プライベート CROSS HEROES reUNION Episode:18「美の化身、キング・Q」
「Prologue」
東京都・港区。メサイア教団の支配下に置かれているのは主に7ヶ所、
新橋、麻生、赤坂、芝、六本木、青山、白金と判明した。
CROSS HEROESはチームを分散し、それぞれの任務遂行を開始する。
【港区・白金エリア編】
白金エリアに向かったCH第3部隊。ここでは違法賭博や地下ファイトが
行なわれているという。
強い者と戦えるかも知れないと喜ぶ悟空は早速会場へと向かった。
そこに待っていたのは、CROSS HEROESよりも早く港区入りしていたはずの
チームみかづき荘の一員、深月フェリシアであった。
地下ファイトで破竹の10連勝を果たしていた彼女はすっかり本来の目的を忘れて
戦いに夢中になっていた。
本来であれば味方であるとも知らずに挑戦者として名乗りを上げる悟空。
魔法少女とサイヤ人の異種格闘技戦に周囲の観客たちは大いに沸き上がった。
だが、それはトラオム/復讐界域から姿を消し、いつの間にかメサイア教団入りを
果たしていたパラガスが仕組んだものだった。フェリシアはパラガスに騙されていたのだ。
パラガスの傍らに立つのはDr.ヘルとの最終決戦の地・バードス島での戦い以来
行方を眩ませていた王下七武海のひとり、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
あらゆる犯罪が横行する現在の港区の荒廃ぶりに、ドフラミンゴは愉悦を見出していた。
未だにベジータへの復讐を胸に抱くパラガスはメサイア教団の力を利用し、
とある計画を練っていた。それは、伝説の超サイヤ人・ブロリーを完全なる形で
復活させること……フェリシアと二葉さなを仲間に加え、悟空たちはパラガスの野望を
阻止すべく、次なる目的地へと向かう。
【ダイヤモンド・ドッグス編】
トラオムでの戦いからCROSS HEROESの戦列に加わった
江ノ島盾子やデミックスを加え、港区上空をヘリで移動するスネークら
ダイヤモンド・ドッグスは超弩級戦艦・アビダインの艦長たる天才少年、
アビィ・ダイブとの接触を試みる。
未だ謎多きこの少年は、一体何者なのか? その答えは、スネークのみが知る……
スネークの専門である潜入調査能力と、アビィのクラッキング能力を用い、
警察庁の中枢システムへの侵入に成功した彼らは、警察機構が既に形骸化し、
メサイア教団との癒着の証拠をつかむことに成功する。
失望に打ち拉がれるカズヒラ・ミラーであったが、
まだ警察内部に僅かにでも残る希望を求めると同時に、抵抗が激しい事は必至である
新橋行きを一時変更し、流星旅団への合流を急ぐ事とした。
【ロンドン編】
CROSS HEROES本隊が東京都・港区にてメサイア教団との決戦に挑む中、
ロンドンでは別の戦いが起きていた。かつて、孫悟飯によって倒されたはずの
銀河戦士・ボージャックがロンドンの街を火の海と化していたのだ。
悟飯は単身現場へと急行し、ボージャックとの再戦に臨む。
しかし、修行を怠り長らく実戦から遠ざかっていた悟飯に対して
アナザーワールドにおいて悟飯達を全滅させたIFの世界線からやって来たボージャックは
悟飯が知るものとは別格の強さを見せつけ、窮地に陥ってしまう。
さらに追い討ちをかけるように、新生レッドリボン軍が生み出したクローン戦士が乱入。
その姿は何と、孫悟飯自身であった……
【赤坂編】
港区・赤坂に向かう明光院ゲイツ、ツクヨミ、騎士アレックスの前に現れたのは
クォーツァーの一員となったウォズ。
ウォズは特異点にて常磐ソウゴが囚われ、やがて処刑されると言う事実を告げる。
カッシーン軍団を迎撃するツクヨミとアレックス。そしてゲイツとウォズの一騎討ち。
かつては共に戦った二人の戦いは激しさを増す。
「平成ライダー」を起点とし、次々と続発する事件によって混沌を極めた世界を
救えるのは、クォーツァーによる歴史の管理と修正のみだとウォズは説く。
ゲイツはそんなウォズの心の中に迷いがある事を看破し、
ウォズは幾許の動揺を見せながら撤退して行く。彼がこの場に現れたのは
ソウゴの危機を知らせ、クォーツァーが本当に正しいのかを問う為でも
あったのではないかとゲイツは考えるのであった。
【六本木編】
六本木ヒルズに居を構えるメサイア教団の大司教がひとり、キング・Q。
人心を掌握するカリスマ性を持ち、美の化身を体現したかのような外見を持つ一方で、
中身はその真逆――悪魔のような冷血さを併せ持つ。
特に異性、男性の精神をたちまち虜にしてしまうと言う特性に対抗すべく、
CROSS HEROES第1部隊は女性のみで編成される事となった。
ペルフェクタリア、環いろは、黒江、日向月美の4人はヒルズに潜入し、
キング・Qが待つ最上階のパーティー会場へ向かう。淫蕩なる宴に魅入られた
セレブ客たちが集う中、キング・Qと対峙する事となるペル達であったが、
メサイア教団に魅入られているとは言え、一般人であるセレブ客たちを巻き込む事は
出来ず、苦戦を強いられてしまう。それこそがキング・Qの狙いだったのだ。
満足に戦えないペル達に、武装した兵士達が容赦なく襲い掛かる。
正義の彼岸とは、倒すべき相手は誰なのか……キング・Qの言葉巧みな話術に心乱され、絶体絶命の危機に陥ったその時、突如として現れたのは罪木蜜柑・オルタ。
クラス:アヴェンジャーとしての消えぬ業を背負い彼女の登場は、
窮地に立たされていたペル達の心を救う事となるが、その歪な在り方は、
果たして『正義の味方』と言えるのだろうか……?
【流星旅団編】
メサイア教団に対抗すべく結成されたレジスタンス組織、流星旅団。
この混沌たる戦場と化した港区の中心的役割を担うそのギルドは、
天宮月夜・彩香兄妹をリーダーと仰ぐ者たちで構成されていた。
キング・Qと双璧を成す大司教「ビショップ」は自動英霊召喚AI・オモヒカネにより
キャスター・アルキメデスを召喚。
教団が送り込んだ絶対兵士、AW-G01:Hornet-S……コードネーム「赤雀蜂」の放った
特殊手榴弾によって彩香の刀が腐食し、折れてしまう。
さらに雀蜂部隊によって襲撃を受ける流星旅団のアジト。
かつてキラ事件に関わった刑事、松田も流星旅団を誘き寄せるために利用されてしまう。
警察内部の腐敗ぶりに怒りを覚える松田であったが、
雀蜂の陣頭指揮を取る悪徳警部もまた、メサイア教団に家族を人質にされ
否応なく命令に従わされていたのだ。
次々と発生する事件に見舞われながらも、
流星旅団は本拠地である東京ミッドタウンへと向かう……
【シン・仮面ライダー対BLACK SUN②】
蜘蛛怪人を瞬く間に惨殺した男……南光太郎。
呆然とする本郷、一文字、ルリ子の前に謎の男、オルデ・スロイアが姿を見せる。
彼は本郷や一文字に施されたオーグメンテーションシステム、
そして光太郎が秘密を握るキングストーンの接収を目論んでいた。
強化兵・ディフェンダー軍団を率いて襲い来るオルデがだったが、
ダブルライダー、そして光太郎は漆黒の殿様飛蝗怪人、世紀王BLACK SUNへと変身し
これに応戦する。
素顔を仮面の奥底に秘めて戦う哀しき改造人間たちの死闘が始まった……。
「スーパー生身大戦」
一方その頃
「皆さんこっちです!」
「急いで避難してください!」
ミスリルやGUTSセレクトを中心とした救助部隊は、各地を周り戦う意思のない人達の避難活動をしていた。
「おい貴様ら!」
「っ!」
するとそこへメサイア教団の信徒や暴徒達がやって来た。
「メサイア教団に従わない愚か者共め!」
「我々が裁きを下…ぶぼぁ!?」
「っ!?」
話してる途中のメサイア教団の信徒を竜馬は思いっきりぶん殴った。
「悪いな、手が滑っちまったぜ…!」
「き、貴様ぁああああああ!!」
メサイア教団は竜馬に襲いかかる。
……が、竜馬は襲ってきたメサイア教団の信徒や暴徒を次々と返り討ちにしいてく。
「つ、強い…!?」
「なんなんだこいつは…!?」
「どうした?その程度か?
俺の知ってるテロリストはもっと強くて容赦なかったぞ!」
「クソ…!生意気なぁああああああ!」
竜馬の徴発により怒り狂ったメサイア教団は竜馬に向かって攻撃し続ける。
「あいつ……結構やるじゃねえか」
「あの実力……恐らくは元の世界では凄腕の格闘家だっただろうな」
「けど、いくら竜馬さんでもあの数を一人で相手するのは……」
「そうね……だったら、
野郎共、覚悟はいい!?」
「いつでも!」
「どこでも!」
「ロックンローーーーーール!」
竜馬とメサイア教団の乱闘にミスリルも乱入する。
「よーし…!さやか、GUTSセレクトの皆さんと一緒に一般人の避難の手伝いを頼めるか」
「あぁ!行くぞボス!」
「は!?おい待て…!?」
甲児も竜馬達を助ける為にボスを巻き込んで乱闘に参加する。
「ぼ、ボスー!?」
「よし、皆さんがメサイア教団を引き付けている間に、我々は残ってる人達を避難させるぞ!」
「「「ラジャー!」」」
「な、なんだこいつら…!?」
「強い…!強過ぎるぞ!?」
「まさか…例のCROSS HEROESとか言う奴らか!?」
「そうだと言ったらどうする?」
「クッ……」
「お、俺…あの方々に報告してきます!」
信徒のうちの一人がそう言いその場を去ろうとしたその時…!
「ギシャアアアアアアアアアアッ!!」
「っ!?」
「な、なんだこいつら…!?」
「う、うわぁああああああああ!?」
突然鬼が次々と出現し、メサイア教団の信徒や暴徒達を食っていく。
「鬼だと!?」
「てことはまさか…!?」
「まさかこのような場所で再開することになろうとは……思いませんでしたよ。
流竜馬、そしてCROSS HEROES…」
「やっぱり生きてやがったか……晴明!」
そこに現れたのはバードス島での戦いのあと、行方が不明であった安倍晴明だった。
「一瞬の勝負、死中に活を見出せ!」
悟飯とボージャック、二人の決着に水を差した黒い悟飯。
彼の表情は、悟飯とは到底思えぬ下衆なものだ。
それもその筈、掌の上で踊っていた彼等の姿は、黒い悟飯に取っては正しく滑稽なものだったから。
「失礼、一度に殺せそうと思ってね。」
そう言いながらも悪びれる様子も無く、寧ろ薄ら笑いさえ浮かべる黒い悟飯。
そんな彼の言葉と態度に一瞬呆気に取られたボージャックだったが、彼も阿呆では無い。
第三勢力、その言葉に辿り着くのに時間は掛からなかった。
「この俺としたことが、相手を見誤ったか。お前はこの場の誰の味方でも無いな?」
「ご名答。僕を加勢と呼んだ時は、笑いを堪えるのに必死だったよ。」
「全く、俺としたことが一本取られたぜ…!」
同時にボージャックは、黒い悟飯に対する評価を一変した。
多くを語らず誤解させ、自らに有利な状況を生み。
そうして勝利を確信させた所で確実に此方を葬り去ろうとする奇骨さ。
そしてソレを実行できるだけの実力を、先の一撃から読み取れた。
(まるで道化師だな。腹立たしいが、奴が一枚上手だ。)
だからこそ、彼はより一層警戒を強めると共に、闘争本能を燃やしてみせる。
とてもでは無いが、悟飯を相手にしながら無視していられる存在では無い。
自らの障害になり得る存在だと、認めざるを得なかった。
「良かろう。小僧は後回しだ。まずは貴様から殺してやろう!」
「良いですよ。」
真にその脅威を認識したからこその宣言。
そんなボージャックを見ても尚、黒い悟飯は涼しげな態度を崩さない。
それどころか、心底可笑しそうに笑みを零している。
「まずはその口を黙らせてやる!」
そんな彼の態度に気が障ったボージャックは、一歩踏み込み、攻撃の体勢を取る。
次の瞬間には、黒い悟空の眼下に飛び込んでいた。
「ハァー!」
先に拳を振り抜いたのは、ボージャックだった。
宣告通り、顎目掛けてアッパーを繰り出し。
「遅い。」
「グゥッ!?」
それよりも先に、黒い悟飯の膝蹴りが横っ腹へ炸裂。
体ごと軌道を逸らされ、ボージャックの攻撃は拳一つ分届かない。
続けざまに放たれたストレートパンチが顔面を打ち抜こうとして。
「ウォォー!!」
「ぬぁっ!?」
黒い悟飯の拳が、ボージャックの体の逸れた勢いを利用した回し蹴りに打ち返された。
肉がぶつかり合う鈍い音と共に、たまらず黒い悟飯が後退する。
拳にめり込んだ足に、そのまま力が掛かり。
「吹っ飛…」
「はぁっ!」
即座に黒い悟飯は拳を開いて足を腕へ肘へと受け流し、空を切らせる。
体を吹き飛ばす筈だった威力に、ボージャック自身が引っ張られ体勢を崩す。
そうして隙だらけになった背中へ、今一度膝蹴りが打たれ。
「甘いわっ!」
これまた体勢を立て直す勢いに乗せた肘打ちによって、相殺された。
後ろに目が付いているかのような、見事な相打ちだった。
その衝撃波は、辺り一帯を搔き乱す暴風を生む。
それは瓦礫の煙幕を立ち昇らせ、一瞬二人の姿を隠した。
「「はぁっ!!」」
かと思えば、次の瞬間には煙幕は爆ぜる様に散らされる。
互いに距離を取った二人が、無数の気弾をぶつかり合う。
拮抗し合う気弾の数々。
その中で流れ弾や衝撃の余波が、街を次々と吹き飛ばしていく。
しかしそんな事は御構い無しに、彼等は互いの隙を虎視眈々と狙っていた。
(お互いに動きが分かっているみたいだ、反応が速い…!)
一方で悟飯は、交互に戦技を繰り出しては返す様に圧巻されていた。
端から見れば一瞬の攻防だったが、無数の駆け引きが見て取れた。
恐らく、どちらも相手の動きを読み合いながらの戦いなのだ。
そんなボージャックと黒い悟飯の高度な戦闘に、悟飯も息を飲むしかなく。
気付けば、つい後退りしてしまった自分がいる事に気付いた。
「っ何をやっているんだ、僕は!」
今この瞬間、悟飯は己を恥じた。
僕がするべき事は、怖じ気付く事か?
違うだろう孫悟飯、この街を守る事だろう、と。
怒りすら覚える程に情けない自分へと喝を入れ、自らの頬を思いっきり叩く。
「しっかりしろ。これ以上、街を破壊させる訳には行かないんだ!」
パシンッ、と鳴り響く痛々しい音。
赤く染まる頬を擦りながら、彼は再び構えてみせる。
そして今度は一歩前に出て、今一度闘争心に火を付けた。
「あのクローンの強さは、怠けなかった僕なんだ!だから僕はアイツ等を、超えなきゃならない!」
修行を怠った分は自らの痛みを以て補い、そうして今までの自分を突破する。
そう意気込んだ悟飯は、二人の間に飛び込む。
そして両者の気弾を一身に受け、上へと弾き飛ばす。
花火の如く舞い上がった気弾を前に、彼等は悟飯に注視せざるを得なくなった。
「ほぉ、挑んでくるか。」
黒い悟飯は、どこか嬉しそうな表情を見せた。
まるで自分の意思で戦いに来たことを歓迎する様に、格闘戦の構えを見せつける。
気弾での掃射も出来たが、彼は敢えてそうしないつもりのようだ。
「小僧め、顔付きが変わったな。」
対するボージャックもまた、悟飯への警戒心を高める。
自ら死地に飛び込む勇気のある者は、例え蛮勇だろうと厄介な物だと知っていたからだ。
今一度奮起し、闘争心に火を付ける。
「これ以上は暴れさせない、お前達の為に街を消させてなるもんか!」
「邪魔をするなら貴様から先に消してやるぞ、小僧!」
「やってみろぉー!!!」
叫び声を上げ、同時に地面を蹴ってぶつかり合う二人。
だがボージャックの拳が空を切り、悟飯の蹴りが空を切る。
互いに空振りに終わったかに見えた攻撃は、しかし牽制でしかない。
(拳の内側。)
(足は届く。)
((射程に入ったっ!))
相手を見据えた互いの目に映るは、相手の本命打。
それを悟ると同時に二人は、その一撃を打ち破る策を練り上げる。
先に動いたのは、悟飯だった。
「たりゃーーーっ!!」
「ふんっ!」
もう片方の足による本命の一撃。
胴体を穿つソレを、ボージャックは脇へ抱える様に受け止めた。
捕まえた、そう確信し地面へと叩き付けようとして。
「魔閃光ーっ!」
「何っ!?」
フリーだった両腕から放たれる光。
捕まる事も策の内だったのだろう。
ゼロ距離で炸裂した魔閃光は、ボージャックを見事に吹き飛ばした。
「くっ…小僧め、さっきよりはやる様になった!」
地面を転がるボージャック。
だがすぐに姿勢を立て直し、悟飯を見据え。
その時視界に入った光景に、彼は思わず薄ら笑いを浮かべた。
そんなボージャックに悟飯は疑問符を浮かべそうになり、しかし気付く。
背後からの風切り音に。
「ハッ!?」
「ほぅ、今のを防ぐんですね?」
咄嗟に振り向き、両腕を交差。
背中を狙ったストレートパンチを、悟飯は受け止める。
黒い悟飯の奇襲だ。
判断を違えればモロに受けていただろう一撃を、五感を頼りに防いで見せた。
だが黒い悟飯の攻勢は止まらない、一撃でダメならば連撃をとラッシュが叩き込まれる。
防御に手一杯の悟飯に、反転攻勢に出る余裕はない。
「黒い僕…!」
「そうですよ、オリジナルの僕。」
この三つ巴の中、悟飯は果たして勝てるのか?
