マンゴーに目覚める
マンゴーの美味しさに目覚めてしまった。
事の発端は、ある豪邸に行った事だった。
その豪邸は、母親の友達が住んでいるという、とても大きな家だった。
廊下にミニキッチンというものが存在していた。
客間が体育館のようだった。
それはともかく、そこで、マンゴーをいただいた。
パキスタン産の、本場のマンゴー。
それを口に入れた。
人生で初めてのマンゴー。
人生で初めての本場のマンゴー。
美味しすぎる。
私は、この味を生涯忘れることはない。
この味を忘れる事はあってはならない。よし、マンゴーを食べた感動を記録しておこう。
そう思った私はマンゴーの美味しさ、食べた感動をもとに物語を書く事にした。
とても大きな家に行って、マンゴーを食べて美味しかった、という物語だ。
しかし、このままでは現実であった事すぎて、物語的には面白くない。
マンゴーの城に行った事にしよう。そして、住んでいるのはマンゴー姫。
私は夢中でノートに物語を書いた。学校の授業中にも書いた。友人にも読んでもらった。
気づいたら私は「マンゴー」と呼ばれるようになっていた。
「マンゴーちゃん、ちょっといい?」
昼休みのはじめ、後ろの席の由美ちゃんが声をかけてきた。由美ちゃんはぽわんとしていて癖っ毛の強い子だけれど、何だか憎めないかわいさのある子だった。
「どしたの?」
問いかけると由美ちゃんは、小さくおいでおいでをしながら廊下へと出ていく。私は首をかしげながらも彼女の後に着いて行った。
「マンゴーちゃんって文章書くのが上手でしょ。だから、私のラブレターを代筆してほしいの」
廊下の、開け放たれた窓辺に並ぶと、由美ちゃんはそんなことを言った。
「お礼はマンゴーでいい?」
そうして私は、ラブレターを代筆する事となった。
シンプルなほど気持ちが伝わると思う。一言で終わらせよう。面倒だし。
「あなたの事が好きです」
終わり! ……いや、さすがにシンプルすぎるか。
「気づいたら、あなたの事をいつも目で追っていました」
いやいや、知らん。追ってたの? ってか、遠回しだし伝わりにくいか……。
それから数時間、ついに究極の言葉にたどり着いた。
私は疲れ切っていたのだ。正常な思考ができてなかったのだ。
「あなたはマンゴーです」
その時の私は、これがベストだと確信していた。
次の日、約束していた早朝に学校でラブレターを渡した。
「ありがとうマンゴーちゃん。ちょっと行ってくるね」
由美ちゃんは喜んで封筒を受け取ると、表に相手の名前を書いてから、急いでそれを下駄箱へ入れに行った。
あれでよかったのかな。まあ喜んでくれたしいっか。それ以上考える気も起きなくて、私は自分の席にへたり込んだ。
放課後、下駄箱を見ると見覚えのある手紙が入っていた。
「へっ?」
表には『マンゴーちゃんへ』と書いてある。
中を見てみるとやっぱり昨日の手紙だ。
「あなたはマンゴーです」
知ってるよ!
学校の帰り道、私マンゴーと由美ちゃんは大型スーパーのフードコートに寄ってマンゴージュースを飲みながら話をした。
由美ちゃん「大好きな彼から返事が入ってなかったけど、ダメってことかな?」
私「彼はクラブ活動に塾にと色々忙しいからもう少し待った方がいいよ」
由美ちゃん「そうだね、ありがとう」
その後何日経過しても由美ちゃんの靴箱にも机の中にも彼からの返事がなかった。業を煮やした由美ちゃんは彼に直接会って問い質した。
彼の反応は...
……夢か。
自室の窓から、外を眺める。もう、すっかり夜だ。
どうしよう。由美ちゃんが好きな相手が、私だったなんて。
由美ちゃんは仲の良い友人だ。恋愛対象として見た事はない。
できれば、仲の良い友人のままでいたい。
さっき見た夢のような、フードコートでジュースを飲む友達、でいたいのだ。
いや、でも、もしかしたらガチの恋愛対象ではないかもしれない。
友達よりも、ちょっと好きだよ! っていうノリなのかもしれない。
とりあえず、明日、学校で返事をしよう。まずは友達から、と。
すでに友達だけど……!
「あの、由美ちゃん」
次の朝、私は教室に入ってきた由美ちゃんに声をかけた。
「あっマンゴーでしょ、お礼の」
由美ちゃんはとびきりの笑顔で言う。
いや、そうじゃなくって。言い出せない内に、
「お家に忘れてきちゃったから、よかったら放課後、家に来ない?」
突然のお誘いだった。
どうしよう。以前なら喜んで飛んで行っただろうけれど、私を好きだって知っちゃうと戸惑ってしまう。でもマンゴーは食べたいなぁ。
「うん。行く行く」
断らなきゃ、と思う心とは裏腹に即答しちゃってた。やっぱりマンゴーには勝てないよね。
噓でしょ……。
由美ちゃんの家に着いた私は、思わず目を疑った。
彼女の家は、私が小説で描いたような、マンゴーの城だったからだ。
外装がマンゴーなら、内装もマンゴーだった。
マンゴー色の壁に、マンゴーを思わせる装飾品の数々。
そんな城の中で、食べきれないほどのマンゴーを戴く。
「ラブレターにまでマンゴーを込めたあなたの、マンゴーへの愛は本物だわ」
由美ちゃんの姿は、まさにマンゴー姫という感じだ。
何かを納得したかのように、由美ちゃんはうなずき、口を開いた。
「次のマンゴー姫は……あなたよ!」
「マンゴーちゃん、起きて」
頬を叩かれ、慌てて飛び起きた。食べ過ぎて寝ちゃってたらしい。あの由美ちゃんの言葉も夢だったみたい。
「あのね、誤解させたかもだけど、あれはお姉ちゃんみたいで好き、て意味なの。実はね……」
由美ちゃんが言いかけた時、部屋の扉が開いた。そこには由美ちゃんのパパと私の母が居た。
「えっなんで」
戸惑う私に、由美ちゃんが言う。
「私のパパ、再婚するの」
母たちは顔を見合わせ、照れくさそうに頭を掻く。
一ケ月後、私は本当にマンゴー姫になった。そして今も楽しく小説を書いている。