自由に二次創作ッ!!
だって、そうだろう。
思わず、声に出してしまった。
ここまで感情が昂るのはいつ以来だったか。
激しく揺れ動く心に、情動に身を任せ、果て無き地平に向けて駆け出す。御しきれない感情が噴出していくのがわかる。
自信を遮る障害物は存在しない。この、訳の分からない世界に存在しているのは自分しかいない。しかし、ありとあらゆる地にヒトの手が伸びた現代にこのような『無』は存在しない。
人が作った建物も、元より存在した自然も、いままで生きてきた地球には存在しない。
なんなんだ、ここは。何処だよ、ここは。
やはり何一つ見えない空白に、叫ぶ。強く、願う。
だって、こんな。
分からない、分からない分からない。
今の今まで。それこそ、昨日まで積み上げて来た研鑽が総て無くなってしまう。
今の今まで。ほかの誰よりも、僕は勉強を頑張った。
僕を見ない家族に認められるために。
僕を置いて行った姉を認めさせるために。
頑張った。ただひたすらに。
なのに、なのになのになのに!
誰もいないなら、どうすればいい?
どうしたら、誰が、僕を認めるというんだ。
ひたすらに、走る。けれども、何もない。
いままで頭に詰め込んだ地理の知識は役に立たない。
いままで理解してきた定理も、公式も、数式も、数えるものがないここでは意味がない。
意味がない、意味がない。いままでの努力の意味なんか、もう。
認めたくないから、とにかく走る。
どくん、どくんと早鐘を打つ心臓を無視して走る。
心のどこかで告げられる。
お前の命に価値は無いと。
何も残せず、ここで死ぬのだ、と。
自分の冷静な思考に蓋をして、走る。
走って、走って、走って―――
それからどれだけの時間が経ったのか。
前に進んでいるのか、それとも、その場から1ミリも進まないまま
足だけを動かしているのか。
時を刻み傾く太陽は頭上に無く。
距離を推し測るための標も無く。
相変わらず変わり映えのしない、ひたすらに白く果てしなく広がる世界は
何も答えを提示してはくれない。
徒に体力だけを消耗していく。それだけは分かる。生きてはいる。
ただ死んでいないだけだ。
ここは牢獄なのか。己の無力さ、無意味さを実感させるためだけに存在する場所なのか。
気が狂う。誰でもいい。何でもいい。
独りじゃないと思わせてくれ。
「頼む……頼むよ…………」
「……!」
目に剣呑な光を宿し、再び走り出す。彼は妹の結婚式を終え、人質となった親友を助けるために走り続けていた。しかし、彼は道半ばで心筋梗塞を発症し、この世を去り、転生して姉を見返さんと勉強をするも報われず、我武者羅に走り続けていたところ、突如として前世の記憶を取り戻した男である。
彼の前世の名はメロス。今世では行く当ても失い走り続ける者である。
「僕は……私は……何のために走り続けるのだろう」
ふと、湧き出た疑問が口をつく。その答えは既に分かってしまっているというのに。
今更な問いが、音を乗せ静寂に融けてゆく。
意味はない、はずだ。ただ空白が敷き詰められたこの世界で何を成そうが意味がない。
永遠とも感じる時間を只管に駆け巡る道中で何度も何度も出した結論の筈だ。
ならば、なぜなのだろう。
足は止まらない。使える時間を全て勉学に費やした代償に著しく低下した身体能力で進める距離など、自分が一番理解している。それでも、走り続けた。
だったら、どうして。
いくら探しても、人一人見つからないというのに。どれほど求めても、自身を認める者などただの一人もいなかったというのに。
学術にいくら精通したとて、突如として降って湧いた哲学的な問いに答えられる程の経験はまだ積んでいない。
回帰した『メロス』の記憶が、それを補完する。脳に流し込まれた男の軌跡が、答えを導く。
かつての人生で、私は友情を得た。セリヌンティウスに、あの暴君ディオニスにしたってそうだろう。ただ駆けたあの三日間は一人の男に信じる心を与えることができた。
今の人生で、僕は一人だった。視界に入る活字を読み込み、暗記し、理解する。まるで機械のように駆動する思考。ただそれだけの十余年は誰に何を与えることもなかった。
結局、僕は自分しか見ていなかった。
かつてはただのしがない、羊飼いであった私が、自らを信ずる友を持ちうることも。
家族と分かり合い、認め合う関係を手に入れることも。
誰かのために、その生を使うことができたら。そうなったかもしれない。
ならば、なぜ、今僕は、私は、前へ進むのか。
そんなの、最初から決まっていたことで。
「誰か、いないのか」
誰かと、いたい。誰かと、存在していたい。誰かと、話していたい。誰かと、認め合いたい。
ああ、まだ僕に友達はいなかったなあ、と。
今更が過ぎる後悔を、吐き出した。
人生とは走る事に似ている。
命が尽きる日と言う名のゴールに向かって走り続ける。
「メロス」と言う前世を思い出した事によってそれをより明確に感じられるようになった。
途中で走るのを止め、休む時もあるだろう。
進む先を見失い、迷うこともあるだろう。
けれど、命ある限り、道は続いていく。否、或いは命燃え尽きた後でさえも…
そして、こうも考えられる。
人生とはリレー小説のようでもあると。
誰かの物語に触れ、その続きを紡ぎ、そしてまたその先へと繋がっていく。
昨日、今日、明日と……
「そうだ……まだ、終われない! ここが何処だかも分からないまま……
何も無いなら、誰もいないなら、僕の方から行ってやる!
ここではない、何処かへ――!」
メロスから、僕へ。僕から、次の誰かへ。このバトンを渡しに行ってやる。
千切れそうなまでに腕を前へと伸ばす。強く、強く。
「ッ……!?」
かくて願いは聞き届けられた。
何も無い空間から僕の腕を引く誰かの手。
『ならば往くが良い。ここで終わるも、続けるも、全てがお前の自由だ。
だが努々忘れるな。自由とは――』
「声……!? ちょっと待って、誰なんだ、アンタは一体ッ……!?」
その問いに答えは無く、何も無かった空白の世界に亀裂が走り、
硝子のようにすべてが砕け散る。
「う、うわあああああああッ……!!」
目も開けていられないような眩い光に飲み込まれ、僕の意識も肉体も
光の中に溶けていく。
「う……」
指に力を入れる。動く。まだ生きている。上体を起こし、周囲を仰ぎ見る。
そこには……
『出たな――の怪人!!』
『イーッ!!』
あの果てしなく何も無い白き虚無の世界から一転、
けたたましい喧騒、視界いっぱいに広がる色彩、交錯する人影。
あれだけ渇望していた全てが、そこにあった。
「出れた……あの場所から抜け出せたんだ、僕は……!」
「君! 早く起き上がってここから逃げるんだ! トォォォッ!!」
感慨に耽っている間も無く、眼前では不気味な怪人と黒一色のタイツ姿の集団を
相手にたったひとりで戦う青年の姿があった。
「え? え?? これって……」
急転直下。物語は唐突に動き始めた。
ドカァァァァァァァン!
