東海林唯華の奇譚

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  • SF
  • 残酷描写有り
  • 登場人物が死ぬの有り
  • 登場人物増やすのあり
  • 自由に続きを書いて
  • 楽しんだもの勝ち
1人目

東海林唯華は頭を抱えていた。
およそ眼の前に広がる光景が現実のものではなかったからだ。

2人目

近所の薄暗い公園を散歩していたところ、池で犬の顔をした金魚が泳いでいるかだ。

インフルエンザに罹った時の変な夢を見ているような、そんな気持ち悪さである。

その"金魚"は、彼女のを方を見ながら、牙剥き出し、犬の鳴き声そのもので吠えている。


「なんなのよ…もう…」

「バウッバウッ…ウッ」
その"金魚"はむせかえり、あるものを吐き出した。

「なに…コレ…」

3人目

それは小さな…人間?小人とでも言うべきか。
触るのを躊躇するようなネバネバの金魚の粘液に塗れ、ぐったりと横たわっている。

「玩具…じゃないわよね?これは一体…」

近付こうとするが、近くで犬顔金魚がじっとこちらを見据えている。
木陰から差し込む僅かな光をギラギラと反射させるその牙を見ると、どうにも恐ろしくて近くに寄れたものではない。
様子を窺っていると、「ウゥ…」と小人が唸って僅かに動いた。

「得体の知れないモノ?ヒト?だけど、助けないわけにいかないわよね」

キョロキョロと辺りを見回し手頃な長さの棒を見付けると、それを手に取り犬顔金魚を警戒しながらちょいちょいとネバネバ小人をこちらに引き寄せる。
その間、犬顔金魚はじっと動かず瞬きもせずにこちらの様子を観察していた。

「気色の悪い魚ね…別にあんたには何もしないわよ」

手が届く距離まで小人を引き寄せると、思い切って脇に親指と人差し指を差し込み持ち上げた。
犬顔金魚の粘液がじっとりと手に染み込む。気持ちが悪い。早く手を…この小人を洗いたい。
公衆便所の水道でこのネバネバを洗い流そうと顔を上げると、もうそこに犬顔金魚は居なかった。

4人目

「はぁ……まったく、本当になんなのよ……」

とりあえず自分の手とこの小人を一刻も早く洗いたい。
そう思い急いで彼女は小人をつまみ上げたまま公衆便所へと駆け込んだ。

5人目

 暗澹たる雰囲気の公衆便所のお出ましだ。よほど古くから存在しているのだろう。外観、内装ともにガタが来ている。
「……なんか出そう……くわばらくわばら」
 独り言ちる。こういう怪奇現象に出くわすのは、1度や2度のことじゃない。生まれつき霊感は強い方だった。最初は悲鳴なんかも上げてたが、何度も何度もこういうことを経験すると図太くなる。恐怖よりも厄介ごとという感じだ。
 とりあえず、本来の目的である小人と手の洗浄を済ませようとする。蛇口をひねると水道水が流れ出す。本当ならもう少し綺麗なところの方がいいのだけれど、非常時なんだから仕方ない。恐らく公園の出入り口――あそこを塞ぐように特大級の怪物がいるのだ。だから止むを得ずここに避難している。
「ほれ、こんなとこでごめんだけど、あんたも洗ってあげるわよ」
 ハンカチに水を浸し、粘液を拭き取っていく。
「アリ……ガトウ……ゴザ……イマス」
 小人が喋り始めた。

6人目

そして、その小人はみるみるうちに巨大化していった。

「しまった!本命の怪物はこっちのほうだったのかーー」

珍しく、東海林唯華の霊感は外れてしまった。

それと同時に公園の入り口を覆っていた大きな陰はスッと消えていたので東海林唯華は逃げようとした。

「コワガラ‥ナイデ‥‥‥」


巨大化した小人、もう小人というのはおかしいか。巨人は寂しそうに呟いた。

その時ふとこの公園で起こった五年前のある事件の事が東海林唯華の頭をよぎったーー

7人目

 東海林唯華はその当時、公立の中学校へと進学したばかりだ。唯華に友達はいない。教室の片隅でぽつんとただ一人、読書ばかりする生活を送っていた。
 そんなある日のことだ。件の公園に足を運んだのは。思えばあの時からこの公園は禍々しい雰囲気を纏っていた。 
 けれど、ただ一体、視認できなかったやつがいた。気づけば後ろに立っていたのだ。そう、あの巨人が。そして唯華は気を失い、気づけば自室のベッドの上に横たわっていた。
「あれって……まさか」
 どうやら特大の化け物の正体というのは、恐らくあの巨人らしい。その巨人が何らかの理由で小人になり、そしてあの犬面金魚に食われそうになっていた……というところだろうか。

