大 怪 獣 田 中
それは隣のクラスの田中だった。普段は目立たない大人しい感じの奴だが、何かを訴えるように地団駄を踏んでいるようだ。何か不満気な表情からはそれは読み取れない。
これは一大事だと思ったのか、警察に連絡を試みるも繋がらない。その時だった。空から眩いばかりの光がたちこめた。
その光源は、近所に住む頑固親父、田中だった。
頑固親父田中のツルピカな頭は地球上の光を全て集めて、一気に放出するという凄まじいハゲパワーを秘めていたのだ。
頑固親父田中はビル屋上での作業中、隣のクラスの田中の地団駄によって発生した地響きの被害に遭い、足場から足を滑らせフェンスに捕まって一命を取り留めているような状況にあった。
光を吸収及び放出しながら落下しないよう必死に踏ん張っている頑固親父田中には、もう地響きが起きないことを祈るほかなかった。
そんな時、頑固親父田中はとんでもないものを発見する。その正体とは…
巨大なソーラーパネルだった。そのパネルは全て頑固親父の方へ向けられていたが、どうやら自動で頑固親父を追尾する仕組みになっているようだ。勿論監視カメラもあるようで、すぐ田中電気の救命ヘリが駆けつけてきた。無事救出。
かと思いきや、何かが近づいてきてそれを阻止しようとしているではないか。
それは田中環境大臣の自家用ヘリだった。
頑固親父田中のハゲパワーは国内の電力供給が全て行き届くレベルの発光力ゆえ、頑固親父田中の発電で国内全ての電力を賄い原発稼働を全て停止する目論みがなされていたのだった。
田中電気の救命ヘリと田中環境大臣の自家用ヘリによる熾烈な争いが今幕を開けた。
地上では、のんびりと田中ファミリーがキャッチボールをしていた。
一連の田中達による騒動は報道されておらず国民はまだ何も知らなかった。
田中の長男も次男も野球クラブに所属しており、
週末は田中川が流れる河川敷で練習をするのが田中家の習わしだ。
田中電気の救命ヘリと田中環境大臣の自家用ヘリの激しい戦いが起こる中、大怪獣田中は田中川に進行していた。
ドンッドンッドンッドンッ
「何か聞こえるな?」
「ねぇ、パパ〜なんかゴジラみたいな怪獣いない〜?」
「えっ、あぁあああっ、おいっおいっ幸子見てみろよ!」
「きゃああああぁあああっこっちに近づいてくるわ!!!!」
のどかにキャッチボールをしていた田中ファミリーも、近づいてくる大怪獣田中にパニックになる。
逃げ惑う3人をよそに、大怪獣田中は大きく一歩一歩を進め3人に近づいてくる。
「きゃっ」
途中、母親の幸子は石に詰まづきそこから立てなくなってしまった。
「幸子おおおっ」
「ママァアアアッ」
大怪獣田中の足が幸子の体の上まで降りてきて、幸子が最期を覚悟した瞬間ーーーーーー
「大丈夫かっ!!」
仮面ライダー田中が、オキニのバイクに乗り田中幸子を抱きかかえ大怪獣田中の足をかわし安全な場所へと一瞬で移動をしていた。
「あ、あなたは…!」
「名乗るほどの者じゃないが、俺は仮面ライダー田中。俺がきたからにはもう安心だ!」
田中幸子を地面に下ろすと、仮面ライダー田中が構える。
「変卍身」
すると、仮面ライダー田中の体がみるみる膨らみ、どんどん膨らみ、大怪獣田中と同じぐらいの大きさにまで膨張した。
「大怪獣田中…勝負だ」
「オリャアッーーー!!!」
先に仕掛けたのは仮面ライダー田中だ。
刀型の武器で大怪獣田中を一刀両断して、巨体は田中川に倒れた。
これで、一件落着かと思われたが...。
「嘘だろ...!?」
何と、大怪獣田中は2つの個体へ分裂したのだ。
そのまま仮面ライダー田中を避けるように一方は田中川を猛スピードで泳ぎ、もう一方は田中山の方へ走り去った。
大怪獣田中は、自身の身に起こった変化に気が狂いそうだった。
昨日まで、普通の中学生だったのに。
一体なんでこうなった?
まだ夢の中にいるだけ?
幼い頃憧れていた仮面ライダーにまさか自分が切られるなんて...
