異世界転移は大ピンチ?!

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1人目

俺は普通の男子高校生の橘朔也だ。17歳の身長183cmと身長以外は至って普通の男子高校生だったのだが、ある日学校から帰る途中に足元に紋章のようなのが浮かび上がり眩い光に包まれたと思ったらいつの間にか見知らぬ森の中にいたのだ。
「ここどこだ?」
いきなり知らない森の中にいて混乱しているが、とりあえずは落ち着こうと深呼吸をする。「とりあえず街があればいいんだけど…………。」適当に歩き始めようと一歩踏み出した瞬間、「グルルルッ!」後ろの方で獣のうなり声が聞こえてきた。恐る恐る振り返るとそこには2mはあるであろう巨大な狼がいた。
「うわぁーっ!?なんだよこれ!夢でも見てるのかよ!」

2人目

「夢ではない」
目の前にいる巨大な狼の口から、低くて落ち着いた声が発せられた。
え。狼が話してる……? やっぱ夢……? でも、夢ではないって……。どっちだよ。

「驚かせてしまったようだな」
狼はそう言うと、その巨大な姿のまま、俺と同じ、人間の男性の姿へと変わっていった。
「これなら大丈夫だろうか」

狼が人間に変わった……!
「最近はこの辺りも物騒でね。獣の姿で見回りにあたっていたところなんだ」
見回り……。……ってか、前かくせよ! 前っ! 思わず俺は叫ぶ。

「前……? ああ、これの事か? 別に隠すようなものじゃないだろう。変なヤツだな」
俺が指差しながらわめいているのを、もと狼、男は何とも思っていないようだった。
「それよりも。お前は何をそんな奇妙な、窮屈そうなものを身に着けているんだ?」

わー! 脱がすな! 男の太い腕を振り払いながら、俺は叫んだ。

3人目

「冗談だ、騒ぐな。魔物が寄って来たらどうする」
 口元に手を当てて真剣な顔をする。
 いや、全部あなたのせいだと思うんですが。
 心の中で突っ込む。
「心配するな、普段は俺たちも服くらい身に着ける」
 いやいや、その割には目がマジだった気もするんですけど……。しかも、わざわざ全裸で見回りするとか、相当危ない奴だと思いますよ。裸族なの? 家に帰るとマッパになっちゃう裸族なの?
 まあでも学ランなんてこの世界で見るわけもないし、珍しく思うのも無理はないかな。そう無理やり理由をつけて納得した。
「それよりお前は何者だ? 見かけない顔だが」
 狼だった男はレイと名乗り、俺に問いかけてくる。
 俺は奇妙な紋章に引き込まれてここへ来たことを告げた。
「なるほど。さしずめカタリナ公国の神官にでも召喚されたのだな。気の毒に」
「き、気の毒ってなんだよ」
「まあ、おいおい分かることだ。ついてこい」
 そういうとレイは森の奥へ向かって歩き出した。
 だがどう考えても街がありそうな方角じゃない。
「ちょっ、どこ行くんだよ、おい!」
 叫んでみるも振り返りもしない。
「ちぇ、無視かよ! つめてえ奴だな」
 全裸のレイのぷりぷりとした尻を見ながら歩くのには抵抗があったが、仕方なく俺も後を追った。
 歩くうちに改めて気が付いたが、森には見たこともないような物が多かった。
 黄金色に輝く植物のツルや、白黒の縞模様の実をつけた木。そしてすべてが真っ白な笹のような植物。
 特に白い植物は水際に所々生えていて、不思議に思ってそれを眺めていると、
「それはシギリの葉だ。煎じるとハイポーションの材料になる。覚えておくといい」
 とレイが言った。
 声は低く温かみを感じられなかったが、なぜだか悪い奴ではなさそうな気がする。
 レイはその後も歩きながら、ぽつりぽつりと森に生えている植物を指さしては、それぞれの効能を教えてくれた。
 俺が不思議に思った植物はどれもこの世界特有の薬草の一種で、錬金術師には喉から手が出るほど欲しいものらしい。
 けれど魔物も多いこの森では、なかなか採取をすることが出来ないという事だった。
 俺にはレイのほうが化け物に見えたがな。
 思い出したら笑ってしまった。
 獣人が恐れる魔物がいるのだとすると、この森はかなり危険なレベルの狩場という事だ。
 異世界召喚の最初の場所に選んでいい場所じゃない気もするんだが。
 そんな事を考えながら歩くうちに、明かりがさし森が開けた。
 ドロンとレイが狼の姿に戻る。今までぷりぷりと全裸で歩いていたくせに、なぜここへ来て元に戻るんだ?
 その答えはしばらくして分かった。
「着いたぞ。サロイ村だ」
 レイは目の前の大きな木の門を指さす。どうやらここがレイの暮らしている集落らしい。
 門は頑丈な大木を組み合わせた鳥居のような構造で、集落を囲むように尖った丸太で造られた塀がぐるりと張り巡らされている。
 門の前には二人の獣人が鎧を身に着け槍を持って立っているが、そのどちらもが爬虫類の顔を持つリザードマンだった。なんだか顔を見てるだけで強そうな奴らだ。
「ご苦労」
 レイが声をかけると、リザードマンの衛兵は頭を深く下げる。どうやらレイはこの村でかなり高い地位にあるらしい。
 なるほどそういう事か。偉そうにしてるけど、さっきまでマッパだったってばらしてやろうか。
 俺が薄笑いを浮かべている間にも、レイは村へと入って行く。
 ずんずんと脇目も振らず進むレイを追いかけて、俺も村へと入った。