突然、後ろの岩が弾け飛んだ。
「ここは危険だ。早く行け!」
「は、はい!」
僕は言われるがまま、再び走り始めた。
「さぁ、かかってこい!」
「イーッ!」
後ろを振り返ることもなく、宛もなく走り続けた。刹那、響く轟音。ロシア人らしい男が持っているタブレットが爆発したのだ。その爆風で飛ばされた赤茶がかった髪の女の子がトラックに撥ねられそうになっていた。
「あぶない!」
「あぶねぇ!」
ほぼ同時だったと思う。ヒゲを生やした中年男性は道路の真ん中で女の子を抱きかかえてた。無我夢中だったんだと思う。僕は何を思ったのか、トラックに立ち向かっていき、気づけば両手でトラックを止めていた。けれど全身に走る衝撃は計り知れないものだった。止めきった後は、そのまま意識を手放した。
気づけば病院のベットの上だった。お見舞いの花とメッセージカード
「あ、目覚めましたか?先生、先生!!」
―――
――
―
「奇跡としか言いようがないですよ。腕が複雑骨折してる以外はなんともないなんて」
「えっと、あの子は……あのオジさんは……?」
「あなたのおかげで軽症ですよ。とても感謝されてました」
「はは……そっか……いてて」
親にも見放され、一人ぼっちだった僕でも、これで少しは役に立てたのかな? ならよかった……。
寝返りどころか、息をするだけで激痛が走る。
目まぐるしく状況が二転三転して、落ち着いて考える間も無かった。
『ここは危険だ。早く行け!』
道に行き倒れていた僕を怪しい集団から助けようとしてくれた
あの人はどうなったんだろう。無事でいてくれればいいが。
人も、街も、自然も存在する通常空間。ありふれた病院の一室。
だけど、ここは僕が暮らしていた世界なんだろうか。
僕の家族は? 家は? そして僕を連れ出したあの声の主は?
分からない事は山積みだった。
「ご家族の方に連絡を取ります。何かご連絡が出来るものはお持ちですか?」
「え? あの、えと……」
何も無い。連絡が出来るものは何ひとつ身につけてはいなかった。
「それじゃあ、何か身分を証明するものか何か……」
「学生証が上着の胸ポケットに入ってたはずなので、それを……あたた……」
そう。ここで僕の名前を語っておこう。僕の名は……
津島 秀。『秀』と書いて『シュウ』と読む。いかにも速そうな名前だが、僕の短い生涯には速さなどこれっぽっちもなかった。
「なるほど…学生さんだね。ちょっと貸してくれる?」
おそらくこの世界で唯一僕の存在を示してくれているだろう一枚の証。それを見て、白衣を羽織った医師らしき人物は不思議そうな顔をした。
その医師は女性だった。平均的な身長の僕よりも少し高い、すらりとした彼女は一見するとベテランドクターに見えるが、白衣の袖をしわくちゃにまくって頭をポリポリと掻きながら学生証を見る姿は、どこか適当さを感じた。
「うーん…参ったな。本来こんな戦場の真っ只中に学生なんかいるはずないんだけど。どっから来たの?拉致られた感じ?」
気づいたらここにいたなんて言っても信用してくれないだろう。どう言うべきだろうか。
「あー、もしかして別の世界から飛ばされて来たってこと?」
「どうして分かったんですか?」
「なんとなく。」
当てずっぽうで言い当てた彼女に驚いた僕を横に、彼女は言葉を続けた。
「まあこの世界は何でもありだからね。魔法ってわけじゃないけど、フィクションで出てくるような力は大体実在するからね。」
「『力』ですか…それは一体?」
道中で見た怪人も力を持っていたのだろうか。
「まあ『能力』って言ったほうが分かりやすいかな?一人に一つ。誰でも何かしら持ってるよ。かくいう私もその能力でこうして食っていけてるのさ。」
能力とは何だろう。この人が持っているのはどんな力だろう。僕は気が気でなかった。
「その能力、見せてもらう事は可能ですか?」
「良いよ。私についてきな!」
彼女はそういうと、部屋の外へと親指を向けた。
「でも、僕は怪我でそこまで歩けるかどうか…」
「それならとうに治してるよ。ほら、自在に動けるでしょ?」
彼女の言うとおり僕の骨折はいつのまにか治っていた。どういうことだ?
不思議なこの世界と彼女に戸惑いながら、僕は案内に従い足を進めた。
「ここだよ」
白衣の女性が連れてきたのは地下室だった。
「能力を見せる前に、手伝ってもらいたいことがあってね」
魔法の研究。そして、聞けばこの世界には全身黒タイツのような人物もちらほらいる。この場所は、犯罪都市――米花町。
ここの世界は聞けばサザエさん時空というものに類するのだという。あるいは浦島時空か。時間がほぼ止まっているように遅く過ぎる割に、文明の進化は目まぐるしく、本来の世界だと10年は優にかかるであろう文化がともすれば秒単位で進んでいるのだ。
そういえば、赤茶がかった髪の女の子の存在が小学1年生というのに、それを感じさせぬ不思議な少女だった。トラックに惹かれる直前、同い年くらいのメガネをかけた少年が「ハイバラ!」と叫んでいたことから考えると、その子はハイバラというらしい。
「そして、このボウヤが、要観察対象の能力を持っている」
「……!」
その顔には見覚えがあった。名前は【江戸川コナン】というらしい。「ハイバラ」と叫んだ、蝶ネクタイをつけたメガネの少年。能力名は【事件を呼び寄せる程度の能力】。この少年の【固有能力】だというのだった。
「このボウヤには気をつけな。自覚はないみたいだが、ほぼ毎日のように爆発騒ぎが起きてる」
「毎日!?」
「ここの時間の流れはほぼ止まってるようなものだからね。朝昼晩とあるのに日数は驚くほど進まない。治安維持のために営業時間はすべて朝7時から夜11時。夜に出歩こうものなら袋の鼠さね」
「……」
「さらに言えば警察組織も麻痺してる。軽犯罪ですら処理するのに体感3日はかかる」
「えっ……」
どうなってるんだ、一体。どうやら僕はとんでもないところに来てしまったらしい。
「さて学生くん。ここまで聞いて帰りたくなった気持ちを抑えてよく聞いてほしい。君にやってもらいたいのは――」
「おのれィ、本郷猛!」
「ショッカー! 何のためにあの少年を狙った!?」
「貴様は知る必要も無い事よ! 『時を駆ける少年』の確保は失敗した!
