私の最推し
それから程なくして。とある訃報が流れるのだった。
「人気Vtuberが遺体で発見される。孤独死か」
ネットの記事にはこういった記載がされていた。しかし、更に衝撃的なのはここから。
「遺体となって発見されたのは梔子玲奈さん。人気Vtuber八尺六子として』
「八尺六子!?」
そう、それこそまさに私の推しの名前だったのだ。
本当なの? 信じられない。信じたくない。私の最推しがこの世からいなくなったなんて。
一年以上、待つ事を決心したばかりなのに。もう何年も待っても、会う事はできないんだ。
それでも、最推しからたくさんの勇気や感動を与えてもらった。その事実は、変わらない。
これからも応援し続けよう。たとえ、この世にいなくても。私は、そう強く心にちかった。
推しの死に対して騒然としていた数か月を経て、一年が経ち。そして、また一年が経って。
推しの事を話題にする人も、もはや希少になりつつあった十年もの月日が流れた頃である。
目を、耳を疑うような記事がネットを飛び交った。私の最推しが生きていた、というのだ。
巧妙に作成されたフェイクニュースを流した張本人、最推しは記者会見の中で口を開いた。
「……私が死んでも、皆が私の事を応援し続けてくれるのか。確かめたかったんです……」
消え入りそうな声で、そう話すと。最推しの目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。
私は走った。
無我夢中で、ただひたすらに走った。
10年間、ずっとあなたのことだけを考えていた。
その想いを原動力に、全身の血肉を沸き立ち踊らせ、心と体のアクセル全開。
学生の頃の持久走大会をこのスピードで走ることができていたら、私はぶっちぎりの一位だったことと思う。
それどころか、オリンピックでも一位を取れる。
そんなレベルのスピードで、音を抜き、光も抜いた。
世界が逆に回転する。時間を飛び越えて時空を歪ませ、
私の愛が、熱情が、10年間の切情が、私の魂と肉体を最推しのもとへと導いた。
そう、ここはテレビ局。
私は、光速を超えたスピードでテレビ局へと到着したため、最推しが記者会見をしている今この瞬間に辿り着いた。
最推しが涙をこぼすその直前に、私は記者会見を行っている会場の扉を勢いよく開けた————
光速で扉を開くと共に、私は手からテニスラケットを取り出す。十年分の愛を受け止めて!
大きく背を反らし力の限りラケットを振る。宙に生まれたボールが強烈に叩きつけられた。
学生の頃の球技大会でこの球を打ち放っていたら、オリンピック以上の存在になれたはず。
「良いボールね……ッ!」
しかし、最推しは同じく空中に作り出したラケットで、私の球を打ち返した。完璧な迎撃。
私のすぐ横の床を叩きつけると同時にボールは光の粒となって消滅した。私の負けだ……。
その後も続々とファン達が会場に着いては、さまざまな内容で挑戦するが誰一人勝てない。
そんな様子をそのまま映した配信は大盛況のようだ。やはり最推しは、最強にして最高だ。
一体、何年生きたらあのレベルになれるのだろう。今年で90になる私など、まだまだだ。
不老不死が実現した現代において、私なんかまだまだ赤ちゃんレベルだ。精進しなければ。
最推しが微笑んでいる。嘘か本当かは問題じゃない。目の前で起きている事が全てなのだ。
また最推しを応援する事ができる。その事がただただ嬉しい。そう、ここは仮想現実世界。
私たちは光にもなれる。何にでも、なれる。