「新橋インシデント」
スネークたちが到着する、少し前。港区 東京ミッドタウンにて
会議の前に、仲間と共に月夜が話を整理する。
「まず今の状況を整理しておこう。」
テーブルの上に置かれた、写真と地図。
「敵はキング・Qとビショップ、そして俺たちの斥候部隊が確認したパラガスという男。そのうちパラガスは現在白金を離れて逃走中とのことだ。」
悟空たちの奮戦により、パラガスをどうにか撤退させることはできた。
しかし肝心のパラガスが生きている上に、ビショップも動き出した。
「確か奴は、英霊召喚AIというものを使ったんだろ?英霊の脅威は俺も知っている。」
同志フィオレが英霊___燕青を召喚していることを知っている以上、敵将の一人であるビショップが英霊を召喚したという事実は脅威である。
こうして、考察を繰り返していると。
「月夜さん。報告が。」
「どうした?」
「現在、六本木にて戦闘が発生したと旅団メンバーが確認しました。誰と戦っているかまではわかりませんが……」
事実、六本木で発生したキング・Qとの戦闘は発生した。
流星旅団は戦闘が発生したという点までは把握できている。しかし今誰が誰と戦っているか、までは把握できていない。
罪木オルタと、月美たちが戦っているということも知らない。
「六本木だろう?恐らくキング・Qか奴の同志と戦闘をしたんだろ。」
だが、聡い月夜の推察は的中していた。
それを裏付けるかのように、ヘリのけたたましいローター音が近づいてくる。
こうして到着したヘリの搭乗員を、月夜たちは待っていた。
「来ていただきありがとうございます。俺が流星旅団のリーダー、天宮月夜です。」
信号弾の主、天宮月夜がスネークたちに挨拶をした。
白銀の髪を揺らす青年。
その隣で、黒い髪をいじりながら待っている妹、彩香。
「早速ですが、下に行って新橋の突入計画をお話ししましょう。」
かくして月夜たちはスネークをミッドタウン内部へと連れてゆき、まとめた情報を話したのだった。
◇
そのころ、新橋のある廃ビル
今はもう使われないそのビルは、もはや一種の工房のようになっていた。
魔術と文明の入り混じった、機械の地獄。
英霊召喚AIが鎮座しているトレーラーも、ここにある。
そんな工房の一室、ぼろいビルには不釣り合いなソファ
「アルキメデス、召喚しておいて悪いが少し引っ込んでもらってもいいか?客と話をする。」
「ふん、私も理知的でない話は嫌いでね。そこは勝手に話してもらって結構。では。」
不機嫌そうに、アルキメデスはその場から消える。
無理もないのだ。何しろ人間による召喚には決して応じないはずの英霊が、矜持の孔を突いた方法での召喚に応じてしまったのだから。
これには、彼の矜持(プライド)にも疵がつくというもの。
「……奴らしい。実に、奴らしい嫌味なことだ。」
ぶつくさと言いつつ、工房の主ビショップは客人を待った。
その時、工房のドアを叩く音が。
「もういいかね?」
「ああ、どうぞ。」
がちゃり、ドアが開く。
そこにいたのは、さっきまで白金にいたサイヤ人のパラガスであった。
「すまぬ、白金を落とされた。」
「それはいい。こっちも『例のもの』が完成したのでな、後は最後の調整をするだけだ。」
「腐☆腐、いよいよか。いよいよ我が息子、ブロリーが復活する!楽しみだ……!」
「ぶっちぎれ、背に負う命の為に。」
轟音。
殴打、殴打。
鳴りやまぬ、肉と肉の打ち合う音。
それが聞こえる度に震える大気が白い幕を帯び、球状に破裂する。
絶え間無く打ち込まれる打撃の嵐。
その真っ只中で、悟飯は黒い自分、クローンの連撃を受けていた。
「何て、強さなんだ…!?」
無数の攻撃を必死に耐え凌ぐばかりの悟飯から、思わず零れる驚嘆の一声。
攻撃の隙が見当たらない。
反転の機会が掴めず、ただ攻撃に合わせて防御するのみ。
自身の攻撃という点で、唯一それだけが悟飯に取れる足掛かりだった。
「どうしました?守ってばかりじゃ勝てませんよ!」
クローンの黒い悟飯が放つ猛攻は、オリジナルの悟飯のソレを凌ぐ。
一発一発が鋭いキレを持つ力、緩急を付け隙を作らない技巧。
何より自身に刻まれた最盛期の経験が、悟飯の攻勢を受け付けないでいた。
そんなオリジナルの様子に、落胆の表情を零し。
「少しガッカリです、この様子だと_」
一瞬の間。
意図の読めぬ行動に固まった悟飯。
瞬間、眼前から消え失せる黒い悟飯。
その背後から、風音。
「がぁっ!?」
「僕の強さは、オリジナル以上かもしれませんね!」
同時に鳴る、骨の軋む甲高い音。
バニッシュムーブだ。
黒い悟飯の鋭い蹴りが、背中に直撃。
溜まらずたたらを踏む悟飯に、追撃が掛かる。
「がっ、あ、あぁ!!?」
肉体が今にもはち切れんばかりに軋みを上げ、嗚咽に等しい悲鳴が上がる。
このまま削り切らんと撃ち込まれる拳の数々。
一度体勢を崩してしまった悟飯はただ、受けるしかない。
「さようなら、僕。」
そしてトドメに、大振りパンチが振り上げられ。
_打ち込まれる、その寸前。
黒い悟飯の影が濃く、いや後ろから光が差している事に気付く。
「っと…!」
拳の機動が鋭利に変わる。
背中へと薙ぎ払う様に振るわれた拳は、眼前まで迫っていた気弾を横殴りする。
走る衝撃、歪に膨れ上がる気弾。
一瞬の拮抗が生まれ、しかし次の瞬間には気弾を弾き飛ばしていた。
気弾の来た方向に居たのは、やはりと言うべきか、ボージャックだった。
「俺を忘れて貰っては困るな!」
「忘れた覚えはありませんよ。」
邪魔が入って興を削がれた故か、黒い悟飯の声色は酷く平坦で冷たい。
冷めた目線でボージャックを見据える黒い悟飯。
その背後へと、突き抜ける拳。
「喰らえ_」
交差、しかし重ならず。
悟飯の奇襲に対し、半身をズラして回避。
仕返しとばかりに、カウンターパンチが顔面へと繰り出された。
「こういう風に、ね!」
「_っぁ!!?」
強打。
声にならぬ悲鳴。
血肉飛び散る痛々しい音と共に吹き飛ぶ悟飯。
錐揉み回転する体は酷く横長い山なりの軌道を描いて、地面を幾度と無くバウンド。
そのまま近場の建物を突き破って、土煙の中へと消えていった。
◇
_光原の無い室内。
そこにはあったのは、打ちのめされた悟飯の姿。
意識は何処か遠く、薄れていく一方だ。
彼方から幾度も響く轟音だけが意識を保たせる。
(僕は、弱い…!)
身を以て知った己の無力さに、悔しさが込み上げる。
思考する余裕も既に無い筈なのに、己の目から涙が溢れる。
歪んだ視界がより一層蒙昧な物になるだけのソレを、悟飯は止めらなかった。
_ガラッ
不意に鳴る石の割れる音と共に、薄暗い視界へ一筋の光が差す。
見上げれば、自身が入った穴からじわじわと光が広がっている。
悟飯が叩き付けられた衝撃が、今になって建物の崩壊を招き始めたのだ。
(あぁ、このまま僕は…)
心中を染める絶望の色。
視界を埋め尽くしていく日差し、白く染まる意識。
この建物の様に、自分はこのまま_
「_助けて!」
_死ぬわけには、行かない。
心が叫ぶままに発した言葉と共に、視界が一気に鮮明になる。
それと同時に瓦礫を押し退けて、呼び声の元へと駆ける。
「今、行くっ!」
全身を覆う痛み?
そんな事は知った事ではない。
助けを求める声が有るならば、答えるだけだ。
「たぁーーー!」
幾つか壁を打ち破り、声の元へ辿り着く。
眼にした光景は、今にも瓦礫に呑まれそうな子どもの姿。
「届けぇーーーっ!!!」
迷いは無かった。
子どもの上に覆い被さり、瓦礫を一身に受ける。
傷付いていく悟飯の体。
追い打ちを掛ける瓦礫の雨霰。
そうして最後に一際大きい瓦礫が直撃した後に、漸く崩壊は収まった。
「_もう、大丈夫。」
天井や壁が無くなった瓦礫の山の上。
力強く立つ小さな影。
悟飯だ。
涙を拭った手の中には、子どもの姿。
悟飯によって救われた命だった。
その命を腕に抱きながら、悟飯は優しく微笑む。
「ありがとう、お兄、ちゃん…」
そんな顔を見てだろうか。
緊張の糸が途切れ、がくりと意識を失う子ども。
悟飯はそっと子どもを寝かせ、立ち上がる。
(僕は、大馬鹿者だ。)
_瞬間、彼はキレた。
ボージャックに、黒い偽物に、何より自分自身に。
拳を深く握り締め、膨大な気が溢れる
(この街を守ると決めたのは、僕自身だろ!)
戦いに臨んだ時の決意が、今一度彼を満たす。
確固たる意識は気の高まりとなり、溢れ出た力が辺り一帯に弾ける。
(相手が強い?手が及ばない?)
彼の怒りに応える様に、世界が震える。
「_そんなことは知った事じゃない。」
気の奔流が止み、土煙が晴れた時。
「戦士として、守人として、僕は立ち向かわなくちゃならないんだ。」
悟飯は既に、飛び立っていた。
◇
「真に恐ろしいのは、貴様かもしれんな。」
繰り返される攻撃の応酬の中、ボージャックは呟く。
黒い悟飯の繰り出す攻撃は、まさに達人の技そのもの。
隙らしいものは無く、回避する事すら容易では無い。
「お褒めに預かり光栄ですね。」
「ちっ、だが何処か気に食わんな!」
軽口を叩き合いながらも撃ち合う二人。
激しい音と共に響く打撃音。
しかし、どちらも有効打には至っていない。
膠着状態が生まれ、互いに決め手を欠いている。
そうして幾らか続いた静寂の中、二人の思考は一つに収束する。
「いい加減、終わりと行こうか!」
「良いですよ!」
瞬間的に高まるお互いの気が、風の奔流を生み出す。
同時に駆け出し、ぶつかり合うエネルギー波。
爆発する様な衝撃波、巻き上がる土煙。
拮抗する力と力。
気の濁流が今にもはち切れんばかりに膨れ上がり、辺り一帯を巻き込み始める。
決着は一瞬、互いにそう判断して。
_瞬間、相手を喰わんとして爆発的に膨れたエネルギー波が、割って入った何者かによって空高く弾き飛ばされた。
「なっ…!?」
成層圏を抜けて、爆ぜるエネルギー波。
溜まらず驚愕する二人。
彼らの視線の先に居るのは_
「…フフフ、前言撤回だな。やはり最も恐ろしいのは、貴様だ!」
_白銀の髪に染まった孫悟飯だった。
「二人纏めて掛かって来い。守る者を背負った今の僕に、負けは無い。」
ボロボロになった衣服、体中に刻まれた打撲痕、血の滲む擦り傷。
満身創痍、そんな単語が似合う姿だが、それを払拭して尚余りある力強い戦士の姿が、そこにいた。
「浸食 -lose control-」
――六本木ヒルズ・最上階。
キング・Qの精神攻撃に晒されるCROSS HEROESの前に突如乱入した
罪木蜜柑・オルタナティヴ。
「さぁて、こっからが本番だぜ」
(あの女……この私の美しい顔に傷をつけた……楽には死なせない……!!)
沸々と怒りを煮えたぎらせるキング・Qは、罪木オルタに対して激しい憎悪を抱く。
(ん……!?)
その時、キング・Qは罪木オルタの中に秘められた"何か"に気づいた。
(へぇ……! なるほどねぇ……これはいい拾い物をしたわね。フッフッフ……!)
そして、ニヤリと口元を歪めるのであった。
「なぁにニヤついてやがんだ、テメェ……」
「あら? ごめんなさい。つい嬉しくなってしまって」
「あ?」
「だって貴方達、まだ気づいていないんですもの。
自分が今どれだけ滑稽なのかってことを!」
そう言って、キング・Qは大仰に両手を広げる。
「ワケのわかんねぇ事を!!」
額に青筋を浮かばせた罪木オルタが赤いカーペットを踏みしめながら駆け出す。
「まぁ待ちなさいよ。すぐに分かるわ。貴方達の絶望的な状況を理解出来るようにね」
余裕たっぷりといった表情で、キング・Qは静かに腕を組む。
「調子に乗ってんじゃねえぞコラァアアッ!!!」
「あなたたち、私を護りなさい」
「はっ!」
向かってくる罪木オルタ。その前にキング・Qの兵隊たちが立ち塞がった。
「どけ、どけ、どけ、どけぇえぇぇぇぇぇっ!!」
雄叫びを上げながら、罪木オルタは次々と敵兵を打ち倒していく。
「ぐぉあああああっ!!」
キング・Qはお付きの医療班とメイク係に囲まれ、罪木オルタに受けた傷の治療を
受けている。
「クソが!! 邪魔すんじゃねぇ!!」
だが、そんな状況でも罪木オルタの攻撃の手は緩まない。
「壁の代わりはいくらでもいるからね。ほらほら、あいつが来ちゃうわよ。
もっと守りを厚くしないと」
クスクスと笑い声を上げるキング・Q。
次から次に兵士たちが罪木オルタの行く手を阻む。
「邪魔、邪魔、邪魔あああああああああああああ!!
消えろ消えろ消えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ようやく最後の兵士を倒した罪木オルタが、ゆっくりとキング・Qの元へ近づいていく。
「フフッ……壁ならいくらでもあるわ」
今度はセレブ客たちが、キング・Qの前に並んだ。
「あ……!」
「あいつ、また……!!」
キング・Qは一般人のセレブ客たちを盾代わりにし、CROSS HEROESの動揺を誘った。
それと同じ手段を罪木オルタにも仕掛けてきたのだ。
「どう? この人たちは武器も持たない丸腰状態。ただの一般人なのよ?
フッフッフ……! これならさすがの貴方も手が出せないんじゃないかしら?
暴力反対~」
「……それがどうした?」
しかし、それでも罪木オルタは眉一つ動かさない。
「あたしの邪魔すんなら、兵士だろうが、一般人だろうが、聖人だろうが、狂人だろうが
容赦はしない。全員ブッ殺すだけだ」
罪木オルタは一切躊躇することなく、ずんずんとキング・Qの元へ向かって進んでいく。
「え……? あの人、まさか……!!」
黒江はその様子に目を丸くする。罪木オルタは本気だ。キング・Qを倒すためならば、
何を犠牲にしても構わないと思っている。
「諸共死ねやあああああああああああああああああああっ!!」
罪木オルタはキング・Qに向かって飛びかかる。一般人の巻き添えも厭わずに。
「キャーッハッハ! やっぱり馬鹿だわ! 貴方!!」
「なっ!?」
「……」
罪木オルタの突き出す拳に、ペルフェクタリアがそっと手を添える。
「……おい。お前、どういうつもりだよ?」
「それはこちらの台詞だ。一般人を巻き込むつもりか?」
「関係ねぇな。そんな事より、手をどけろ。
てめえは今、あたしの行動を『邪魔』したんだぞ。この罪木蜜柑の行動を!」
ボッ、とドス黒い炎が罪木オルタの全身から噴き上がる。
「ぺ、ペルちゃん!」
「あの人、凄い力……! 怒り、哀しみ、憎しみ……何もかもを焼き尽くすような……!」
「……」
ペルは動じず、罪木オルタから目を逸らそうともしなかった。
「いいから手を離せ。でないと、死ぬぜ?」
「やってみろ」
「上等!」
罪木オルタは勢いよく振り向き、ペルフェクタリアを蹴り飛ばそうとする。
ペルも同時に、罪木オルタに回し蹴りを放つ。
お互いの攻撃がぶつかり合い、衝撃が周囲へと広がる。
「チィッ!!」
衝撃に弾かれて、両者は互いに距離を取る。
(フフッ、やっぱり……あの小娘は兵士たちを殴り倒す度に心の中でカルマを
増幅させていた。そして一般人への被害を避けていたCROSS HEROES。
それらを逆手に取れば、簡単にコントロール出来る。これは予想外の収穫ね)
人心掌握に長けるキング・Qにとって、まんまと引っかかってくれた罪木オルタは
まさに最高の駒であった。先程までの兵士が束になっても敵わない程の実力は証明済みだ。それが行き場の無い暴力となって襲い来る。
「ど、どうしよう、何でこんな事に……」
「ほらほら、正義のヒーローは一般人を守るものじゃないのかしら?」
キング・Qはわざとらしく煽るような口調で言った。
「正義だぁ? ふざけんじゃねぇ!! そいつぁあたしが一番嫌いな言葉なんだよ!!
あたしは……正義のヒーローなんかじゃねえ!!」
抑えようが無い。キング・Qの煽り文句を聞くたびに、
罪木オルタの怒りが膨れ上がっていく。
(そうそう、あの小娘はもはや自分の内なる感情を抑える事が出来ない。
周りは勿論、自分自身さえ焼き尽くさなければ収まらないほどにね……。
だから、私が直接手を下す必要も無い。勝手に自滅してくれるはず……)
「うあああああああッ……!!」
バリバリと頭を掻きむしりながら、罪木オルタは床を踏み砕く。
「うるせえ……!! 頭ン中で声がする……!! 全部、全部殺す……!!
そうだ、全部殺せば静かになる……!! そうするっきゃねえ……!!!
正義も悪も知った事か、死ね、全員死ね!!」
「ならば、私が相手になる」
罪木オルタの前にペルフェクタリアが立ち塞がった。
「ああ……!?」
「私は魔殺少女……人の心を蝕む”魔”を殺す……
お前が自分の力を制御出来ずに苦しむというのなら、私がその苦しみから解放してやる」
ペルフェクタリアは静かに構え、罪木オルタを見据える。
「ペルちゃん……!」
「すまない。あの女は私が引き受ける。キング・Qの相手は任せた」
「うん、分かった!」
ペルフェクタリアの言葉を受け、いろはたちは力強く返事をした。
「コロシアイ……コロシアイかァ! そりゃあ、いい! 最高だ!
そういうのを待ってたんだ! さあ、始めようじゃねぇか! 殺し合おうぜ!
おらあああああああっ!!」
罪木オルタは両手に拳を作り、ペルフェクタリアに向かって走り出す。
「来い」
「があああああああああああッ!!」
「新たなる刀/断章:イマジナリー・ウィル ①」
「はぁ……。」
天宮彩香は、落ち込んでいた。
無理もない。
自身の武器である刀を破壊されたのだ。
「あの刀、兄さんの形見で気に入ってたのにな……。」
その様子を見たデュマは、何処か憐れむように話を聞いていた。
「はッ!あの刀兄貴の形見かよ!もっと大切にしときゃよかったな!だが後悔先に立たずだ、というかあれだ。兄貴頼りをやめるいい機会になったんじゃねぇのか?」
彼なりの励ましなのか、何処かフランクに軽口を混ぜつつ彼女に話しかける。
「励ましてんのかけなしているのか……。」
「励ましてんだよ。誰だって戦えないってのは辛いだろうさ。」
見かねたデュマが、彼女にある提案をする。
「そうだ、俺があんたの刀を見繕ってやんよ。その代わり、俺の仕事の手伝いをしてくれるか?簡単に言うと……モノを運んできてほしいんだ。」
◇
存在しなかった世界。
特異点やリ・ユニオン・スクエアといった実数世界の、その裏。虚数の世界に”それ”は確かに存在する。
かつてはⅩⅢ機関と呼ばれた者たちの拠点、虚ろなるものと闇なるものの住処。
されど今は。
「大帝万歳!」「大帝万歳!」
「救世を!」「救済を!」「我らに救いを!!」
狂信と狂気が支配する、信仰と尊崇の辺獄と化している。
無言の祈りが、暗黒の都市の中に響いている。
カール大帝、我らが救世主。
我らの救世主、カール大帝。
狂える信仰が、存在しなかった世界に響く。
◇
存在しなかった城 円卓の間
白い部屋に、彼らはいた。
信徒たちの尊崇の声をBGMに、彼らの会議が始まる。
メサイア教団の大司教。
計八人から構成されたそれは、教団の最大戦力でかつ教団首魁カール大帝の意思を強く信奉する者たちである。
「……上の状況は?」
「晴明や、確か……リンボとかいう者たちの攻撃によって対応の遅れている日本から攻めているようです。地球に拠点を配置すれば、後はこちらのものですからね。兵士廠兼エネルギープラント・トラオムの第2プランとしての計画。クレイヴの奴がしくじらなければ、今頃手を焼くことはなかったのに。」
軍服を着た巨漢の男。
冷酷な双眸を持ったその男の問いに、先ほどまで苗木誠のところに行っていたゼクシオンが口を開く。
「クレイヴめ、傲の化身の名は伊達ではなかったということか。実に惜しいぞ、実にな。」
嫌味と皮肉交じりに、男はつぶやく。
その様子を見た、金髪のリーゼントをつけたチンピラ然とした男が話す。
どこか愉快そうに、愉悦と狂気をにじませた男で、一目見ただけで威圧感と妙な不快感を同時に感じさせる。
「おう、いつの間に戻ってきてたんだなァ!ゼクシオン同志!というかおせぇぞ!いい見世物が今やってるってのによ!」
その男は、中心に映し出されている巨大な水晶玉から罪木オルタの行動を見ていた。
けらけら笑うその瞳は、まるで悪意の塊。
「しかし、こいつらもなかなか強そうだなァ、おいゼクシオン、あんたの影の能力でこいつら複製できねぇのか!?」
「戦闘力が高すぎるものの複製は出来ませんよ。というかうるさいです■■■■■。大体、あなたはいつもそうやってだらけてばかり。やる気というものが感じられないんですよ。」
「ちぇ。俺だってまじめにやってんだよ。これくらいの旨みはあったって誰も咎めねぇと思うんですがねぇ!」
それとこれとは別である。とは言わないゼクシオン。
この男はいつもこうなのだ。どうすればいいんだ?と言わんばかりに頭を抱えた。
「しかし本当にあの2人でよかったのか?ビショップ殿はともかく、あのキング・Qを派遣するとは。童たちが動けばこんな烏合の衆如き、どうにでもなりそうなものじゃが。」
「無駄に力を使うなという大帝からの思し召しだ、むしろあの2人を寄越すことで実力を測ろうということだろうて。」
「なるほど。ですが大帝も動くのでしょう?我々も動きますか?」
「うむ、童としては動きたいところじゃが……。」
今こうしている間にも、カール大帝は出陣の準備をしている。
自分たちも動かなくていいのかと、爛漫な少女を中心に話している。
「いや、大帝の令は絶対だ。待機せねば何をされるか。」
「はッ!大帝大帝と、お前なんだ、大帝マニアか!」
「……リーダーの命令には従う。大帝でなくとも人であれば誰であれこのルールは遵守するもの。私はそれに忠実なだけだ。」
舌打ち交じりに、金髪リーゼントの男はそっぽを向く。
「とりあえずは、報告を頼む■■。」
名を呼ばれた、黒と赤の髪持つ少女は自身の領域の状況を話す。
「うむ、”廃棄孔”の研究は進んでいる。人の悪性の集う領域、悪意を利用した兵器の鋳造は滞りなくな。」
いずれ戦うことになる”廃棄孔の兵器”。
その詳細は分からないが、悪意の凝縮体というほどだ。恐るべき敵であろう。
しかし、今はまだCROSS HEROESが知る由もない事実……。
「究極突破、孫悟飯!」
「…貴方、本当に僕ですか?」
黒い悟飯の口から洩れたのは、驚嘆と困惑の入り混じった疑問符。
それ程までに、目の前の存在は記憶にあるソレとは異質に変化していた。
自分は孫悟飯の最盛期のクローンで、事実先程まで実力は此方が上だった。
なのに何故、ノコノコ現れた死にぞこないに、これ程まで恐れているのか。
不可解な思いを抱かずにいられなかった。
(何だ、あの膨大な気は。何処に、それだけの力を隠し持っていた?)