退け! 退けィ!!」
「イーッ! イーッ!!」
怪人は戦闘員を従え、撤退していった。
「逃げたか……それにしても、『時を駆ける少年』……一体どう言う意味なんだ」
世界征服を企む悪の秘密結社ショッカーによって改造人間にされてしまった青年
本郷猛。彼はショッカーに反旗を翻し、
人間の自由と平和のために戦う「仮面ライダー」として敢然と立ち上がった。
「調べてみる必要があるか……」
前世の記憶を取り戻し、己がかつて『メロス』と言う人間であった事を思い出した
津島秀。ショッカーに襲われ、無我夢中で逃げ出した先は、米花町。
そう、彼は……
――米花町。
「それにしても、災難じゃったのう哀くん。爆発に巻き込まれた上に
トラックに轢かれそうになるとは」
「小五郎のおっちゃんがいなかったらどうなってたか」
蝶ネクタイに青いブレザー、半ズボンに黒縁メガネの少年……
少年探偵・江戸川コナンと謎の少女・灰原哀が2人の素性を知る協力者、
阿笠博士宅に集まっていた。
奇跡的にも診察の結果、哀自身には怪我ひとつ無く、入院する必要もなく帰されていた。
「毛利さんに助けてもらったのもあるけど……」
「ああ、俺も見た」
突っ込んでくる大型トラックの前に立ちはだかり、両腕を伸ばし哀を守ろうとした
津島秀の事だ。そこにはコナンも居合わせていた。
「あの人はどうなったのかしら」
「まず無事じゃ済まねえと思うが」
混乱の中、秀は何処ぞへと搬送されていった。
哀とコナンの身元引け受け人・毛利小五郎の安否が気にかかり、
秀が何処の病院へ運ばれて行ったのかまでは分からなかった。
「灰原と同じ病院に運ばれたわけでもないんだよな?」
「多分……」
秀の出現、突然の大惨事、そしてコナンの固有能力と世界の仕組みを知る
ミステリアスな女医。謎は深まりつつあった。
「気になるな……」
「あの怪人達は『引き寄せられた』んですか?」
「そう言うことになるな。」
物語の視点は秀に戻ってくる。彼は彼女から自身の任務を聞いた直後だ。
「江戸川コナンが無意識に引き寄せた事件を解決すること」それが彼に課された役割だった。
「しかし、あの少年が持ってるという力は強すぎませんか?僕は信じられなくて…」
「まあ無理もないな。奴の悪運というべき力は信じられなくて当然だ。旅行へ行けばそこで事件が起きるし、近所だったとしてもまた事件が起きる。酷い時は図書館で事件が起きることもあるんだよ。」
よくそんな事件が連続するような生活を平穏に暮らせるなと秀は思った。
「でもその度に彼が解決してしまうから問題は無かった。ホームズ並みの鮮やかな推理でプラマイゼロにしてくれた。」
小学生ほどの見た目の彼にそんな力があるとはにわかに信じ難いが、そんな強い能力を持っている以上は当然なのかもしれない。
「なるほど…しかし、怪人達はそういう事件とは違った雰囲気ですよね?」
「よく気付いたね。怪人達は前触れもなく突然に現れた。普段なら起きても殺人事件などの犯罪なんだが、今回のような事件は見たことがないよ。」
自分と同じように別世界を移動してきたのだろうか。
「私達の『組織』はわけあってボウヤを能力判定前から監視対象に置いている。今回現れた奴らは職務の邪魔になるんだ。」
「そこでシュウ。君はこの怪人達の来襲の解決を手伝ってほしい。」
「特別な力も無い僕に務まるのですか?」
「君にはその『脚』があるじゃないか。勿論いきなり呼び出されたのだから無理は言わないがね。」
ひょっとしたらこれで自分の進む道が分かるかもしれない。その可能性に賭けた秀は任務を受け入れた。
「分かりました。やりましょう!」
「そうとなれば決まりだ!これから君は私達の仲間だ。私の事は『スピリタス』と呼んでくれ、ギムレット。」
聞きなれない単語だと思った秀を察したらしく、スピリタスは嬉々とした表情で「コードネームだよ」と答えた。
「本来なら無いけど、私が呼ぶには構わないだろう。」
突然だが与えられた自分のコードネーム。彼女達の一員と認めれたと思うと嬉しい。
「あ、そういえば私の能力を見せていなかったね。『技術』というべきかな。」
「『技術』?」
「言うなれば『色々な薬を作れる能力』かな。まあ見てなって。」
瞬間、彼女の右目が輝いた。
コードネーム、スピリタス。彼女の右目が照らす先にあるデスク。
その上にある空の小瓶にさらさらと白い粉末が降り積もっていく。
「凄い……あの粉は何ですか?」
「青酸カリ」
「ええっ!?!?」
「あっはっは、冗談さ。そんなに派手に驚いてくれると
からかい甲斐があるねえ。安心しな、あれはただの風邪薬」
「じゃあ、僕の腕を治してくれたのも……」
「ちょっとした応用って奴だね。あの風邪薬みたいに
損傷した患部に治療物質を送り込んで君自身の治癒力を高めたってワケさ」
さらりととんでもない事を言っている。ちょっと、どころの騒ぎではない。
それが本当であれば医療の域を超えている。
まさに神業であると言えよう。
現に僕の両腕はそのおかげですっかりと治ってしまっているのだから。
「ここか……」
一方、秀が逃げ出した方角を辿り、スーパーマシン「サイクロン号」に跨がった
本郷猛が向かった先には切り立った崖があり、そこから米花町を一望出来る。
「こんな所にこれほどの規模の街があったか?」
隣で首を傾げるのは、本郷の唯一無二の戦友、一文字隼人だ。
見知らぬ街。まるで別の世界に迷い込んでしまったかのように錯覚してしまう。
「もしやこれがショッカーの言っていた事なのかも知れん……
時を駆ける少年……確かに彼がショッカーの手に渡れば
とんでもない事になるぞ」
「つまり、俺たちはその少年を追っている内に別の世界のトンネルを潜っちまった、って事か?」
「そう仮定して間違いないだろう。急ぐぞ、一文字。
恐らくショッカーもまだあの少年の事を諦めてはいない筈だ」
「やれやれ、厄介な事になってきたな」
かくして、本郷と一文字も米花町へと向かった。
そして本郷の予想通り、ショッカーも彼らの動向をマークしていた。
「我々も直ちに向かうぞ。ライダーたちに先を越されるな」
「イーッ!!」
スピリタスが所属する組織の全容とは?
