Fate/Paradigm Sift
「バッドパラドックス/噓の世界であなたは一人」
灰色のコンクリートジャングルがどこまでも続く。東京二十三区。朝日に照らされ、ビル群は鈍く輝き、まるで巨大な獣の背中のようにも見える。その獣の血管を縫うように、無数の車が流れ、人々が忙しなく行き交っていた。
時刻は早晩、しかし冬の季節の太陽は早々に地平線に沈んでいた。
いあ、いあ。声がする。その日も、いつものように朝から雨だった。
昨夜遅くまで降り続いた雨のせいで、空には厚い雲が立ち込めていた。
まるで地上を覆い隠すかのように広がる灰色の天蓋の下、街灯やネオンサインだけが煌々と輝いている。
いあ。いあ。そんな薄暗い路地裏で、少女は一人立ち尽くしていた。
目の前にあるのは、見慣れたはずの景色だ。
だというのに、何故かそれがひどく恐ろしいものに感じられて仕方がなかった。
――どうして? 何度となく繰り返してきた問い掛けを口に出そうとして、固まる。
いあ、いあ。誰かは囁く。
声が揺れる。身体が震える。
恐怖に引き攣った表情を浮かべたまま、彼女はゆっくりと背後を振り返る。
そこにいたのは異形の存在だった。
人の形をしていたけれど、人ではなかった。
いあ、いあ。その姿が歪み、ひび割れて。
やがて一人の“魔女”の姿が顕になる。それは彼女がよく知る人物の顔をしていたが、決して彼女ではない存在でもあった。狂気、憎悪、絶望……そういった負の感情だけを煮詰めて固めたような貌をした女は、口元を歪めて笑う。
そして、彼女は理解した。自分が今どこにいるのかを。
ここは彼女の知っている場所ではなく、知らない場所なのだということを。
くとぅるふ、ふたぐん―──────。
これから去り行く少女へと、夢を見せる。
ほんの微かに。
されど、確かに“門”は開かれてしまった。
人理とは相容れぬ異界の念は、あらゆる者の精神と肉体を蝕む。
そう、何者にも止められない。
この狂気と混沌は、やがて全てを飲み込む――。
イグナ、イグナ―――トゥフルトゥクンガ。
やがて世界は、何かに埋め尽くされた。
白き虚無の光と、黒く果てなき闇の中。
祈りの声だけが、響き渡る。
只今を以て、この”異界”の名は決まった。
嘗ての名、セイレム。
そして、新たなる名こそが──────、
異界越境空間 東京
心せよ。此処は異界、あらゆる可能性が交じり合い交錯する、純粋なまでの混沌である。
「はじめに」
この世ならざる法則が支配するこの場所において、
果たして何が起こるかは誰にも予測できないだろう。
それでもなお足を踏み入れるというならば、相応の心構えを持つべきである。
即ち、如何なる事象が起こってもおかしくはないのだ。
故にこそ、常に警戒心を張り巡らせ、用心深く行動することをお勧めしよう。
さもなくば、君もまた狂気と混沌に巻き込まれることになるだろうから……。