今にも果てそうな風貌に反し、膨れ続ける気。
当然と言わんばかりに、その底力は推し量れない。
そして今まで感じていたモノとは明らかに違う、明確な殺意。
だからこそ今一度問いたかった。
お前は僕と同じ孫悟飯なのか、と。
口にしようとして。
「いいや、お前とは違う。」
「そんな筈…がぁっ!?」
甲高く震える大気。
腹を貫く衝撃。
上空彼方へと突き抜ける身体。
否定の言葉と共に繰り出された拳に、クローンは押し黙らせられた。
(み、見切れなかったっ!?)
一体何時動いたのか。
瞬きする間も無かった筈だ。
無論油断は無かった、身構えてすらいた。
だのに何だ、この様は?
どうやって接近を許してしまった?
「うぅ、お、えぇ…」
何かが喉を駆け巡ってせり上がって来る。
そうして堪え切れずに吐き出された物の正体は、血痰。
詰まる所、喀血か吐血だった。
「ハァ、ハァ、ハァ…!」
(何がここまで変えた?一体何がオリジナルの僕をこうまでさせた?)
無様に舞った身体を立て直して、クローンは思慮する。
今までとは一線を画す、圧倒的な『暴力』と、ソレを律する『理性』。
相反する性質を矛盾する事無く内包する存在。
やはり、問わずにはいられなかった。
「…だったら、何者だ?」
「僕は人殺しでも、破壊を享受する者でも無い。」
悟飯の口から紡がれる言葉一つ一つに掛かる重圧。
先に殴り飛ばした前までは無かったソレに、思わずたじろぐ。
「僕は命を託された者で、この世界を守る者、そしてお前達を倒す者だ。」
「そんなふざけた精神論で、僕を超えたと…!?」
「いいや、大真面目だ。他の何者でも無く、お前達に勝つ者だ。」
胸をどんと叩き、覚悟を見せつける悟飯
彼が抱く戦士としての力。
日の灯りに照らされ輝く白銀の気。
内に秘められた獣性。
その全てが、自分とはまるで別物に見えてしまったからか。
彼の言葉を否定できず、思わず沈黙してしまう。
「守るべき者を、命を背負っている事を僕は思い出せた。」
クローンを貫く、力強い眼差し。
ヴィランとしての人格を消し去らんばかりの重圧。
次いで放たれる宣告に、クローンはただ気圧されるのみだった。
「もう容赦はしない。必ず倒すして皆の平穏を取り戻して見せる、この手で。」
「……っ!」
「勝負だ。」
彼の言葉は、宣戦布告で締めくくられ。
次の瞬間に仕掛けたのは、悟飯の方だった。
真っ直ぐに掌が振るわれる。
今度こそ凌ぎ、反転に出ようとして。
「ハァッ!」
「ぐぁ…!?」
痛烈な音。
軋みを上げる両腕の骨。
防御を貫いて身体に響く衝撃。
全身の神経を駆け巡る痛打に、溜まらず全身の筋肉が硬直する。
「テリャァ!!」
「ぁ…!!」
刹那の隙に脳天へと叩き込まれる、ダブルスレッジハンマー。
先程とは比べ物にならない拳圧に声が圧し潰され、悲鳴を上げる事すら許されず路上へと叩き付けられる。
その威力を物語る様に、叩き付けられた道路には巨大なクレーターが出来上がっていた。
「なっ」
「でやぁーっ!!」
一瞬の出来事に、頭が追い付かない。
今の自分は間違いなく劣勢に立っている。
何故、死の淵に追いやった相手に逆襲されているのか。
何故、こうも一方的な戦いを強いられているのか。
そうやって呆気に取られている間に、眼前に立っていた影は、既に攻撃へと移っていた。
「フン!」
「ガァ!?」
重い打撃音が響き渡る。
鳩尾にめり込む、重く鋭い一撃。
地を背にした今吹き飛ぶ事すら許されず、その威力を一身に背負う事になる。
「あ、ぐ…!??」
腹の底に響く激震。
先の一撃以上の威力に、防御すらままならず。
全身の血肉が破裂する、血飛沫が噴水の様に舞う。
クレーターは更に深く広がり、大地は震え、その下の土を露出させる。
まるでそれは、今のクローンの有様の様だった。
「…僕が今、お前に負けてない理由が分かるか?」
「な、んで…だ?」
不意に悟飯が語りだした言葉に、クローンは困惑する。
声帯すらボロボロに裂けた体で、それでもやはり疑問だったのか、無い力を振り絞って問う。
対して悟飯は、迷い無く言い放つ。
「守るべき人々が、今ここに、この瞬間も脅かされていると改めて知ったからだ。」
クローンの襟首を掴み上げ、回答を突き付ける。
最初から、人を守り切るつもりではいた。
でも心の何処かで、それ以上に自分が可愛かった。
「この手で直に触れた時、本当はただ漠然と分かっているつもりでしか無かったと思い知ったんだ。」
そう思い知らされたから。
今までの戦いぶりが如何に愚かだったか、嫌と言う程に理解出来たから。
「人を守るっていうのは、心の安寧を願う事なんだ。だからもう二度と間違えないと決めた。」
今度こそ、この手で守り抜くのだと。
己の身を賭してこそ、その使命を果たせるのだと。
「勝てる勝てないじゃない、僕はお前達を超えなきゃならないんだ!」
その覚悟に答え、爆発する悟飯の気。
線香花火の様に周囲で弾ける衝撃。
クレーターが抉れ、瓦礫が、土が舞い上がる。
「小僧…!」
ボージャックもまた、彼に気圧された一人だった。
彼の意志が放つ輝きが、瞳の内に宿った覚悟が。
悪性の人格から見ても尚、余りに眩しく見えたから。
無意識の内に、体が震える。
だがそれは、畏れから来る物では無かった。
「_ハーッハハハ!良いじゃねぇか、それでこそ殺し甲斐があるってものだっ!」
武者震いという物だろうか。
その瞬間、彼は再び残虐な殺戮者として覚醒した。
沸き立つ高揚感に身を任せて、高笑いを上げる。
今、目の前にいるのは、自分が殺すに値する男だ。
この感情を抑える事は、無理だ。
だからこそ、二人の戦闘など知った事では無いと突撃し。
「邪魔だ。」
「あがっ…!?」
一目もくれず、一蹴。
残像すら残らぬ裏拳で、いとも容易く吹き飛ばされる。
その瞬間を見計らって、離脱しようとするクローン。
しかし。
「逃がさない。」
「ゴ、ハァ!!?」
叩き付けられる回し蹴りに、上空高く打ち上げられるクローン。
最早節々が千切れていないだけの状態になった身体に、何か出来る筈も無く。
「か。」
構えられる、必殺の奥義。
「め。」
圧縮される気。
「は。」
一点に集中し、尚溢れる奔流。
「め。」
気弾の圧力が、最高潮に達する。
そして。
「波ーーーっ!!!」
撃ち出される、エネルギーの濁流に。
クローンの身体は、空高くで飲み込まれ、消えていく。
やがて、エネルギーが消失した頃。
ロンドン上空は、半径500㎞が雲一つ無く澄み渡っていた。
その中心には、黒髪の青年が居た。
「力の向かうべき先」
「!? い、今のは……」
港区を進行中の悟空、ベジータ、ピッコロ……メサイア教団が張り巡らせた結界により
気を探る精度が落ちているとはいえ、それでも尚感じ取れる強大な気。
その感覚に思わず振り向いた先にあった光景に、悟空は息を呑む。
「何だったんだ、今の気は……」
「今まで感じたことの無いような馬鹿デカい気が現れたと思ったら、
急激に弱くなって消えた……どうなっていやがる」
「もしや、悟飯の身に何か……!?」
巨大な気を感じた方角からして、海を超えた遥か向こうには
悟飯が向かったロンドンが有る筈。
最悪の可能性を考え、三人は顔色を変える。
「マ、マジかよぉ……!」
「どうすんだ?」
ウーロンが狼狽える一方、ルフィが尋ねる。
だが、それに対する答えは既に決まっていた。
「悟飯の事も気になるが……オラたちはパラガスをとっ捕まえてブロリーが
復活すんのを防がなくちゃならねえ」
焦る気持ちを抑え、悟空はあくまでも冷静に言う。
仮に悟飯がボージャックに倒されてしまったと仮定した場合、この上ブロリーまでもが
蘇れば本当に手遅れになる。それだけは絶対に避けなければならない。
「貴様にしては殊勝な判断だな」
「ピッコロも、いいな?」
恐らく悟飯の身を最も案じているのはピッコロだろう。
その心中を察した上で、念押しする。
「フン……言われるまでも無い。悟飯なら心配はいらん。
奴はそう簡単に死ぬタマじゃない」
「へへ」
ピッコロの言葉に、悟空は小さく笑う。
「だよな。オラもそう思う」
「おい、おっさん達さっきから何の話をしてんだよ」
フェリシアが首を傾げながら問う。
「ああ、何でもねえ。とにかく急がなきゃなんねえって話だ」
「……? まぁ、よくわかんねぇけどよ」
一行は足並み揃えて、再び走り出す。
だが、この時彼らはまだ知らない。この後、更なる激戦が待ち受けているという事を。
――六本木ヒルズ・最上階。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
メサイア教団大司教「美の化身」キング・Qの狡猾な策略により、
ペルフェクタリアと罪木オルタはぶつかり合う事になってしまった。
獣が如く吠える罪木オルタがペルに飛びかかる。
「くっ……!!」
ペルの小柄な身体に覆い被さるように、罪木オルタが迫る。
そのまま勢いに任せて揉み合いとなり、六本木の街を一望できるベランダにまで
転がり込む二人。
「死ね、死ね、死ねええええええええええッ!!」
「あっ……!!」
窓をぶち破ると共に、外へと投げ出される。
ペルと罪木オルタは地上200mもの高さから落下していった。
「落ちた!!」
「ペルちゃん!!」
いろはや黒江、月美はすぐさまベランダへと駆け寄る。
だが――
「ウオオオオオオッ!!」
「はああああああッ!!」
2人は超高度から落下しながら激しいラッシュを繰り広げていた。
互いの攻撃は互いにヒットせず、ただひたすらに空を切るのみ。
「す、凄い、落ちながら……!!」
「ほほほ、バケモノ同士、実力伯仲。いずれにしてもお互い無事じゃ済まないわねぇ」
キング・Qは煙管を吹かせつつ、その様を眺める。
「あなたと言う人は……!」
「ふぅーっ……あの2人は潰し合い、後はあなたたちを始末すれば終わりね」
「そうはさせない!」
「あなたの相手は私達が!」
「小娘どもが……誰を向かって喋っているのか分かっているのかしら?
私はメサイア教団が大司教……美の化身、キング・Q様なのよ。
跪いて許しを乞うのが筋でしょうが! この土のついたジャガイモ共が!!」
「闇の中、震えてる」
アビィが可笑しい。
「何をしている、アビィ。」
いや、カズ達からすればアビィという存在は、元から可笑しいという言葉に足の生えた様な奴だ。
やる事成す事が世間一般の常識で測れない事ばかりで、言葉に出しても普段通りとしか言いようが無いのだが。
今回はどうも、輪を掛けて可笑しい。
だからこそ、今一度強調して言いたかった。
「アビィ、何で壁際に体を…おい、本当にどうした?」
「ここは現実だ、ゲームじゃない!角からすり抜けは出来ないぞ!」
アビィが可笑しくなったと。
「階段まではまともだったのに…」
DDのヘリが降り立った要塞の屋上。
そこから屋内へ繋がる階段の踊り場、その壁際へ、何故かアビィが前進している。
カズ達の言葉に対して一切反応を見せず、ただひたすらに隅へ隅へと足を進めている。
_ガッ、ズズー…ガッ、ズズー…
いや、正確に言えば踏み出した足は壁にぶつかった時点で止まり、靴先で壁を引っ掻いてる。
詰まる所、その場で足踏みをしているような状態だ。
結果、壁にめり込まんとする不審人物が誕生している。
「どうしたんだアビィ、グリッチしたくなる程歩くのにも飽きたのか?」
「……」
相変わらず、アビィから返事は無い。
思えば、アビィはヘリを降りてから階段へと一直線に進んでいた。
そして壁にぶつかっても歩き続け、ただ黙々とその不気味な動きを繰り返している。
「ア、アビィ…?」
「……」
余りの異様さに、カズ達も次第に黙って見始めていた。
そして、見ること数十秒。
変化は訪れた。
訪れてしまった。
「…あ、おい!少しずつだが壁に入っていってるぞ!?」
「マジかよ!?ここってゲームの世界だったのか!」
「いや多分トンネル効果だろうが…何なんだこれ?」
そう、ゆっくりとだが確実にアビィが壁の中に消えていっているのだ。
今まさに例えた、デバッグの甘いゲームの様に。
だが、現実で起こる筈も無い光景に、カズ達は大いに混乱していた。
「あ、震えてきた!ちょっとの幅だけど高速だぞ!」
「風向き変わったな。」
「これはもしかしたら行けるかも知れねぇぞ!?」
「もしやこの先にデバッグルームが…?」
「何だこれ、絶望的に理解出来ねぇ。何でだ。」
「考えるな、頭が痛むだけだ。感じろ。」
目の前の異常事態に、思わず声を荒げる一同。
人間は何人も、理解の外にある物には畏れという先入観が入り、しかしやがては理解の内に収めようとする者なのだ。
そんな壮大な哲学の話か?と問われるとそうでもないが。
「おい、何を騒いでいる?」
そんな時に後ろから聞こえたのは、聞き慣れた声。
我等がボス、ヴェノム・スネークの声だ。
確か彼がヘリを降りたのは後の方だった筈だ。
騒ぎを聞きつけてか、急いでやって来た様だ。
「ボス!見てくれ、アビィがあの通り壁に吸い込まれている!」
「ハァ?」
「いや、俺も何を言ってるか分からないが…とにかくアビィが可笑しいんだ!」
流石にボス相手に取り乱す事は無かったものの、カズ達の様子は明らかにおかしかった。
それを見たヴェノムは呆れた様子を見せながら階段の下へ降り、一言。
「あー…アビィなら多分、六本木だろう。」
「…へっ??」
予想外の言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまうカズ。
そのまま硬直して数秒、ようやく言葉を飲み込めた様で、彼は恐る恐る尋ねる。
「いや、アビィはここに…待て、どういう事だ?」
無論、今の今まで壁に突っ込んでいたアビィについてだ。
その問いに対して、ヴェノムは懐から紙を取り出して答える。
「それなんだが、こんな物を残してな。」
そう言って渡してきた紙には、短い文章が綴られていた。
「何々…
『旅に出ます、探さないでください。アビィ
PS.帽子にデータあるよ(笑)』
…帽子?」
今も尚壁に埋まりかけているアビィ。
まさか、そう思い彼の帽子を取ってみる。
_ボオォ…
するとどうだ、彼の身体は帽子を残して燃え尽きてしまったではないか。
灰一つ残さず消える、ミガワリ=ジツだ。
詰まる所、このアビィはダミーだった訳だ。
それを見てか、カズは堪えられず。
「what the fu_!!!
◇
夜闇の中、月夜の淡い光に彩られた巨大な塔。
六本木ヒルズ。
その反射光の中を掻っ切って落ちる影が二つ。
「死ねっ!『あたし』を邪魔するな!」
「この、聞かん坊…!」
罪木オルタとペルフェクタリア。
二人の姿が宙で交差する度に、風が尚一層強く斬り裂かれていく。
風切り音は一瞬たりとも止むことは無く、また二人も止まる気配は無い。
しかし、確実に終わりの時は近づいている。
(もうすぐ地面…早く終わらせないと。)
(潰れたトマトみてぇになっちまう。)
((その前に、コイツを。))
故に、決着の一撃を覚悟する二人。
だが。
「_ぁああッブヘェ!?」
「「えっ。」」
変質者のエントリーだ!
地面へと向かっていた二人は、突如として飛来した理外の存在が巻き散らすソニックブームによって、斜め上方向のベクトルを掛けられる。
当然、横ベクトルの先にあるのは六本木ヒルズだ。
「クッソ、何だよ…!?」
二人は窓を突き破る形で、半ば強制的にビルの中へと押し込まれる。
幸いな事に落下速度を上昇気流が打ち消した為、着地によるダメージは無い。
一方で飛来した元凶は彼女らのやや上方の階に着弾した様だ。
結果、六本木ヒルズに凸の字状のひび割れが刻まれる事になった。
卑猥は一切ない。
「誰、メサイア教団…?」
ビル内を転がるも即座に立て直し、武器を構えるペルフェクタリア。
その視線の先に居るのは、やはりと言うべきかアビィだ。
「あぁ、いや…悪い、角度間違えて巻き込んだ。」
「…嘘を感じない、本当にうっかり?」
「ゴメン、いやホントに。」
何となく予想はしていたが、実際に聞くと気が抜けるものだ。
そして同時に、ペルフェクタリアは心の中で警戒心を一段階下げる。
下げた理由を明記するのは止めておいた。
「…テメェもか。なぁ、邪魔してきた奴。あたしは眼中にねぇってか?」
一方で、罪木オルタの怒りは最高潮に達していた。
明確に敵意を向けている彼女に、アビィは苦笑いで答える。
「はは、寧ろ君が目当てで来たって所なんだけどね。」
「…あぁ?」
予想を裏切る回答に、罪木オルタは目を丸くする。
一瞬呆然とした彼女を前に、アビィはけれど、と立て続けに言葉を紡ぐ。
「今の『君の魂』を見た限りじゃ、優先順位は低いかな。」
ガッカリした様な、失望した様な、そんな目付きで彼女を見据えるアビィ。
そして、人差し指を立てて、一言。
「今一度、君という存在を見直すと良い。君を見ている人が居る今だからこそだ。」
そう言ってペルフェクタリアに一度視線を見遣ると、ウィンクを飛ばす。
何の暗示なのかは、ペルフェクタリアには何となくだが理解が出来た。
「それじゃ、僕は先を急ぐよ。」
「オイ!テメェ…」
罪木オルタが言葉を返そうとする前に、既にアビィはビルを駆け上がっていった。
凸状の罅割れが縦に長く広がっていく。
卑猥は一切ない。
「黄金比の機神」
(ペルちゃんたち、無事だと良いけど……)
六本木ヒルズの屋上では、落下したペルと罪木オルタの安否を気にしながらも
キング・Qと対峙するいろは達の姿があった。
「観念しなさい、キング・Q!」
キング・Qの兵士達は既にいろは、月美、黒江によって昏倒させられており、
残る敵は彼女だけだ。
しかし、当のキング・Q本人は余裕綽々と言わんばかりに笑みを浮かべて佇んでいる。
「ほほほ、何を仰るのかしら? もしかして、勝った気でいるの?