狙われた秀の運命や如何に?
『この』米花町には、3つ、それこそ怪異とでも言うような、異常が存在している、
そのどれもが市井に生きる人間、情報化が進んだ現代に於いては更に多くの人々に、それは周知されていた。
月並みな言葉であるが、人類の科学の進歩には目覚ましいものがある。指数関数的に進むそれらの技術の数々は、時折「自分たちには何も出来ないことはない」といった全能感を与えるものだ。しかし、その叡智を持ってしても、解明することができない怪現象であった。
不思議なことに、それは米花町の中でしか、発現しないのだ。
数々の学者が米花町を訪れて、数々のテレビ番組に報道され、一般に広く周知されている、ということが現状である。大衆への認知度、という意味では、驚異的な犯罪発生率、突如現れる怪人といった異常を遥かに凌駕していた。
理由も、原因も、原理も、真実も。その須らくが、全くの不明。まるで、何か大いなるものが、それらの根源をベールで覆い隠してしまったような、感覚。不気味で、不穏な空気が、どことなく町に漂っている。
その内の一つが今も、また。
雨が、降り始めた。それも、豪雨だ。バケツをひっくり返したような荒れ具合は、伸ばした手の先すらも見えない程だ。故に、『ほんの数百メートル先の空は快晴である』と市民は気づかない。夥しい、などという言葉ですら形容しきれないほどの雨粒が視界を覆っていて、周囲のあちこちから人々の悲鳴が上がった。
……今日一日、日中の天気予報は晴れである。それはこの米花町も例外ではないのだが、それに唾を吐きかけるように、大雨が降っていた。
何の前触れもなく、唐突に発生する超局所的豪雨。それが米花町を賑わせる怪異の一つだった。
「それで、何の用だ」
まさか、その原因が。
『依頼人』との密会への隠れ蓑であるとは、この世界に住む人々には未だ預かり知らぬ真実であった。事実、この豪雨では人の姿など見えず、話し声などは聞こえもしないのだから。
「この少年をここに連れてきて欲しい。..........この依頼が君の受ける最後の依頼だ」
「つまりは、帰れるってのか。元の世界に」
「ああ。君が彼.....『時を駆ける少年』を捕まえたらね。期待しているよ。ウェザー────いや。」
「『ウェス・ブルーマリン』」
調子の良い野郎だ。ウェスと呼ばれた男は、顔をうんざりしたように歪めた。
――毛利探偵事務所。
「凄い雨ねぇ……」
事務所の窓から、毛利蘭が憂鬱そうな声で呟く。
「やっとこさ病院から帰ってこれたと思ったらこれだ……うえーぃ……」
昼間から缶ビールを煽る蘭の父であり、「眠りの小五郎」の異名を持つ
名探偵、毛利小五郎。
しかし、それは江戸川コナンのおかげによる所が大きい。
彼の正体は高校生探偵、工藤新一。
偶然にも「黒の組織」の取引現場を目撃した事から、
昏倒させられた際に飲まされた薬の副作用で、体が小学生にまで縮んでしまったのである。
黒の組織の情報を知る自分がまだ生きている事を知られれば、
蘭や小五郎と言った周囲の人間も標的にされる事を危惧した新一は
江戸川コナンの偽名を名乗り、元の姿に戻る方法と黒の組織の動向を追いながら、
数々の難事件を解決してきた。
「もう、お父さんったら昼間っからだらしないんだから……
そう言えばコナンくん、元太くんたちと遊ぶ約束してたんじゃないの?」
「え? あー、うん。でもこの雨じゃちょっと出かけらんないね……あはは」
あどけない小学生のフリをするのも、随分と板についたものだ、と
我ながら思う。
「――参ったな。街に入るなり、こんな土砂降りに遭っちまうとは」
「崖の上からこの街を見下ろしていた時は雲ひとつ無かったはずだが……」
毛利探偵事務所があるビルの1Fにある「喫茶ポアロ」。
米花町にやって来た本郷と一文字は雨宿りのために、店の中に駆け込んでいた。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「まずは腹ごなしと行こうぜ、本郷。お兄さん、オススメはあるかい?」
「ハムサンドなんかいかがです? 結構評判いいんですよ」
注文を取る店員。褐色肌と明るい色の髪、タレ目が特徴の青年。
「じゃあ、俺はそれで。本郷、お前は?」
「コーヒーを頼む」
「分かりました、少々お待ち下さいね」
注文を取り終え、調理場へ向かう店員。その姿を目で追う女性客たちが
ひそひそと話をしている。
(やっぱカッコいいよね、安室さん)
(でも、あっちのお客さん2人もステキじゃない? この近所じゃ見ない顔だけど……)
コナンとダブルライダー。
すぐ近くにありながら雨に閉ざされたこの街で、未だ互いの存在に気づけずにいた。
(この雨……)
(妙だな……)
しかし、図らずもコナンと本郷の考えは共通していた。
「すみません、お客様」
店員に声を掛けられる本郷。豪雨で何も見えない窓から視線をそちらに向けると、女性のウェイトレスと、その後ろに男が立っていた。奇妙な、雨。街に入って幾ばくかの後、唐突に振り出した大雨に対する違和感。それについての、考察を広げている最中だった。思考に埋没する意識を現実に引き戻す。注文をしてから三十秒も経たぬうちに、店員が何の用なのか。それは、空き席が一つも見つからない店内を見れば一目瞭然であった。
「このお客様と相席でもよろしいですか?」
本郷たちと同じ、急に振り出した大雨のために雨宿りをする人々が、一挙に店内になだれ込み、席が全て埋まってしまった、というところだろう。本郷も一文字も、同じことを考えていた。彼らの前には、椅子が一つ、余っている。
「こっちは大丈夫だ。本郷、お前もいいよな?」
「ああ、構わない」
そういうなり、どこかほっとしたような顔で後ろの男と一言二言言葉を交わすと、男は席についた。
(それにしても……何か、奇妙だな。彼は)
