誰かを愛したい、誰かに愛されたい
昔から僕は、いつも『すごいね!』って言われてきた。
小学生になっても、多分みんなからは勉強ばっかやっている人って思われていたんだろうな。
中学生になっても僕は、友達も居なくて、ただ一人だった。
『どうしたの?』って言ってくれたことは今でも覚えている。
自分が生きていて意味あるのかな思っていた頃だったから。
悔し涙じゃない涙を浮かべたのは、あのときの一回だけだ。
「僕、変なのかなぁ。友達も居ないし、『好き』っていう感情がわからない。誰かを愛したい。誰かに愛されたい」
僕は、ポツリと呟いた。
その日。 僕は布団の中でずっと考えた。どうすればこの気持ちが消化されるのだろう。
そもそも人は、自分のことが好きでないと誰かを好きになることができないと聞いたことがある。
僕は、自分のことが好きなのだろうか。
・・・わからない。
誰かに愛されれば孤独から救われる。 生きる意味を見いだせる。
誰かを愛せばその人のために頑張ろうって思える。
でも、誰からも愛されなくて、誰も愛せなかったら?
ずっと考え続けている。
僕が僕自身を好きかどうか分からなくて、でも誰かを好きになってみたい、好きだと思ってもらいたいのは、
僕が僕自身の形をあまりにも分からないからなのかもしれない。
そのくせ他人と触れるのは何もかも怖いんだ。
『どうしたの?』って聞いてくれた時、その目にはどんな風に僕が映っていたんだろうか。
他人。それは自分じゃない全ての人。相手の考えがわからない。見破るすべがない。だから怖い。「どうしたの?」この言葉は魔法のように思えた。でも魔法じゃないかもしれない。事実を見るのが怖かった。ただ幻想に溺れていたかった。わからないから怖いかもしれない。でも未知の世界へ飛び込む勇気が僕にはない。どうせこのままじゃ進歩しない。わかってる、わかってるんだ。それでも、やっぱり行動に移せない。恋とか恋愛とか、そういうのに興味はないけど。ただやっぱり俺を見てほしくて。何か取り柄があったら、認めてもらえるかな
そう考えていると、いつのまにか枕が濡れていた。
孤独な海をさまよい続けて見つけた陸地は、結局のところいつも通りの自己卑下。堂々巡りでしかなかった。
そこにはいつも足りない自分しかいなかった。
僕は、カーテンをざっと開けた。
濡れたまつ毛が月夜に照らされて、視界をかすませる。
窓をゆっくりと開けた。
まだ、足取りがおぼつかない五月の風がふわりと体に纏わる。
自分の体を運ぶのに精一杯なひょうきんな足を窓の縁へとかけて、地面に還ろうとした。
荒々しい鼓動が、部屋中に鳴り響く。
「ここじゃない...。」
瞬間、がさっと草木が擦れる音が、遠いはずの地面から僕の耳を攻撃するように飛んできた。
思わず確かめようとしてしまった。
斜めに繰り出した僕の首はおかしなバランスを取って揺れ、僕より先に眼鏡だけが下に落ちていった。
闇に吸い込まれると思ったが、僕の分身が柔らかく地面に着地する音が聴こえた。聴こえたと思った。
「いてて…」
何も痛くないはずなのに、なんだかびっくりしてそう独りごちてしまった。
天使は首を振りながら答えた
「愛されたければ人に愛を与えなさい。
自分を大事にしなさい。
自分をないがしろにすれば、相手にもないがしろにされます。」
「人を愛する…。うん、僕まずは誰かに愛を与えるよ。」
「あなたならできますよ。」
天使そう答えると消えていった。
でも、それは誰なんだ?
家のチャイムが鳴る。
僕は玄関に向かった。
知らない女の子が居た。
「卒業するんです」
そう言って、手紙を差し出す。
「誰ですか?」
女の子は悲しい顔をした。
「公園で同級生にイジメられていたのを、助けてもらった者です」
僕は思い出した。
「ずっとお礼が言いたくて。ありがとうございました」
女の子は頭を下げると、背を向けて歩き始めた。
後ろ姿を見ながら、何か言おうと思った。
でも、何を言えばいいのだ?
僕は怖かった。
その時、天使の声がした。
「勇気を出しなさい」
「あの!」
僕は彼女に声をかけた。
涙に濡れた瞳が、とても綺麗だ。
『勇気を出しなさい』
僕は、誰かを愛したい。誰かを愛す自分自身も。
裸足のまま玄関を出て、彼女の前に立つ。
勇気を出せ。公園で彼女を助けた時のように。
「卒業、おめでとう!」
貰った手紙を握りしめて、精一杯の声で祝う。
彼女は、驚き、泣きながら美しく笑った。
涙のあとが光り、僕の胸は熱くなる。
「手紙、絶対読んでね?」
彼女が笑う。
僕は握りしめた手紙を離せずにいる。
胸が熱い。
雨上がりの虹が僕らを明るく照らしていた。