4人目

村の中は、まるで西部劇の街並みのようだった。
建物は木造の平屋が多く、ところどころに大きな石造りの建物がある。どの建物も木の柱に布を張って屋根にしたようなものだったが、窓にはガラスがはまっていて、家の前の道は土を固めただけのものだったがしっかりと舗装されていた。
そして立派な屋敷に着くと、レイは狼姿のまま中に入って行く。
「ただいま帰った」
「おかえりなさいませ」
玄関を開けると執事風の老人が出迎えた。
「おや? お客様ですか?」
「ああ、カタリナ公国の神官に召喚された可哀想な少年だ。しばらく置いてやってくれないだろうか」
「承知しました。どうぞこちらへ」
執事は恭しく頭を下げると、俺を応接室へ案内した。
そして紅茶を出してもてなしてくれる。

5人目

恐る恐るそれを口に運び、俺は目を見開く。
「なんだこれ!? 本当に紅茶か!? 苦いぞ!」
 誰もいないことを良いことに大絶叫すると、後ろから声が聞こえてきた。
「失礼なやつだな」
「ひっ!?」
 振り返ると、マッパのレイが壁にもたれて立っていた。というわけで俺は二回驚く羽目になった。
「なんでまた裸なんだよ!」
「俺は最初から裸だ」
 真顔のレイ。
「だーっ、ちげぇ! なんで人間の姿なんだよ!」
 大声で訂正する俺。
 割とカオスである。
「それより、その紅茶にどうやらご不満のようだな?」
 言葉の割に、あまり怒っている気配は感じられない。俺はしばし逡巡したあと、頭をかきながら訴えた。
「いや……俺が知ってる紅茶じゃないっていうか……」
「お前の世界とこの世界は違う。飲食物に差異があってもおかしくはないだろう」
 さらりと流されてしまった。つまり、不味くともこのまま飲めと?
「あのー……苦くないものは無いんですか」
「何を言う」
 レイは「意味がわからない」という顔をして、腕を組む。胸筋が少し盛り上がる。
 今気づいたが、どうやらこいつは所謂「細マッチョ」の部類らしい。
 そんなことを考える俺の意識を、レイの直後の言葉が引き戻した。
「紅茶は苦いものだろう」

6人目

「えっと、あのー。それって俗に言うコーヒーって言うものでは……?」
「コーヒー? なんだそれは」
 なるほど。なるほど? あー……つまり……。
「この世界、コーヒーが紅茶なんだ……」
 合点が行った。一人でうんうんと頷くと、レイが怪訝な表情で俺を見ていた。
「妙な奴だな」
 いけないいけない。
「あのー……ならせめて、ミルクとか砂糖とかは……」
「子供ならまだしも、お前は成人に見える。成人にそんな甘いものは必要ないだろう」
「……俺の舌はおこちゃまだって言いたいのかよ……」
 なんか、異文化交流ってこういう時困る。

