平凡な男 貴芋畑白馬

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1人目

「…貴芋畑さんは、どう思われますか?」
はっと我に返り周囲を見渡すと、咎めるような、意地の悪い視線が貴芋畑白馬(きいもばたけ はくば)に注がれていた。
「…す、すみません。もう一度いいでしょうか…」
「わかりました。皆様、お時間をすみません。たった今申し上げたのですが…」
血色の悪い唇の端を吊り上げて、上司が恭しく説明を繰り返す。貴芋畑は意識を集中させるのに苦労した。あるイメージが、頭にこびりついて離れないのだ。

貴芋畑が社員寮に帰るのは、いつも日付をまたいでからだ。熱心に仕事をしている…という訳では、決してない。12人いる彼女と日替りで遊び回っているのだ。毎日をそれぞれの彼女と費やしても、単純計算で1人あたり月2~3回しか会えないため、休むことは許されない。こちらが本業と言っても差し支えないほどの忙しさである。

その疲れのせいかと、最初は思った。
だが、あまりにも何度もその女を見かけるため、現実のものと思うしかなくなった。

雨の晩は必ず、傘も差さないずぶ濡れの女を見かけるのだ。
その女はわたがしを食らっている。
びっしょびしょに成り果てたわたがしを、食らっている。

2人目

その晩も女はいつものように駅前の貝塚の中に立っていた。
ザリザリ・・・と音を立てながら女はわたがしを舌ですり潰している。
わたがしは本来、綿のようにふわふわとした食感が魅力の食べ物であるが、雨に濡れ溶けたそれは押し潰されて女の手のひらに収まっていた。
女がわたがしを少しちぎって、口に運ぶ。

「ヂッ」

よく見ると、わたがしと思われたそれはハムスターだった。
女はそのわたがしハムスターを胸ポケットに入れて、商店街の奥に歩いて行った。
商店街は家とは逆方向だったので、疲れていた貴芋畑は少し迷ったが、女のあとを追ってみることにした。普段通らない道を通ってみるのも悪くはない。それに、このままでは夢見が良くなさそうだ。

商店街は赤やピンクの安っぽいライトで飾られていて、商店街というよりは歓楽街といった出で立ちだ。街灯や電柱の上にはあちこちにチラシや垂れ幕が掛かっている。

「貝塚商店街 秋の狂い相撲大祭り‼︎ 〜優勝者にはニンジャのハエをプレゼント〜」

貴芋畑はそれらのチラシを横目に女の後を追うのだった。

3人目

ニンジャのハエ?!
一度は意識の網をすり抜けた字面が、脳漿にプカプカ浮かび上がってくる。

この街は、狂ってやがる。
貴芋畑は貝塚市で生まれ育ったが、一体どうして、いつからこんなMAD CITYに成り果てたのか、思い出せない。

「あら?白馬くんじゃない!」

甲高い声に振り向くと、寂しい雰囲気のスナックの前に傘を差した女が立っている。乳首以外全部出し、といった出立ちだ。

「白馬?」「えっ!」「芋くん?」
わらわらと出てくる女達、総勢12名。
全員、彼女だ。

女というのは目配せで通じ合えるものなのだろうか。自分がしでかすような悪事は全てお見通しだった母のことを思い出す。

パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン!!!!!!!!

ひどく巨大な芋虫がいたとして、全部の足に革手袋をひっかけて順繰りに蹴られるような、そんなビンタだった。
一人一発、律儀なものである。

貴芋畑は泣き出しそうだった。実際、三滴は涙が出ていた。
それでも、いや、だからこそ、貴芋畑は当初の目的に固執した。
走る貴芋畑。

「おい!ハムスターを離せ!」

女が振り返る。

「嫌がってる…だ、ろ」

4人目

女は驚いた顔でこちらを一瞥すると、ポケットを左手で押さえてそのまま走り出した。

「お、おい!待てよ…!」

女の激走に一瞬躊躇したが、貴芋畑も後を追って走った。

「そうよ!」 「待ちなさいっ!」 「そうよそうよ!」 「んヤダもう!」 「お止まりなさいっ!」

後ろから甲高い叫び声が聞こえた。
先ほど貴芋畑相手に平手の協奏曲(コンチェルト)を奏でた女達が、縦一列に整列してバッタバッタとついてきた。

商店街を駆け抜ける女。 必死で後を追う貴芋畑。 後ろに続く女子十二楽坊。
総勢14名が綺麗な列をなして等間隔で移動している様は、サザエさんのそれだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アッッッッッッ!!!!!!!!!

一瞬のうち、貴芋畑の視界は一面灰色のコンクリートになっていた。ど根性タケノコにやられたのだ。

「ハア〜ッッ!!!三日月を!!!!眺めるふりして!!!!すかしっぺ!!!!ヤッッ!!」
頭上からしゃがれた、でもどこかハリのある威勢のいい声が降り注いだ。

5人目

時は9099年7月99日ーー
地球はかろうじて存在していたが、地上の生命はゴキブリかど根性タケノコか。

他の生命は全て死滅してしまった。
貴芋畑白馬も、その14人の彼女も灰となって久しい。

地球はあと数ヶ月で灼熱のブラックホールに取り込まれ灰となる。今はかろうじて水気を保つ物体も例外ではない。
ど根性タケノコのブヒモスは、青空の彼方を見つめた。
若かりし日、地球…ひいてはど根性タケノコ一族の命運が分かっていたとして、自分に何が出来たのであろう。

両親や兄弟、大切な人もすでにカラカラに乾き切り、語り合うことも能わぬ地へ旅立ってしまった。
ブヒモスにできることは、ただ、あの時どうすれば良かったのか、悔いることだけである。

熱風が冷たく、尚且つ嘲るように、ブヒモスの頬を撫ぜていく。

ブヒモスが悩めども、諦めども、地球に残されたのは僅か500日である。