくん。 私より彼女たちを。 芝田くん、迎撃できるかな?」
偉杉が主任をシェルターに押し込んだ芝田に尋ねる。
「ホルストは演習用のゴム弾しか装備していませんし、生憎使える機体が……」
「では、比良坂くーん。 レイブを頼みますよー」
「レイブ、いくぞ!」
『ヨミジ、いこう!』
「えらすぎさん! 私もゲンブで……」
「駄目だよ。 ゲンブは頑丈には出来てるけどビームに当たればただでは済まない……だから駄目だ」
タチが走り出すたすきの手を引いて制止する。
真面目な顔、真面目な声。 私の不注意で誰かを怪我させたり、私が怪我をしたり……危ないことを私がしようとした時のタチさん。
小さい頃から知ってる私を本気で叱るときのタチさんだ。
「……ゲルググが2機か。 ジオンの残党にしてはえらく状態もいい」
偉杉はどうにも腑に落ちない。
「連邦の擬装の可能性が?」
芝田も同じ意見だ。
「或いは、それ以外の何者か……」
だが、心当たりがあるわけではなかった。
「走る傷跡」
「レイブ、頼む!」
『? みんな、どうしたの? かくれんぼ?』
「違う、そうじゃない!」
シェルターに避難して行くたすき達を不思議そうに見つめるレイブ。
状況が理解できていない。
「…」
「…」
じわり、じわりとビーム・ナギナタを携えたゲルググが迫ってくる。
「芝田さんの仲間…とかってわけじゃないん、だよな…?」
『あなたたちは、だれ? おはなし、しよう?』
「わっ、やめろ!」
レイブには邪気が無い。
迂闊にもゲルググに近づき、手を伸ばそうとする。
「――!!」
その手がゲルググに触れる事は無かった。
逆袈裟に振り上げられるビーム・ナギナタが
ガラ空きになったレイブの装甲を焼く。
「うわあああッ!!」
尻餅をつくレイブ。胴体に一文字に走る熱傷。
模擬弾でもない。一撃でコクピットを串刺しにされていたかも
知れなかった。
「ほ、本気? 本気で、俺たちを……」
『ヨ、ヨミジ……なんで? レイブ、あそびたかっただけなのに。
レイブ、なにかわるいことした?』
さっきまであんなに楽しかったのに。
あの時間がずっと続けばいいと思っていたのに。
『こ、こわい…うわ…ああ…』
なおも近づいてくるゲルググ。
レイブは恐怖に襲われる。前にも似たような状況はあった。だがその時は謎の方が強く、咄嗟に逃げただけに過ぎない。
及び腰になりどうしようも無くなる。
「レイブ!動いてくれ頼む!」
先程の演習の時は動いてくれたのに今度は動かなくなってしまう。
(もしかして…レイブ自身が戦いを恐れているのか…?)
詠次は改めてレイブが何も知らない。赤ん坊みたいな存在であるということを思い知る。
だが、
「レイブ!!」
『……』
「今ここで動かないと!皆死んじゃうんだぞ!」
『…し、しぬ…?』
「ああ!もうお話はできないし遊ぶことも出来ない!今ここでレイブが頑張らないと!!」
『…い、嫌だ…お話できないの…やだ…!そんなの嫌だァァァァァァ!!!』
——layb
——NO
——re layb
レイブのツインアイが光る。
『うわああああああ!!』
レイブはゲルググに殴りかかる。
その威力は凄まじく、ゲルググが大きく吹っ飛ばされてしまった。
「す、すごい!」
もう一体のゲルググがナギナタを構える。
『アクセス、雷光ブレイド!』
「イェロウ・スプリングロード」
——シェルター
「モニター、出たよ!」
主任は片腕でラボの様子をモニターに出す。
「レイブ!!」
たすきが叫ぶ。 手を伸ばし話しかけたレイブをゲルググが斬りつけた瞬間だった。
「捕獲が目的ではない……か」
——???・コックピット
「よみがえったか……」
その様子を見ているヘルメットの男。 その声は加工されている
「アイツらのせいで結局目覚めちまった」
男の声は残念そうだった。
——謎の空間、管制室
「イェロウ、あの子は?」
声の主は白衣の女性。
——???・コックピット
「見たところお目覚めのようだ」
『そう。 心配は要らないだろうけど、必要なら助けてあげて』
「了解」
男は短く告げ通信を切る。
「……あとはお前次第だぞ、比良坂詠次——」
——ラボの外
夕闇に反応して演習場のライトが点灯し始める。
「今の声は!? これはレイブがやったのか?」
レイブの腕の延長線上に光刃を展開した感情の無い声に戸惑う。
先程までより視線が上がっていた。
浮遊感はなくレイブの大きさにも変化は無い。
レイブ自身がひと回り大きくなったような感覚。
「WONDERLAND」
「始まったか…」
電流火花を激しく散らした雷光ブレイドを右腕に纒い、ゲルググーーの姿をした何かーーと
対峙するレイブの姿。ウサギのように爛々と発光する真っ赤な目。
得体の知れない力がレイブの中を駆け巡っている。
リボーンラボの面々、そして観測者もその光景を静かに見守る。
「第1段階。『WONDERLAND』へのアクセス。
お目覚めにしちゃ、ちょっと追い詰め過ぎちゃったかな」
「覚醒が早すぎる。奴をこのままにしておけば、本来の力を取り戻す事は確実。
この場でトドメを刺せ!」
ゲルググのモノアイが光を灯す。
ビーム・ナギナタを持ち変えて、レイブに向かっていく。
「く、来る!」
『ーー!!』
一閃。
その動き、雷光さえも置き去りにして。
そして刹那の沈黙の後、雷光ブレイドに弾かれた
ナギナタが演習場のグラウンドに突き刺さった。
「や、やった…?」
『………』
レイブは空を仰ぐ。すると、さっきまで晴れていた空に
黒雲が立ち込めていく。膝を折り、レイブはその中心部へと跳躍した。
高く、高く。
うさぎが、ぴょん。
「ど、何処に行くの!?」
「エピローグ」
「反応、ロスト。まんまとやられたねえ」
「悠長な事を言っている場合か。すぐに行方を追え」
「はいはい」
「レイブ! 詠次くん!」
モニター越しに起きた出来事が信じられなくて。
たすきはシェルターを飛び出した。
「あ……」
巨大ロボットたちの足跡に踏み荒らされた演習場。
そこには殴り飛ばされたゲルググも、突き刺さったナギナタも。
そしてレイブの姿も無かった。
まるで何事も無かったかのように空は雲ひとつなく晴れている。
白兎は、黒雲に巻かれ霧散するようにして消えたのだ。
「そんな……母さんも、レイブも、詠次くんも、
みんなあたしを置いてどっかに行っちゃう…何で、どうして……!!」
崩れ落ちるたすき。
全ては泡沫の夢だったのか。
観測者とは何者か。
レイブの正体とは。
比良坂詠次は何処から来たのか。
その詠次の名を知る男、イェロウとは。
かくして多くの謎を含み、彼らの冒険は始まった。
後に、神出鬼没の怪ロボット「白兎のレイブ」として人々の間で語り継がれる事となる、始まりの物語であった……
「白兎のレイブ」完 to be continued……