幽霊相談所

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1人目

ここは幽霊相談所。
ここには様々な依頼者が訪れる。
まあ、みんな幽霊、ゴーストなんだけど。

依頼は様々で成仏するにはどうしたらいいかとか自分の死の真相や犯人を突き止めたいとか理由は様々だ。

私はこの幽霊相談所の所長をしている白神 零(しらがみ れい)

私は正真正銘の人間だが昔から幽霊が見えた。そして幽霊たちはなぜか私にとても友好的だった。

2人目

私が1番最初に認識した幽霊は、父方の曾祖母ーーひいおばあちゃんだ。
ひいおばあちゃんが亡くなった時、私は4歳だった。
田舎だったので、お葬式は自宅で取り行われた。
お葬式が終わったあと、片付けに奔走する大人たちを、私は縁側に座って見ていた。
「よっこらしょ」
聞き覚えのある優しげな声に振り向くと、そこにはひいおばあちゃんがいた。
私の大好きな、にこにこした笑顔で、隣に座っている。
「……ひいおばあちゃん」
ひいおばあちゃんは、驚いた表情で私を見た。
「零ちゃん。私が見えるのかい?」
こくりと頷くと、
「そうか、そうか。零ちゃんも『見える』んだねえ」
と、少し寂しいような悲しいような顔をした。
「それじゃあ、私が守ってあげないといけないねえ」
そう言って、ひいおばあちゃんは生前と同じように、私の頭を撫でた。

それから今までずっと、ひいおばあちゃんは私のそばにいる。

私は、幽霊相談所の事務机で、新聞を広げて読んでいる。
その向かいの応接スペース。
ひいおばあちゃんはソファの端にちんまりと座り、朝の情報番組が流れているテレビを楽しそうに見ている。

3人目

そのテレビは前の依頼者が報酬にと置いていったものだ。
少し型式の古い22インチの小さな画面には、本日の占い結果が表示されている。
かに座は第2位。
「愛を持って接してみて」だそうだ。

幽霊たちはひいおばあちゃんとも仲良しだ。

依頼を解決した後にも、時々遊びに来ては和やかに話をしていく。
「気をつけるんだよ。今日も暑いからねえ」
などと言って見送るひいおばあちゃんの態度には、たしかに愛を感じる。
「……私もあんなふうに接してみようか」
別け隔てなく穏やかに接することが、できているわけではない私がそうつぶやくと、
「零ちゃん、いいんだよ今はそのままで。私くらいの年になると、みんなおんなじに見えてしまうってだけだからねえ」
と、諭すような慰めるような調子でひいおばあちゃんが言う。落ち込んでいるわけではないのだけど、ひいおばあちゃんにそう言われると、まあいいかという気持ちになる。
「うん。ありがと、ひいおばあちゃん」
私がそう返している時、ざぶん、と音がして事務所の扉が開かれた。

音がした扉の方を見ると、そこには初老の、びしょ濡れの男性が立っていた。

4人目

「幽霊相談所というのはここで合っているかね?」

「え、ええ」

 男はまるで風呂上がりのバスマットのようにモノクロで描かれた猫の玄関マットを濡らしながら、濡れたロン毛を束ねて絞る。
 靴底の土もお構いなしにマットに擦りつけて落とせるだけ落とすと、ようやく顔をあげた。

「すまない。急な雨にやられてね」

 今しがた見ていたニュース番組で今日は洗濯日和だと言っていたはずであった。
 現に事務所の窓からは日光が差し込み光に当てられ、姿を現した埃の舞う様子が見える。
 雲の出番さえないこの青空の一体どこに雨粒を降らせるものがいるのだろうか。

「流石にソファを濡らすわけにはいかないから、ここで依頼を伝えたいんだが」

 そう言い、男は何かを伝えたいのか着ているベージュのコートを指さした。
 不可思議なことに先程から垂れ続ける水が止まる気配が見えない。
 どこにそれほど保水できる場所があるのだろうか。
 これは”憑かれている”な。
 私は男の意図を理解し、こちらから男の前へと出向いた。

