サイキッカー
産声が病室に響き渡った。
僕はビデオカメラを片手に持ちながらその様子を捉えていた。
妻は目に涙を潤ませながら、赤ん坊を抱き上げた。
新しい命が誕生する。それはこの世で最も素晴らしいことだと思う。
僕たちは赤ん坊に翔太と名づけた。僕達の中でずっとこの名前にすると決めていた。
僕はこの子の未来も、この子に今後起きることも、全部知っている。
この子が障害を持って生まれてきたこと。
この子が良からぬ道に行ってしまうこと。
あまりにも若すぎる死を迎えてしまうこと。
僕には全部分かっている。
それでも僕は、この子に精一杯の愛情を注いで大切に育てて生きたい。
僕は子供の頃から自分や人の未来がわかってしまう体質で生まれてきた。
この体質は人々からサイキッカーと呼ばれていて、
サイキッカーは世界に何千人と存在する。僕の場合、比較的先の未来も見える体質だった。
祖父母がいつ亡くなるのか僕にだけわかったり、僕の人生とはいつも人とは違うものだった。
翔太は月日と共に、少しずつ成長していった。
ある日、翔太は僕に不思議なことを言ってきた。
翔太は自分の友達にこれから起こることがわかるというのだ。
翔太も僕と同じ体質を持っているのか、、?僕は疑った。
しかし話を聞いてみると、翔太は僕とは違って1週間ほど先の未来までしか見えないようだ。
それから翔太は小学校に入学した。
しかし成績はいつも悪く、翔太は学習障害と軽度のコミュニティケーション障害を抱えていた。
「お父さん、お父さんは僕より先の未来も見えるんでしょ?
僕の未来はどうなっちゃうの?」
ある日翔太は僕に尋ねてきた。
僕は翔太の質問にどう答えるか悩んだ。
僕には翔太の未来がはっきりわかっていたからだ。
これから翔太は障害のせいでいじめに遭い心を痛めていくこと。
17歳でドラッグに走り、それから彼の人生は壮絶なものになってしまうこと。
24歳で自ら命を経ってしまうこと。
僕には全てわかっていた。
「お父さん、、、?」翔太が心配そうな顔で尋ねてくる。
「ご、ごめんな翔太、お父さんは翔太の未来ははっきり見えないんだ。
でもお前はお父さんと同じように強い子だ、何があっても大丈夫だ。
ちゃんと勉強して、立派な大人になるんだぞ、
さあ、残ってる宿題やってしまいなさい。」
僕ははぐらかしてしまった。
僕はどうしても翔太に真実を告げられなかった。
僕は翔太に今後起こる恐ろしい結末を伝えずにいた。
時の流れを止めれる力があるならば中学生になった翔太を
一生このままの成長で留めて未来を変えてしまいと思っていた。
そんな事を考えていると翔太が部活から帰ってきた。
玄関のドアの音がした。
僕は翔太にお帰りなさいと言ってあげたくて
近づこうとしたら
翔太は僕に顔を見せようともせず自分の部屋へ足早と逃げるように行ってしまった。
「どうしたんだ翔太。」
最近は翔太の未来を受け入れたくないが為に見ないようにしていた。
この行動について状況や結末が僕にはわからない。
日を追うごとに親子の会話は減り、中学校を卒業する日が近づいてきた。
入学する高校は僕が見た未来と変わりなく、いよいよ翔太の転落が始まる。
しかし翔太の中学校生活で些細な点でズレが生じている事が時折、頭の中でひっかかる。
例を出せばキリがないが、未来で見た翔太の恋人は凛子という女の子であったはずが、美香という子に変わり、翔太の好物はトンカツであったはずがハンバーグへと変わっている。
僕の見る未来はそれほど正確ではないのかもしれない。
「ねえお父さん」
僕がテレビを見ながらその事を考えていると、いつしかそこに立っていた翔太が真摯な表情で僕を見つめていた。
暫し沈黙が流れた後、翔太がゆっくりと口をひらいた。
「お父さんは僕の未来が見えるって言ってたけど、僕の未来は僕で決めるね」
翔太はそれだけ言い残して駆け足で自室へと去っていった。
ソファに取り残された僕はその言葉に唖然としてしまった。
自分がサイキッカーであると受け入れてしまっているが故に、いづれ訪れる未来に対して無抵抗であることに気付かされた。
なぜ変えるという手段を今まで選ばなかったのか。
最初から僕は抵抗する気力さえ持っていなかった。
それが当然、変えれる未来などない。現に今まで大方の予想通りに進んできたではないか。
未来が見えたとしても自身の力で前を見続けようとする我が子の事を誇りに思うと同時に自分への不甲斐なさが膨らみ始める。
翔太は僕とは違う。息子には息子の未来が確かに存在しているのだろう。
それを見えているなどと言うのは、傲慢がすぎる。
僕の杞憂に反して息子はしかと足を踏みしめて未来へと向かっているのだ。
翔太の未来が変わるかもしれない、そして僕の未来も。
僕はその日からサイキッカーについて調べ始めた。
僕はネットで簡単にサイキッカーについて調べた。分かった事は、
・サイキッカーが初めて出てきたのは2013年。
・そして2015年にアメリカでとあるサイキッカーに関係する実験が行われた。その実験では、サイキッカーはアストレアというウイルスによって生まれること。
・サイキッカーは能力を2時間以上使用すると頭痛が起こること。
・更に長時間使用するとたちまち脳内出血を起こし最悪の場合死に至ること。
(他は世間一般で知れ渡ってる情報ばかり。。。。。。ん?なんだこれ)適当に検索結果を見ていると俺の目に一つの名前が留まる。(朝山啓太?どこかで聞いたような。。。。。)
必死に思い出そうとしていると翔太から電話が来た。「もしもし?翔太か?」「と、う、さ、ん、に、げ、て」「おい待てなんだその声!大丈夫か!?」電話越しでも伝わる緊迫感。一体どういうことなのだろう。するとインターホンがなる。(あーもうこんな時に!)「だ、め、」「だめ?どういうことだ!?」俺が困惑していると突然大きな物音がなる。
「なん。。。。。。」振り返るとそこにはサングラスをかけた坊主の黒服の男が立っていた。「宇佐木 健、デッド」「え」男は言い終わると同時に僕の顔目掛けて思いっきりぶん殴ってきた。(目が。。。。。。)そのまま僕の意識は闇へと消えた。。。。。。はずだった。目を覚ますとそこは翔太が生まれた病室、僕はビデオカメラを片手に持ちながらその様子を捉えていた。(どういうことだ。。。。。。僕はあの男に殴られて。。。。。。)「あなた?大丈夫?」すると妻の美奈が心配そうにこちらを見つめる。「だ、大丈夫だよ!」「そう?ならいいけど」「ごめんちょっとトイレに行ってくる。」「わかったわ」
僕は病室を出たあと、一つのことを考えていた。(おかしい、僕の能力は未来を見ることだ。過去に戻るなんてのは。。。。。。!まさか!)その時頭に浮かんできたのは、複数能力所持者だった。