伏線巡りの旅
僕は探偵ドラマとかによくある伏線が大好きだ。日常でも周りを見渡しながら伏線を探している。
ウンコの匂いがするな、と思い歩いているとしばらく歩いた先に犬の糞の踏まれた跡があり、あーさっき通り過ぎた人はウンコ踏んでるな、といった具合。
そういった小さな伏線を探しながら過ごすのは退屈な日常を少しだけ楽しくさせるものだ。
まぁ、ホントはそれを伏線と呼ぶのは少し違うかもしれないけど。
ある日曜日。僕は旅に出た。
目的は勿論!
伏線を見つける旅だ。
まずは簡単な自己紹介から。名前は田中太郎。
僕はごく普通の家庭に生まれ、両親と妹が1人の4人家族だ。
今年高校一年に上がったばかりで、7月になったけど人見知りの僕はなかなかクラスに馴染めずにいた。
趣味という趣味はこれといってなく、しいて言えば散歩しながらの人間観察かな。
一つだけ秘密というか、不可解なことがある。
それは10歳くらい前の記憶が全くない事。その事について両親に聞いた事があるが、幼い事の記憶なんてそんなものだ、別に困る事ないだろ?とごまかされるだけだった。
周りの人達の僕に対する対応も特におかしな事はないが、それが逆に不自然に感じたりする。
さてそういう事は一旦置いといて、本題に戻そう。
財布の中には新聞配達とお年玉で貯めた10万円がある。夏休みという事もあり、少しだけ長旅を考えていた。親にもその事は話したが、いってらっしゃい、と少し無関心とも思える反応だった。
キャリーバックの中は下着、タオル、洋服が数枚あるだけでスカスカ。幼なじみの亜美ちゃんへのお土産も入れられそうだ。
そうやって色々考えていると、家を出てコインランドリーを曲がったところで亜美ちゃんとばったり出会った。
亜美ちゃんは、洗濯物が入ったカゴを持っていた。コインランドリーに行ったのだろうか。
「た、太郎! 洗濯機が壊れたから新しいのが届くまでなんだから! 勘違いしないで!」
亜美ちゃんが一方的に説明を始める。まだ何も聞いてないよ! ってか何を勘違いするの!
「ふ、ふーん……。その服装……持ち物からして、伏線さがしの旅に出るってところね!」
幼少時から伏線さがしにつき合わせた事もあり、亜美ちゃんは観察、洞察、推察力が高い。
高いというか、高すぎて「ぜんぜん違うよ!」的な、一人よがりな結論に達する事も多い。
「バッグのスカスカの部分に入れる私へのお土産は、和菓子じゃない甘いものがいいな」
なんで僕のバッグの中のスカスカまで把握してるの! 透視能力まで備えたっていうのか!
「だって、そのバッグ、軽そうじゃない……。旅の出発祝いに、私から伏線を一個あげる」
亜美ちゃんはそう言うと、ポケットから黒いハンカチを取り出した。
「あ、ありがとう」僕はとっさにそう言うと、照れながら少し目をそらした。
僕は昔から亜美ちゃんの事が好きだった。幼少期の頃は友達として、幼なじみとしての感情だったのかもしれないけど、中学生の頃から意識し始めるようになった。中学がお互い違うクラスになった事もその引き金になったのかもしれない。
小学生の頃はホントに伏線を探すのに付き合ってもらう為に亜美ちゃんを誘っていたのだけど、意識し始めてからは僕の気持ちが伝わるよう伏線をちりばめた。
基本朝が弱く、ギリギリに登校する僕だったが、早起きで早く登校する亜美ちゃんに会いたいが為に偶然を装って待ち伏せして一緒に登校したり、昼休みに亜美ちゃんの好きな図書館にいったり。
伏線探しの旅の目的も亜美ちゃんに僕の伏線、つまり僕の気持ちをわかってほしい、という不純なものに変わっていた。
「お土産迷ったらLINEしてね!気をつけてねー!」
笑顔で手を振る亜美ちゃんは世界中の誰よりも可愛かった。
僕も少し引きつった笑顔で亜美ちゃんに手を振り、バス停に向かった。
‥…‥
‥
黒いハンカチ。
初めて見たはずなのに一瞬だが懐かしくそして苦しい感情に襲われた。
「あれ、太郎くんじゃない。おはよう。こんな朝早くから、どこに行くの?」
バス停に向かう途中で、今度はマナミさんと出会った。
マナミさんは亜美ちゃんのお姉さんだ。僕たちの通う、学校の先輩でもある。
「ふうん。伏線さがしの旅ねえ。太郎くんは、昔から好きだったもんね。伏線」
そう言うと、マナミさんはふわりと微笑んだ。昔から変わらない、優しげな雰囲気だ。
姉妹なのに、ツンデレ気質な亜美ちゃんとはタイプがぜんぜん違う。
「亜美みたいに、私は伏線はあげられないけど、代わりにこれをあげるよ」
そう言いながら、マナミさんはバッグの中から小さなコンパスを一個、取り出した。
「最近は、地震とか災害もいつあるかわからないから。お守り代わりにね」
使いやすそうなシンプルなコンパスだ。ありがとうございます、とお礼を言う。
「ううん。旅、がんばってね」
手を振るマナミさんと別れて、バス停へと向かう。
その途中で、遠くのほうに、懐かしいものを見つけた。
公園のジャングルジムだ。わりと大きな、派手な色彩のジャングルジムである。
あのでかい木が無くなったんだな。だから、ここから見る事ができるようになったのか。