色んな感情が整理出来ず、大怪獣田中は泣き声のような咆哮をあげた。
斉藤はいつもの田中バーガーを頬張りながら店内でくつろいでいた。
あの事件が起きてから数日が経ったが、未だ世間は騒ついていて、ネットやTVニュース等ではその話題で持ちきりだった。
分裂した田中は未だに見つかっていないし、あれだけ大きな破壊活動が行われたにも関わらず、人的被害はほぼゼロという奇跡的な結果だし、あらゆる専門家が様々な見解を示すが憶測の域を脱す事が出来ず、未解決のまま時間だけが過ぎていく。
田中電気と田中環境大臣の記者会見も開かれたが、どうにも煮えきらない曖昧な回答を繰り返すばかりだった。
田中ファミリーの記者会見も開かれたが、怯えてまともに答える事が出来ないでいた。
何故大怪獣田中は怪獣になってしまったのか、大怪獣田中の目的とは何なのか。仮面ライダー田中は味方ではなかったのか。
正義感の強い斉藤は決断した。この謎を解き明かそうと。
その時だった。店内にものすごいスピードでスキップしながら店内に男が入ってきた。
「俺は田中タケルだ!そう、俺が分裂した方の田中だ!」
店内客は、田中タケルを一瞥し目を合わせないようにしていた。
また、この田中タケルのように「俺が分裂した方だ!」と言い張るやつは、ツイッター等のSNSや街中でよく見かける。
そもそも分裂した時、あの田中はでかいサイズの怪獣だったろう?
そんなことを考えながら田中タケルを見つめていたら、俺と目が合ったことを嬉しそうに話しかけてきた。
「俺、分裂した方の田中!よろしく!」
「…」
「何だよ、俺のことが気になるんだろ?」
俺たちの中に沈黙が流れ、店内は俺たちを見ないまでもその空気を伺ってるように思えた。
「お前さ、本当に分裂した方の田中タケルだったらさ」
「おう!」
「何で大怪獣になったのか、理由わかってるのか?」
数秒間タケルは考え、口を開いた。
「おいタケル!また悪ふざけしてんのか」
タケルが何かを言おうとしていた矢先、少年が呼び止めた。
「なんだよリュウノスケ!いい所だったのに...」
「迷惑だろ!すみません、コイツ大怪獣田中がブームで...」
ぺこっと頭を下げると、タケルをグイグイと引っ張り店内を出ていった。
斉藤は、去り際の少年達のある言葉が気になった。
「...今日タナカ教の集会があるらしい...」
「ヒュッウ!面白そうじゃン...」
ひっそりと周囲に聞こえないように話していたが、地獄耳の斉藤には届いていた。
タナカ教とは最近の田中騒動で誕生した宗教団体だ。
詳細は不明だが、大怪獣田中を世界の救世主だと崇めているらしい...。
我が国は大きく分けて田中派と斉藤派に分類される。
斉藤が住んでいる田中市は99%が田中派閥の人達が住んでいるが、意外にも何のわずわらしさもなく暮らせている。
その宗教団体の本部も田中市にあるらしく、詳細は不明だか、健康食品の販売を主とする会社の人によって設立されたものらしい。
斉藤は急いで会計を済ませ、あの少年の跡をつけた。がもうそこには居なかった。
とりあえず、おおよそ所在地はわかっていたので、地図アプリを頼りにそこへ向かった。初めて行く場所だったのでソワソワしてる様子だった。
一時間ほどかけて最寄り駅田中ヘルス工場前に着いた。
「す、すごい…」
斉藤は思わず息を飲んだ。
改札を出ると、そこは見渡すばかり一面広大な工場だった。
一体どこで集会が行われているのか?
斉藤は見当もつかず、工場内をうろつくが、どうやら自動化されているらしく人が見当たらない。
「...ハァアアアアッン!!!」
どこからか、叫び声が聞こえた。
地獄耳の斉藤は音源はこの建物の奥と判断した。
斉藤は、汗を手に握り声のする方へ足早に向かった。
「大怪獣田中様を崇めよ。そして皆の者力を得るのじゃ」
宗教の指導者と考えられる人間が、大声を張り上げる。
「強くなれ、強くなり、田中様を守れる者となるのじゃ」
白装束の人々が大勢集まり、思いに思いに筋トレをしている。
「...ハァアアアアッン!!!」
再度、同じ叫びが聞こえる。
その声の先にいたのはーーーーー
仮面ライダー田中らしきものだった。よく見ればロッドナンバーが記されていて、数えていると、途中欠番があるのがわかった。不良品でもあったのだろうか。
そう、仮面ライダー田中は精巧に作られたアンドロイドだった。皮膚をもたないその物体は一見ただのロボットに見えるが筋肉や関節などは人間から移植したのかと思われるようなリアルなものだった。
プレートには「仮面ライダー田中#12」といった感じて書かれていたのでそれが仮面ライダー田中だという事は察しがついたのだか、この異様な光景に吐き気がした。
「...ハァアアアアッン!!!」
仮面ライダー田中達は皆一様に白装束の師範のマネをして筋トレをしている。
こんなところであきらめてはならぬ!といった強い表情をうかべ、しばらく様子を見ていた。
