Sky of Iron Lines
「錨を降ろせ!」
真鍮管の蓋を開け命令を下す男が居る。
立派に生えた髭を蓄え、貴重な純正布を羽織った、この気球挺の艦長だ。
彼の指示と共に降ろされる錨は、鎖の落ちる音を耳に響かせ、眼下に広がる雲の海に投げ込まれると、少しして何かに突き刺さる音と共に船を揺らしていく。
肌で感じた手応えによし、と艦長が頷き、「回収班用意!機関室、錨を上げろ!」と言う。
先程とは違う鎖の巻き取り音と共に、少しずつ、雲の下から凍った大地が見えてくる。
この光景が地球の物だと言えば、貴方は信じるだろうか。
地平線を埋め尽くす雲の海に、幾千もの電線が張られたこの世界が?
きっと、嘗ての地球で暮らす者なら空想の産物だと誰一人信じないだろう。
だがここに私達は居る、そしてこの世界で生きる術を持って、生活している。
この気球艇も、今しがた絶対零度の中から引き揚げられた、凍結した大地の引き揚げ作業も、その一つだ。
「網を張れ!さっきの錨の氷が解けて落とした、なんてヘマは繰り返すなよ!」
今引き上げた大地の一部を船と繋いでいるのは、雲の下で先端が凍り付いた錨だけだ。
艦長の指示の元、回収班の手で大地の下に網が張られていく。
空から落ちてきた冷気滴る氷の大地を持ち帰る、これが私達ストレンジャーの一番の仕事だ。
星降る夜。
年に一度、太陽、地球、月が直列に並んだ夜、月が赤く輝き、そこから文字通り星の一部、大地が降ってくるのだ。
降ってくるのはどこかの世界の一部で、技術や人が共に降ってくることも珍しくない。
それもまたこの世界の糧に変えて、私達は生きるのだ。
この文明滅んだスチームパンクの世界では、それしか生きる術はない。
そして今日、いや星降る夜を迎えた次の日に、私達ストレンジャーはコミュニティの為に大地を持ち帰る。
持ち帰った大地を糧に、また人を増やしていく。
毎年、同じ事の繰り返しだった。
『ぁ、かっ…艦長!』
今年、唯一違う事と言えば、回収班の叫び声と。
_ガアァァァァ!!!
『化け物です!化け物が来て…うわぁぁぁ!!?ぁあっ!?』
肉が引き裂かれる音と、何かの雄たけびだった。