平凡な彼女は魔法学校の優等生
「これ、お願いします。」
先輩が、ぶっきらぼうに書類を渡してくる。
どうやら私の手が空いたのを見計らって、面倒な案件を押し付けてきたらしい。
退勤まであと1時間半。
スムーズに帰れると思ったのに…やれやれ今日も残業か。
はぁ、と一息溜息をつき、冷めたコーヒーを飲み干してデスクに向き直った。
社内にキーボードを叩く音だけが寂しく短く響く。
会社に残っているのは私だけで後はみな遅くとも1時間程の残業で退勤していった。
画面の右下の時刻は23:02と書かれており、そろそろ終電の心配をする必要性がでてきた。
しかし進捗は芳しくなく今日中の仕上がりは無理だと結論づける。
ある程度の所までは仕上がっているのでこれで許してもらおうと私は帰宅することにした。
駅までは直行するつもりであったが、繁華街を横切った際に漂う匂いが鼻腔をくすぐる。
空腹を忘れていたわけではないが、その匂いのせいで腹の音は空腹の訴えを始め、鳴り止むことを知らない。
「何か食べたいけど……」
今は食欲よりも帰宅を優先すべきだと頭では理解していても、体は正直で知らず知らずのうちに足は繁華街の方へと引き寄せられていった。
それにしても違和感を覚える。これだけ魅力を感じる繁華街なのに、人っこ1人居ない。
「ハァ……ハァ……」あれ?なんだ…頭が…意識が…。急に目の前が真っ暗になり膝から崩れ落ちる。
『ねえ、女ちゃんさ、魔法使いに…』----------
倒れる瞬間、誰かの声を聞いた気がしたが何を言っているのか聞き取れなかった。
目を開けるとそこは繁華街ではなく、そして見慣れた自室でもなかった。
見たこともないような壮大な景色。パッと見て日本じゃないどこかだと察した。
「え……どこ……?私、死んだ……?…天国…?……」
自分の置かれた状況に思考が全く追いつかない。
時間を置き、少しだけ冷静になる。
まず、間違いなくここは日本ではないどこかだ。謎のデッカい惑星が空に見えるし、月みたいなのも2個ある。
「これって……異世界…?……え、やっぱ私、死んだの!?」
パニックになって思わず声に出してしまう。大きな独り言だ。勿論、誰からも返事はないのだから。
------
私はその場を離れ、しばらく歩いていると遠くから人影が見える。
背丈はそれほど大きくはないが、男性だ。
手には弓を持っている。やっぱ異世界?弓を持った人を見掛けるなんてもう完全にファンタジーの世界じゃん!
これはテンション上がるなあーと思っていた。
冷静に考えて、親族もいない私に日本にとくに未練は無かったのだ。
残業から解放され自由だと、楽観的に考えていた。
そして、人影を見つけ安堵したのも大きい。私は見知らぬ土地で1人で不安だったのだろう。
気付いたら、その人に向かって駆け出していた。
「あのっ!」
私が声を掛けると彼はこちらを見て驚いた表情をしている。