女子高生の妙な1日
思えば、その日は最初からどこか妙だった。
朝からどしゃ降りの雨が降っているのに傘をさしてない人とすれ違ったり、普段は満員電車のはずなのに5人くらいしかその車両に乗ってなかったり。
でも、たまたまかな。まあ、そんな日もあるか。そう思っていた。そのときまでは。
(私の犬歯…まるで犬のように尖っている…)
「お肉そんなに好きじゃなかったけど、毎日ほしくなった気がするなぁ~
やっぱり、犬になったのかな…」
見渡せば、周りも耳やら羽やらついている
(これはきっと夢なんだわ…)
そう思って出かけた
家を出るとなんと島が浮いていたり、木が話しかけてきたりした。
「どうなってるの!?」
目の前に広がる光景はまるで異世界。いつもの街では無いような感覚を覚える。
家の前であたふたしていたら「町田さん何してるの?」とクラスメイトの倉田くんが話しかけてきた。
倉田くんは見た感じ変わった所は見当たらなかった。
いつものかっこいい倉田君だ。
「あのね、なんか変なの」
倉田君の元へ駆け寄る。
「変って、何が変なんだい」
倉田君は白い歯を見せた。
その途端ぐにゃりと空間が歪む。
瞑ってしまった目を開けると、倉田君の顔はライオンになっていた。
口元には薄っすらと血も付いている。
「オカシナコトナンテナイヨ」
聞き終わる前に、私は走り出す。だって可笑しなことだらけだから。
いくらか走ったところで、倉田君の息遣いが消えた。
周りを見回しても姿はない。その代わりに、見知らぬ場所に立っていた。
「えっ、ここ何処」
すると木が「何言ってるの?ここ上小田井だぜ?」と言っていたがいつも使う上小田井駅はあるのだが、イオンがジャスコ?に変わっている。
「ジャスコ?それにD2?その隣に住宅展示場?まさか私タイムスリップしている!」
とりあえずジャスコに入ると『2003年年末セール』と書かれた広告が目に入った。
2003年は私の生まれた年だ。しかも誕生日は大晦日の12月31日。ということは、この世界にまだ私は生まれていないことになる。
人ごみをかき分けてフードコートへとたどり着いた。店内は動物の顔をした人でいっぱいだった。
一息ついて、紙コップに水を注ぐ。喉を潤すと、少しだけ気分が落ち着いた。
これは夢なの、それとも現実? 考えてみるも答えは出てこない。その時、店内にアナウンスが流れた。
「まもなくイベントの開始時刻となります。皆様ふるってご参加ください」
周囲ががぜん活気づく。何のイベントだろう。
「わくわくパンダライブ開催です! 皆様、拍手でお迎えください!」
なに、わくわくパンダライブって……。
フードコート内の皆と一緒に、拍手をする。
「ボーカルのライオン! ギターのサイ! ベースのトラ! ドラムのカバ!」
「そして……キーボードのウサギです!」
パンダいないじゃん! いや、曲の内容がパンダなのかな……?
ライブが始まった。数曲で終わり、もう最後の挨拶だ。
パンダ関係なかった……。わくわくもしなかった……。
ってか、あのボーカル……。
いつの間にか、倉田くんの顔になっていた。
「見いーつけた」
倉田君の顔に戻ったライオンが言った。でも体はライオンのままだ。
「今度は逃がさないよ」
言うが早いか、倉田君は前足をついて、ステージから一気に飛び上がる。その跳躍力はすごすぎて、軽々と私を飛び越えてしまった。その先には、大型のスピーカー。ガラガラと音を立て、倉田君はスピーカーへと突っ込んだ。
逃げるなら今しかない。私は急いで駆け出した。
フードコートを抜け出し、本屋さんの迷路のように並んだ書棚の中を駆け抜ける。漫画の単行本コーナーを勢いよく曲がると、目の前に大きな扉が現れた。
扉を開けるとそこは瓦礫の転がる焼け野原だった。
遠くに黒い煙も上がっている。
「うひゃ!何ここ」私は怖くなって扉を閉めた。
「どこへ行ったー!」後ろから倉田君の声と足音が聞こえてきて私は仕方なくもう一度扉を開けた。
すると扉の向こうはさっきと違う景色に変わっていた。
「今度は崖?無理だよ」もう一度閉めて開けるとまた変わった。
「見ぃーつけた」本棚の陰から倉田君が顔を出す。
「きゃぁー!」私は慌てて中に入り扉を閉めた。
振り返ると目の前にはどこまでも続く草原と星空が広がっていた。
星空を眺めているとふと流れ星が現れたので、私は流れ星が消える前にお願い事をした。
『私のダーリンと楽しいデートができますように』と心の中で呟いた後目を開けたら、目の前に不気味な笑みを浮かべる男が現れた。さっきの倉田君だ。
倉田君「ダーリンって僕のこと?」
私は金切り声を上げて逃げ去った。途中自販機が見えたので立ち止まり、スポーツドリンクを買った。
ICOCAで支払いを済ませ取り出し口に手を入れた瞬間、私はスポーツドリンクではない「何か」を掴んでしまった。
引っ張り出すと、それは鰻だった。
「うわああ、気持ち悪いの触っちゃった」
そう言っている間に、鰻は私の手からするりと逃げた。床に落ちた鰻は、うようよと私に近づいてくる。