貴女達ごときが?」
そう言いながら、彼女は扇子を閉じ、口許を隠しながらくすりと笑う。
「……ッ!」
その瞬間、彼女の纏う雰囲気が一変したのをいろはは感じ取った。
それは、ある種の威圧感であり、畏怖にも近い感覚であった。
「切り札と言うものは最後まで取っておくものよ?」
そう言って、彼女は扇子を拡げる。
よく見ればその絵柄には不気味な蜘蛛が描かれていた。
その光景に、思わず鳥肌が立つ。
ゴゴゴゴ……次の瞬間、地響きが鳴り始めた。
「これは……!?」
「ふ、ふふ……これぞ我が切り札! おいでませ、『黄金比の機神」』! 」
壁を砕き、天井を破り、ソレは現れた。
機械仕掛けの巨大な蜘蛛。
「う、うわああああ!」
キング・Qの取り巻きであるセレブ客達も、これには悲鳴を上げる。
それもその筈、その威容と巨体だけでも恐ろしいのに、
腹部には巨大な砲門が備わっているのだ。
しかもその数は一つではない。全身至る所に武装が施されている。
「ほほほほほ……」
キング・Qは黄金比の機神の中と一体化し、妖しく微笑む。
『さぁ、宴を始めましょう!』
「まるで絡新婦……女郎蜘蛛だわ」
退魔師である月美の呟きは、正に的を射ていた。
美しい女の姿に化け、炎を吐く小蜘蛛を操ると言われる妖怪。
キング・Qはまさにそれそのものと言えるだろう。
『さぁ、死にたくなければ精々足掻きなさい……!』
その言葉と共に、黄金比の機神の各部に備え付けられた
8門もの機銃が火を噴いた。
「きゃあああ!!」
「ひぃいい!?」
迫り来る弾丸の雨から必死に逃れようと走り回る人々。
無論、中には逃げ遅れた者も居る。
「大丈夫ですか!?」
「た、助けて……!」
結界を張り、逃げ遅れた人々を救助するいろは達。
『敵に助けを乞うなんて、とんだ間抜けね?』
「っ!?」
冷ややかな声が響くと同時に、黄金比の機神が放った砲撃が、
人々の頭上を掠める。彼らの顔色は青を通り越して真っ白に染まった。
「い、嫌だ! 死にたくないいいいッ!!」
「ま、待ってくれええッ!!」
「いやあああッ!」
キング・Qへの忠誠心よりも恐怖が勝り、一人が逃げ出した。
それに釣られる様に、他の者達も我先にと逃げ出す。
『醜い豚どもが! 何と見苦しい事か……』
そんな彼等を見て、呆れたように舌打ちをするキング・Q。
「人々を恐怖と言う名の糸で縛り付けるあなたには言われたくないでしょうね」
対する月美は、一歩前に出てキング・Qに告げる。
その目は鋭く細められ、怒りの色を帯びていた。
「あの人たちだって、さっきまでは身を呈してあなたを守ろうとしていたのに……!」
黒江もそれに続く。
『えぇ、そうですとも。私の美しさに傷でもついたら何とします。
あいつらのようなゴミでも積み上げれば盾ぐらいにはなる。
私は常に美しくあらねばならない。その為ならばどんな犠牲を払ってでも、
あらゆる手段を用いても、手に入れなければならない……!』
「……何のために?」
『決まっています。私こそが世界で一番美しい存在である為ですよ』
「……何よ、それ」
月美は理解できないと言った風に首を横に振る。
「今のあなたは誰よりも、何よりも醜い妖怪変化の類いにしか見えないわ」
『わ、私が……醜い……? この、私を……!!』
キング・Qは顔を歪め、激昂する。
『殺す! 殺してやる、このクソガキ共があああああああッ!!』
「来ます!」
いろはの声を皮切りに、黄金比の機神との激闘が始まった。
「真の美は胸中にこそ」
『さぁ、無知蒙昧のしみったれたクソガキ達…』
黄金比の機神と融合したキング・Qが、怒りに打ち震えながら語る。
自らの美の綻びを前に、抑えきれない慟哭が声色に乗っていろは達に届く。
同時に、機械仕掛けの蜘蛛が彼女の情を表すが如く、唸りを上げて動き出す。
『私の美、私の輝きはこの世全てに等しいのよ。それを汚そう等と考えるだけでも、万死に値すると知りなさいっ!』
狂言と共に機神を手繰る傷付いた美の化身は、加減も容赦も捨て去った。
我が美こそ全てであり、その元に成り得ない存在は須らく淘汰されるべきという価値観。
それが摂理だと言わんばかりに、彼女は駆り立てられる。
有象無象を蹂躙して己が威信を示さんと、8門の機銃が猛威をばら撒く。
激情に任せ荒れ狂う様は、荒神の如く。
そんな傍若無人の凶弾が、只人達に及ばんとして。
「ヒィッ!」
「させません、急如律令!」
閃光が走り、戦火が遮られる。
人々から脅威を退けたそれは、月美の命に応じ輝きを灯した幾多もの呪符。
蜂の如く舞い、宙を駆ける紙吹雪の連鎖は、正しく人々の命綱だ。
ある種の美さえ持ち合わせる守りの舞に、呆気に取られた只人達。
だが次第に感涙し、感謝の念を捧げだす者も現れ始める。
『気に入らない…!あの豚共、よりにもよって私の美に傷を付けた奴等にっ!』
その光景が、キング・Qの嫉妬に火を付けた。
嫉妬は怒りに、怒りは憎悪に堕落する。
二つの原罪を綯い交ぜにした感情は、殺意に終決する。
故に、機神の中で一際大きな砲門を人々に差し向ける事に躊躇いは無かった。
剥き出しのエゴが表れたそれに、月美は嫌悪感を隠せない。
「何てことを…!」
『煩い!平伏す相手を間違えた豚共も、私に楯突くビチクソ共も!!奪われる思いを今一度味わいなさい!!!』
だが最早、彼女の憎悪を留める理由は無い。
故に、一瞬の迷いも無く彼女は引き金を引く。
撃ち降ろされる撃鉄、火球と共に吐き出される砲弾。
人の命を灰塵に帰して余りある一撃。
しかし。
「そんな惨い事、させない!」
既に射線の先へと回り込んでいた黒江の双棍棒が、砲弾を打ち据え、捉える。
一瞬の拮抗の後、両者は弾かれる。
砲弾の軌道は山なりを描いて人から外れ、遥か彼方へ。
対し黒江は、腕を震えさせながらも尚健在。
「黒江ちゃん!?」
「大、丈夫。少し、痺れただけ!」
「無茶はしないで、一人で戦っている訳じゃないから!」
溜まらず駆け付けたいろはによって治療を受ける黒江。
人々は最早誰一人残らず、ここには闘志ある者達のみ。
即座に立て直し、今一度立ちはだかる少女達。
対してキング・Qは、苛立ちを募らせるばかりだった。
『どうして…!何もかも、上手く行かないのっ!?』
まるで癇癪を起こした子どもの様で。
憤りを通り越した感情を宿した彼女の口からは呪言が紡がれる。
怒りのままに叫ぶキング・Qの声色は、怨念そのもの。
『私の美こそ全てで、思うがままだった!なのに、お前達ビチクソ共が来てからっ!!』
「そんな正義は、絶対に間違いだっ!」
だがそれでもなお、いろは達の想いと正義を貫く心に陰りは無く、何一つとして気圧されない。
寧ろその瞳に戦意を宿し、胸に抱いた理想に輝きを灯す。
「奪うだけの貴方に、心の醜い貴方には何の道理も無い!」
「仮にそれがあなたの言う罪だというのなら。」
「「「わたし達が、それを祓ってみせる!!」」」
その言葉と共に三人の少女達は並び立つ。
友の為に、愛しい人が信じてくれた誇り高き夢の為に。
眼前の敵に臆する事無く、一歩も退かずに向き合うその姿は正に勇者そのもの。
『…黙りなさい。』
だがそんな眩しささえも、彼女にとっては目障りなものにしかなく。
自らの価値観を否定する、不愉快な存在にしか映らない。
そう認識しているからこそ、酷く冷淡な声色と共に、容赦なく牙を剥く。
少しでも長く生かしておけないという使命感が、彼女を満たしていた。
内に抱えた独善的な正義に駆り立てられて、である。
『結局は、美しさこそ正義なのよ。そして最も美しい私こそが正義なのよ。』
だから、と続けて。
黄金比の機体の装甲から露出していく全ての兵装が、眼前の障害を葬らんとする。
優雅に、何者にも止められない威風を兼ね備えて。
そして。
『醜い足掻きはここまでにしてあげる。』
フルバースト。
撃ち出される無数の弾丸、砲弾、火炎、電磁パルス。
その全てが、たった三人の少女に襲い掛かる。
「結界よっ!」
即座に展開される月美の結界術。
霊力によって現出するドーム状の幕は、火炎と電磁パルスを押し退ける。
機銃は呪符が、砲弾は黒江といろはが。
だが。
『本当に、しつこいビチクソ共…でも、これでゲームオーバーよ。』
最後の一つ、レールガンの唸りを見て冷や汗が浮かび上がる。
電磁の暴威を打ち砕く力は、今は無い。
それでも。
「私達はCROSS HEORES、幾多の正義を交え、人々を守る英雄にならなきゃいけないの!」
「そうよ。だから、ここで負けてたまるもんですか!」
「絶対に、絶対に証明してみせる!真の正義を!貴方の間違いをっ!!」
三人の意志は折れる事なく、真っ直ぐだった。
己の夢を貫き通す為に、友を信じた自分を証明する為に。
だが無情にも、レールガンの輝きは最高潮に達する。
そして。
『死になさ_』
「よく言った、レディ達。」
砲弾が撃ち出される直前、突如として打ち砕かれた床。
そこから飛び出した蒼い炎が、機神の腹部を打ち上げる。
余りの衝撃、激痛によって機体は仰け反り、そのまま身動きが取れなくなってしまう。
「全く、お気に入りのクラブだったんだけどね。これじゃキープしてたワインもおじゃんかな。」
対して炎は意志を持った様に宙を漂い、言葉を発する。
炎は、いやその中にいる少年はくるりと軌道を変え、少女達の前に降り立つ。
余りに突然の出来事。
呆気に取られた少女達の内、一足早く気を取り戻した月美が語り掛ける。
「…あな、たは?」
「アビィ・ダイブだ、アビィと呼んでくれ。」
少年、アビィは素直に答える。
敵意も無く、寧ろ味方として立ち振る舞う彼に、困惑は増すばかり。
だが、少なくとも窮地を救った者なのは間違いなかった。
「あ、あの!月美です、助けてくれてありが_」
「礼は後で良い。その前に、やるべき事があるからね。」
「っ!」
言葉を遮った彼が見据える先には、再び立ち直った機神の姿。
機械越しに伝わる憎悪と殺意は、最高潮に達していた。
「今は、癇癪を起こした子どもを寝かせないとね。」
『…殺すわ。』
「お仕置きの時間だ、ベイビー。僕等の前にひれ伏したまえ。」
今一度、変質者のエントリーだ。
「断章:イマジナリー・ウィル ②」
存在しなかった世界の城 円卓の間
「ところでだ、同志ゼクシオン。例の”この世全ての悪”の様子はどうだ?」
「こちらに移動させ、現在教育中です。1か月あれば完全にこちら側の戦力として利用できるかと。亡きエミヤオルタはよくやってくれた。学園爆破による教団の誇示、それだけにとどまらず苗木誠という掘り出し物まで用意してくれるとは。」
ゼクシオンが連れてきた、苗木誠という名のこの世全ての悪。
予想外の掘り出し物、最も希望を持った男を悪に失墜させるという愉悦を、ゼクシオンは噛みしめていた。
そんな彼とは裏腹に、軍服を着た巨漢の男が冷徹な物言いをする。
「しかし、キング・Qの奴はもうだめだな。」
その発言の実態は「キング・Qの敗北」。
その真意を、とても荘厳な声で言い放つ。
「だめとは?」
「キング・Qの美は完全であってこそ成立する。故に少しでも疵があってはそれは完全ではない。どれだけ高価なダイアモンドでもほんの少しの疵で、その価値が大きく暴落するようにな。」
「つまり、彼女の身体に傷がつけば……。」
「そう、彼女の定義である美を破壊されれば彼女はただの、周りの人間よりちょっと強いだけの人間に過ぎない。」
確かに思い返せば、彼女自身は「美しい」だけであってこれといった異能や魔術、単身でも使える戦闘技術を持っているとは思えない。
黄金比の機神もあるのだが、それも破壊されてしまった日には彼女はただの一般人に過ぎないのである。
「しかしエイダム、奴には兵装『黄金比の機神』があるじゃろ。それを加味しても敗北濃厚という気か?」
黒赫の髪を持つ無邪気な少女の問いに、軍服の男は冷酷にかつきっぱりとその回答を言う。
「ああ、キング・Qの敗北は必至だ。白髪の女を洗脳させればまだワンチャンあったかもしれないが、それもできぬ程己が美に酔いしれているとあってはもうだめだな。」
「ではどうする?例の『この世全ての悪』を第5位の座に据えるか?」
「いや、あれはあのままで。まだ完成していない不確定要素をこの座に据えるのはリスクがありますからね。」
と、キング・Qへの所感を述べた大司教たち。
その時、円卓の間に入ってくる男の姿が。
「随分とまぁ、あの女の事をボロクズに言うな。」
「ああ、芥さんですか。……彼女のことが好きなのですか?」
特異点から一時帰還した大司教の一人、芥志木。
「ふん、誰があんな性悪好きになるか。シロップ漬けにしたって虫一匹寄り付かねぇ心の持ち主だぜ?番外位クレイヴの方がまだましだってんだよ。」
「はッ!クレイヴだって救いようのないチンピラだろうがァ!あんな奴好きになる奴なんざ……!」
「それ以上の喧嘩は許さんぞ■■■■■、芥!」
美の化身であるはずのキング・Qの美の是非を巡って、2人が喧嘩をしている。それを軍服の大男は諫めた。
この男が大司教の中のリーダー格であろう人物なのだろうか?
「ちっ、分かったよ。」
「失礼した、そして俺はそろそろ準備しなおして特異点にいくぜ。回収した『絶対兵士』も最終調整が完了したころだろうし、運搬しねぇと。」
そういって、芥は椅子から飛び降り何処かへと去っていった。
「しかし、大帝の天声同化を利用した人類神化計画。本当にうまくいくのでしょうかね?噂だと大帝はもう……。」
「ゼクシオン、それ以上言うな。大帝への冒涜になる。」
そういって、エイダムと呼ばれた軍服の男はゼクシオン目がけて___氷でできているであろう槍を生成し放つ。
そうして円卓の高い位置の椅子に座る、ゼクシオンの頭蓋の真横、あと数センチずれていれば頭蓋骨を破砕していたであろう位置に氷の槍を命中させた。
「同志ゼクシオンよ。同じ大司教である我らとて、大帝への疑心は許さん。真なる世界、人類神化という目的の忠臣であることを忘れたか?」
「大帝の忠臣ではありますが、目的の忠臣ではないですよ。エイダム・マグダネル同志?」
冷徹と冷酷、残虐と残忍が満ちる円卓の間。
カール大帝の計画に疑念を抱いたゼクシオンに怒りの槍を放った彼こそは、教団大司教序列1位『エイダム・マグダネル』。
そんな彼の怒りをも、ゼクシオンは飄々として言い返した。
「……では、私も特異点に向かう準備に向かいましょう。『指輪回収と疲弊した勢力を叩くため』の準備をね。」
そう言い残してゼクシオンは闇の中へと姿を消した。
円卓に残された3人は、無言でそれを見送っていった。
「清廉たる水、紅蓮の炎」
『お前たちを殺せば! 私はメサイア教団の大司教のさらなる階位に上れるのよ!!』
機神の胸部にあるコクピットの中で、キング・Qは叫んだ。
本拠地では既に上位の大司教たちが失望の内に彼女を切り捨てる算段を
始めているとも知らずに。その叫びに呼応し、愛機である黄金比の機神が動き出す。
巨大な腕を振るい、眼前に立ちはだかる少年を潰そうと襲い掛かる。
「よっと」
だが、アビィはポケットに両腕を突っ込んだままひらりと回避。
そのまま空中で無重力下にでもあるように軽やかなムーンサルトを決め、
勢いをつけた飛び蹴りを叩き込んだ。
『ぬううッ』
「凄い……見た目は小さい男の子なのに」
「ご挨拶だなぁ、レディ。勇敢なる騎士(ナイト)をつかまえて」
月美の言葉を茶化しながら、黄金比の機神の攻撃を回避し続けるアビィ。
月美が驚くのも無理はない。
彼女の目に映っているのは、どう見ても小学生低学年くらいの身長の少年だ。
それが黄金比の機神の攻撃を回避しながら反撃までしているのだから。
一方のキング・Qも、攻撃をかわされ続けて苛立ちを募らせていた。
『何なのよ……次から次にコバエのように湧いて出て!
どうしてどいつもこいつも私の思い通りにならないの!?
美しさとは力! 力のある者に、弱者はひれ伏すしかないのよ!』
美しいからこそ、彼女は今までどんなことでも思い通りにしてきた。
だからこそ、今回の作戦だって成功できると彼女は信じ切っていた。
だが、今目の前にいる少年少女たちは彼女にとって理解できない存在だった。
自分より小さく、華奢で脆そうな身体でありながら抗う事をやめようとしない。
「なら、君より僕の方が強くて美しい……って事にならない?
うーん、やっぱそうなっちゃうかなぁ。いやぁ参った参った」
そう言って、アビィは笑いかける。
おちょくるような態度にキング・Qの怒りは頂点に達する。
『――ンなわけあるかクソガキィィィィィィ!!
認めない! 絶対に私が勝つのよぉォォォォォッ!!』
そう叫ぶと、黄金比の機神は火炎放射器をアビィに向けて発射する。
「こ、こんな室内で炎を吐くなんて!」
さすがに室温が一気に上昇し、熱気と炎がパーティー会場を満たす。
それを見た黒江は思わず叫んでしまう。
「こ、このままじゃあ……!!」
熱風に煽られながら、いろはは未だ会場に残る人々を見つめた。
中には恐怖におびえる者、あるいは熱気に倒れこむ者もいた。
「あ、熱い……」
「死ぬ、死んじゃう……」
『あーっははははははは! 火葬パーティーの始まりよォ!!』
「狂ってる……!! 自分の美の為に、無関係な人を巻き込んで傷つけて!」
いろはは思わず叫んでいた。
美を求めるあまり、他人を傷つける。そんな彼女の行動に憤りを感じたのだ。
「ありゃー、ちょっと煽り過ぎちゃったかなぁ?
虫って追い詰められた時こそとんでもない事をしでかすからね~」
と、アビィは少しだけ困ったように笑う。
「と、とにかくみんなを避難させなくちゃ! あの炎の中にいるのは危険よ!」
そういって、月美は人々を避難させようと駆け出そうとする。
しかし、黄金比の機神が行く手を立ちふさがり、道を塞いでしまった。
「あ、あなた……正気なの!?」
『ほらね? あなたたちの事だから、こうすれば他人の事を気にかけてくれると思ったわ。
良い子ちゃんぶって……本っ当に……馬鹿な子ッ!!』
大型のアームハンドで月美を横薙ぎに払う。咄嵯の出来事に対応できず、
月美は壁に叩きつけられた。
「あぐっ……!!」
その衝撃で、壁が粉砕され瓦礫が周囲に散らばってしまう。
「月美さぁん!!」
黒江が声を上げるが、月美からの返事はない。
どうやら気絶してしまったようだ。額から血を流しているのが見える。
「ああ……!!」
『ひゃははははははは!! まずは一匹! 次はアンタたちよ!』
「……ちょっとさ、調子に乗り過ぎなんじゃないかと思うんだけど」
アビィは静かに呟き、トレードマークである蒼銀の帽子の鍔をつまむ。
『黙らっしゃい!! いい事!? 私の言う通りにしなければ、
あいつらもお前達もみんな灰になるのよ! さあ、跪いて私に命乞いをしなさい!!』
そう言い放つと、黄金の機神は炎に囲まれるセレブ客たちに銃口を向ける。
人質にするつもりだ。それを見たアビィは呆れた様子で溜息をつく。
「やれやれ、度し難いとはこの事か」
「ど、どうしよう……」
いろはは焦燥感に駆られていた。
この炎に包まれた会場では、やがてセレブ客も自分たちも死ぬ。
だが、抵抗を止めずキング・Qに降伏しなければ人質たちは殺されてしまう。
今のキング・Qは人の命など歯牙にもかけないだろう。
炎に焼かれるか、キング・Qに全滅させられるか……いずれにせよ絶望の二択しかない。
(どうしたら……)
その時だった。
パーティー会場の天井を何者かが穿ち貫き、ぽっかりと空いた空洞から
大量の水が降り注いで来た。
『なぁ……!?!?』
突然の事態に、セレブ客もキング・Qも動揺を隠せない。
会場を包む炎は瞬く間に鎮火し、熱風も徐々に収まっていく。
そして、炎が完全に消え去った頃、水の中から一人の女性が現れた。
「――やちよさん!!」
神浜市のベテラン魔法少女、七海やちよだ。
彼女の登場に、いろは達は安堵の表情を浮かべる。
「間に合ったようね、いろは」
「じゃーん、あたしもいるよー」
やちよの背後から、由比鶴乃も姿を現す。
港区に先行した魔法少女たち……チームみかづき荘の片翼が救援に現れたのだ。
これで、戦況は大きく変わった。しかし、まだ安心はできない。
何故なら、黄金比の機神はまだ健在なのだから。
『お、おのれええええええええッ!!』
黄金比の鬼神はセレブ客に向けて火炎放射器のトリガーを引く。
「ちゃらああああああああああああッ!!」
だが、すかさず鶴乃が炎の前に立ちはだかり、巨大な扇を振るう。
すると炎が扇に吸い込まれるように消えていき、やがて完全に消火されてしまった。
まるで手品のような光景だった。
『な、何と……!?』
「ふふーん、中華料理屋は火の扱いにはちと自信があるんだよ。
店を構えますは、神浜市の『万々歳』! どうぞよろしく!」
「う……」
その隙に、アビィがヒーリング能力で月美の傷を癒す。
「お目覚めかい、プリンセス? 王子様のキスじゃなくて悪かったね」
「――こ、子どもが生意気言ってんじゃありません! そ、そう言うのは、あの……
もっと大きくなってからじゃないと!」
月美は顔を真っ赤にしながらアビィに抗議する。
日向家は厳格な家柄のせいか、アビィの冗談めいた発言に免疫がないのだ。
月美の言葉に、アビィは思わず吹き出してしまう。
「ぷっ、あっはははは……これはこれは。笑わせてもらったよ。
手助け料のチップとしては十分かな?」
アビィはそう言うと、黄金比の機神の方に向き直る。
いろは、黒江、やちよ、鶴乃、月美、アビィ。6人の少年少女が悪鬼羅漢との戦いに
いよいよ終止符を打つ!