ウールかアクリルかの素材で出来た、大きくて特徴的な帽子に、身体のラインが良く浮き出るタイトで、黒い上下を着用している、外国人。身体は引き締まっていて、そして、その首筋には。
星型の、奇妙なアザがあった。
「なあ────アンタらに聞きたいことがあるんだが……」
唐突に、男が口を開く。友人に話すように、軽快な口調だった。
「人は、何で傘を差すんだと思う」
そう言った瞬間。空気が、変わった。
「濡れたりして、冷たいのが嫌だったからか、まあそれもあるんじゃあなかろうが……」
仮面ライダーとして、幾つもの死線を、修羅場を超えて来た彼らには、これが『殺意』であるのだと。
「俺は違うと思っている」
この突き刺すような空気が、この鋭く、どす黒いクレバスのような、淀んだ空気が。眼前に座る、奇妙な男から発せらせていることに、気づいていたのだった。
「雨を受けるとな、人は感傷的になるんだよ。悲しくなったり、逆に、不気味な程、それこそ、死んじまいたくなるくらいに、人を殺してしまいたくなるくらいに、最ッ高にハイになったりな。そんな自分を見せたくないから、人は傘を差すんじゃあないか、ってな。」
男が、立ち上がった。窓の外の雨が、心なしか激しくなる。
「本郷猛と、一文字隼人……だよな、アンタら」
◆
『……奴らは………ああ、そうだったな。追加の依頼だ…………構わないね?ウェス?』
『あ?お前、俺を都合の良い下っ端共と勘違いしてるんじゃあないだろうな』
『彼らは、「仮面ライダー」は間違いなく君の邪魔をしてくるよ』
『もっと詳しく言ったらどうなんだ?もっと真剣にプレゼンテーションをしてみろよ。毎日勤勉にお勤めしているサラリーマンみたいに、な』
『あの、ショッカーがたった二人に幾度も敗北を喫している、とでも言えば充分かね?』
『────なんだと?』
『間違いなく。ああ、間違いなく彼らはショッカーの、我々の邪魔をするだろうさ!断言できる!!』
『尚更お断りだ。下っ端と勘違いしてるってのは取り消すよ、お前はどうやら俺を自殺志願者か何かと勘違いしてるらしい』
『…………………ならば、一人でいい。本郷猛と、一文字隼人。こいつらのうち、一人だ』
『バカ言え、だったら今すぐその時を翔ける青年とやらを追うさ』
『いいのか?君は我々の技術がなければ元の世界に帰れやしないんだ。貴様が追う、神父とやらも殺せない、因縁を清算できない』
『お前…………死にたいのか?』
『ほざけ、君と違い自殺志願者ではないのだよ。ショッカーにつくことが我々の生き残る唯一の術だ。違うかね?そのショッカーの利にならん行為を行う輩は切り捨てられるんじゃあないか?君、自分の立場を考えた上で物を言い給えよ』
『……………』
『沈黙は、肯定と見做すが?もう一度聞くが、追加の依頼、受けてくれるかい?』
『………………クソが』
◆
見知らぬ、外国人の男。本郷と一文字がこの米花町を訪れたのは初めての事。
この男のみならず、街の住民誰一人として顔も名前も一致しない。
下手をすれば、彼ら2人が生きてきた世界線さえも異なるかもしれないこの状況で
彼は2人の名前を看破してみせた。で、あれば、選択肢は狭まる。
「……ああ、その通りだ。俺は本郷猛。こちらも聞きたいことがある」
本郷が力強い眼力を湛え、言葉を紡ぐ。
「何故、俺たちの名を知っている?」
男の瞳孔が、キュウッと収縮した。その時……
「いやー、この雨じゃ外にメシも食いに行けねえもんなぁ」
「困った時のポアロ、ってね」
「おや、コナンくん達。いらっしゃい」
コナン、小五郎、蘭が3人揃ってポアロの玄関を開いて現れた。
顔馴染みの安室が出迎える。
(ん……?)
コナンは目聡く、店の中に漂う異様な雰囲気にいち早く気づいた。
テーブルに座る2人の男の前に佇む、外国人の男。
(何だろう、あの人たち……)
(あの少年、俺たちを見ている……)
コナンと本郷の視線がぶつかる。
「こちら空いてますよ」
そう言って、安室がカウンター席を勧める。
「安室さん。あのお客さん達見ない顔だね」
コナンは安室に耳打ちするように囁いた。
「ああ、そう言えばそうだね」
「あ~、腹減ったぁ。さて、何にすっか……」
「私、このオムライスにしよっと」
毛利親子は店に漂う異質な雰囲気など気にもせず、各々注文する品を決めていく。
「……場所を変えようか。客もまばらに増えてきた。この店の中じゃあ、
目立っちまうだろ? 無関係の者をあまり巻き込みたくはないんでな」
一文字が愛用のハンチング帽を深く被り直しながら、外国人の男――ウェス――に
言った。
「ああ、構わないぜ」
ウェスの返事を聞くと同時に、一文字と本郷は立ち上がる。
「お勘定」
「あ、はい」
慌ててウェイターの青年がレジに向かう。
「お釣りは結構。さあ、行こう」
「……」
レジ前に立つ本郷とカウンター席のコナン。
再び、二人の目が合う。コナンは僅かに目を細め、疑念は確信へと変わる。
本郷は静かに口を開いた。
「君は……」
その言葉に答えるように、コナンは小さく微笑んだ。
まるで全てを理解しているかのように。
そしてそれは正しく、彼の慧眼によるものだった。
本郷とコナンの邂逅から数日前、事件は起こっていた。
「は、離しなさいよ!」
その少女・レイラは空手の練習中にさらわれて、空手着姿で寝台に拘束されていた。
「離すわけないだろう?君は僕の恋人になるんだ・・・」
その前に立つ青年の名は城木 刃。
その傲慢な態度が原因で暴力事件を起こして帝丹高校を退学になったところをショッカーに勧誘された人物だ。
「しもべですって?」
レイラは刃を睨みつける。
「そう。ならこれをごらん?」
刃が見た方向にはまるで猫のような紫色の仮面と同色のアーマーを着けた複数の改造人間がいたからだ。
「この子達は?」
「君と一緒にさらってきた部員達さ。君が僕の恋人に相応しいと言ったら罵倒の嵐を浴びせてきたから痛め付けた後で改造したんだ。」
