木槿

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250文字以下 5人リレー
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  • なんでもいい
1人目

簡単に自己紹介をしよう。
高校三年生、性格は飽きっぽいO型、部活は全国大会に出場。友達もいた。彼女も。勉強だけはあまりできないけどなんとか行きたい学部への推薦は手に入れてた。毎日が楽しかった。
12月
楽しいがゆえにたまに来る寂しさが嫌で、全部捨てた。
部活も友達も家族も彼女も大学も未来も。全部捨てた。
目的地のない旅を始めた。

2人目

どうしてこうなった。
俺は今、定食屋のレジ前でうな重定食の勘定を支払っていた。
「ありがとうお兄ちゃん」
妹は笑顔で俺の腕に抱きつく。
だが俺はこの妹の事を全く知らない。なぜなら今さっき店の暖簾をくぐって出会ったばかりなのだ。
自称妹は無銭飲食で捕まりそうになり、咄嗟に知り合いが来ると言ったらしい。そこへ運悪く俺が来たというわけだ。
「お客さん、本当に兄妹なのかい」
疑わしい目をしながら、店主はお釣りを手渡す。財布を確認すると、残金は190円しかない。この女のせいで、今日はパンだけになりそうだ。

3人目

何もかもどうでもよくなって、せっかくなら美味いものでも食べようと思い、入った定食屋で手に入ったのは、何者か知らない、妹と名乗る女と幸福と満足感で満たされるはずだった腹。
腕から離そうとすると悲鳴を上げる勢いのこいつをどうにかしないと。
策を練ろうと立ち止まる。


ぐぅー-


解決策の出る前に俺の腹が悲鳴を上げた。

「お兄ちゃんお腹すいてるの?」
「誰かさんのせいでな」
「じゃあついてきて!!」

俺の手をつかみ走る自称妹。走るペースが速すぎて無我夢中に走り続けた俺の目の前にあったのは、

4人目

生活困窮者へ向けた、ボランティアの炊き出しだった。
「よう、麻友ちゃん、また来たのか」
炊き出しの列に並ぶ日焼けしたおっさんが、女の名前を呼ぶ。麻友っていうんだこいつ。そういや名前も聞いてなかったな。
「てか、俺は金がねえわけじゃねえ。ただ旅の為に節約してるだけで、誰かさんが高けえ鰻なんて食べなきゃこんなことにはなってねえ。勘違いすんな」
「なーんだ、そっか。でも美味しいんだよ、ここの鍋」
麻友は料理を二つ受け取ると、一つを俺にくれた。
渋々、手渡された料理に口をつける。確かに美味いし温まった。

5人目

確かに美味い……いや、美味いどころか、美味すぎる。
食べるほどに旨味が増していく。こんな鍋は今までに食べた事がない。
この鍋はいったい誰が作ったんだ……!

「俺だよ」
あんたはさっきの定食屋の店主じゃないか……!
「定食は趣味。俺の本業は鍋だ」

親父! あんたの弟子にしてくれ! あんたの鍋に惚れたんだ……!
「いいだろう。弱音はくんじゃねえぞ」
それから数年後。俺は鍋屋を開く事となった。今は妻の麻友と共に。

それでも美味い鍋に終わりはない。俺たちの目的地のない旅は、まだまだこれからも続く。