ケフィアの秘宝 - Treasure of Kefia - Ep.1
ある日の昼頃、歴史研究家でトレジャーハンターの男ハリスが定期船に乗ってケフィア島へやって来た。
目的は女海賊ケフィアが旧鉱山に隠したとされる財宝を見つけることだ。
島に着いた彼は事前に予約していた宿泊所へ行き、宿の女性オーナー・アグネスから勧められた近くの図書館へ足を運んだ。
この図書館は女性(マリア)が一人で運営しており、ハリスは彼女に軽く挨拶した後旧鉱山やケフィア家のことについて調べた。
図書館にてハリスが知ったことは、下記の5点。
・島には宿泊所・図書館・バー・個人医院・教会・墓場が1軒ずつあり、オーナーは全て女性であること。
・男女の割合として、女性の割合が非常に大きいこと。
・ケフィア家は貴金属卸と造船会社を営んでいたが、岩盤崩落事故を機に造船会社と医薬品製造業を営むようになったこと。
・旧鉱山はかつて銀が採れたこと、そして鉱山内は一本道だが途中2つに分かれている所があること。
・2つに分かれたうちの1つが海につながっていること。
図書館を後にしたハリスは宿に戻り、明日のトレジャー探索に備えて眠りに就いた。
翌日ハリスは、まだ不揃いな探索器具を背に宿を出た。目当ては旧鉱山に眠る銀。
財宝探索には今後も資金が要る。直ぐ金に換わる物が欲しいのだ。
岩だらけの道を登って行くと、旧鉱山についた。
元は多くの抗夫が出入りした坑道口も、今は草に覆われて人の入った形跡も無い。これならお宝も期待できそうだ。
持ってきたライトを灯し坑道へと足を踏み入れる。坑内は意外にも広かった。
だが小一時間坑道を這いずり回っても収穫は無かった。
「流石に掘り尽されてるか」
諦めかけた時、岩盤の中ほどに光る物を見つけた。ライトを当ててみると、小さめではあるが何かの鉱石らしい。ハリスの顔は一気にほころんだ。
息を弾ませてピッケルを突き立てる。しかしかなり硬い。
ピッケルを振るう手が痺れかけてきた頃、ようやく鈍く光る鉱石が床に転げ落ちた。
ハリスはそれを大事に布にくるみ懐へしまうと、元来た道を引き返した。
街へ戻り、鉱石をアグネスの所に持っていくと、驚くほどの高値で買い取ってくれた。彼女は買取も行っているのだ。
これで序盤の資金は大丈夫そうだ、とハリスは安堵した。同時に腹がぐぅと鳴った。
「そうだ、バーで祝杯をあげよう」
バーでお酒を飲んですっかり酔ってしまったハリスは宿に戻るとすぐさま眠りに就いた。その後、アグネスはケフィア家邸宅へ行き、邸宅主マリジア・ケフィアに銀塊を手渡し、今回島を訪れたハリスについて報告をした。
報告を受けてマリジアは「あの岩盤崩落事故が起きた時、国の事故調査委員会委員長をしていたモーリス・ハリスの孫よ、あの男は」と言った。そして、アグネスに定期的に資金を渡すなど彼のトレジャーハントに色々と協力するよう命じた。
マリジアが彼に対して恐れているのは「秘宝を取られること」よりも「事故原因が不明ではないこと」及び「行方不明となったトレジャーハンターの秘密」が知られること。そして、彼が島を出ることでその秘密を暴露されてしまうことだ。
かと言って、彼女は彼を殺せない。理由は400年ほど前、当時35歳だった彼女が海賊船長をしていた頃にまで遡る。その時にかかった呪いにより彼女は今も生きている。
邸宅に一人で住むマリジア・ケフィアは様々な不安を抱えながら朝を迎えた。一方、ハリスはそのことを何一つ知らずにワクワクした気分で朝を迎えた。
翌朝、ハリスはいつもより早く目を覚ました。アグネスから手に入れた旧鉱山の詳細な地図を広げ、財宝の隠し場所について思案する。
「銀の鉱脈がもう一つあれば、しばらくは安泰なんだがな…」
ハリスは再び旧鉱山へ向かった。
坑道に入ると、昨日よりも湿った空気が肌にまとわりつく。奥へ進むと、昨日はなかったはずの足跡がいくつも残されていることにハリスは気づいた。しかもそれは、新しいものばかりだ。
「まさか、俺の後に誰かがここに来たのか?」
嫌な予感を抱きつつ、さらに奥へと進む。二手に分かれる場所に着くと、左側の道から物音が聞こえる。ハリスは息を潜め、物陰に隠れた。数人の男たちが、坑道を調べているようだ。
「アグネスから連絡が入った。ヤツがまた鉱山に入ったそうだ」
「このまま放っておいたら厄介だぞ。モーリス・ハリスの血を引いている。あいつはただの宝探しじゃない」
男達の会話を聞き、心臓が跳ね上がった。なぜ男たちが自分の名前を知っている?そして、なぜアグネスが?昨日の親切な女性の顔が脳裏をよぎり、不審感が募る。
ただ、男たちの会話は小さめで、坑道の壁で反響していて聞き取りにくい。聞き間違いの可能性もある。その上、声は遠ざかっているようだ。
そこでハリスは、あることに気が付きハッとした。
待てよ――今確かに『また』と言ったな。俺は昨日初めてここへ入ったし、今も男たちの方が先に来ていた。なのに――もしかしたら俺の他にも、トレジャーハンターがいるっていうのか?