「酷い・・・」
唖然とするレイラをよそに刃はその姿を変化させる。刃が見せた姿はガスマスクとカメレオンを合わせたようなマスクを着けて頭部からは水牛のような角が生えており、腕にはヒレのようなカッターが生えている。
「さて、始めようか。」
「・・・!」
刃の行動を警戒し、身構えるレイラ。しかし彼のとった行動は意外な物だった。
「!?くひひひひ!何する気・・・ひひひひ!」
彼はマスクの口を開くとそこから伸ばした舌をレイラの空手着の中に入れて素肌を舐め回し始めたのだ。胸などのデリケートな場所にやられてないだけマシだがくすぐったくてたまらず、笑いを漏らす。
「何って改造のための準備だよ。」
上半身の後はふくらはぎや脚を舐め、思う存分堪能したあとはマスクの口を開け、ぺろぺろとレイラの足の裏を舐めている。
「あひひひひひ!この変態ひひひひひ!」
刃は足の指をしゃぶり、最後にはレイラの土踏まずを舐め回す。
「いひひひひ!あはははは!」
レイラはあまりのくすぐったさに激しく笑う。するとレイラの体に変化が起きた。
「ぐうっ!?何これ・・・体が熱い・・・ああああ!」
レイラの全身が結晶に包まれ、その後音を立てて割れる。その中から現れレイラは右腕に日本刀、左腕に盾を装備し、腕と脚が鎧を纏い、その顔の上半分は鉄でできた竜の仮面に覆われていた。
「僕の唾液にはナノマシンが含まれていて付着した者を怪人にしてしまう・・・さあ蘭、僕の恋人として共にショッカーに尽くそう。」
「はい、ラスト様!」
怪人となったレイラ・・・エンヴィーはラストに抱き着いた。
「単刀直入に聞こう。お前の目的はなんだ?」
ポアロから少し離れた路地裏にて。本郷が問いかけた。
ウェスは黙したまま、何も答えようとしない。
雨脚はさらに強くなってきた。まるでウェスの心情を表しているかのように。
「――ならば俺が当ててやろうか。お前の狙いは『仮面ライダー』だな」
「へぇ……どうして分かる」
初めて、ウェスの表情に変化が現れた。
「俺たちの名をお前が知っていた事がその証拠だ。
俺と一文字は恐らく『この時間軸には存在しないはずの人間』。
この街の人間は誰一人俺たちを知らないはずだ。なのにお前はそれを言い当ててみせた。
ならば理由は限られてくる。お前もこの世界の人間ではないな?」
「……驚いたよ。アンタ、中々の切れ者だな。その通りだ。俺は違う世界から来た。
ある目的のために元の世界に戻らなきゃならない。
ショッカーならそれを可能にしてみせると言った。だから奴らに与した」
ウェスの言葉に、本郷が眉をひそめる。
「悪い事は言わん、今すぐ手を引くんだな。ショッカーに加担しても、いいことは無いぞ」
一文字が忠告するが、ウェスは鼻で笑って返した。
「生憎だがそういう訳にはいかない。俺は元の世界に戻る必要がある」
「ショッカーに頼らずとも、別の方法を模索するべきだ」
「無理だね。仮に他の方法を探そうとしたところで、見つかる保証も無い」
「いや……方法なら、ある」
「……時を駆ける少年、か?」
ウェスが本郷に問い返す。彼は既にその事実に辿り着いていた。
「なるほど。お前がショッカーに与していると言うのなら、既に彼の存在を知っていても
おかしくはないな。その通りだ。彼の力が本物であるとするなら彼の身柄を保護し
その上でお前を元の世界に帰す事も出来るかも知れん。だが、時を駆ける少年の力を
断じてショッカーの手に渡すわけにはいかない。
あれが奴らの手に渡れば、どれだけの不幸が世界に降りかかるか……」
本郷は苦渋に満ちた顔で語る。
「アンタの言うことは正しい。確かに時を駆ける少年の力があれば、
俺は元の世界に帰れるかも知れない」
「ならば、目的は同じはずだ。俺たちは時を駆ける少年をショッカーから守り切れれば
お前は元の世界へ戻れる。どうだ?」
「……悪くない提案だ」
「ウォォォォン……ショッカーを裏切るのか、ウェス・ブルーマリン」
その時、違う声が響いたかと思うと何者かが上空から地面におりたち、その全貌を露わにした。それは狼の姿をして、ブーメランを装備している怪人だった。
「何者だ!」
本郷と一文字はそれを見て構える。
「我が名はラース!ナノマシンシステムにより改造されたショッカーの新型怪人なり!」
「ナノマシンシステムだと!?既に完成していたのか・・・」
ウェスはその事実に驚愕する。
「裏切り者には死んでもらおう。」
ラースはブーメランを構えて回転すると、すさまじい突風と衝撃が巻き起こり、奇襲攻撃を前に、全員が同様に成す術なく吹っ飛んでしまう。
ウェスやダブルライダーさえも成す術なく飛ばされ、壁にたたき付けられる。
「弱い!弱いぞ!貴様ら!」
「ふふ、これで晴れて裏切り者と言う訳だな」
ウェスはそう言うと、叩きつけられた壁から立ち上がった。
パラパラと肩に乗った石礫を払い落としながら、その顔には笑みを浮かべている。
「これがショッカーのやり方さ。身を以って体験した感想はどうだい?」
一文字、本郷もウェスに続いて立ち上がった。
すると、あれだけ大荒れに荒れていた天候が嘘のように晴れ上がり
雲間から太陽の光が差し込んでくる。
「これは……」
「俺は天候を操れるんだよ。それが俺の能力だ」
それはウェスの意志表示にも感じ取られた。
「むうう、小癪な……!」
ショッカー怪人・ラースは忌々しげに歯噛みしながら、空中から突撃をしてくる。
しかし。
「そりゃああああああッ!!」
「ぐおっ!?」
突如として凄まじい脚力で蹴り込まれたサッカーボールがラースの顔面に命中したのだ。
「あれは……!?」
本郷が見たのは、ポアロで出会ったあの少年。江戸川コナンだ。
先のサッカーボール攻撃は脚力増強シューズによるものだった。
「坊主!? ここは危ねえ、下がってろ!!」