8人目

「どうして貴方はココにいるの?」と東海林唯華は巨人に話しかけた。

「ボクニモ…ワカラナイ…ボク……ワルクナイ…タスケテ……」

と言うと巨人は少しずつ目の前から消えていこうとしていた。

東海林唯華は待って!と手を差し伸べたが、もうそこには感触はなく、辺りも明るくなりいつもの公園に戻っていた。

9人目

 平穏な日常が取り戻る……ということはない。特大の化け物の脅威は去ったが、怪異というのはいついかなる時も存在する。

「あの巨人……」

 害意は確かになかった。が、――彼女も無数の怪異を見てきたはずだが――前例のない存在だった。

「小人が巨大化……いや、この場合、巨人が何らかの原因で小人化した。それを犬面金魚が……喰った?」

 むせ返るということは、誤嚥なのだろうか? それとも小人側が体内から脱出を試みたのか?
 埒の明かない問題であった。

「これはもう、お祖母ちゃんに聞くしかないか」

10人目

 東海林唯華は学校鞄を肩にかけて、黒い靴下をはいたすらりとした足で、いかにもしなやかにきちんと拍子をとって祖母の家へと歩いて行った。真夏の杏色の日光は狭い町の上に光を投げていた。

 東海林唯華は放課後散歩をする馴染みの公園で、怪異に見舞われたのであった。そして彼女は、こういう経験をしっかりと覚えていわば心に書きつけておいて、むしろこれをたのしんだ。それにまた、学校で押しつけられる知識なんぞよりも、こういう幻想や怪奇現象のほうをずっと重要で面白いと思い、それどころか教室で授業を受けているあいだも大概はこういう経験を底の底まで感じ尽し、あます隈なく考え抜いてみることに没頭するという具合だった。公園から祖母の住む家はすぐ近くだった。

 東海林家代々の大きな古い家は、町中に比べるもののない最も堂々たる屋敷だった。

 「それはあんた、不思議の国のアリス症候群さね」祖母は目を伏せて唯華に言った。「目の前の物が急に大きく見えたり、小さく見えたり、歪んで見える、現実とは違うものの見え方をする病気だよ」

 「病気じゃないもん!この眼ではっきり見たの、小人が巨人になってむせてる様を」

 「馬鹿馬鹿しい。あんたの母親もおんなじようなことを言いよったわ。化け物やら妖精やらと友達になったとか犬の金魚が泳いでたとか…ほかにも」

 《……お母さんもみたんだ。やっぱりあの約束とまじないはいまも有効なんだわ。お母さんが死ぬ前にかけてくれた、一度しか発動しない加護のまじない》

 《満月の夜、私が怪異に襲われて暗殺される話。お母さんは詳しく話してくれなかったけれど、でも一体、誰に殺されるのかしら。明日はたしか、満月だったはずよね。正体を確かめにいこう》

 「おまえさん、聞いとんのかぁ!」

 「おばあちゃんまたね」

11人目

「待ちね! 佳代子と同じ轍を踏んではならん!」
 東海林唯華は立ち止まり、祖母の方を振り返る。
「やっぱり……知ってるのね? お祖母ちゃん?」
 東海林唯華は確信を得ていた。今までは安全地帯にいたから黙認していたのだろう。それが本格的に命が危ないと察知している。彼女が何をしようとしているか、『何も話していないのに』。
「…………誤魔化されてはくれんか?」
「誤魔化されてやらない。昔、お祖母ちゃんが有名な呪術師だったってことも、調べたんだから。もう私も中学生なのよ?」
 肩を竦める東海林唯華。木造建築の古い屋敷の薫風が舞う。
「……ふっ……中学生にしてはマセとるわ」
「あー……怪異現象ばっかりでメンタル鍛えられたかな?」
「なんじゃいね、それは」
 少し笑う祖母。しかしそれも一瞬のこと。徐ろに険しい表情になる。
「……よう似とるんよ。唯華。若い時の佳代子にそっくりさね。……おまえさんには、危ない橋は渡って欲しくない。佳代子に次いで、唯華まで亡くしたら……ワシは……もう……」
「……何があったの?」
 祖母は逡巡し、その重い口を開いた。
「致し方無し。まじないの話をしようかね。……出来損ないのまじないの話さね」