「怒れる美学/東京井戸端会議」
『一人二人増えた位で、もう打ち勝てたつもりだというのなら、滑稽にも程があるわっ!』
キング・Qの口からあふれ出る罵倒の嵐。
己の脳裏を染め上げる憎悪という麻薬に、いよいよ以て酔い始めたのだ。
語彙こそ有れど、そこに人格という仮面は無く、今や本能のままに語るのみ。
何もかもを都合良く取らえ、耳障りなものは見聞きしない。
負の感情を剥き出しにした化け物が、そこにいた
「その根性には脱帽物だね。」
対するアビィは、淡々とした口調で送る皮肉と共に構えを取る。
全身に纏う蒼き炎の輝きを四肢に圧縮させ、その熱量を急上昇させていく。
やがて周囲の酸素を巻き込み、ぽつぽつと紅い爆炎を瞬かせるまでに熱く。
花火の様に煌びやかな光を放つ炎は、静かに、しかし確かに自己の存在を異質に主張していた。
「だから、その理想を抱いたまま朽ちていけ。」
『ほざくな、ガキィ!』
一方で機神は、再度レールガンの砲身を向け、獣の如き唸りを上げる。
伏兵という不意打ちを乗り越え捉えた今こそ、最大火力を以て己が正義の正しさを証明せんとする為。
思考すら捨て去った化け物に成り果てた彼女に、最早迷いなど無く。
機械仕掛けの砲身に、電流を瞬き走らせて、今。
乱入者を捉えて、引き金を引く。
『…散りなさいっ!』
閃光。
轟音。
残響。
足元から肌を通して伝わる衝撃波。
耳を劈く甲高い雷鳴が、高らかに鳴り響く。
網膜を焼き、鼓膜の奥底を揺るがすソレに、誰もが一瞬、目を瞑り、耳を塞ぎ。
やがて静寂に包まれた空間の中で、次第に視界が明瞭になっていく中。
『_嘘、でしょ…?』
そこに映る光景に、誰もが唖然とせざるを得なかった。
何が起こったのか。それを瞬時に理解出来る者は居らず。
誰もが動揺し、呆気に取られ、しかし理解せざるを得なくなる。
『レールガン、それも対物用を。』
アンチマテリアル。
装甲車等の甲目標を打ち砕く用途の威力を持つ兵器の俗称。
間違っても人に向ける物では無く、掠めるだけで人一人を軽く血煙と化する威力を持つ。
それを、アビィは。
『…蹴り砕いた、というの?』
馬鹿な。
馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な。
有り得ない、非科学的だ、非現実的だ。
そう言わんばかりに狼の如く口元を開き、声にならない声で絶叫するキング・Q。
湧き上がる冷や汗が滝の様に全身を伝い、目の前の事象を拒絶する。
だが現実は変わらない。
「これで終わりかい?」
アビィは、レールガンを弾丸ごと踏み抜いて尚健在。
無惨に拉げた鉄屑と砲身の残骸が転がっている。
夢でも何でもない、これは紛れもない事実である事を、彼女達は否応なく認識させられた。
目の前の存在は化け物だ、と。
こんなもの、一体誰が止められるというのだと、誰だって思うだろう。
どうしようも無い、勝ち目なぞ見当たらない。
今持ち合わせている手段で、目の前の存在に打ち勝つ方法など_
(_いや、勝てるわ。)
瞬間、想像を絶する現実を前に他人事の如く俯瞰していた意識の一部が、勝利の方程式を導き出す。
簡単な事ではないか。
勝つ事とは、何も"自分の手で下さねばならない事"では無い。
先程だってそうだ。
自分は何時だって"自らの美"を通して正義を示してきたでは無いか。
だから。
「…機体から、降りてきた?」
「お強いのね、貴方。」
機体から降りた彼女の足は、一歩ずつアビィの下へ歩み寄る。
その度に感じる違和感に、アビィは眉を顰め。
そして彼女の纏う"雰囲気"に当てられる。
「っ下がって、アビィさん!」
「その力…」
そうだ、自分の美を以てすれば。
どのような化け物であろうとも、"男であれば鞍替えさせる"事等容易い事だ。
何故忘れていたのだろうか。
人は皆、美の虜だと。
「その力、私の為に振るって下さる?」
「この期に及んで、見苦しい真似を!?」
「お黙り。」
これこそ、自分の正義の根幹ではないか。
今だって、目の前の少年は立ち止まったままだ。
「そう、簡単な事よ。目の前にある美しさこそ正義、即ち私こそ絶対なの。」
「成程、確かに僕も美しさには一家言ある。」
ほら、やはり自分こそ正しい。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
結局は勝った方が正義なのだ、と。
「そんな!?」
「でしょう?私に側に付けばこの美しさ、貴方の思いのま_」
⇦(R)
「ま”」
(R)= )
Excellent!
打音。
鈍痛。
灼熱
それ等を認識した時、漸く初めて、顔面を殴られた事にキング・Qは気付いた。
衝撃と共に吹き飛ばされた体は受け身を取る事も叶わず、瓦礫の中に叩きつけられる。
鼻腔の奥底を駆け巡る痛みに、彼女は思わず苦悶の声を上げた。
血潮の匂いが、脳髄にまで染み渡っていく。
「あ”あ”ぁ”!?」
「だから言わせて貰うよ。」
無様に転がった後、顔を覆うキング・Qがふと、目に映った物。
それはアビィがキープしていたワイン瓶、いやそこから漏れ出た液体。
否、ソレに映る。
「お前は醜い、身も心もね。」
「いやぁーーーっ!!?」
見る影も無く焼け爛れた、己の醜悪な顔だった。
◇
一方、此方は要塞と化した東京ミッドタウン内部。
その道中にて、WTF(放送禁止用語)を叫んだDDの一行だ。
無論、天宮兄弟もまたあのめり込む不審者を見ていたので、叫んだ事には納得しかないが。
「アビィは後で天誅を下すとして、だ。」
お互いに情報を共有した所で、カズは過ぎ去った激情に、誠に遺憾ながら蓋をして、統括する。
話題は、流星旅団が以前立てこもっていたアジトを襲った部隊に移る。
「結局、その警部さんはあくまでも人質を取られてたって訳か。」
警察の腐敗について明らかになるきっかけとなった刑事。
その男は、家族を人質にされ致し方無く従わされていたという事が、事実となる。
その情報には誰もが嫌な思いを浮かべるばかりであり、実際聞いていて気持ちの良い物でも無い。
だが、カズは少しばかり考えが違った。
「この男、利用できるやも知れん。」
「The Avenger Paradox/見捨てられた女神」
復讐したい奴がいた。
そうだ、確かにいたはずだ。
『助けて……赦し……ぐべらぁ!』
『友達だろ……許してくああああああ!』
『もう悪いことしな…ああああ背骨がぁぁあああ!』
多くの悪を滅却した。
大勢の敵を鏖殺した。
無数の邪を消滅させた。
これで正しいはずだ。
これがあたしの望みは果たされたはずだ。
こいつらは死んでも世界には影響がない。
死んだところで誰も悲しまない邪悪だ。
クズ数人の犠牲で、世界からいじめという悪が消える確率が上がるなら、復讐者たるあたしはそうするべきだ。何しろあたしは……曲がりなりにも世界と契約したアラヤの化身なのだから。
……なのに。
◇
「自分自身を……だと。」
アビィ・ダイブに指摘され、曇らないはずの霊基が曇る。
悩みという暗雲で目の前が黒くなる。
「罪木オルタ、だったな。一つ聞きたいことがある。」
「なんだよ……。」
「お前には、守りたいものはあるのか?」
ふと、つぶやかれた問い。
しかしその瞬間。罪木オルタの目の前が白黒の反転を繰り返す。
赤いはずの双眸が、瞳孔が白と黒に瞬く。
「守るべきもの、そんなものは……え……?」
守るべきもの。
その声をトリガーに一瞬、見えた記憶という名の弾丸。
それは見えるはずのない正史(罪木蜜柑)の記憶、垣間見た『初めて感謝された日』。
『■■、ありがと。』
偽典(オルタナティヴ)が会うはずのない少女の声。
感謝されたときに流した、涙。
「何の……為に?」
困惑する。
簡単に理解できるであろう感情を、彼女は理解できなかった。
自我が、復讐という行為で肥大化した己が、その問いの解答を煙らせる。
その隙にペルフェクタリアの当て身を受け、横に倒れる。
「すまない、眠ってもらう。」
「あ……たは。」
ぼそり、とうわごとのようにつぶやいたその一言。
後のその悩みは、救いとなりえる鍵となるのか?
◇
「いやああああ!?何よ!何なのよ!!」
灼け爛れた表情。
理解できぬ現実。
したくても、肥大化しきったプライドが妨害する。
迫るCROSS HEROESのメンバー。
このまま待てば、黙ってても間違いなく殺られる。
『……聞こえるか、キング・Q同志?』
そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、彼女の灼ける体に来る体内通信のアラートが鳴る。その実、存在しなかった世界からの秘密通信。
英霊と魔術師間の念話にも等しいシステムであるが故、当然月美たちがこの会話を聞くことはない。
『東京港区でソロモンの指輪の回収という『本来の目的』を果たそうともせず、そのくせ大敗を喫した貴様の処遇についてだが。』
「何よ、みんなして!あんたも大司教でしょう!?こっちまで来て私を助けなさいよ!だって私たち、同志でしょう!?」
まるで自分から裏切っておきながら、かつての仲間に助けを求める悪役のようなセリフを吐きつつ、同志___エイダム・マグダネルに助けを乞う。
『いや、助けたい気持ちは山々だ。しかし申し訳ないのだが。』
そんなエイダムが次に放った台詞。
それは、明らかなる_____。
『お前はここで終わりだ。』
美の化身『キング・Q』への事実上の死刑宣告だった。
冷酷に放たれた宣告を聞き彼女の顔が大いに曇った。直後に絶望の雷雨が脳内に響く。
「それって……死ねと……!」
『ああ全てにおいて”美しくない”貴様はもう終わりだ。その怪我では動くこともかなわんだろう。第3位以下の肉体・技術的戦闘能力もない貴様はもはや屋根裏のゴミほどの価値もない。我らは貴様の後任として新しい同志を迎える。かつて"あった"美貌が、自分を守ってきたことを誇りにして、死ね。』
「Beauty & Stupid」
「崩れる……私の、カラダ、が……ぁ……ぁぁ……」
髪は抜け、肌は皺くちゃになり、全身が崩れ行く。
それでもなお、彼女は醜い姿を晒しながら生きようと足掻いた。
「い、ヤダ……死にたくない……私は……まだ……終われナイ……ノ……ニ……!」
だが、無慈悲にも体は崩壊を始める。
そして、最後の最期で彼女は見た。骨と皮だけになり、
腐れ落ちていく肉片がこびりつくだけのキング・Qの手を取る、いろはの姿を。
「ア……ア……」
「さようなら……」
いろはの頬を伝う涙が、キング・Qの手に落ちた瞬間、
キング・Qの中で何かが壊れる音がした。
「美……シイ……」
その涙は、宝石のような虹色に煌めいていた。
それが、彼女がこの世で最後に見た「美しきもの」であった。
誰かに看取られ、安らかに死ぬ。それは誰しもが望む人生の終わり方だ。
けれど、彼女の場合は違った。自らの欲望のままに他者を虐げ、踏み躙る。
それは、とてもじゃないが美しいとは思えない。だから、こんな結末を迎えたのだ。
そう、これはあくまで報いだ。自ら犯した罪の代償が今こうして返ってきただけだ。
因果応報、自業自得。そう、それだけの話なのだ。
「どうやら体内に何かしらの術式を仕込まれてたみたいだね。
負けるか、裏切るかするのがトリガーとなっていたんだろう。
ひたすらに美しさを求めていた女が、最後は見るも悍ましいミイラのようになって
朽ち果てる……か。どうにも良いシュミをしているじゃないか、メサイア教団ってのは」
アビィ・ダイブはそう言い捨てると、静かに目を伏せた。
一行が六本木ヒルズを後にしようとすると、気絶させた罪木オルタを背負った
傷だらけのペルフェクタリアが歩いてくる。
「ペルちゃん!」
「終わったようだな……」
ペルフェクタリアは疲れ切った表情で答えると、力なく微笑む。
見れば彼女の手足には、いくつもの打撃痕があった。
「ヒュウ、派手にやったねぇ。つかその子、君たちを助けにヘリから飛び降りてった気が
するんだが、一体何がどうしてそうなった?」
アビィがペルフェクタリアの傷を見て言うと、ペルフェクタリアはため息をつく。
「ああ……手を抜いて戦える相手ではなかったからな……この女の拳には何か……
とてつもない力が宿っていた。恐らくは世界の理に干渉する類のものだ。
似たような存在を何人か知っている……と言うかお前は誰だ」
ペルフェクタリアは怪し気にアビィ・ダイブを見つめる。
するとアビィはニヤリと笑う。
「僕はただのナイスガイさ。その上に超(スーパー)とつけてくれても良い」
「…………」
「まあそんなことは置いておいて、さっさとスネークたちと合流しよう。
早く手当てしないと彼女も危ない」
「そうだな……」
「それじゃあ『J.A.S.T.I.S.』。流星旅団のアジトまでのナビゲートを頼むよ。
あと、美味い酒が飲める店もよろしく。
ボトルキープ出来て、ニコニコ良心的お値段でツケが効くところ。
深夜まで開いてるラーメン屋が近所にあると尚良い」
アビィの帽子に組み込まれた光ニューロ回路式自律思考型AI「J.A.S.T.I.S.」が起動し、ナビゲートを開始する。
『了解しました。現在位置より最短ルートで目的地へご案内します』
「! 流星旅団ですって……」
「やちよししょー、それってあの時の……」
それはやちよ達が港区を目指して東京入りした日の事。
夜の首都高でメサイア教団の雀蜂軍団をたった2人の少女が撃退した。
ひとりはペルが背負う罪木オルタ、そしてもうひとりは……
『あなたたちは、一体……』
『流星旅団。また会う事も、多分あると思うよ』
「おや、知り合いだったの? 奇遇だねえ」
「図らずも、あの言葉通りになったわね……」
「はぐれちゃったフェリシアとさなちゃんも、無事でいるといいんだけど……」
「港区には、CROSS HEROESの皆さんが各地に散って作戦行動中なんです。
だからきっと……」
「そうね。あの子達を信じましょう……」
「幕間:正史、外典、偽典」
起動目的、不明。
稼働状況、維持。
ある”砲台”の砲塔と化した赤坂サカス。
砲台たる英霊___源為朝。
月光を浴びて、彼の機体の表面が淡く輝いている。
『明日、障壁の掘削を開始する。』
東京タワーに突如として貼られた「結界」。
それを破壊するための砲台として起用されたのが、源為朝であった。
そんな彼の見せ場は、もうじき来る。
◇
「本当にこんなのでよかったの?」
「ああ、それさえあれば後は俺に任せな。」
東京ミッドタウン近くのコンビニから、本を1冊購入する。
その本のタイトルは『日本の名刀図鑑』。
大事そうに本と飲み物を抱えつつ、彩香とデュマは帰路につきだす。
「お疲れ様です、彩香さん。」
「おう、彩香に……デュマさん、だっけか?」
戻ってきた流星旅団メンバー、フィオレと燕青、十神が帰ってきた。
ちょうど出合い頭、という形だ。
せっかくというのもあるので、4人で東京ミッドタウンに帰還することになった。
「ねぇ、デュマってあの罪木オルタが何者か知っているの?」
そっけなく、彩香が罪木オルタに対する質問をする。
彼女が一体何者なのかを知ることで、共に行動し教団打倒への手がかりとするために。そして今後出てくるであろう脅威への理解もできるだろうという理由からだ。
「まぁいいか、せっかくだし話してやんよ。」
かか、と笑いながらデュマは、世界から与えられた『存在』の話をしだす。
「まず『正史存在』ってのはその名の通り、正しく物語が進む世界に生きる存在だ。桃太郎で言うと『桃から生まれた桃太郎が、犬、猿、雉をお供に鬼を倒す』って具合だな。」
「なるほど。」
アカシックレコード、或いは運命の女神とでもいえるべき存在が描いたシナリオ通りに進んだのが正史存在。
「『外典存在』ってのはそれとは別で『鬼は倒したけど、最終的に相討ちになってビターエンド』だったり『桃太郎は負けたが、その子孫が鬼を倒しちまった世界の人物』の話だ。要するに『結果だけ合っている世界』がそれだ。」
一切の過程を無視した、結果だけあっている世界が外典。
「んで、『偽典存在』ってのがそもそも物語として破綻している世界。『鬼退治に行ったのが桃太郎ではなく浦島太郎』だったり『人間に絶望した桃太郎が鬼と共に世界を破壊する』ってのがそれだ。」
結果もクソもなく、前提が破綻した完全なる別世界。それが偽典だとデュマは語る。
「で、罪木オルタはどれ?」
「ああ、あいつは偽典存在よりの外典存在だよ。俺も詳しいことは知らねぇけど前に自分で言ってたぜ。」
限りなく偽物に近い外典。
それが、罪木蜜柑・オルタナティヴの正体であるという。
「と、言っている間に着いたぜ。って、連中も帰ってきたようだ。」
そうこうしている間に、東京ミッドタウンに到着した。
そして、キング・Qを討伐し六本木ヒルズから帰投した者たちも、新たなる仲間を連れて帰ってきた。
その中に、気絶した罪木オルタがいることを、彩香は見逃さなかった。
「インターミッション:月と流星と彗星」
「十神さん!」
「おお、環くん。無事だったか」
トラオムにていろは達と共に戦った十神はいち早く流星旅団と接触していた。
「ふーん。お久しぶりって感じ?」
「その声……」
やちよは彩香の声を聞いて驚く。
「あの時の……」
「ボクは天宮彩香。よろしく。そっちで伸びてる罪木ちゃんはあの時の片割れだよ。
何があったのか……色々聞かせてくれるかな?」
「……えぇ」
「じゃあ決まり。とりあえずみんな集まってくれる?」
こうして、流星旅団とCROSS HEROESは合流を果たした。
今後の展望を話し合うために。
「――へえ。メサイア教団の大司教を。凄いじゃん。
流石はCROSS HEROESってところ?」
大司教「美の化身」キング・Qを倒した事を告げると、彩香は感嘆の声を上げた。
「ところで、スネーク達の姿が見えないけど……まだ合流してないのかな?」
アビィは辺りを見回しながら言う。
「いや……彼らは我々と合流した後、既に新橋の作戦に移ってもらっている」
現れたのは流星旅団のリーダー、天宮月夜。彩香の兄だ。
「――兄さん!」
兄を溺愛している彩香は彼に駆け寄った。先程までの塩対応とはまるで別人だ。
「こら、大事な話の途中なんだから邪魔をするんじゃない」
「は~い……ごめんなさい」
彩香はしょんぼりした様子で謝り、席に戻った。
(凄い落差……)
「それで、新橋の作戦とは?」
「ええ、新橋にはもうひとりの大司教が居るのですが、そいつを倒すための準備を
しているところです」
「以前、僕とスネーク達で警視庁にクラッキングを仕掛けた事がある。
結果は真っ黒のクロ。この街の警察は既にメサイア教団に汚染されきってる。
だもんで、僕らは新橋への直接攻撃を中止し、まずは流星旅団と合流することにしたんだ」
と、アビィが説明を付け足し、
「皆さんが六本木を牛耳っていたキング・Qを倒してくれたおかげで、
戦況はかなりこちら側に傾いています。
なので、ここら辺で一気に攻め落としてしまおうという算段です」
月夜が話を結ぶ。
「だが、新橋を支配する大司教はサーヴァントを召喚する技術を持っていると言う
情報があるんだ」
十神の話を聞いた途端、CROSS HEROESの面々は目を丸くした。
サーヴァントと言えば、並の人間が勝てるような相手ではないからだ。
そんな相手を召喚できる大司教が、敵方に居るという事実に驚愕したのである。
「一難去ってまた一難、って所か」
「早速我々も動き出そう」
「月夜と……月美か。何だか名前似てるね」
鶴乃が月美に話しかけた。
「え? あぁ、そういえばそうだね」
「神浜以来だよね。元気してた?」
鶴乃と月美は年齢的には同じ女子高生と言う事もあり、
同年代の友人のように接してくれた。
みかづき荘でもムードメーカー的な役割で、彼女の存在はみかづき荘に
良い影響を与えている。
「あの時はバタバタしててゆっくり話す暇なかったけど……
やっぱり大変だったんだよね、あれから」
「まあ……色々あった、かな……」
一口で話すには少し長くなりそうなので、月美は言葉を濁した。
「ねえ、あなた。その刀、何? 刀身が無いけど……」
彩香が月夜の腰に差してある刀を見て尋ねた。
神刀・星羅。この刀はただの日本刀ではなく、刃の無い柄だけの状態になっている。
「ああ、これは……」
月美は柄を抜き、霊力を込める。すると、白い光が輝き出し、
その光はやがてエネルギー体の刃となって現れる。
「そう言う事。自分の力を物質化して剣にして戦うタイプなんだね。
それなら折れたり刃毀れする心配しなくていいもんね。その手があったか」
彩香は感心したように、月美の刀を見る。
「私の家に代々伝わる家宝なんです」
月美は星羅を鞘に納めながら言う。
「ボクの刀、酸で錆びてダメになっちゃったからさ……あの赤雀蜂め、許さん……」
彩香は拳を握りしめる。
どうやら、彼女は愛用していた刀を壊された事に怒りを感じているらしい。
「あなたも、剣を?」
「彗星剣術。自分で考えた。新しい刀が出来たら……手合わせしようよ」
「うん。お願いします!」
彩香は月美に手を差し出す。
それは、新たなライバルの誕生を祝福するための握手であった。
「彩香があんなに他人と仲良くなるなんて珍しいな……」
月夜は意外そうな表情で呟く。
彼は彩香の兄であり、彼女がどんな性格なのかよく知っている。
彩香は気に入った相手にしか心を開かない人間で、これまではずっと一人で生きてきた。
それにはメサイア教団の一件が深く関わっていた。
両親を殺されて以来、その恨みを晴らすためだけに兄妹ふたりで生きてきたのだ。
だが、今は違う。共に戦い、信頼出来る仲間が出来た事で、
彼女の世界は少しずつ変わり始めている。月夜は良い傾向であると喜んでいた。
「本当なら、ああやって友達と他愛のない話に花を咲かせられるような生活を
送らせてやりたかったんだがな……」
「刀で切り結ぶ約束がこの国の女子高生の他愛のない話なのかはさておいてね」
アビィ・ダイブのエントリーだ。サツバツ!
