私の最推し

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1人目

私の最推しがネットに浮上しなくなってから10ヶ月が経った。
未だに浮上する気配は一切無い。
もうこれは1年以上浮上しない事を覚悟で待ち続けなければならないのだろうか。

2人目

 それから程なくして。とある訃報が流れるのだった。
「人気Vtuberが遺体で発見される。孤独死か」
 ネットの記事にはこういった記載がされていた。しかし、更に衝撃的なのはここから。
「遺体となって発見されたのは梔子玲奈さん。人気Vtuber八尺六子として』
「八尺六子!?」
 そう、それこそまさに私の推しの名前だったのだ。

3人目

本当なの? 信じられない。信じたくない。私の最推しがこの世からいなくなったなんて。
一年以上、待つ事を決心したばかりなのに。もう何年も待っても、会う事はできないんだ。
それでも、最推しからたくさんの勇気や感動を与えてもらった。その事実は、変わらない。

これからも応援し続けよう。たとえ、この世にいなくても。私は、そう強く心にちかった。
推しの死に対して騒然としていた数か月を経て、一年が経ち。そして、また一年が経って。
推しの事を話題にする人も、もはや希少になりつつあった十年もの月日が流れた頃である。

目を、耳を疑うような記事がネットを飛び交った。私の最推しが生きていた、というのだ。
巧妙に作成されたフェイクニュースを流した張本人、最推しは記者会見の中で口を開いた。
「……私が死んでも、皆が私の事を応援し続けてくれるのか。確かめたかったんです……」

消え入りそうな声で、そう話すと。最推しの目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。

4人目

私は走った。

無我夢中で、ただひたすらに走った。

10年間、ずっとあなたのことだけを考えていた。

その想いを原動力に、全身の血肉を沸き立ち踊らせ、心と体のアクセル全開。

学生の頃の持久走大会をこのスピードで走ることができていたら、私はぶっちぎりの一位だったことと思う。

それどころか、オリンピックでも一位を取れる。

そんなレベルのスピードで、音を抜き、光も抜いた。

世界が逆に回転する。時間を飛び越えて時空を歪ませ、

私の愛が、熱情が、10年間の切情が、私の魂と肉体を最推しのもとへと導いた。

そう、ここはテレビ局。

私は、光速を超えたスピードでテレビ局へと到着したため、最推しが記者会見をしている今この瞬間に辿り着いた。

最推しが涙をこぼすその直前に、私は記者会見を行っている会場の扉を勢いよく開けた————

5人目

光速で扉を開くと共に、私は手からテニスラケットを取り出す。十年分の愛を受け止めて!
大きく背を反らし力の限りラケットを振る。宙に生まれたボールが強烈に叩きつけられた。
学生の頃の球技大会でこの球を打ち放っていたら、オリンピック以上の存在になれたはず。

「良いボールね……ッ!」
しかし、最推しは同じく空中に作り出したラケットで、私の球を打ち返した。完璧な迎撃。
私のすぐ横の床を叩きつけると同時にボールは光の粒となって消滅した。私の負けだ……。

その後も続々とファン達が会場に着いては、さまざまな内容で挑戦するが誰一人勝てない。
そんな様子をそのまま映した配信は大盛況のようだ。やはり最推しは、最強にして最高だ。
一体、何年生きたらあのレベルになれるのだろう。今年で90になる私など、まだまだだ。

不老不死が実現した現代において、私なんかまだまだ赤ちゃんレベルだ。精進しなければ。
最推しが微笑んでいる。嘘か本当かは問題じゃない。目の前で起きている事が全てなのだ。
また最推しを応援する事ができる。その事がただただ嬉しい。そう、ここは仮想現実世界。

私たちは光にもなれる。何にでも、なれる。