非公開 ハネヤスメ
「なあ、買い物に行ってきてくれないか」
そんな言葉とともにチープなショッピングバッグが放り投げられる。依頼者であるクロムに近かったカズヤは顔面でそれを受け取った。
悲しいかな、バッグは空ではなかったようで、中に入っていた財布らしきものはカズヤの鼻の上に着地した。布越しに小銭がぶつかる音に、クロムはどこか気まずい表情を見せた。
「買い出しか。夕飯までに戻って来るがいい。雨が降るらしいからな」
「いや、セフィロスも行ってくれると助かる」
カズヤの横で新聞を広げていたセフィロスはぎょっとした顔をした。ソファーから身を起こすカズヤの口はどこか笑っている。
「セフィロス、一週間前にルフレたちと行った、あの店といえば分かるか? 道が入り組んでいるから初めての人間だと辿り着けないだろうと思ってな」
「成程。貴様が道案内役か。迷ったらその場で殴り飛ばすからな」
「ちっ」
セフィロスの舌打ちなんて珍しいかもしれない。この晴れ晴れとした休日よりも。
「金と買ってきてほしいものは中に入ってる。頼んだ」
そうしてクロムは部屋を後にした。
渡されたバックの中をゴソゴソ探ると相変わらず可愛らしい共用の財布とメモ用紙一枚が入っている。メモには買ってきてほしい品名と金額が書かれていた。
「そもそも今日の買い出し当番の持ち回りは俺じゃなかったはずだが」
「あぁ……確か天の聖杯たちが急遽乱闘に出場することになったからお前に回ってきたんだったな」
「小娘どもが……乱闘に参加する前に言っておけ」
ここにいない天の聖杯たる少女たちに文句を言っても買い出しに行くことには変わらない。ただそれが一週早まっただけのことだ。カズヤは深い深いため息をつき、仕方ないと言わんばかりに買い物の準備を始めた。その姿を見てセフィロスが微笑む。
この世界に招待された当初、カズヤは他人を寄せ付けない雰囲気を放ち、常に孤独を保っていた。だがこの世界で善良な精神を持つ者と多く関わったおかげか、あるいはセフィロスと長い時間を共に過ごしたためか、今の彼からは他者を拒絶しようとする気配は消えている。
「さっきから気色悪い顔をするな貴様」
「そうか。頬が緩んでいたか」
「浮き立っているのか? その暇があるなら貴様も外に出る準備をしろ」
そう言うなり、カズヤはセフィロスを彼の部屋へ押し込む。
数分後に現れた天使はいつもの黒コートの姿だった。胸元を開けた奇妙なスタイルはいつ見ても慣れることはない。肌を露わにした胸の前に交差したベルトが目に入る度に顔をしかめてしまう。
「貴様、いつもその服ばかりだな。それ以外のものは持っていないのか」
「必要ない。寒さには強い方だし、暑ければ上を脱げば事足りる」
呆れて罵倒の文句すら出ない。
「なら何だ、夏に葬式があったら貴様は半裸で乗り込むのか? 少しは身なりを気にするんだな」
「……そうは言われてもな。お前のようにそういった場所へ呼ばれる機会がないから、買う意味がない」
上手く言葉が返せない。自分と違い、付き合い程度の催しにすら行く機会すらないのだ。玄関の方へ目を向ける。動かした足はいつもより早かった。
「早──」
「時間が空いたら俺が服を見立ててやる、早く行くぞ」
くく、とセフィロスが喉を鳴らす。ショッピングバッグを握る手の力がほんの少しだけ緩んだ。
セフィロスの道案内は案外分かりやすかった。すんなりと目的の店に着き買い出しを済ませる。
ファイター御用達という小さい看板をレジ横に見つけ、宣伝するならもっとデカデカとやればいいだろうにとカズヤは思う。
それなりの重さの荷物を持ち歩く趣味は無い為、店員に配達出来るかと聞けば「料金上乗せですが……」と遠慮がちに言われた。
構わない、と告げたセフィロスとカズヤは荷物を預けて街中へと歩き出す。
「何処に行くんだ」
「貴様の服を見に行くと言っただろう。四六時中その服しか見ていないのがいい加減嫌になってきた」
せめて公私を分けろと、カズヤがセフィロスの隣を歩きながら文句を言う。
セフィロスはカズヤをじろじろと眺め、確かにカズヤは色々な種類の服を持っているな、と妙な感心を覚えた。
「どういう服が着たいとかは無いのか」
「とんと興味が無いな……カズヤが選んでくれるのなら何でもいい」
「貴様は本当……よく恥ずかしげも無くそういう事を言えるな」
本音だからな。
そう言いながらふわりと笑うセフィロスに、カズヤはうるさい、とだけ返す。
耳が赤いのをセフィロスは黙って眺めていた。
さて、肝心の服選びについて。まずは店選びが重要だ。と言ってもカズヤ自身、今ここでどのファッションが流行っているとか、どこの店なら安く買えるかなど全く知らない。これに関しては手元にある情報機器で何とかなる。そしてセフィロスに似合うであろう服のジャンル、やはり綺麗めでシンプル、ナチュラルが一番良いだろう。ファッション初心者ならなおさらその方が良い。
「セフィロス、行くぞ」
「? 結局どこに行くんだ」
「大通りにあるブランドショップだ。あそこなら大抵のものは揃うからな」
「成程。そこなら私に似合う服があるんだな」
「多分、な」
そうして二人が並んで道を歩くと、すれ違う人々の視線が集まる。男女問わず、振り返ったり二度見したり。
セフィロスもカズヤもとにかく目立つ。セフィロスは長身でスタイルが良いこともそうだが、顔立ちも整っており美形と呼ぶに相応しい。カズヤは厳つい顔をしているが、鍛えられた筋肉と相まって好男子と呼べるだろう。それが並んで歩いているのだ、目立たないはずがない。
「あれってセフィロスとカズヤだよな……」「写真撮ってもいいかな?」「実物やべー」