モブ子の魔法の無駄使い
私はモブ子
唐突だが私は魔法が使えるようになりたい!
別に強い敵を倒して世界を救いたい!とかそんな大それたことがしたい訳じゃない。
ただ、日常の細かくてめんどくさいあれやこれやを魔法でパパッとやりたいのだ。
例えば部屋の掃除、片付けとか、仕事の面倒な細かい作業とか、寝転びながらテレビのリモコンを引き寄せるとか……。
そういう煩わしさを減らすために魔法が使えるようになりたい。
だって魔法使いは杖を一振すれば日常の大抵のことは済ませられるっぽいし。正直羨ましい限りだ。
――パチン
何気なく指を鳴らす。地味でしょ。日陰者の私にあるのはこの乾いた音を鳴らす能力と、手品を行う能力ぐらいなもの。成績は中の下、運動はてんでダメと来たものだ。指パッチンなんて所詮暇つぶし――だけど、今日はなんだか勝手が違った。
――スーッ
「は?」
戻ったのだ。本が。ひとりでに。意志を持って。本棚に。
文法がしっちゃかめっちゃかになるのは察してほしい。誰だって非現実を目の当たりにすればこんな反応になるんだ。
――パチン、パチン
我ながら小気味の良い音だと思う。ただ同時に虚しい。いつもなら。
――スーッ、スーッ
本がまた本棚へと戻る。非現実だけど地味だ。どうやら散らかした物が所定の位置に戻る魔法――らしい。そうして指が痛くなるころには、部屋は随分奇麗になっていた。コスパ悪いけど。
――なんて思い込まないとやっていけない。
考えてみてほしいんだけど。指パッチンをして所定の位置に戻るなんて能力、実際使うと地味この上ない能力。どこでどう使える? 精々が書類整理に役立つくらいだ。
けどこれでいい。陽キャには陽キャの、モブにはモブの流儀があるんだ。私のような100人いたらその中に紛れて個性を主張しない人間にとって、こういうくらいの能力は良い塩梅なのである。
私には出世欲がない。目立つのは嫌だから。人込みに紛れてある程度の仕事は熟す。けど人の上に立って何かする、というのは私には向いていない。そりゃ、この能力があれば仕事は楽に熟せる。しかし、仕事をし過ぎるというのも考え物だ。だから、程よくこの能力は使う。目立たずに、かつ慎重に……地味な魔法はこういうためにあるんだ。
今日も今日とて面倒な仕事の始まり。
キラキラ陽キャ女子。に言い寄られる同期の爽やかイケメン。
バーコード頭の上司。
声の大きいお局様。
仕事は嫌いじゃない。でも人間関係は面倒だ。
はぁ……。帰りたい。
早く帰ってごろごろしたいなあ。
――パチン、パチン、パチン、パチン
――スーッ、スーッ、スーッ、スーッ
いつにもなく荒れている。この魔法、使い続ければ指が痛むくらいなものでそれ以外に使用制限がないのはいいけど、やはり実になるものがないとわかってしまった。
そもそも魔法とは何だ? 科学的根拠のない、空想上の概念。それを人前で使うという事自体、憚られるというもの。さすがに幼児に転生して喋るとかではないから、異端審問にかけられることはないだろう――そも、こんな地味な能力のために割く時間のほうが勿体無い――けど、それでも悪目立ちするのは良くない。けど、この能力は何かしらの形で使いたい。こんな時……時間操作でもできるなら。そんなご都合展開を望んでしまっている自分がいる。なんとも浅はかなと、笑いが溢れてしまった。
すると、リビングからお母さんの声が聞こえてきた。
「モブ子〜、おつかいお願い〜」
未だにこんなド◯えもんみたいなご家庭があるのかというツッコミはやめてほしい。現にあるんだから、言及したとてというものよ。
「はぁい」
私は大きく返事をする。お金を受け取って、外に出たら、瞬間移動でもしよっかな。そんなことをぼんやり考えながら、指パッチン直前の私の右手を見つめる。
「ちょっとまってねー」
一応そう言い、少しボーっとする時間に入る。
あーあ、なんで私が行かなきゃいけないんだろ? 大抵お母さんは暇で、ソファに寝転がってゴロゴロしてるだけなのに。お母さんが自分で行けっつーの!
