あなたはだぁれ
サイコロ、振ったんです。運勢試しで。
1が出れば飛ばない。6が出れば飛べる。
それで振ったんです。そしたら4でした。
・・・2から5のこと考えてなかった。
飛ぶか飛ばないか、1か6か。
もう一回振り直そう。
次こそ飛べると思う。
そろそろみんなが眠りから覚めて、
朝の支度をしながらニュース番組を見始める頃。
私のことが報道されるかされないか
1か6次第。
ーーー・・トンッ
え?
あれ??
落ちてく。
まだサイコロ振ってないのに
私の背中押したの
だぁれ??
落ちてく。
嫌にゆっくりに。
死、そんな言葉が頭をよぎる。
下に着くまでまだ時間がある。
確実にと、高い所を選んだのだから。
死…死…死…死…
頭から離れない。
私自身に、死への恐怖心か残っていたことに心底驚く。
サイコロ………
頭の中で何かが弾けた。
私の内面の弱さに改めて気付いた。
私は飛びたかったのではない。
生きたかったのだ。
しかし、何も上手くいかず、生きる意義を見失っていた。
私は生きるだけ邪魔で、社会の穀潰しだと。
いや、穀潰し以下だ。
そう信じていた。
疲れたのも事実。
死にたかったのもまた事実。
そして、最後を運に預けた。
そう思っていた。
しかし、そうではなかった。
私は生きたかったのだ。
生きてて良いと云われたかったのだ。
悲しいかな、私の周りには私の求める言葉を投げかけてくれる人は居なかった。
それどころか、その逆を言われる始末。
それほどまでに、私は無能だったのだ。
サイコロを振ったのは、
神に生きてて良いと言われたかったからだ。
その気持ちを誤魔化し、誤魔化してきた。
でも、もう誤魔化しても意味がない。
もう、私の未来は変わらないから。
私は目を閉じた。
もう私は余命10秒もない。
いったい私に何ができるというのだろう?
私は息を大きく吸った。
最後ぐらいおもいきり笑いたい。
出来損ないの頭いっぱいに風を受けながら、私は大きく口と喉を開けた———
ぐちゃっ。
最後、私の耳に聞こえたのは自分の笑い声ではなく、柔らかいものが潰れる音だった。
これが私の人生の最後3分だ。
今でもよく夢に出てくる。
つい今朝もしっかりうなされたところだ。
私は今、おまけの人生を生きている。
私の飛び降り自殺に巻き込まれた少年の身体を貰って。
この少年はとても美しい。
大きな目に細く高い鼻、厚みのある唇に程よく尖った頬骨。
サイコロの目がハンパだったからなのかもしれない。そういうことなんだろうなあ。
死にきれもしないし、うん、生きてるとも言えない。
でも、これで良かったんでしょうね。ある意味望み通りだったのかも知れません。
その証に、私は今ちょっとワクワクしています。
もと、この体に居た少年には、まあ、申し訳ないんですけど。
サイコロの神様には感謝させていただきましょう。
他人の顔を洗ってリビングに行くと、無骨なテーブルに付箋が一枚、貼ってありました。
「冷蔵庫」
急いで書いたような、癖のある字。だけど、読めないことはない。
油性ペンでそう書かれています。
朝ご飯のことでしょうね。この子の。
冷蔵庫にはラップで包まれたおにぎりが、ごろり。二個ほどあります。
まあ、食べないのも勿体ないので。
あたかも私のためのものであるかのように、贅沢に頂かせてもらいましょう。
しかしなんとも気分の悪い朝ですね。
気を紛らわすためにテレビでもつけましょうか。
たまにはニュースを見るのも悪くない。
そう思って、リモコンの電源ボタンを押したんですよ。
ーーーああ、1だったんですね。って。