一文字が叫ぶが、コナンはニヤリと笑う。
「大丈夫! それより……」
「ああ、分かっている。行くぞ、一文字! 変身だ!!」
「……そう言う事か。隙を作ってくれたと。ならば、お見せしよう! 仮面ライダー!!」
本郷と一文字は同時に構えを取り、叫んだ。
「ライダー……!!」
「変身ッ!!」
「「とおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉうッ!!」」
空中高く飛び上がる2人。ベルトの風車が展開し、高速回転を始める。
本郷猛、一文字隼人はベルトの風車に風力を与える事により、
仮面ライダーに変身するのだ。
「俺からの餞別だ、受け取れ」
ウェスが再び天候を操作して巻き起こした突風をもベルトに取り込み、
さらなる動力エネルギーへと変えていく。
そして、地上に降り立った2人は緑の仮面と黒の仮面、
赤いマフラーに銀と赤のグローブ、ブーツを纏った戦士―――
仮面ライダー1号・2号に姿を変えた。
「仮面ライダー1号ッ!!」
1号が右手で拳を作り、左腕を水平に伸ばす。
「同じく……仮面ライダー2号ッ!!」
2号は両腕を広げ、L字を組むポーズを取った。
「ぬうう……出たな、仮面ライダー!!」
「ショッカーの怪人! 覚悟しろ!!」
「ウオォーーーォンッ!」
薄暗い路地裏の壁を縦横無尽に駆ける狼の怪人、そこから三人目掛けて放たれるブーメランが、火花を散らし襲い迫る。
対する仮面ライダー1号もまた壁を足場として紙一重で躱し、ウェザー・リポートが巻き起こす雲の層がブーメランの勢いを弱らせ、2号が力づくで受け止める。
「隙在りだっ!」
「させるか!ハァ!!」
瞬間、二人の間をすり抜け2号の喉元へ食らいつかんとする怪人に、割って入る様に1号もまた食らいつく。
抉る様なアッパーが怪人に突き刺さらんとして、狼の牙が迎え撃つ。
激しく火花舞い散らす互いの一撃の中、掲げられた怪人の腕へブーメランが一人でに呼び戻され、がら空きの胴体へと振り下ろされんとする。
「ウェザー・リポートッ!」
その時、虚空より舞い上がり顕現する雷雲が、怪人目掛けて飛来。
咄嗟の判断で壁に突き刺し、避雷針とすることで難を逃れた怪人。
その隙を突かんと繰り出されるキックもまた、強靭な腕力を伴うブロックによって致命打にはなり得ず、互いの距離を離すのみ。
只人には反応する事さえ到底不可能な三次元戦闘が、桁外れの筋力と能力によって繰り広げられていた。
「強い…これがショッカーの新しい怪人か!」
仮面の下で内心焦りを隠し切れない本郷猛。
それほどまでに、今回の怪人は今まで以上の強さを秘めていた。
「貴様等も。裏切者の粛清で済むと思ったが、そのプランは改めなければならぬようだ。」
怪人もまた、仮面ライダーへの評価を改める。
このままではショッカーへの忠義を表せないと。
ならばこそ、手段は選んでいられなかった。
「っ逃げる気か!?」
反転、路地より飛び出す怪人に、一瞬動きが止まる仮面ライダー達。
怪人を追えば、そこには通りすがりの一般人を手に取り、首元にブーメランを掲げる怪人の姿が映り込んできた。
一切の躊躇いも無い、卑劣ながらも効率的な手段だった。
「なんて卑劣な・・・!」
1号がラースを睨み付けるが、それにラースは当然かのように返す。
「仮面ライダーの弱点を狙って何が悪い?使えるものは全て使う!これが俺の戦い方よ!」
「貴様・・・!」
「さて、この中で一番厄介なのはお前だ。」
怒りを見せるダブルライダーをよそにブーメランを構えたラースは一般人をウェスに投げつける。
「ぐっ、何を・・・」
一般人を抱きかかえたウェスの言葉は続かなかった。既にラースは一般人ごとウェスを殺す勢いでブーメラン攻撃を放っていたのだから。
「まずい!」
ウェスはすぐさま一般人を後ろに回すと雷撃でブーメランを破壊するが、直後に放たれた攻撃に対応するには時間が足りなさすぎた。
「この一撃で地獄に行け!」
ラースから放たれた斬撃・・・それはウェスを戦闘不能にするには充分な威力だった。
「ぐああああああ!」
腹に切り傷を作って吹っ飛んで行くウェス。見るとラースの両腕は刃のようなものに変化していた。
「なっ!?」
「あの両腕は・・・」
ラースの変化させた腕に戦慄するダブルライダー。それを嘲笑うかのようにラースは両腕の刃を合わせてハサミのように変化させる。
「死ぬがいい・・・ウルフシザーズ!」
そしてラースのハサミから放たれた真空波にダブルライダーはなすすべもなく切り刻まれた。
「ぐあああああああ!」
そして、この戦いをとある場所でモニター越しで見ている者達がいた。
「このプライド様を差し置いてラースが出撃したようだなァ・・・」
強面の男が不機嫌そうに嘆く。後ろには刃と椅子に腰掛けたまま腕を組んで眠っている細身の男とお菓子を貪り食っている銀髪の少女がいた。
「興味あるなぁ・・・俺も着いていっていいか?」
放たれた声にプライドが振り向くと、そこには先程までお菓子を食べていた銀髪の少女がいた。
「聞いてたのかグラトニー?」
「あぁ・・・今回のやつをみて興味が湧いた。行ってくるぜ。」
そういうと銀髪の少女・グラトニーは炎の意匠を持つ猿がトリケラトプスを思わせる氷の鎧を着たような怪人の姿に変化し、建物を出るのだった。
「……あ」
コナンが声を上げる間もなく、人質に取られたはずの一般人ーー
「ふんッッッッッッッ!!」
毛利蘭の鋭い肘鉄が怪人の水月に突き刺さった。
「おぼぉおおおおッ!?」
(オイオイオイオイ、死んだわあいつ)
急にポアロを出ていったコナンを心配し、辺りを捜索していた所、
怪人に人質にされてしまった蘭であったが、相手が悪かった。
蘭は空手の県大会においても優秀な成績を収める程の実力の持ち主であり、そんな彼女に一般人という肩書は通用しない。
それどころか、下手すれば怪人の方がやられる始末である。