「察しが良くて助かる。実はこのコートが本当の依頼主さ」

 意識を集中させ、コートの裾を掴んで視線を全体へと巡らせると、ある一点に違和感を拭えない箇所を見つけた。
 それは――
 

5人目

 左胸の下。内ポケットのある位置。
 コートの一点で、生地が波打っている。裏地を見ると、そこから水は湧き出ているようだった。

「内ポケットに……?」

「あぁ。私は生前、地元ではそこそこ名の知れた産婦人科医でね。数多くの、輝かしい命の誕生に付き合い、手伝ってきた。だが、様々な事情で生まれることができなかった命もある。そんな、人間になれず行き場を見失った魂たちを、コートに憑かせていたのだよ」

 コートの襟が逆立ち、金切り声をあげる。袖は膨らみ、めくれたりねじれたりと暴れ出した。
 男はそんなコートをあやしながら話を続ける。

「おぉ、よしよしお前たち、いい子にするんだよ。と、まぁこういった具合で、彼らをあやしたり慰めたりしてきたんだが、男手1つじゃどうしても難しくてね。母親に会いたい、父親に会いたい、人間になりたい、とね。しばしば寂しがって、涙の雨を降らせるんだ。そうこうしているうちに私も今や、彼らと同じ世界の存在さ、ハハハ」

「……ようこそ、幽霊相談所へ。所長の白神 零です」

「おっと申し遅れたね。私はこういう者さ。彼らを親に会わせてあげて欲しい。全員じゃなくてもいいんだ。何人か会えばみんな満足するだろうから。それとできればでいいんだが、彼らに人間の喜びを感じさせてやってくれないかな。ほら、おいしいものを食べるとか、さ」

 そう言うと男は姿を消し、その場にはコートだけが残された。もぞもぞしているコートはこちらを向き、パタパタと襟を開閉する。どうやら笑っているように感じられた。
 男から渡された名刺は、インクが水でにじんで文字を読み取れなかった。

6人目

「零ちゃん、タライを持ってきておくれ」
ひいおばあちゃんが着物の裾をたくし上げ、ずぶぬれの猫を抱えるようにコートを抱きかかえた。

「え…タライ?タライなんか事務所にあったっけ?」
慌てて私は奥の部屋に向かった。

事務机の後ろには、今まで相談事を解決した幽霊達からの贈り物をしまった一室がある。
 今はもう…物〈者〉が溢れて、異様な倉庫になってしまってるが……

 真鍮で出来たドアノブは黒い錆がついており開けるのに少々コツが必要だ。
 ドアノブを少し押し込み、右に捻りながらドアごと持ち上げるように、引く…

ギィィィイイイ…

 ホコリとカビが混ざり、一瞬青く見えるような空気が一気に肺の奥まで満たそうとする。
 
 浅く呼吸を整わせながら、右の壁を無造作に探った。

カチッ…

電球色の光がホコリまみれの棚を照らした。


「辞めときな…あれ、生水の野郎が持ってきたコートだろ?」
 棚に置かれた小さな置き時計からひしゃげた声がする。

「生水だよ。生水。知らないのか?生きる水って書いて“おみず”って呼ぶんだ。あれ、生水が持ってきたんだろ?」

「あの人、生水っていうのか…」
 コートから滲み出た水で、さっき渡された名刺に書いてある名前は読めなかった。

「で?生水さんってどんな人なの?」

「10年か20年前か忘れちまったが、ここいらで産婦人科やってた奴さ。墮胎したり流産なんかしたりで形にならなかった奴を、そのまま排水溝に流したり、他のゴミと混ぜて捨ててたんだとよ…」
ひしゃげた声が次第に大きくなり、棚を揺らす。

小さな置き時計の短針と長針が裁ち鋏のようにガチャガチャと音を鳴らし震えている。

 この小さな置き時計は、私が生まれる前からこの部屋にいる。ドワーフ人形があしらわれた山小屋の形をした置き時計…