心でつぶやいて、ありえないことではない、と思う。ハリスは目を閉じて再び会話に集中した。
アグネスと男達の繋がりはどんなものなのか、そこのところが知りたい。ハリスの頭からは、銀の採掘に来たことなどすっかり抜け落ちてしまっていた。
しかし遠ざかる声を拾おうとハリスが足を踏み出した時、足元の小さな鉱石を踏みつけてしまった。
鉱石は靴底で粉々に砕けたが、それがわずかな異音として坑内に響いた。
慌てて息を殺し動きを止める。嫌な汗が額に浮かんだ。
決して大きな音ではないし、注意深く聞き耳を立てていなければ聞き逃すような音だ。大丈夫、大丈夫とハリスは心の中で繰り返す。それでも男たちは何かに気が付いたのか、それきり会話をやめてしまった。
男たちの会話が途絶え、坑道が再び静寂に包まれた。かすかに聞こえていた物音も聞こえなくなった。ハリスは呼吸を整え、意を決して物陰からそっと顔を出す。しかし、そこに男たちの姿はなかった。
「おかしい…」
ハリスは不審に思いながらも、男たちがいた場所へとゆっくりと近づいた。そこには、ツルハシやシャベル、水筒などが無造作に転がっていた。
そして、その横には、彼らが身につけていたであろう作業着やブーツ、さらには下着までもが、まるで抜け殻のように残されていた。
「いったい、何が起こったんだ?」
ハリスは膝をつき、地面を調べ始めた。
足跡は確かにここに集まっている。彼らがここで何かをしていたのは間違いない。しかし、なぜ服だけを残して消えてしまったのか?
不思議に思い注意深く観察していると、足跡の中に一種類だけ小さなサイズのものが混じっている事に気が付いた。
それはどう見ても男の足跡ではなく、女のもののようだ。
まさかアグネスが居た、なんてことはないよな? ハリスはアグネスの姿を思い起こし、すぐに頭を振った。
ありえない想像をした自分に苦笑する。この険しい岩場を登った旧鉱山に、アグネスのような年配の女が来られるはずがない。
そうこう考えているうちに、ハリスはふと妙な違和感を覚え始めていた。
確かに足跡はここに集中しているが、そこからどこかへ向かった形跡が無いのだ。
彼らがいたという痕跡は嫌というほど残っているのに、どこへ向かったかはさっぱり分からない。
まさにこの場から忽然と消えた、という言葉がぴったりな状況であり、ハリスは理解が追い付かなかった。
「まさか、古代魔法が使われたなんてことはないよな――」
以前海賊のお宝の中に、古代語のルーンを刻んだスクロールが存在したと聞いた。
ハリスが足跡の謎に頭を悩ませていると、背後から微かな風が吹き込んできた。それはただの風ではなく、甘く、それでいてどこか痺れるような、不思議な香りを運んでいた。その香りに誘われるように、ハリスは無意識に顔を上げた。
男たちがいた場所の奥、これまで岩壁だと思っていた場所に、薄く光を放つ通路が浮かび上がっている。ハリスは信じられない思いで目をこすったが、通路はそこにあった。まるで、ハリスが足を踏み入れた瞬間の音を合図に、隠されていた扉が開いたかのようだ。
ハリスは恐る恐る通路に足を踏み入れた。通路の壁面には、古代の文字で書かれたようなルーン文字が刻まれている。そして、通路の先から、男たちの声が再び聞こえてきた。しかし、それは会話ではなく、呪文のようだった。
ハリスが通路を抜けると、広大な空間に出た。そこは、天井から虹色の光が降り注ぐ、幻想的な空間だった。
そして、その光の中心で、ハリスは信じられない光景を目の当たりにした。
十数人の男たちが、地面に輪になって座っている。やはり彼らは皆、何も身につけていなかった。
彼らは恍惚とした表情で、虚空に向かって何かの呪文を呟いている。