コナンは思わずそう思ってしまった程だ。
「ヒュウ、良い動きだ」
空手と柔道の有段者でもある一文字には、蘭の見事な一撃も納得できるものであった。
「コナン君!」
「蘭姉ちゃん! 早くこっちに!」
「う、うん! せぇえええいやッ!!」
さらに追い討ちの飛び上段回し蹴りをラースの顔面に叩き込み、
コナンたちの元へ駆け寄る蘭。
「ぐうう、こ、この女ァァァ……!!」
「一文字、今だ! 行くぞ!!」
「おう!!」
ダブルライダーが蘭の頭上を飛び越していく。
「むおおッ……!?」
「ライダァァァァァァァァァァッ!」
「ダブルキィィィィィィイック!!」
驚愕の声をあげる怪人をよそ目に、二人のライダーは空中で互いに足を交差させながら、
顔面と心臓部に同時に叩き込まれる伝家の宝刀、必殺のキックを放った。
「ぐぎゃああああああああああああッ!!」
凄まじい衝撃音と共に、路地裏から吹き飛ばされる怪人。
その身体からは煙が立ち上り、ダメージの大きさを物語っていた。
「ーーコナンくん!」
そしてコナンが蘭を抱き止める。
「怖かったよぉ……」
「は、ははは、蘭姉ちゃん、無事で良かった……」
本当に怖いのは、怪人じゃなくて蘭の方では? とは口に出さないコナンであった。
「ショ、ショッカー……万歳!! ぐあああああッ……」
大の字に倒れたまま、怪人は息絶えた。
肉体が液状化し、泡となって消えていく。
「ふう、いつものように爆発するのかと思ってヒヤッとしたな。何せ街中だ」
「うむ。あの女学生のおかげだな」
「それにしても、あれが噂のジャパニーズ・カラテって奴か?
いいものを見せてもらった」
「まあ、あの娘が特別なような気もするがな……」
だが安心したのもつかの間だった。
「あーあ、ラースのやつやられてやんの。」
突如聞こえてきた声に一同は驚愕する。
「新手か!?」
「あ、あそこだ!一文字!」
1号が指を差した先には氷のトリケラトプスの鎧を着た炎猿の怪人・グラトニーの姿があった。
「俺の実力、見せてやるぜ!」
グラトニーはそういうと炎と氷の弾丸を一同に放ち、爆発させた。
「ぐああああああああ!」
その一撃の前にダブルライダーは変身解除され、コナンと蘭も爆風で吹っ飛ぶ。
「ケッ、仮面ライダーも大したことねぇなぁ・・・行くぞエンヴィー。」
「うん!」
人間体となったグラトニーは蘭の姿に戻ったエンヴィーに声をかけると彼女は改造前と変わらない無邪気な笑みを浮かべて2人はアジトに戻っていった。
「(ら・・・ん・・・!)」
朦朧とする意識の中でコナンが最後に見た光景は倒れている幼なじみの姿だった。
そして、ショッカーのアジトでは
「それにしても本当にラースを殺して良かったのか、ラスト?」
「あぁ、アイツはショッカーに相応しい行動しろとかうるさいから嫌いだったんだよな。それに俺には恋人のレイラさえいれば良いんだよ。」
グラトニーの言葉に刃はそう返す。
「それよりラースの細胞は回収できた?」
「あぁ。」
そういうとグラトニーはカプセルに入ったラースの細胞をラストに渡す。
「上層部に言ってラースは作り直してもらうか。僕に忠実になるように・・・」
レイラを撫でながら刃が不敵に笑うなか、眠っていた細身の男が目を覚ました。
「俺の出番か。」
「やっと目を覚ましたか、スロウス。米花町侵攻は新型怪人に任せると上からの命令だから言っても問題ねえよ。」
「そうか・・・行ってくる。」
細身の男・・・スロウスはアジトを後にするのだった。
ショッカー怪人を撃破した本郷猛、一文字隼人、ウェス・ブルーマリン、江戸川コナン。
生まれ育った世界も境遇も異なる者たちが、こうして米花町に集った。
「時を駆ける少年?」
「うむ。ショッカーはその少年の力を狙っている。我々も時を駆ける少年を追っている内
この街へ辿り着いたのだ」
「間違いないぜ。ショッカーはそいつの身柄を確保する事と、
仮面ライダーを始末する事を俺に依頼してきたからな。
ま、今となっては俺もめでたく奴らに追われる羽目になったがね」
「この街の何処かの病院に収容されているはずだと思うんだがな」
「病院……灰原がトラックに撥ねられそうになったのを助けてくれたって言う……
まさか?」
「心当たりがあるのか、坊主?」
「もしかしたらだけど……」
メロスの転生者、そして「時を駆ける少年」たる津島秀えお迎え入れ、
「ギムレット」の名を与えた女医、コードネーム「スピリタス」が属する組織の全容とは、果たして?
「江戸川コナンだけでなく、他にも何人か……いずれ奴らがここを嗅ぎ付けるのは
間違いないだろうねぇ……」
コナンを監視対象に置いている組織。その真意とは何か?
「ギムレット。もうすぐ江戸川コナン達が君の身柄を確保するために現れる」
「僕を?」
「ああ、そうさ。君のその『脚』を狙ってね。
君の力は知れば誰しもが欲しがる素晴らしいものだ。時を超え、世界を駆ける。
それがあれば、まだ見ぬ新世界への扉が開かれるだろう。
ショッカーもそうして君を狙った」
「あ……」
怪人達に襲われた時のあの光景が甦る。
「スピリタス……僕は、どうすれば……?」
「走るのさ。捕まる前に、逃げる。君の力が発動さえすれば、何者も追いつけない。
遠く、遠く、誰の手も追いつかない場所までね」
「けどそうしたら、僕はスピリタスと……」
「心配ない。手は打ってあるさ。君が何処へ行こうと私達だけには分かるようにね。
組織の者が既に準備をしている。君は何も心配しないで良いんだ」
秀にはスピリタスの言葉が胸の奥底にまで染み入るようだった。
家族の記憶さえも朧気である彼にとって、今ここにいるスピリタスの言葉だけが
安らぎをくれる。顔も思い出せない姉を重ね合わせているのかも知れない。
時を駆ける少年、津島秀。その次なる行き先は……?
to be contiued……