薫衣草
生活しているといきなり視界がぶわっと広がり光がさすあれは、この世界はきれいなんだぞとおしえてくれているように感じた。余計なお世話だ。まったくもって必要がない。
なぜなら知っているから。
俺の目に映る世界は誰の目に映る世界よりもきれいだと。
両目に組み込まれた水晶球を片方ずつ外し、丁寧に絹の布で磨いてゆく。
球を改めて装着すると、再び視界が開けた。作業台から腰を上げ、バルコニーへ出る。空は限りなく澄んでいた。
「エリー、今日も世界は俺を祝福してくれているよ」
吊り下げた鳥かごのインコに話しかけてから、部屋へと戻る。キッチンへ向かうと、ちょうどコーヒーが落ち切ったところだった。
体が半分以上機械の俺が、コーヒーを嗜むのは妙な感じもする。だがこのルーティンがあるからこそ、俺は人間で居られるのだ。
カップにコーヒーを注ぎ、作業台に戻る。
「質問中にメガネを拭くのは良いとして...」
「Twitterで実況するわ、コーヒーカップ持ってInstagramにアップするわ。さらに、総理の席に座ってるのは文章棒読みのAIロボットだわで...総理らは国会をナメとんのかぁー?!」
参議院予算委員会の質問台で男性議員はブチギレした。なぜなら、国会議員の質問に対して返答が人間味のない一辺倒なものだったから。
他主要大臣の席にはすみっコぐらし人形が置かれている。
この様子は参議院HPのライブ動画に映されている。
空間モニターに映る国会中継を音楽番組に切り替える。とてもじゃないが、代替品のお粗末なロボットを見ていられなかった。
「喜ぶべきなのかな、あれが俺の作品ではなくて」
まあ今の中継を見たら、そう落ち着いている場合でもなさそうだが。
電子ドライバーを使い、禿げた頭頂部のパネルを外す。総理の頭の中は思った以上に新型ウイルスにおかされ、焼け焦げていた。
「次の国会に間に合うように、か。無茶な話だな」
大臣席もほぼ代替人形になったという事は、異常行動ウイルスが猛威を振るっている証拠だ。とにかく急ぐしかない。
作業中に後ろに気配を感じて振り返ると黒い男が立っていた。
片手には銃ともう片方にはラベンダーを持っていた。
「次はお前の番だ」聞いたことのある声だった。
この声は文句を言っていた議員!と思った時には胸を撃たれていた。
「ラベンダーの花言葉を知ってるか?疑惑に不信感に沈黙だ」死人に口なしってことか。
段々意識が薄れていく。
「この花言葉を君に」と言ってラベンダーの花を投げ男は去っていった。
目の前が赤く染まっていくとき朝陽が差し込んだ。
その景色は最高にきれいで世界で一番だった。