「四天王」の未来は
【青龍視点】
人の世を混沌に塗り替えるべく異界から訪れた魔王に見込まれ、「四天王」の地位と名を与えられて早5年。
家族と過ごした平凡な日々の記憶が薄れ、常に死と隣り合わせの状況で仲間と最強を目指している日々記憶が濃くなってきた頃だった。
人の世に、魔王打倒を唱える勇者が現れた。
勇者は幾度死せども生き返って立ち上がり、歯向かう者を屠って、魔王城まで血の道を拓いた。
私たちが育て上げた部下や、共に鍛錬を積んだ者たちも、勇者一行に命を奪われた。
城に残るは、私たち四天王と、数少ない部下、魔王のみ。
「そろそろ私たちも死ぬ覚悟をしないといけないみたいですね」
城の展望台から地上を見下ろす殺戮好きの「白虎」が、心底楽しそうな笑みを浮かべる。
勇者一行が城門まで訪れたのだろう。
「やめてよ、今まで生きる為に人を殺してきたのに」
これは本心。
皆と城で過ごす時間を作る為に、全力で害なす者を除いたのだから。
と。
「まぁ、まずは、誰が一番最初に勇者を止めに行くか決めません?」
普段寡黙な年長者、「玄武」がそう口にした。
【朱雀視点】
襖越しに彼らの話を聞いていた僕は、誰が一番弱いかを考えていた。頭のいい玄武のことだから弱い人を先に出そうとするだろう。
白虎は人を倒すことに関しては強いけれど、戦略を立てずに猪突猛進するから弱いとも言える。青龍は攻撃があまりできないものの、頭で考えて全ての行動を成すから……。でも攻撃力が弱かったら弱いのか。玄武は安定してるんだよなぁ……。年長者としての威厳もあるし……。ただこれが強いっていう点はないんだよなぁ……。
僕は……あれ、何もなくない? 火の攻撃は水で全て潰されるし、頭で考えて攻撃なんてしないもん。どうしよう……。
「盗み聞きとは良くないですね、朱雀さん」
突然襖が開けられ、玄武が僕を見下ろしながら言った。
「あ、いや、盗み聞きをしていたわけじゃ……。入るタイミングを逃してしまって……」
咄嗟の言い訳をするが玄武は顔色ひとつ変えず、
「とりあえず入ってください。多分朱雀さんのことですし、僕の思考をよんで、考えでも巡らせていたのでしょう」
と言った。……うわぁ、バレてる。玄武はやっぱり怖いなぁ。
部屋に入ると青龍と白虎の視線は僕に向いていた。
【玄武視点】
役者はそろいましたね。
「朱雀さんも来たことですし、改めて、誰が一番最初に勇者を止めに行くか決めません?」
僕はもう一度口にした。
勇者が魔王城に辿り着いた以上、四天王と勇者の戦いは必須だと、青龍も、朱雀も、白虎も、意識したことだろう。
頭の中は、戦いの順番を決めることで埋め尽くされているだろう。
まあ、順番の見当はつく。
白虎は殺戮好きだ。一番手に名乗りを上げるだろう。
青龍は臆病だが、情に厚い。白虎が負けると、敵討ちだと二番手に名乗りを上げるだろう。
朱雀は僕を警戒している節がある。あくまで僕の後を選ぼうとするだろう。
つまり四番手。
ならば必然的に、僕は三番手。
よしよし、それなら僕が逃げるまでの時間稼ぎは十分できそうだ。
先の質問は、他の四天王から逃げるという選択肢を忘れさせるため。
全員が逃げた場合、最も足の遅い僕が真っ先に勇者の餌食になってしまう。
そんな未来は断固拒否だ。
僕は白虎の方を向く。
「白虎さんは、誰から行くのがいいと思いますか?」
聞くまでもなく、白虎の答えはわかっている。
俺から行く、と答えるのだろう。
僕の計算通りに。
【白虎視点】
魔王は万策尽きたか。
部下が作成した資料から目を離す。度重なる戦闘で荒廃した城下町に夕日が差し込む。
歴戦の武人たる白虎には、戦闘の行く末が見えていた。初めはさして注目に値する存在ではなかった。次々と現れる魔王の討伐を謳う集団の一つに過ぎなかった。だが勇者一行との戦闘を繰り返すうち、次第に魔王軍に恐慌が広がっていった。致し方あるまい。「せーぶ」なる秘技で、何度命を奪っても蘇るのだから。
魔王軍の士気は落ち、戦力は減っていく一方。一騎当千の猛者たる四天王にも、如何ともし難かった。
恐らくこれが最後の戦闘になる。他の四天王が策を弄している気配はあった。しかし、彼は関心を持てないでいた。
「白虎さんは、誰から行くのがいいと思いますか?」
問いが投げかけられる。場の注目が彼に集まる。答えは決まっていた。
「私が先陣を切ろう」
沈黙。
「ただし今から日課の武具の整備、その後は瞑想だ」
「そんなことしている間に、城の奥まで入ってこられてしまいますよ!」
「ならば、力ずくで我を止めるか?」
刃が翻り喉元に突きつけられる。刃の質量と白虎の挑発する視線。玄武は動けない。
【青龍視点】
白虎の抜刀は目にも止まらぬ、なんて言い方じゃ足りないくらい速かった。さっきまで分厚い筋肉で覆われた背中を見せていたのに、まるで映像をスキップしたみたいに次の瞬間には玄武に剣を突きつけている。
味方なのにその威圧感にはぞっとする。こと戦いに関して白虎は私たちとは格というか、次元が違う。多分桁がふたつくらいは上回っているんじゃないだろうか。その気になれば背筋が凍る間もなく首を落とすことが出来たはずだ。
…………いやいや、ぞっとしてる場合じゃない。
わー!と驚いた振りをして気つけがわりに叫んでみて、竦む足を無理矢理動かし死ぬほど怖いけど白虎と玄武の間に割って入る。
「ち、ちょっと!今更仲間割れなんてしてる場合じゃない!よね!?白虎が行ってくれるならみんな安心だけどちょっと焦ってるだけだから!」
それくらい白虎にだって分かってる、と思う。でなきゃ今ごろ玄武の頭はその辺に転がってた。味方どうしで殺しあって終わり、というのは勇者に皆殺しにされるよりいやだ。
それに、白虎が負けるなんて想像がつかない。勇者が何度も生き返るなら死ぬまで殺す、なんて発想をしちゃうのが白虎だ。