――パチン
はぁと小さくため息をつき、私は渋々起き上がる。そろそろ出なきゃ怒られるかも。
思い足取りでドアを開けた、その時。
「あーモブ子、ちょっと大量に買いたい物できたからママが自分で行くよ。流石にアンタに重いもの持たせるわけには行かなかいからねー」
いってきま~すというお母さんの声の後、玄関の開閉する音が聞こえた。
……ゑ????
ん? 私ついに人を操れるようになった??
いやいやまさかと私は首を振る。今までにもこういうことはあった。単にたまたま被っただけのことだろう。
しかし、と私は右手を見つめる。そして数秒固まり、もう一度鳴らしてみた。
(私、マジック仲間とか居ないから、そういう友だちほしいんだよなぁ)
――パチン
心臓がドキドキしている。期待しつつ、私は玄関を凝視した。
十分、二十分。
ガチャっとドアが開き、肩が跳ねる。
「ただいまー」
……お母さんが帰ってきた。
ならば! と携帯を凝視する。
三十分、四十分。
「非通知」の文字が画面に現れ、私は嬉々として応答する。1コールもせずに出るなんて、陰キャの私の人生では初である。
「すみません。アヤシイサギ商店のものですが───」
三秒で切った。
……やっぱ、たまたまダヨネー。
私はでっかいため息をもらし、リビングに向かった。お茶でも飲んで落ち着こう。
入ってみれば、お客さんがいた。お母さんが友だちを連れてきているらしい。その友だちは何やら困った顔で、誰かに電話をかけていた。
「ごめんねミツル、もし良かったらお弁当届けに来てくれない?」
ミツル、誰だろ。私は横目にそんなことを考えた。
流れから察するにその友達の息子だろうか。気まずいなぁ。
いくらお母さんの友達とはいえ、知らない大人がいるの中でお茶を飲んでのリラックスはできない。
しかも、知らないお宅の息子さんを連れてこられてはもっと困る。
私はただでさえ人見知りなのだ、その空気は地獄のような有り様だ。
想像もしたくない。
私はソロソロと気配を殺しながら、冷蔵庫の前に着く。
どうやらお母さんとその友達は井戸端会議で盛り上がっているらしく、奇跡的にお茶泥棒が侵入した事には気づかれなかった。
もしかしたら魔法で音を消せるかもしれないとも思ったが、失敗した時の未来を想像して嫌になったのでやめておく。
(確か、冷蔵庫にお茶のペットボトルがあったはず…)
慎重に冷蔵庫を開けると、冷気に包まれながら食材やら調味料やらが睨んでくる。
音を出さないよう優しく、目標の品を掴んだ。また再び冷蔵庫を慎重に締め、階段を上がっていく。
ミッションはパーフェクトといったところだ、一階の住民達と言葉を交わすどころか、気づかれもしなかったのだから。
(…え、そんなに私影薄い?)と自分から自分へのダメージを食らいながら、自室へと辿り着く。
ベッドに座って、冷たいお茶を嗜む。
冷房の効いた一人の部屋でのその至高の時間は、先程のミッションの緊張から解放された緩和感といい幸せでしかない。
マンガを読みながらダラダラしていると、突然ノックもなしに部屋の扉が開かれる。
「え、何お母さん?ノックぐらいして…」
部屋の出入り口にいたのは、眼鏡をかけているガリガリな男の子だった。もちろん見知らぬ存ぜぬである。
身長から察するに、高校生ぐらいな気がした。
その男の子は目を見開くと焦ったように早口で言い訳をする。
「あ、えと、やべヤベ、えと…と、トイレと間違えました!すみません」
「いや失礼だな!…あ」
あまりにもおかしな発言に、思わず典型的なツッコミをしてしまう。気付いた時にはもう遅く、気まずい空気が…流れる前にその男の子が笑った。
「あ、えと、フヒッ…お、面白い人ですね」
…何だこいつ。最初に出てきた感想がそれだった。明らかオタクです自分!みたいな喋り方な癖に、中々立ち去らない。
速く帰れと言おうとした瞬間、その男の子は言った。
「そ、そのマンガ面白いですよね…フヒ」