小学生の頃。10歳ぐらいまで、よくあのジャングルジムで遊んでいたらしい。
というのは、亜美ちゃんから聞いた話である。亜美ちゃんとも遊んだ事があるらしい。
10歳ぐらいから前の記憶が全くないので、どこまでも「らしい」という感覚しかない。
ジャングルジムに無言の別れを告げて、歩くこと数分。バス停に着いた。
バス停に着いたら「太郎か!」と声をかけてくる近所のお兄さんの如月陽介さんだ。
「陽介さん、どこ行くの?」
と聞いてみた。すると陽介さんは「少し気分転換にな。」と言った。
これも何かの伏線かもしれない。
陽介さんとは途中のバス停まで一緒に乗っていた。
「伏線探しの旅か、気をつけて行って来いよ。俺も伏線はあげられないけど、とりあえずこれを持って行きな。」
と制汗スプレーを渡された。
「ありがとうございます。」
僕は電車に乗り換えるため陽介さんと別れ、改札口に向かった。
「陽介さんは一体何処に行くんだろうな。」
と電車を待っている間考えていた。
数分後、僕は電車に乗りこんだ。
ゆっくりと電車とともに動き出す景色。
家々が立ち並ぶ馴染みの街が遠ざかる。
田んぼや畑の中に点々とある家、
波が寄せてはかえす海辺、
そびえたつ山々とゆったりと流れる川。
窓の外を眺めていた僕はふと、あのジャングルジムとそっくり同じジャングルジムを見つけた。
つい電車を降りてしまったのも、そのジャングルジムを確認したかったためである。
太陽は高く昇り、じわりじわりと汗が流れる。
陽介さんのくれた制汗スプレーは大活躍だ。
駅から線路沿いをまっすぐ歩くと、ジャングルジムのある公園はすぐに到着した。
ジャングルジムやブランコなどの遊具はあるものの、この公園にはどこか寂し気な空気が流れていた。
僕は電車から見たジャングルジムに近づいた。確かにそのジャングルジムは、あの公園にあるジャングルジムにそっくりだった。だが、そっくりなだけだ。もちろん、同じ物なわけがない。
僕は再び駅に戻ろとした。ジャングルジムを確認するために降りてきたのだ。それだけで、この場所に用はない。
そう思い、公園を出て行こうとしたとき――。
公園のベンチに座っている、白いワンピースを着た少女が目に入った。今までまったく気づかなかった。
その少女は、僕のことをじっと見つめている。大体、距離は五メートル。
不思議な空気を纏った少女だと思った。その少女は僕と目が合うと、自分の座っているベンチをポンポンと叩いた。
隣に座れということだろうか。
僕は少女と一人分の間隔を空け、ベンチに腰を下ろした。
「あなた、何してるの?」
透き通った、綺麗な声が公園に響く。
「ただの、旅だ」
「旅? 一人で?」
「ああ、そうだ。悪いかよ」
「不思議なことをするのね。私には理解ができないわ」
誰もいない炎天下の公園のベンチに座っている、お前に言われたくない。
「……お前こそ、何をしているんだ?」
「私? 私は……何をしているんでしょうね」
少女は自信なさげに言った。すると彼女は、僕との距離を詰めてきた。身体は密着している。暑い。
「ねえ、あなたは私が何をしていると思う?」
「そんなの分かるわけないだろ」
彼女は僕の顔を覗き込む。それを見て、顔の整った綺麗な少女だと僕は思った。それに年齢も近く見える。きっと傍から見れば、イチャイチャしているカップルに見えるのだろう。
「忘れてしまったのね。何もかも」
「君は一体何を言っているんだ……?」
彼女の言っていることが、僕には理解できなかった。
「いや、いいのよ。あなたが忘れてしまったのなら、きっとあれは忘れるべきことだったのよ。だけど、私は忘れることができなかったから……」
彼女はそう言い残し、この公園から出て行ってしまった。
「忘れることができなかった……」
彼女のその言葉だけが何故だか頭に残った。
僕は立ち上がり、公園を出た。
………
……おい……おい!大丈夫か
ボンヤリとする白い天井が目の前に広がる。僕は倒れてしまっていたようだ。
「びっくりしたよ。公園の入り口で倒れていたんだよ。この暑さで熱中症にでもなったのかもしれないぞ!とりあえず水を飲め!」そうやって一人の老人が僕に水を飲ませてくれた。
「とりあえず大丈夫そうだな、少しここで休んでいきなさい」老人は優しくそう話してくれた。
ベッドに横たわりながら、昨日夜更かししてた事を反省した。というか旅前の興奮で寝られなかっただけだが……
助けてくれた老人はこの建物を管理している方だった。古い建物だけど、管理は行き届いていて、綺麗にしてあった。
この建物は使われなくなって数年ほどが経ち、いまだに借り手がみつからないようだ。何かの施設か病院か、そんな感じだろうか。
窓の外を見るとちょうどジャングルジムも見える。公園に隣接している建物のようだ。
カベを見ると子供が描いたようなラクガキもあった。小さな子供達もいたんだと想像がついた。
……僕は夢を見ていたんだな。とてもリアルな夢だった。
白いワンピースを着た少女。夢とは言え思い出すだけでドキドキする。
少女は僕の事を知っていると言っていた。
夢の中の出来事なのに、僕はしばらく頭からその事が離れなかった。