「迫るカウントダウン」
一方その頃、竜馬たちの方はというと
「テメェ…!なんでこんなところにいやがる!!」
「そうですねぇ…人探しと言ったところでしょうか」
「人探しだと?」
「はい。そういうわけで流竜馬、ゲッターロボに乗ってない今のあなたに構ってる暇はないのですよ」
そう言うと晴明はどこかへ移動し始めた。
「おい!待ちやがれ!」
竜馬は晴明を追いかけようとするが、鬼たちが道を塞いでしまう。
「っ!テメェら、邪魔すんじゃねえ!」
「どうやらあたし達を行かせたくないようね」
「竜馬、まだ民間人の避難は完了してない、被害を出さない為にもまずはここにいる鬼を殲滅する必要がある」
「チッ…!仕方ねえ!」
竜馬は一旦晴明を追いかけることを諦め、他のメンバーと一緒に晴明が置いてった鬼たちを駆除することにした。
一方その頃、特異点にあるクォーツァーの拠点では…
「……先程の宣言から数時間経ったが……特異点にいるCROSS HEROESの様子はどうだ?」
「はっ、現状奴らが動く気配はありません。恐らくは常磐ソウゴ奪還の為の作戦を考えているのかと……」
「そうか……」
するとそこへ地上でゲイツと戦ったウォズがやって来た。
「王よ、只今戻りました」
「ウォズ…貴様今までどこで何をしていた?」
「ハッ、今回の常磐ソウゴの処刑後に行う計画の為に一度あちらの世界にいるCROSS HEROESの様子を偵察しておりました」
「……そうか。それで結果はどうだった?」
「……現在、あちらの世界にいるCROSS HEROESは東京都港区でメサイア教団と戦っているようです」
「メサイア教団……あの時俺たちの戦いを邪魔して来た奴らか」
「なるほど……それは好都合だな」
「…と言いますと?」
「あちらの世界にいるCROSS HEROESがメサイア教団と戦っている以上、奴らはこっちには来れない……もっとも、今の奴らにこちらへ来れる手段があるかどうかはわならないがな」
「・・・」
「しかも、その戦ってる相手がメサイア教団であるのも我々にとって都合が良い」
「……どういうことですか?」
「……はっきり言おう、常磐ソウゴの処刑を行いあちらの世界で計画を実行する際、CROSSHEROES以外で一番邪魔しに来る可能性がある組織がメサイア教団なのだ」
「メサイア教団が我々を一番邪魔しに来る可能性が高い…?それはどうしてなのですか?」
「理由は2つある。
一つは我々が計画を成功させた場合、奴らは存在そのものが歴史から消されるからだ」
「……なるほど、メサイア教団……もといその前身となったキラ教団は夜神月を崇拝する者たちの集まり……そしてその夜神月がデスノートを手にし、新世界の神を名乗って大量殺人を行ったのは平成での出来事……それが歴史の改変でなくなれば、キラを崇める者たちが現れなくなりメサイア教団が誕生しなくなる……やつらがそれを恐れててもおかしくはないということですね」
「そうだ。そしてもう一つの理由が……俺が奴らが求める物を持っているからだ」
「奴らが求めるもの…?」
「これだ」
そう言いSOUGOは一つの指輪を取り出した。
「ソロモンの指輪と呼ばれるものだ。
奴らはどういうわけかこれを集めたがっている……恐らくは奴らにとって重要な物だろう……」
「なるほど、それを奪うために我々を攻撃してくる可能性もありますね」
「あぁ、だからこそ奴らが潰し合ってくれるのは我々にとって最高に都合が良い。
あとは我々があちらの世界に行く時までに両者が壊滅してくれることを祈るとしよう」
「・・・」
常磐ソウゴ処刑まで、残り18時間。
一方その頃、晴明はというと
「ドフラミンゴ殿……いったいどこへ行ったのやら……」
「……やっと見つけたぞ晴明」
「おや?」
晴明の目の前に現れたのはあしゅら男爵とゴーゴン大公、そしてスウォルツだった。
「これはこれは……いったいどうしてここに?」
「簡単なことだ。例の儀式の場所が決まったからお前を呼びに来たのだ」
「なるほど、けどよろしいのですか?まだドフラミンゴ殿が居ませんが」
「やつのことなんぞどうでもいい。恐らくは我々のことを裏切ってメサイア教団とやらにでもついたのだからな」
「そうですか。でしたらすぐにでもそこへ向かうとしましょう」
「あぁ」
(待っていろメサイア教団に裏切り者のドフラミンゴ、そしてCROSS HEROES共よ……貴様らに本当の神の恐ろしさを思い知らせてやる…!)
「科学者ビショップ」
大阪某所 ある科学者のインタビュー
大阪某所にある研究所で、取材を受けている科学者の姿がそこにはあった。
そいつは日本在住の生体工学の権威としても名高い科学者である(教団に対するプライバシー保護のため、名前は伏せさせてもらう)。
老齢でありながら今以て人類の進歩のために研究をしている彼は、ある事柄についてのインタビューを受けていた。
「メサイア教団の侵攻が迫ってきていますが、かつての科学界に現在の教団メンバーがいるとの噂を聞きましたが、それは事実なのでしょうか?」
「ははは、どこで聞かれたことやら。日本の記者よ、あなたは優秀なんだな。」
「やはり、事実なのですか?」
科学者は懐かしむかのように、或いは警告を込めて経緯を話し始める。
「あの男___ビショップは実に優秀な科学者だったよ。いや優秀どころの騒ぎじゃない。彼は天才だった。」
「ビショップ……彼はどれほどの天才なのでしょうか?」
記者は恐る恐る聞いて見る。
「一言で言うと”人間を超越した事なら何でもこなせる”。現代人間の技術や才能では到底到達できない領域に、ビショップは片足を突っ込んでいた。」
理解できそうで出来ない。
優秀と言われた記者も、その回答には頭を横に傾けた。
「19世紀に現代最新のスマートフォンを造れるほどの技術を持っている者がいる、と言っても信じられないだろう?その信じられない程の技術を、彼は持って生まれているのだ。」
「つまり、例えるなら現代では造れないとされる物質瞬間移動装置(テレポーター)や、タイムマシンといった物も造れると?」
「はは、タイムマシンは無理だがテレポーターはもう彼は作っているよ。」
え……!?
その回答に、記者は驚愕を隠せないままでいた。
「もちろん試験運用出来る程度だったがね。それ程の天才だった。」
「では、そのビショップはなぜ教団に入ったと思われますか?やはり、疎まれたとか?」
「疎まれた?逆だよ。彼が科学界を追われたのは当然の結果だった。」
「つまり、彼の性格上に問題が?」
「その通りだ。彼は己が才を鼻にかけ、多くの非人道的な実験を繰り返した。中世の拷問にも等しい人体実験、研究結果の横領、ライバルを陥れることも彼はやった。それを見かねた科学界のトップと当時の世間はそれを許さず科学界を追放されたのだ。残当だ。」
天才であれば、何をやっても許される。
天才だから、人を陥れても許される。
天才ならば、人を平然と殺害しても赦してくれる。
そのどす黒い傲岸を当然世間は許すはずがなかった。
◇
東京港区 新橋 廃ビル改め研究所にて
「……チッ。」
無人のはずの部屋に舌打ちが響く。
その記事を一通り見た話題の科学者___ビショップは週刊誌をシュレッダーにかけ、破壊する。
「俺が許せないか。最小の犠牲で世界を正しくするという美学が許せんか。だからお前らはいつまでも無能なのだ。」
『最小の犠牲で世界をよりよく。』
なるほど字面だけ見れば確かに分からなくはない。
しかしその背後には、おびたたしい数の「最小の犠牲」の山がある事を、彼は知らないのだろう。
何一つ気に病むことなく、ビショップは己の研究室にこもっている。
「キャスター、そろそろ客が来る。迎え撃ってやれ。」
壁にかけられたスクリーンに写された無数の監視カメラやドローン搭載カメラの映像を見つつ、無線機からアルキメデスに連絡を取る。
「分かった。すぐにでも迎撃しよう。」
「巷に雨の降るごとく」
「……そう。本当に大変な旅をしてきたのね」
いろはは、やちよにこれまでの事情を説明した。
「黒江さんも、ありがとう。今までいろはを支えてくれて」
「いえ……私はただ、環さんの力になりたかっただけですから……」
「それでも、あなたがいてくれなかったら、きっと今頃いろはもどうなっていたか……」
やちよが頭を下げると、黒江は恐縮したように首を横に振った。
「今回の戦い、私も協力させてもらうわ。今まで休んでいた分、しっかりとね」
そう言って、やちよは微笑んだ。
あの時。神浜を強襲したウラヌスNo.ζに重傷を負わされ休養を余儀なくされていた
やちよだったが、その傷が癒えるまでみかづき荘で療養していた。
そして、復帰するなりすぐに戦いの場へ駆けつけてくれた。
いろははそのことが嬉しかったし、心強かった。
「……」
罪木オルタは医務室で治療を受けている最中だった。
ペルフェクタリアとの戦いで見られた通り、彼女の精神は酷く不安定だ。
それ故に、彼女は感情を抑えきれなくなり暴走してしまうことがある。
幸いにも、今回の戦闘では気絶させる事でどうにか鎮圧することができたが、
次もまた同じことが起きないとは限らない。
「うん、彼女は私が診ておくから君はゆっくり休みなさい。
君の傷も決して軽くはないのだからね」
主治医が、罪木オルタの様子を見ていたペルフェクタリアに言う。
ペルはそれに小さく会釈して答えると、部屋を出ていった。
「はっ!」
木の枝を刀代わりにして、咲香と月美が模擬戦を行っていた。
咲香の攻撃を月美が防ぎ、隙を突いて反撃する。そんな攻防を繰り返していた。
鶴乃は土管の上に座り、膝に両肘をついて二人を見ている。
(彗星剣術……スピードはある。けど……)
これまで、幾多の死闘を潜り抜けてきた月美。だからこそわかる。
(咲香ちゃん……残念だけど、今のままじゃメサイア教団には勝てない……)
咲香の攻撃を防ぎながら、月美は思う。
今の咲香の動きには無駄が多い。攻撃の動作も大振りだし、動きに硬さがある。
やはり我流の限界と言ったところか。
メサイア教団はあまりにも強大だ。並の人間を凌駕した超人たちが蠢いている。
このままだと咲香は間違いなく死ぬことになる。それだけは避けなければならない。
「どう? 月美ちゃん。私の腕は」
咲香がそんな月美の思惑など知る由もなく話しかけてくる。
「……うん。いいと思うよ。ただ、もう少し力を抜いてもいいかも」
「嘘の匂いがするぞ」
医務室から出てきたペルが二人の会話を聞いて口を挟んだ。
月美はペルの方を見ると、ため息をつく。
この娘はいつもそうだ。人の感情の変化に対して敏感すぎる。
咲香の才能は本物だ。しかし、それは並の人間の範疇の話である。
才能があるだけでは、あの組織を相手に戦うことはできないだろう。
月美はそれをよく理解している。
咲香には申し訳ないが、キング・Qのような大司教クラスの敵が相手だった場合、
とてもではないが太刀打ち出来るものではない。
「正直に言うべきだ。今のままでは、お前たちにとって足手まといにしかならないとな」
ペルの言葉を聞き、咲香の目つきが変わる。
「何よ、アンタ。いきなり出てきて偉そうな事言わないでくれる?」
咲香がペルに食ってかかる。その言葉を聞いた月美は慌てて止めようとする。
ペルは何も間違ったことは言っていない。むしろ、的確な助言と言っても良いくらいだ。
ただ、言い方というものがある。オブラートに包むということを知らないのか、この娘は。
案の定、咲香は完全に怒ってしまったようだ。
「ボクの彗星剣術はね、雀蜂の連中だって相手になんないぐらいなんだ。
それをバカにするなんて許さないからね!」
怒りの形相でペルに向かって叫ぶ。
「……」
いつの間にか、咲香が持っていた木の枝をペルの手が掴んでいた。
ペルが咲香の持っている木刀を奪い取ったのだ。
「え、それ、ボクの……?」
突然の出来事に咲香は驚き、呆然と立ち尽くしていた。
ペルは奪った木刀を眺めると、呟くように言った。
「今、実戦ならお前は死んでいたぞ。
奴らはお前が気づくよりも早く心臓を抜き取る事さえ出来る」
「……!!」
「悪い事は言わん。お前もここに残れ。それが仲間のためでもある」
ペルは木刀を投げ捨てる。木刀は地面に落ち、乾いた音を立てた。
咲香は俯いて黙り込んでしまった。
確かに、ペルの言っていることが正しいのかもしれない。
だけど、メサイア教団は両親の仇なのだ。
そんな相手を前にして、指をくわえて見ているだけなどできるわけがない。
それに、自分の実力が足りないせいで、仲間たちの命が失われていくのも見たくない。
「ちょ、ちょいちょいちょい。仲間同士でやめなよ~」
土管から飛び降りた鶴乃が慌てるようにして二人を止めに入る。
「……月美ちゃん、ホント? ボク、弱い?」
咲香は悲し気な目で月美を見る。
月美は少し考えると、静かに答えた。
「……正直、メサイア教団は強い。私も六本木の大司教と戦ったけど、
ひとりだったらとても敵わなかった。
あんな怪物たちとまともに戦えるのは、私たちの中でも限られてる」
月美の言葉を聞き、咲香は唇を強く噛み締めた。
「メサイア教団は……ボクの両親を殺したんだ。絶対許しておくもんか。
今だってこの東京をメチャメチャにしてる。だから……」
「復讐か。だが、それを果たす前にお前は死ぬぞ。間違いなくな」
東京ミッドタウン。新橋への突入を前に、不和が走る。
「何をしているの、あなたたち」
「あ、やちよししょー! ちょっと喧嘩になっちゃってさー……」
「悪と善の境界/断章:イマジナリー・ウィル ③」
東京某所ホテル
「……。」
港区突撃前、西園寺を寝かしつけたモリアーティは一人、考察を広げていた。
◇
これは、ちょっとした頭の体操だ。
昼ごろの調査で分かった、「メサイア教団大司教」についての情報。
まず大司教は、最低でも”6人は”いる。
もちろん6人とは限らない、7人かもしれないし、10人かもしれない。13人かもしれないしそれ以上かもしれない。
最低なので、6人以下はあり得ない。
そして、彼らの持つ「化身」という名の”称号”。
「傲」という番外位を除外して6人。美、戦、焔、鉄、■、そして■。
この「化身の名」は、彼らの特性と直結しているとみて間違いはないだろう。
事実、キング・Qの文句のつけようのない美しさがそれを裏付けている。
であるのならば。
黒塗りにされていた残る2人の称号さえわかれば、対策の出来ようもあるだろう。
もう一つの謎もある。
残る教団メンバーは今どこにいるのか?というものだ。
そも、なぜ彼らはあの地___希望ヶ峰学園にトラオムを作った?