7人目

「そちらの世界の人間は皆、言葉を変な方向に解釈するのか?」
 レイが首をかしげる。まあ、確かに日本人はそういう人多そうだけど……。
 言い返すのも面倒になり、俺はただため息をつく。
 さて……コーヒーが「紅茶」と呼ばれていること以外にこの世界に特に違和は無……あるわ。狼男が何故か人化した時全裸という、ファンタジーの常識を覆すような事象が起こってるわ。いやまあ、ね? 現実的ではあるけど、その現実感いらんかなー、みたいな。
「おい、そういえば、貴君、名はなんという」
 レイの問いに、俺はおずおずと口を開く。
「えっと……橘朔也、です」
 自分でもわからないが、何故か敬語になってしまった。
 レイはふむと顎に指を当て、しばし視線を上に向け、何か考える素振りをした。途端に不安が襲い来る。あれ? 俺なんかタブーとか触れちゃった?
「タチバナ……。お前、本当に異界の民か?」
「はぁ?」
 思わず素っ頓狂な声を上げる。何言ってんだコイツ。
「……何をもってしてそんなこと考えてんだ?」
「いや、こっちの話だ。気にするな」
 いやいやいや、気になるわ! 気にするわ! 俺が不服そうな顔をしていることに気づいたのか、レイがこちらを見、フッと嘲笑を漏らす。あ?(半ギレ)
「すまない。焦らしてしまったな。そうだな、話すとするか」
「うぇっ、こういう流れで話してくれるとかあんだ?」
 嬉しいは嬉しいのだが、肩透かしを食らったような気分になる。しかしこのチャンスを逃してはいけない気がする。
「じゃあ、タチバナ、そのソファでも座って話でもしよう」
「ああ……」
 分かった、と返事をしたその時、何処かからドタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。騒がしいなぁと驚いていると、レイが何故か瞬時に狼姿に戻った。え?
 俺がキョトンとしていると、その足音はこの部屋のドアの前まで近づき、しまいにはそのドアは勢いよく開き、あろうことかドアはどこかへ吹っ飛んでいった。
「は!?」
 俺が驚愕の声を上げると、「すみませんすみませんっ!」とか細い萌え声が入口から聞こえてきた。見れば、中学生くらいの見た目のロリメイドがペコペコと頭を下げていた。
 俺が今さっき起こった一連の出来事に脳をショートさせていると、レイが呻きともため息ともつかない音を口から漏らす。
「全く、ルリ、急いだときに力加減を間違えるのだから、もう少し落ち着いてくれ」
「す、すみませんすみませんっ。しかし、レイ様、き、緊急事態ですので落ち着いてなどいられません……」
 ロリ、ではなくルリが涙目でそう訴える。レイは目を細め、のっそのっそとレイに近づく。
「何があった?」
「あ、あの、これは決して、いつもの妄想話ではないのです、レイ様」
 ルリはずっと汗を垂らしている。極度の緊張しいなのだろうか。見ているこちらが心配になってくる。レイは頷く。
「ああ、わかっている。お前のことは何だって分かる。さあ、言ってご覧」
「れ、レイ様が現れたのです、も、もう一人」
「何ッ」
 レイはそう短く叫んだかと思うと、一目散に廊下へと走り出てしまった。ルリも慌ててその後を追い始めるが、足取りがおぼつかず、すぐにコケてしまった。ゆっくり起き上がり、涙をこらえている。
 俺は静かにしゃがみ込み、その背中をさすってやる。
「大丈夫? 立てる?」
「はい、申し訳ありません。『召喚者』にご迷惑をかけ、うグッ」
 俺は絶句した。
 彼女は血を吐き出していた。しかも、何度も何度も。
「う、げぇっ、がは、ぐぅうっ……げ……っっ」
「おい、どうした! な、なん、何が起きて……」
 パニックに陥る俺に追い打ちをかけるように、外から大きな遠吠えが聞こえた。……レイ?
「レイ、さまぁ……」
 ぼたぼたと口から血を垂らしながら、ルリがよろよろ立ち上がる。
「おいっ、そんなんで歩いちゃ駄目だろ! 一旦休めよ!」
 焦って大声を張り上げるも、その足は止まってくれない。ルリはただまっすぐ前を向いて、確かに一歩ずつ進んでいく。
「レイ、様、死ん、じゃ、いや……」
「死……?」
 何が起きているのか分からない。レイが死ぬ? どういうことだ?
「おい、ルリちゃん……? な、何言ってるんだよ……?」
 彼女は一度揺らめくと、足をピタリと止めると、こちらをゆっくり振り向いた。
「ドッペル、です……。あ、カハッ……、あな、貴方の世界には、いらっしゃらない、のですか……」
「ドッペル」
 俺はただオウム返しするしか無かった。ドッペル、といえば、ドッペルゲンガーしか思いつかないが、俺の世界ではそういうのは都市伝説の類だ。まさか、この世界には本当にドッペルゲンガーがいるのか?
 いや、だとしても、この子のこの謎の吐血と衰弱は何だと言うんだ?
 混乱する俺の精神をも突き放すように、小さな背中は遠ざかり始める。
「お、おい!」
 考えても仕方ない。俺は意を決して、ただルリについていくことにした。