「こっちに来ないでよ」
逃げようとした次の瞬間、鰻は黒いステッキに変わった。マジックで使うような、黒いやつだ。恐る恐る手に取ると、なんだか力が湧いてきた。
魔法のステッキを大きな石に向かって振る。すると、大猪に変わった。
「よおーし、これで広い世界もひとっ飛びだ」
私は猪の背中に乗って、草原を走り出す。夜風が最高に気持ちいい。
草原を颯爽と駆けている猪が突然方向転換し、背中に乗っていた私は草原に振り落とされてしまった。猪はそのまままっすぐに走り去って行った。
「突然曲がって何なのよー?!」
振り落とされたものの草原だったため痛みはなかったが、猪が突然にどうして曲がったのか?私は疑問と驚きで声を上げてしまった。
魔法のステッキがないことに気付き探していた時、私は背後に誰かの気配を感じた。振り向くとあの倉田君がニヤつきながら魔法のステッキを持っていたのだ。
倉田君「お嬢ちゃんの探し物はここだよぉー」
「あっ、私のステッキ。あんた、それどうするつもり」
「こうするんだよーん」
倉田君はまたニヤリと笑うと、私に向かって杖を振った。刹那、私の体にもっさりと栗色の毛が生えてきて、手足が犬の足の形になってしまった。
「ほーらハニー。可愛い犬ちゃんの完成だよー」
彼がもう一度杖を振ると、目の前に鏡が現れた。そこには私の姿が。
「嘘、でしょ」
絶句した。元々家を出る前に犬化はしてたけど、今は完全に柴犬だった。しかも全然可愛くない。
「よくもやったわね!」
怒りに任せ彼に突進する。犬の私の動きは速かった。
犬化した私は倉田君に体当りし、倉田君は後ろへ倒れた。起き上がった直後倉田君の表情は一変し鬼の表情になった。
「下手に出たら調子乗りやがって、このメスガキ!」
「この落とし前どない付けさらすんじゃ、ワレぇ?!」
倉田君は舌を巻きながら大阪弁を炸裂させ、私に恫喝してきた。私は怖くなって彼から必死になって逃げた。
「あのメスガキ、自らうちの組事務所へ向かって走りやがったw」
合同会社倉田組ナンバー2である倉田君はほくそ笑みながらこのように呟いた。
「ええ、なんでー。元の世界では、私と同じ高校生だったよね、彼。また時代変わったの。ファンタジー恐るべし」
走りながら私は、奪い返した杖を口でくわえて振った。
体から、今度は銀の鋼状の剛毛がシャキンと伸びる。それに伴って体のサイズも大きくなった。
「うん、成功だね。ファンタジーと言えば獣人だもん。狼男が良かったけど狼女でもなんとかなるでしょ」
二足歩行の態勢になって、口にくわえた杖を手に持ち直す。
目の前の事務所から出てきた組員を、私は杖で次々に小人に変え、仕上げに事務所をお菓子の家に造り替えた。
高校でハルカは倉田君の持ってる日本刀と薬物を盗み、薬物を服用した状態で日本刀を街なかで振り回し、奪った車で組事務所の門と玄関を突き破っていた。
さらに、この日本刀で倉田組組員数人を斬り殺すという凶行に出ていた。恐怖を感じた彼女は組事務所から必死になって逃げた。
合同会社倉田組ナンバー2の倉田君は私の凶行を見て「こいつはうちの組の犬として使える」とほくそ笑みながらこのように呟き、ハルカを逃した。
そして「敵対する組へあいつは自ら襲撃しに行きよったぞw」と大笑いした。
「わははは、これでわしの天下じゃー。いてこませハルカぁ」
草原に倒れていた倉田君は、うわ言のように関西弁を叫び続けている。
「倉田君、しっかりして」
私は頬を叩いて、目を覚まさせようとした。
「まさか、これを食べたから?」
手には紫の毒々しいキノコが握られていた。たぶん強化アイテムと勘違いしてこれを食べたんだ。それで幻覚を見ているんだと思う。
その時、後ろで何かが崩れ落ちる音がした。振り返ると世界が崩壊し始めていた。このままだとこの空間ごと消滅してしまう。
「倉田君、起きて。早く扉を探さなきゃ」
それでも倉田君は狂気のまま。崩れゆく世界に焦りを感じながら私ハルカは断腸の思いで倉田君を放って、扉を探すことにした。
しばらくして扉を見つけ、後ろを振り返ると遠くにいる倉田君がハルカに向かって笑顔で手を振り、崩れゆく空間に消えた。
私は危険を感じて扉を開けて中に入った。入った先には私が通う高校の1F廊下。放課後の教室に入ると倉田君含め数人がいた。私は安堵の表情で教室に入り皆と談笑をした。
談笑中私はふと窓の外を見た。すると「何か」が教室に向かって迫ってきている。
だめだ、もう、ぶつかる……!
そう思い、思わず目を閉じた瞬間。それまで聞こえていた、皆の悲鳴などが消えた。
目を開けると、自分の部屋だった。元の世界に帰ってきたんだ、と思った。
明けて次の日。
朝からどしゃ降りの雨だった。昨日とは違い、皆、傘をさして歩いている。
駅に着くと、同じく昨日とは違う、いつも通りの満員電車だ。
あ、倉田君だ。
倉田君も普通になっていたが、色々あったので素直に会話ができない。
「今日の町田さんは、何か変だなあ」
そう言って笑う倉田君の顔は、どこかライオンっぽかった。