エネルギープラントを作るのならば別に希望ヶ峰学園跡地でなくてもいい。
教団の力の誇示ならば、あそこでなくても効果的な場所は山ほどあるはず。
何かしらのこだわりがなければ、トラオムを作る位置なぞどこでもいいはずなのだ。
この謎を解く事が出来れば、メサイア教団の本拠地の位置が分かるはず。
まだまだ謎の多いメサイア教団の実態は、過去を調べることでわかるのだろう。
何しろ彼らはキラ、即ち夜神月の亡霊を追い続ける過去の奴隷なのだから。
◇
「はぁ。疲れた……。」
そういいながら、モリアーティは椅子をグラグラと傾けシーソーのように揺らす。
依然西園寺はぐっすりと夢の中だ。
「ちょっと、そこのお兄さん?」
と、その時。
モリアーティの後頭部から2m背後に、聞きなれない女性の声がした。
「ん?君は、誰だ……!?」
金色の長い髪をはなびかせた、妖艶な美女。
しかし、その躰から感じるのはすさまじい力。その実態やいかに。
「私は八雲紫と言いますわ。そこのあなた、有無を言わさず私たちを助けてくださらない?」
「……………………………………なぜ私に?もっと屈強な者はいるのでは?」
「何のことはない、そこにあなたがいたからよ?」
「ランダムで当たったからか……。」
ランダムの当選者扱いされて複雑そうなモリアーティに対し、至極真っ当とでも言いたげに眼前の女性___八雲紫は頼みこむ。
かわいげを込めて、かつ上目遣いに。
「ねぇ、頼むわ。もちろん報酬は一杯あげますから!」
「あなたのような美女の願いを聞き入れたい気持ちは山々なのだが、私にはその前にどうしてもこの女性を港区に運ぶ使命があるのでね、紫さんあなたの頼みを聞くのはその後にしてもらってもいいですかねぇ!?」
対するモリアーティは怒りと嫌味を混ぜ込んだ声をぶつける。
無理もない。
今やるべきことがあるのに仕事を追加されれば、
「それとも何か、あなたならばこの女性を港区に瞬間移動できるとでも言いたいのかネ!?ええ!?」
「え?出来るわよ?」
「はァ!?」
そういうと、紫は近くにあった缶コーヒーの缶を拾い上げる。
それを上空に軽く投げた。
「見てて、これを今から……あなたの手元に移すから。右手を広げてくださる?」
「ほう?」
空中を缶がくるくると廻る。
その瞬間、缶は突如真下にできた目玉だらけの、空間のスキマとしか言いようのない領域に引きずり込まれ消失したかと思うと、今度はモリアーティの掌の上に出来たスキマから出てきたではないか。
「ね?このスキマをあの子に使えば港区にもひょいと一発で!」
「あー……このなんというか……このやりづらい感覚はーーーーーッ!」
頭を抱えながら、苦虫を潰したような表情とまんざらでもない表情が入り混じった複雑怪奇な表情を浮かべつつ、モリアーティは考えている。
◇
存在しなかった世界 円卓の間
「ところで焔坂同志。」
「どうかしたか?」
黒い髪に赤いメッシュをたなびかせる、黒と赫のセーラー服を着た少女。
しかしてその実態は人間に非ず、その額に生えた、砕かれた角がその正体を「鬼種との混血」であることを看破させる。
「例の廃棄孔、いや、幻想郷の調子はどうです?」
幻想郷。
それは人理や歴史の波に飲まれ、忘れ去られたものが集うという領域。
メサイア教団の触手は、もうその領域まで伸びていた……。
ゼクシオンの質問を受け、少女___焔坂は無邪気に答える。
「この焔坂 百姫に失敗はあり得ぬのだ。必ずやあの”怪物”を完成させて見せようぞ!」
___焔坂 百姫(ほむらさか ひゃっき)。
それがメサイア教団大司教 第2位『焔の化身』の名である。
「握手と言う名の架け橋」
「ーーッ!」
彩香はその場から走って逃げだした。
「あっ、彩香ちゃん!」
月美が慌ててその後を追いかけていく。
「何事なの?」
「実は……」
鶴乃がやちよに事情を説明すると、やちよはため息をつく。
「そう言う事……酷な話だけど、現実は見ないといけないわね」
「うん……」
鶴乃も辛そうな表情で返事を返す。
「あなたがペルフェクタリアさんね。いろはから話は聞いているわ」
「七海やちよ……環いろはから聞いている。神浜のベテラン魔法少女だと」
「あなたにもお礼を言わないとね。
いろはを守ってくれてありがとう」
やちよが頭を下げると、ペルフェクタリアは先ほどのやり取りを反芻した。
「私は天宮彩香を傷つけてしまっただろうか。
私は人と話すのが下手だ。よく怒らせてしまう」
「いいえ。手遅れになる前に伝えてくれたことに感謝しているわ。
これからの戦いはより一層厳しくなるでしょうし、
遊び半分ではやっていけないもの」
やちよの言葉に、鶴乃も深くうなずく。
「……何だよ、あいつ! ちょっとは強いみたいだけど、
ボクたちの方がずっと前からメサイア教団と戦ってるんだぞ!?」
彩香はひとり、憤りを感じながら歩いていた。
自分の気持ちを理解してもらえなかった悔しさと、
現実問題、自分の非力さを思い知らされたことによる苛立ちだった。
「彩香ちゃん」
背後から声をかけられ振り向くと、そこには月美がいた。
微笑みと共に彩香を見つめている。
彩香はその視線に耐えられず、顔を背ける。
「結構本気で走ったつもりだったのに……あっさり追いつかれちゃった。
流石CROSS HEROESって感じだよね」
冗談めかしてそんなことを言ってみるが、やはり月美の顔を見ることは出来なかった。
しばらく沈黙が続く中、月美の方から口を開いた。
「ペルちゃんは彩香ちゃんの事を心配してくれてるんだよ」
月美の言葉を聞いて、彩香は振り向く。
「そんなはずない。きっとボクが弱いから心配なんてしてくれないし、
そもそも仲間じゃないって思われてるよ」
「私もペルちゃんもね、この世界の人間じゃなくて、別の世界から来たの」
「え……」
「元いた世界も、そこに暮らしてた人たちも……みんな消えてしまった。
だから私たちには帰る場所がない。ペルちゃんは大切なものを失う気持ちを
誰よりも知っているから、
彩香ちゃんのことを気にかけてくれるんだよ」
禍津星穢が属する一団によって、
ペルの世界も月美の世界も滅ぼされた。
実行犯である穢を目の前にした時は普段はこうして穏やかな月美でも
怒りに我を忘れるほどだったが、
冷静さを失っていた月美はたった一撃で穢に倒されてしまった。
それからと言うもの、月美はCROSS HEROESの一員として厳しい修行に明け暮れ、
恐ろしい敵との戦いを死に物狂いで生き延びて来た。
前へ、前へ。上へ、上へと……
彩香はそんな月美の話を聞いて言葉を失う。
彼女にとっての故郷であり家族でもあった存在を理不尽に奪われたのだ。
月美やペルだって辛い思いをしてきたはずだ。
それなのに自分を支えようとしてくれることに 彩香は申し訳なさを感じた。
(月美ちゃんも、ペルって子も、ボクと同じ思いを味わってたんだ。
それなのに……)
その時、何かを決意したように彩香は顔を上げる。
そしてまっすぐ月美の目を見て言った。
その目に迷いはなかった。
「……ごめん。ボクが間違ってた。
今のままじゃダメなんだ。もっと強くならなくちゃ!」
月美は微笑むと、うなずいて返す。
二人の心は再び一つになった。
彩香は月美に連れられ、ペルたち
のもとへ戻って行った。
「あの……さっきは怒鳴ったりして、ごめん」
戻ってきた彩香はペルに頭を下げて謝る。
「私も謝る。済まない。大切なものを奪われた時、
私の中から燃えたぎるようなものがこみ上げてきて、 自分でも抑えきれなくなった事がある。
あれが『怒り』と言う感情だったのだと今にして思う。
自分自身でさえ克服できていない事をお前に押し付けてしまった。
情けない限りだ」
ペルは彩香の手を取ると、真っ直ぐ目を見つめ返す。
彩香は照れた様子で目を逸らそうとするが、ペルはそれに構わず真剣な表情で言う。
「もう二度と大切なものを失いたくない。失わないために強くなる。
そしてこんな思いを他の誰にもさせないために戦う。それが私の願いだ」
ペルの言葉に、彩香は静かにうなずくと、 ペルに笑顔を向ける。
「……すごいな、キミは。そんな事を真っ直ぐに、照れずに言えるって。
ボクより小っちゃいのに」
「私はまだ成長期だ。恐らくだが」
するとペルも微笑み返す。二人は固い握手を交わした。
その様子を見ていたやちよと鶴乃は安堵する。
これで一件落着だろう。
そう思った矢先、十神が彼女らの前に現れた。
「新橋へ向かう手筈が整った。いくつかのチームに分かれ、新橋の大司教を叩く。
みんな、団長の元に集合してくれ」
十神の呼びかけで、やちよたちは月夜の待つ指令部へと向かった。
「裏切りの応報」
東京の静かな夜空に独り鳴り響く、絶え間ない風切り音。
規則的で無機質なソレは、鋼鉄のローターが回り続けている証左だ。
今や暴徒の波に揉まれ治安を失った東京を、唯一安全に動き回れる世界、空。
大地を離れる時を今か今かと待ちわびるヘリコプターの内の一機、中心となる機体の内部は、静寂な雰囲気に包まれていた。
「……」
エンジンやプロペラが刻む大音量の騒音とは対照的な、息も詰まりそうな張り詰めた空気の機内。
その渦中にいるのは、DDの中枢メンバーであるスネークとカズヒラ、そしてヒューイ。
三人の表情はいずれも真剣そのもので、先程までの雰囲気は完全に消え去っている。
誰一人として、言葉を発さずに喋ろうとすらしない。
それもその筈だ。
(僕は、MSFの一件をどう償っていけば良いのだろうか?)
トラオムの時から悩んでいた事。
今の今まで流れで見逃されてきた罪と、向き合う時が来たからだ。
(そもそも、償う事が出来るのか?いや、今更そんな事…)
「いつまで黙っているつもりだ?」
重い沈黙に耐えかねたのか、不意にカズが口を開いた。
その声には苛立ちが多分に含まれているが、それは当然の反応だろう。
ヒューイという男は、嘗てのMSF崩壊を起こした事件の幇助疑惑が持たれていた。
そしてトラオムでの発言。
『良いのかい、僕は君達を売った存在だ。』
疑惑は確信へと変わった。
カズはMSFの実質的なもう一人のリーダー、部下や他人の心の機敏を読み取る事が仕事だ。
故に、罪科に心を苛むヒューイの気持ちを汲み取る事など造作も無かった。
何より、何時まで経っても煮え切らない態度を見せるヒューイに、腹を立てていた。
「そう、だね。いい加減、僕も向き合わなくちゃ。」
ヒューイが企てた陰謀は、MSFを、マザーベースを崩壊に陥らせた。
無論そこにいた兵士達は大半が皆死に絶えた。
幇助と言えど、とても人一人が背負える罪では無い。
故に、ヒューイに喰って掛かる事は抑えきれなかった。
「向き合う?貴様、自分が何をやったか分かっての言葉か!?」
「落ち着け、カズ!」
怒りに身を任せ勢いよく席から立ち上がるカズと、それを止めるスネーク。
しかし彼の激情は至極真っ当である。
スネークも当初は怒りを露わにしたものだから。
「自分が何をしたか、分かっているな?」
「…核査察を受け入れさせた、それも嘘だと分かってて。死人も大勢出た、許してくれとは言わない。ただ償いたいんだ。」
スネークの問い掛けに対して確認する様に、己の罪を告白するヒューイ。
核査察を装ったスカルフェイスの部隊による、MSF襲撃事件の全貌。
当初は核査察を断る予定だったのを、ヒューイが独断で受け入れた。
武装解除まで行わせた上でだ。
「お前は俺達を、仲間を裏切ったんだ。その罪はそう簡単に拭えるものじゃない。」
「分かっている。どう償っていけば良いのか、それすら分からない。」
そう言いながら深く頭を下げるヒューイ。
彼の意思を感じ取ったカズはそれ以上言葉を重ねず、再び着席して黙り込む。
納得してない事は明らかだったが、それでも彼等は、この場は避けた。
何故か?
無論これからの作戦の事もあるが、それ以上に彼等の良心を咎める存在が居たからだ。
「父さん…」
子どもの視線。
ヒューイの息子、ハル・エメリッヒ。
トラオムにて発覚した、人質の存在だ。
実の息子が人質として捕らわれた、成程裏切らざるを得ないだろう。
要人の親族が人質を取られた事にすら気付かなかったMSF側にも、責任の一端はある。
だが、家族とも呼べた仲間達を大勢殺されて心中穏やかでいられる程、カズは聖人でもない。
許す、許せない、矛盾する思いがカズを板挟みにしていた。
そんな葛藤を知ってか知らずか、ヒューイは胸の内を開ける。
「だけど、どんな形であれ償いたいという気持ちは本物だ。」
「…なら作戦に協力しろ、今はそれでいい。」
スネークとて、この大罪の贖罪方法をすぐに提示出来る訳ではない。
故に、今はただ協力者として接させるしか無かった。
「人質、人質か。」
やりきれない思いを前に、独り言を零すカズ。
だが、今はただ感情を押し殺して作戦に注力するしかないと悟る。
それに、これから行われるもう一つの作戦で、今度は自分達が人質を利用するのだ。
ヒューイの罪を辿る様な行為になるのがまた、苛立ちを加速させていた。
◇
「何も、さぁ。」
不満げな口調を隠そうともしないアビィは、不機嫌な顔つき浮かべていた。
眉を顰め、口先を尖らせる様は、幼少な見た目も相まって拗ねた子どもの様だ。
彼がそんな表情を浮かべるのも無理は無い。
「この僕に、こんな安っぽい荒縄でグルグル巻きは無いんじゃないかな?」
「お前は何時何をしでかすか分からんからな、妥当だと思え。」
「ちぇ。」
六本木ヒルズから帰還した途端、オセロットに顔を除く全身を縄で縛られたのだ。
まぁ実際しでかしたので当然ではあるが。
仕方無いなぁ、と縄の隙間から器用に両腕を出し、これまた何処から出したのか分からないラーメンを啜り出す。
帰還する道中でテイクアウトした、深夜もやってるラーメン屋の物だ。
おかしいな、腕は特に厳重に絞めた筈なんだが、と目頭を揉むオセロット。
今はカズは居ない、お前が今回の貧乏くじだ、と神に言われた気分だ。
生憎無神論者であるオセロットにとって、そんな宣告は嫌だの二文字しかない。
さて、そんな彼等は十神から告げられた作戦の一つを実行することになっている。
「逆探知、諜報部の本領だな。」
「むひょうひゃらかひぇひぇくりゅりゃんて_」
「黙って食ってくれ頼む。」
頬を膨らませ、ハフハフと息を吐きながら喋ろうとするアビィを制するオセロット。
何事か言いたかったのだろうが、残念ながら彼の言う通り黙って食べる以外する事は無い。
この男に構う時間があるならば、少しでも多くの情報を集めねばならない。
それ故に、アビィの様な問題児には早く消えて欲しいのが本音である。
しかし同時に、アビィが必要不可欠な事もあり、残念ながら今回ばかりは胃を痛めなければならないらしい。
それは、一本の電話から来たものだった。
「向こうから電話を掛けてくるとはな、警部殿。」
件の警部が、流星旅団へ電話を掛けてきたのだ。
「迫る殺戮技巧、悩む■■悪」
そのころ 新橋上空
「……。」
窓の外を哀し気に、少女江ノ島盾子は見ていた。
一体、いつから彼女の人生は歪んだのか。
思い起こせば、この世界を終わらせるという使命を帯びて私様は生まれたはずだ。
『超高校級の絶望』『同情の余地のない邪悪』『絶対悪』の”使命を背負ったはず”なのだ。
絶望とは人類が何処かの段階で越えるべき悪。
人類が人類である限り切り離せない、人が文明的に強くなるに従ってそれもまた強く深くなるその在り方は、まさに人類悪の宿業というにふさわしい。
そうだ、そんな絶望という宿業を背負い育てられた私は同情の余地のない邪悪のはずだ。
そう育てられ、そういうものだと祀り上げられて育ったはずなのだ。
だのに。
「女神、か。」
今となっては吐き気が出る。
その単語が、彼女の脳内を反復する度に胸が苦しくなる。
悪らしからぬ行為。
今こうして私は正義の味方としてのあり方を晒している。
「……。」
その様子を、デミックスは見ていた。
希望ヶ峰爆破からの付き合いだ、彼女の心境は心がない彼でも脳で理解できるものがあった。
故に、無言で彼女の心境を考察することしかできなかった。
「シャルルマーニュ、リク。唐突で悪いんだけどあたしのことについて話してもいいか?」
「どうしたんだいきなり。。」
こうして彼女は、今までの自分の過去を話した。
『自分は両親に人類が持つ天才にも等しい才能を彼女に集約させ、全能性のある"神"を自分たちの手で生み出させることのために作られた、いわば両親の操り人形でしかなかったこと』
『そのために遺伝子レベルでそうあれと祭り上げられ、人類を見下す絶対悪として育てられてしまったこと。』
『その教育もスパルタという次元をはるかに超えた、拷問にも等しいものだったこと』
『最終的に手に入れた"才能"も完璧すぎて、彼女の人生から光を奪うには十分だったこと』
『そして、彼女は子供であったがゆえに両親の意向には逆らえなかったこと。』
こんな内容の話を淡々と話していた。
「それはむごいな。俺だったらキレてる。」
淡々と話すリク。しかしその声色には明らかなる義憤があった。
それとは対照的に、冷静にシャルルマーニュは話す。
「でも、それで罪が消えるわけじゃないだろ?」
「分かっている。だけど……この話をしておかないと自分がこんなことして良いのかが分からなくなっちゃってさ……。」
涙ぐみながら、自分の意志を話す。
自分のような悪党が、果たしてCROSS HEROESにいてもいいものなのか、と。
「それなら、最後まで自分の贖罪をするべきだ。十神さんも言ってただろ?事情はどうであれ、自分の犯した罪に落ち度を感じるなら罪は償うべきだ。それは人間として当たり前で、何よりカッコいいことだしな。」
冷静に、されど笑いながらシャルルマーニュは答えた。
その回答に「そうだね」と軽く微笑みながら江ノ島は言い返してみせた。
「でも、いきなりどうしてこんな話を?」
リクがふと、この質問に至るまでの意図を聞いて見ようとする。
そのとき。
それは瞬きにも等しい一瞬。されど確かにあった刹那。
閃光弾のように輝く光を、パイロットは見逃さなかった。
話を遮るように、その危機感迫る声が響く。
「……何か来る!」
”それ”見たのは幸福だったのか。
その実態はビルとビルの間を縫うようにヘリに迫りくる___橙色の光線。
大地を焼き、コンクリートを熔かすほどの熱量を持った破壊の光。
幸い命中はしなかった。
否、命中させなかったというのが正しいか。
DDのヘリ操縦士には、否、新橋攻略部隊にはこれは威嚇射撃だと看破できた。
「これは……思い出したぜ。」
ヘリに乗っていたシャルルマーニュは、この光をおぼろげにだが覚えていた。
かつての月の戦い、その記憶を覚えているわけではない。
しかしその霊基に刻まれたわずかな楔とその光を見たという事実は、『彼』の記憶を繋げて想起させるには充分すぎた。
「お前が”そっち側”にいるだなんてな、アルキメデス!」
その一声に呼応するように、浮かび上がる立体映像。
「召喚に応じてしまったのは不本意ですが、次は狙う。」
「色々と聞きたいことはあるが、まずはお前を倒してからだ!」
その一声と共に戦いの火蓋が切って落とされた。
迫るは数機のヘリ。
迎え撃つは無数の殺戮技巧。
「では……始めようか。あなたたちのつまらない答えの否定をね!」
ここにDD達とシャルル遊撃隊 vs. アルキメデスとビショップとの前哨戦が始まった。
「勇者アレク対穢れた湖の騎士」
東京都・新橋。
CROSS HEROESの次なる戦場の舞台である。
先駆けて新橋へと突入したダイヤモンド・ドッグス、シャルルマーニュ率いる遊撃部隊。
そして今なお東京都の何処かにて戦い続けているであろう
CROSS HEROESの分隊メンバーたち……
――流星旅団・本拠地。
「……では君たちには、既に先行している部隊の応援に回ってもらう」
拠点の一室で、十神が告げる。その傍らには、団長である月夜、
そして副官を務める彩香の姿もあった。室内にいるのは、
環いろは、黒江、七海やちよ、由比鶴乃、ペルフェクタリア、日向月美の6人だ。
「了解です」
「……」
彩香は月美たちを見つめている。本当なら、自分も彼女らと肩を並べて
戦場へと向かいたいと思っているだろう。だがしかし、今の自分は戦える状態ではない。
武器を失い、さらにはこれから相手をする事になるメサイア教団大司教「戦の化身」
ビショップ、そして自動英霊召喚システムによって顕現したサーヴァントたち……
生半可な実力で太刀打ちできる相手ではないからだ。
「……気をつけてね、みんな」
絞り出すように呟かれた言葉。それが彼女の偽らざる本心だった。
そんな彼女に対し、月美たちは微笑みながら答える。
月美たちが部屋から出て行った後、彩香は椅子から立ち上がり、窓の外を見やる。
「CROSS HEROESの皆さんが来てくれたおかげで、
今まで手も足も出なかったメサイア教団相手にここまで戦う事が出来た……
あれから11年……メサイア教団の悪行を誰も取り合ってくれない中、
やっと俺たちにも運が向いてきたんだ……」
月夜は万感の思いを込めて言う。