そしてしばらくして斉藤の前に現れたのはなんと…‥
田中教の幹部だった。
斉藤はその幹部に捕まってしまった。手足を縄で縛られてしまい身動きが取れなくなってしまった。
「厄介なネズミが紛れ込んでいたのか!」
と田中教の幹部は斉藤を担ぎ何処かに連れて行った。
「俺を捕まえてどうするつもりだ。」
と斉藤は叫んだが幹部の男は無視して歩き続ける。
そして斉藤が連れてこられた場所は
大きな倉庫だった。そこには鉄格子で区切られた部屋がいくつもあった。
入口や各所では屈強な男たちが監視をしていて、監禁されているものたちは到底逃げられる感じではなかった。ある一室には先日大怪獣田中をしとめそこねた仮面ライダー田中もいて、拷問にあったのかかなり衰弱している様子だった。
さらに奥に進んでいくと、なんとそこには3年前に行方不明になった斎藤教授がいた。教授はうつむいたまま、じーっと床をみつめ、ボソボソと独り言をつぶやいていた。
到底その事に触れられる雰囲気ではないので、斎藤は従い先へと進んだ。
その時だった。倉庫内に「ブーブーブー」といった警報音が鳴り響いた。と同時にドン、ドン、ドンとガシャーン、と。
そう、奴がまた現れたのだ。
「おおお、大怪獣田中様、ご無事で何よりです。皆心配してました」
胸に”R”と書かれた幹部の一人が天を見上げながら手をかざしている。が、その言葉は大怪獣には伝わっていないのかその幹部はあっけなくその大きな足に踏み潰された。
破壊活動は止まらなかった。壁は完全に倒壊し、歪んだ鉄格子から逃げ出すものもいれば、下敷きになってるものもいた。田中幹部を始めとする田中達は皆逃げ出した。
柱もゆがみ、もうこの建物が崩れるのも時間の問題だ。
斉藤はこの大惨事をチャンスと捉えた。そして斉藤教授の救出しようと向かった。きっと斉藤教授に会えば大怪獣田中を始めありとあらゆる謎が解けると考えた。
斉藤教授の部屋は幸いにも無傷で、逃げ出した門番がカギを落としていったため、すぐに開けて救出する事ができた。
震えながら独り言を言う教授を斉藤は背負って、建物の外にでた。
その時。
……
…
た.す…け…て。
…
斉藤にはそう聞こえた。
見上げると、大怪獣田中の目から、一粒の涙か流れていた。
「おい!お前ら、早くこの建物から離れろ!倒壊するのも時間の問題だ!」と大声が鳴り響いた。
それを聞いた斎藤はハッ、とわれにかえり、再び走りだした。しかしどうも力が入らずよろけながら転びそうになった。
その時、何者かに斎藤はガシッと横から掴まれ、2人まとめて抱きかかえられた。何者?それは先ほど大声で非難を促してくれた屈強な男、そう番人の1人だった。
「なぜ僕を助けてくれたんですか?先程は縄も解いてくれたし、ビックリしました」斎藤は問いかけた。すると屈強な男は
「ハハハっ、んーそうだな‥‥しいて言えば田中派閥の中にも反対派みたいなのがいるってことかな?」とあたかも他人事のような言い回しで答え、「こんな事になった事、実は少しワクワクしててな、なんだろう、時代の変わり目というか、そういう瞬間に立ち会っている気分だな」と続けた。
「とにかく助かりました。ありがとうございます!」と斎藤は抱きかかえられながらも深々と頭を下げた。
「なぁに、いいってことよ。ただ稼げるからこの仕事をしているだけで、ココに恩とか忠誠心があるわけじゃねーからな!」といいアハハハーハッと屈強な男は大声で笑った。
倉庫は完全に倒壊した。そして大怪獣田中は電池が切れたかのようにうつむき動かなくなった。
「ここまでくればとりあえず安心だろ!この先のゲートを抜けて右にいけばすぐ出口だ。さあ、いけ!」屈強な男は二人を下ろした。
「いえ、僕は今回の騒動の事を確かめるためにここに……」
「ダメだ!とりあえずここから一旦出ろ!そんな華奢な体で何ができる?怪我もしているみたいだし、捕まってしまうのがオチだ!こんだけのセキュリテイをかいかぐってここまでこれたのだから頭のいいことは認める!だかこういうときこそ冷静になれ!」と屈強な男は言った。
斎藤は舞い上がっていた気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。核心をつかれた斎藤は屈強な男の言う事を聞いた。
「……わかりました。今回はありがとうございました。すみません、お名前おしえていただけませんか?」と屈強な男に聞いた。
「んなもん名乗るようなたいしたもんじゃない!ほい、さっさと行きやがれぃ!」
と背中をポンっと押された。
区画のセキュリティは今回の騒動で機能しなくなっていたため、スムーズに脱出する事が出来た。
とりあえず、斎藤教授を救い出す事が出来た。それだけでも十分成果があったと思う。
外に出た斎藤は自宅に電話し、車で迎えにきてもらう事にした。斎藤教授は深い眠りについているようだった。