その横顔からは、彼が抱えていた深い悲しみや怒りといった感情が見て取れる。
「彼らの実力はトラオムの戦いにおいて証明済みだ。きっと今回もやってくれるはず。
後方で見守ることしか出来ないのが歯痒いところだが……」
トラオム/希望界域軍を指揮し、CROSS HEROESと共に戦い抜いた十神は、
彼らが如何に優れた能力を持っているのかをよく理解していた。
一方、その頃……
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
新橋に程近いエリアでは、勇者アレクが黒い狂戦士の幻影と激闘を繰り広げていた。
「くっ……!!」
「アレク様!」
ローラ姫の悲鳴が響く。
アレクが対峙しているのは、シャドウサーヴァント。英霊の残滓と呼ばれる存在であり、
英霊たちの力の一部を分け与えられた影のような存在である。
ビショップの英霊自動召喚システムが生み出したシャドウサーヴァントたちは、
こうして街を徘徊し、人々を襲い続けていた。
「この太刀筋……余程の剣の腕と見た」
「gruuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu……!!」
シャドウ:バーサーカー。狂化に堕ちたる湖の騎士の成れの果て。
全身を覆う漆黒の甲冑は内なる狂気を体現するかの如く禍々しいオーラを放ち続けている。
「Gaaaaaaaaa!!」
狂化によって人語を解さなくなったシャドウ:バーサーカーは手にした剣を振り回し、
アレクへと襲い掛かってきた。振り下ろされた刃を受け止めたアレクはそのまま押し返す。すかさず追撃として放たれたアレクの突きを身を翻して回避すると、
シャドウ:バーサーカーは常軌を逸したアクロバティックな動きで距離を取り、
次なる攻撃の機会を虎視眈々と狙い澄ましていた。
言葉のみならず表情なども一切読み取れないため、アレクも迂闊には踏み込めずにいる。
(強い……)
「人が作った兵器ならば、人を救って見せろ。」
前哨戦の火蓋を切った熱線。
コンクリートの大地を焼き払って余りある熱量を持った輝きは、一同を緊迫させるのには十分過ぎた。
特に、乗員の命を一番に預かるヘリのパイロットの心的負担は指数関数的にうなぎ登りだ。
手袋の中で湧き上がる汗の感触が、ヘルメットの中に現れる冷や汗が、その情緒を示していた。
一種の怯えにも近しい状態に陥っている。
だが一方で、その機敏を感じ取り動く者もいる。
「しっかりしろ、パイロットのおっさん!すぐ近くのビルに付けてくれ、後は俺達で降りる!」
そう言ってパイロットの肩を叩き、意識を取り戻させたのはシャルルマーニュだ。
機体後部の梯子に手を掛け、一瞬呆然としていたパイロットに喝を入れる。
この男の言葉には不思議な重みがあった。
まるで神の声を聞く預言者の如く、彼を信じさせる力。
_いずれソレの本質と相対する事になるとは、今はまだ露知らず。
「分かった。『ピークォド、此方モルフォ、着陸地点を変更する。オーバー。』」
『此方ピークォド、了解した。此方も予定地点より前に降下する、周辺に注意して降下せよ。オーバー。』
必要最低限の通信を終え、フラップレバーに手を伸ばす。
同時に操縦桿を倒し、直下に聳えるビルへと目線を向ける。
斜めに軌道を描いて降下するヘリは、ネオンに彩られたビル群へと迫っていく。
「こう眩しいと、逆に見えやすくて良いな。」
暴徒の痕跡か、一部が明滅したり消灯しているが、それでも地上は輝いている。
建物全てを照らすその灯りが、やけに目に焼き付いた。
地上に近付くにつれて、視界が色取り取りの光に染まっていく。
やがて、ヘリはあるビルの屋上へと降り立った。
「ランディングゾーンに到着!」
「よし、じゃあ行くぜ皆!」
そして機外へと迷い無く飛び降り、彼の発する号令がシャルル遊撃隊を動かす。
誰一人として遅れることなく後に続き、シャルルマーニュに続く。
そのまま射撃手以外の全員が降りたのを確認すると、再度フラップレバーを操作、上昇を始める。
「どうかお気を付けて。」
モルフォは一言告げ、機体は高度を上げて飛び去っていく。
彼等の姿が見えなくなるまで見送りながら、ヘリは再び上空高くへ。
そこからは、他にも地上に降り立つヘリの姿がパイロットには見えた。
合計五機程が現在この場に集結している。
何れも熟練した操縦手、射撃手が乗った精鋭だ。
滑らかな曲線を描いてビルの合間を縫い、降下していく。
どの動きにも一切の乱れは無く、乗組員を確実に地上へと降ろしている。
射撃手は周囲のカバーをし、互いに安全を補い合っている。
降下はこのまま滞り無く行われるかに見えた。
だが。
『そこに来る事は計算していた。殺戮技巧、発動。』
「っデルタ!」
見守っていたヘリの内、ある一機の降下地点から突如として瓦礫が立ち昇る。
DDの精鋭兵達を乗せた、TACネーム『デルタ』のヘリ。
その真下から、巨大な鎌の付いたクレーンの様な機構が幾つかせり上がり、姿を現す。
殺意に咄嗟に回避を試みるデルタであったが、すぐさま振りかぶられた鎌がテイルローターに直撃。
『此方デルタ!高度を維持できな_』
機体後方のテイルローターを丸ごと持って行かれ、トルク制御を失ったヘリ。
そのまま機体が傾きながら重力に惹かれ、瓦礫にローターを打ち付け火花を散らしながら墜落した。
操縦手の技量か、或いは不幸中の幸いか、着陸寸前の高度だったが故に機体は原型を保ったまま。
中にいた乗組員の姿もちらほらと見える。
ホッと一息付くモルフォ。
だが、彼等はこれから殺戮技巧の名が持つ残虐さを思い知る事になるとは、夢にも思わなかった。
◇
「デルタが落ちただと?」
その凶報は、ピークォドを通してスネーク達にも伝わった。
それを聞き取ったカズは呟く様にそう漏らし、眉間にシワを寄せた。
戦いはまだ始まったばかり、なのにこうも早く大きな被害が出るとなると、流石に不安も募ってくるものだ。
だが、それを悟られないよう努めて平静を保つ、今はそんな事を考えている場合ではないのだ。
端から被害無しで突破できるとは考えていない、今はただ目の前の戦場に集中しろ。
そう己自身に言い聞かせ、カズは思考を切り換えようとして。
「助けなくちゃ…!」
そこに、そんな声が差し込んだ。
声の主であるヒューイは、救助の為に走り出そうとしていた。
反射的に肩を掴み、それを止めるカズ。
こんな状況だ、確かに人命は尊ぶべきものだろうが、最優先では無い。
作戦遂行が困難な程の被害でも無い以上、デルタチーム単体で復帰なり帰還なり行って貰うのが良い。
少なくともカズはそう考えていた。
「おい、一人でどこに行くつもりだ?」
「墜落した所だ!見ろ、あの周囲を!」
彼の指差しに従い視線を移せば、そこには異様な光景が広がっていた。
幾多もの歯車と刃物で構成された機構、天秤の様な機構。
歯車機構の見本市の様なソレ等は、その何れもが殺意を持っている。
それが今、墜落したヘリから這いずる様に出てきたデルタチームに反応したのか、軋みを上げながら動き出す。
『ザザ_う、うわ”ぁ”ぁ”!?助け”てく”れぇ_!』
ノイズ交じりの無線越しに伝わる、デルタチームの恐怖心。
ソレを聞いた時、ヒューイは今一度声を荒げて告げる。
「仲間なら、助けなきゃならないだろ!?」
そう言い放つと、マチェットの様な形状の器具を手に、今にも走り出さんとする。
そんな姿が、そんな挙動が。
あくまでも冷静に居ようとしたカズにとって、心の奥底で仲間を思うカズにとって。
「お前が言うのか、MSFを見捨てたお前がっ!」
裏切り者の分際で仲間を語る事が、何よりも気に喰わなかった。
怒りに身を任せ、ヒューイの胸倉をカズは掴み上げる。
片足で立っている姿とはとても思えぬ、力強い掴み。
しかし、ヒューイはそれでも食い下がった。
「確かに僕はあの日、仲間を裏切った!」
「ならっ!!」
「けど、それは今彼等を見捨てる理由にはならない!僕がどれだけ屑でも、関係無い!」
カズの眼を真っ直ぐ見つめ、己の胸を叩き、諭す様に言う。
対して声にならない憤りを隠そうともしないカズ。
スネークは、その間に割って入った。
「カズ、俺が行く。」
「ボス!?」
二人を引き剥がしながら言うスネーク。
その手を、今度はヒューイに向けた。
「寄越せ、使えるんだろ?」
「あ、あぁ。サヘラントロプスの剣と同じだ、金属を腐食させられる。」
「十分だ。」
するりとヒューイの手からマチェットを抜き取ると、腰に差し込んでヘリを降り立つ。
そして立ち去り際に一度、振り返り。
「お前の科学で証明してみせろ、贖罪の意志を。」
そう言い残し、走り去っていった。
その姿を見送りながら、ヒューイは己の決意を確かめるように両手を見つめる。
その瞳にはもう、迷いの色は無かった。
この世界に生きる罪人として、成すべき事を成す。
その想いを胸に、彼はやるべき事を思い立った。
無線を手に取り、周波数を合わせる。
「ハル、聞こえるかい?DDの陣地にある"アレ"を出してくれ。」
「Find our Way」
東京港区 新橋
どぎついネオンの光が爆炎と共に輝き、飛び交う銃弾と硝煙が、近代文明とは不釣り合いな熱線と巨刃と交差する。
そんな新橋のとある高層ビルにて。
「例の装置の調整は終わったのか?ビショップ同志?」
「ああ、後はパラガスがちょっと頑張るだけで全てが解決する。」
燃え盛る戦場都市を見下ろす2人の科学者、アルキメデスとビショップ。
その双眸に映るのは、燃え盛り始めるビル群。
その鼓膜を震わすは、人々の悲鳴と銃声と死。
その皮膚に触れるは、焦熱と衝撃波の大歓声。
人間が作った繁栄都市の断片を我が物顔で燃やすその在り方はまさに侵略者の所業。
「もはやこの新橋は我らの領域なのだからな。同胞を抹殺しない程度に存分に殺れ。それ以外の暴徒とか一般市民とかは遠慮しなくてもいい。必要な犠牲だ。」
「随分と残忍なんですね。暴徒はともかく一般市民をも手にかけるとは。なんです?あなた人間が嫌いなのか?」
ふと、アルキメデスがそう問うた。
対するビショップは真っ当そうに、或いは現行世界を生きる人間全員がそういうだろうとでも言いたげに返した。
「嫌い?違うな。”心底”嫌いだよ。愚かで感情的で自己中心的で上っ面だけでしか偉そうなことを言えない人間しかいない世界は反吐が出る。そんな世界は即座に我らが浄化するべきだ。」
___ビショップは、あまりにも人間を嫌いすぎていた。
今まで天才と呼ばれ、そしてその世界を追われた彼の眼には愚かなる人間なんざ、きっと宇宙史上最低最悪の生命としか見えていないのだろう。
何という皮肉か。その”人間”という種に自身も含まれているというのに。
◇
ところ変わって。
ビル群をまるでアメリカンコミックの主人公勢力のように走り、跳躍する4人の影。
「みんな、一人もはぐれるなよ!」
「「「応!」」」
シャルルマーニュの号令と共に、リク、江ノ島盾子、デミックスは戦場と絢爛の都市を走る。
後にこの様子を見ていた救助者たちが、このことを鮮明に話してくれていた。
ある者は12本からなる光が、まるでタコやイカの触手のように迫るクレーンを逆に破砕した、と。
ある者は少年の持つ鍵のような剣から放たれる炎や雷や氷が、此方に迫りくる激流をはじき返してしまった、と。
ある者は美しくも激しい音色と共に放たれる水流が、進撃する光線を誘導する鏡のようなものを破壊し自分たちを守ってくれた、と。
ある者はすさまじい軌道を描きながら空中を泳ぐ弾丸が、竜巻のように迫る独楽状の何かを吹き飛ばしてくれた、と。
その供述の意味を周囲の人間や警察、機動隊の面々は理解はできずともその全てには例外なく真実味があった。
「いいか、助けられる命は助けるんだ!」
「全く!絶望的なムチャ言うぜ!」
と言いながらも、今まさに迫ろうとする、後一度反射すれば人間を焼いてしまう熱線から、その対象たる子供を救って見せた江ノ島。
それを援護するように、デミックスも水の音色を掻き鳴らす。
「江ノ島ちゃん、ちょっと正義の味方が板についてきたんじゃない?」
「るせぇ!若い芽を摘むだなんて絶望的にむごいもの見たら夜眠れなくなるだけだ!」
両者の顔にわずかだが余裕の笑みが出る。
と、その時。
「ウィザード・オブ・バランス・オーナメント!」
突如襲う鈍重な空気の粒子と電子と中性子と重力子。
射程範囲内のデミックスと江ノ島の周囲が一気に"重く"なる。
近くの一斗缶や貯水槽が圧壊され、大気が鉛でできたカスタードのように重く高密度に圧迫してくる。
骨が軋みそうな重圧が2人を襲う。
「これは……重力か!」
『流石気づくのが早いな『女神』。そして死ね!』
再び放たれる女神という名の一言に、江ノ島の顔に渋みが出る。
その刹那、アルキメデスの召喚され迫りくるクレーンの大鎌。
アルキメデスの持つ殺戮技巧が一つ『シラクソン・ハルパゲー』が、今にも押しつぶされそうなデミックスと江ノ島の胴体を真っ二つにしようとする。
『さっきのお返しだ!』
その一声と共に、救いの手は伸びた。
空中から飛んできた砲弾、しかしてその正体は撃墜されたヘリの狙撃手が放った、損傷のないロケットランチャーの砲弾。
当然、魔術の加護がないロケット弾では魔術あふれる英霊の武器を破壊できない。
「こっちも喰らえ!」
そう、ただのロケット弾では。
その背後を追従するようにクレーンを吹き飛ばしたのは、シャルルマーニュの輝剣。
その輝きはクレーンを吹き飛ばしたそのままの勢いで、その奥の陰圧な重力を生み出す天秤をも破壊した。
「大丈夫か2人とも!」
「だらしないぞ!」
リクとシャルルマーニュに起こされる2人。
そして再び、シャルル遊撃隊は疾走を開始した。
「走れ!奴の方角に!あのビルの方に!あのサーヴァントを打倒するために!」
今は答えがなくとも。
正義の味方を名乗るに値する明確な理由がなくても。
彼らは今確かに正義という道を見出し、走っている。
___■が導く、心のままに。
「Epilogue:他が為に」
_新橋 デルタチーム墜落地点
瓦礫と土煙の混じった大気に、空から月明りが僅かに差し込む世界。
その中心で原型を留めたヘリの残骸から、血塗れの男が這い出てきた。
額に傷口が走っており、一目で負傷していると分かる有様だ。
だが痛々しい見た目に反して、その眼には闘志が宿っていた。
「野郎、ふざけた真似を!」
彼はデルタを墜落に追いやったカラクリを目撃していた。
あんなクレーン擬きにやられたと思うと、憤りが止まらない。
湧き出る怒りに打ち震え、漸く立ち上がった彼の眼前。
そこには、幾多もの歯車が立ち並んでいた。
コマの様に積み重なった物、根元に歯車が付いたクレーン状の物。
それはアルキメデスが用意した、殺戮技巧達だった。
「なっ…クソッタレ!」
ガタゴトと無機質な音を掻き鳴らしながら迫り来る殺戮技巧に、男は恐怖を覚えた。
何故なら、それらは全て殺人機械。
人を殺す事に特化した設計であると見抜いたからだ。
そして、そんなものが無数に存在しているこの空間は、まさしく地獄そのものと言えるだろう。
だからこそ。
「お前等、何時まで寝ている!?とっとと起きろ!」
「ヒィ!?た、助けてくれ_」
「助けを乞うな!俺達に出来る事をしろ!」
そう言って一人の兵士を叩き起こす。
叩き起こされた男は、痛みと恐怖で涙目になりながらも必死に立ち上がる。
此処では命の価値が軽い事を知っていた。
そして、そんな価値観を周りにいる無辜の市民に押し付ける訳にはいけない事も。
眼前には、仲間達の屍を乗り越えて迫る鉄の歯車。
それを睨みつけ、彼は手にしたアサルトライフルを構える。
「喰らえぇえ!!」
引き金を引き、放たれたのは7.62mm弾。
音速を超える速度で放たれた弾丸は、一直線に敵へと突き進む。
だが歯車に命中し火花を上げていくも、その勢いが衰える気配は無い。
ライフル弾なぞ歯牙にもかけず、そのまま兵士へ迫っていく。
その様子を見た兵士は顔を青ざめさせ、慌てて銃口を向け直して連射する。
しかしそれでも止まることは無く、寧ろ速度を上げて突っ込んでくる始末だ。
「あぁ、駄目だ…!」
「まだだ!」
最早駄目かと思われたその時、横合いからアナログテレビの電子ノイズが如き暴音が轟く。
業火にも似た火炎を吐き、鉛玉の雨を打ち出すそれは、ヘリ側面に搭載されているミニガンだ。
どうやら、バッテリーは生きていたらしい。
毎秒50発、1分間におよそ3000発の弾を叩き込める鉄の暴力に、さしもの歯車も魔力のヴェールを剥がされ、幾つかが粉々に砕け散って行く。
兵士達はこの隙を逃すまいと、即座に駆け出して残骸の中で立て直しを図る。
落下で、出血で、或いは一足先に起動した殺戮技巧によって死亡した隊員。
それ等を抜いて生き残った隊員をかき集め、陣形を組み直していく。
だが、完全に破壊しきれなかった歯車達は今もなお動いている。
「奴はまだ生きているぞ!総員警戒せよ!」
隊長らしき人物の指示を受け、生き残り達が周囲に銃口を向け、発砲。
そして再びミニガンが火を吹き始め、迫り来る歯車を破壊し始めた。
だが、それでも数が減らないどころか、殺戮技巧が次々と現れる始末だ。
これでは、いずれ押し切られてしまうだろう。
だが、そんな状況であっても彼らは怯まなかった。
「奴を外に出すな!ここで殲滅しろぉ!」
殺戮技巧を外に出せば、その名の通りの惨劇を引き起こすに違いない。
故に、機械人形を引き付け食い止め続ける。
重力がキツくなったと思えば、通りがかった味方と共に元凶である天秤の様な物を撃ったりした。
その結果、多少殺戮技巧の動きは鈍ったのだが。
「くそっ、まだ動いてやがるのか!?」
やはりと言うべきか、あの量が量だ。
逃げ場も無く、下手をすれば自分達諸共全滅させられるであろう状況下。
にも関わらず、諦めていない。
それは正義感なのか使命感なのか。
とにかく、眼前の敵を何とかしようと必死になっていた。
しかし、不運は訪れる。
_カチッ
「クソッ、このタイミングでかよ!?」
弾切れか、バッテリーが上がったか。
何れにせよ、弾薬の供給が途絶えてしまった。
当然の事ながら、最大火力のミニガンはただの重りとなり果てる。
するとどうなるか?
「オイオイオイ、押し寄せてきたぞ!」
「反対側の、繋げられないか!?」
「こっちも駄目だ、びくともしねぇ!」
抑え込んでいた殺戮技巧が、一気に前線ラインを上げてくる。
背後からもまた、同様に。
目前まで迫った殺戮技巧。
最早助かる術は無いかと思われた。
「ボス、俺達は一足先に地獄へ踏み外しそうで_」
「そうはいかん。」
だが、救いの手は差し伸べられた。
聞き慣れ、憧れた声と共に、歯車がピタリと動きを止める。
直後、一瞬の内に何千年もの時が流れたが如く腐食し、次の瞬間には崩壊していた。
その向こう側にいたのは、やはりと言うべきか、スネークだった。
「ボス!」
「待たせたな。」
ドス黒い光が迸るマチェットを携えて、我等が勝利のボス、スネークが来た。
士気は一気にうなぎ登りになり、歓声が沸き立つ。
「お前達、良く耐えた。後は任せろ。」
気付けば、スネークの後方にある殺戮技巧は全て朽ちていた。
そしてスネークと反対の方にも、変化が訪れていた。
「お、おい!空から来るアレは何だ?」
月光を遮って落下してくる、人型の何か。
ヘリの向こう側に降り立つと、ピコピコと音を立てて二足で大地を踏みしめる。
『殲滅モード、移行。』
ミニガンを携え、構える人型兵器。
それは、エメリッヒ達が改良を加えたウォーカーギアだった。
◇
思案。
思考を重ね、飽かず繰り返す。
確かに、皆を送り出した時の言葉は本心だった。
だが今まで自分達が矢面に立って戦ってきた天宮兄弟にとって、それはガラじゃない。
居ても立っても居られず、ついつい辺りを歩いてしまう。
そして。
「使われている電話線、電波塔、全部調べ上げろ!…む、天宮兄弟か。」
「やぁ君達、何だか浮かない顔してるね?ズズーッ…僕のスマイルでも要るかい?」
気付けば、諜報班のいる部屋に入っていた。
縄に縛られながらラーメンを食う不審者が現れた。
ちょっと歩き周ったのを後悔しかけた。
だからだろうか、とりあえず胸の内を開ける気分になったのは。
「あぁ、いやどうもね。待っているのは性に合わなくて。」
「私達、何時も最前線で戦ってきたから。」
「確かに、急に守られる側に立つなんて歯痒い気持ちだろうね。誰だって、守る側でいたい。」
守る側、その言葉が胸に刺さる。
腑に落ちるとはこの事か、と。
次いでアビィは、だけど、と付け足して言う。
「仲間に任せて自分達の出来る事をするのもまた大事なんだ、難しい事かもしれないけどね。」
そう言われても、素直に成れないのが人間である。
自分達で決着をつけようとしたからこそ尚更だ。
だが、不思議と納得してしまう部分もある。
そんな矛盾した思いを抱えつつ。
「…荒縄を食ってなければ様になったのに。」
「あ、道理でわしわしとした食感にオエェーッ!」
「吐くなここで!」
誰も彼もが、他が為に戦っていた。