魔法の鏡
聞こえて来る声、遠くからでももはっきり聞こえたその声に私は答える。
「私は幸せな夢を見る」
その為に私は眠る。
寒空の下。
凍える雪の中で。
これから待ち受ける世界に胸をときめかせながら。
目が覚めたるとそこには見た事がない光景が広がっていた。
私の名前はユキ。高梨ユキ。普段はアニメオタクの地味な高校一年生の女の子。だけど私には秘密がある。
うーんと、えーっと、あれ、どこ行ったっけ?
あ、あったあった。これこれ。この手鏡が私の秘密の道具。この持ち手の所のボタンを押すと、あら不思議。陰キャな私が陽キャの男の子に変身できるの。ほら、格好まで男の子に!便利でしょ?
この鏡は昨日、学校の帰り道で拾ったの。ちょうど草むらに何か光るものが見えたから近寄ってみたら、こんな風に地面から生えるように手の平くらいの手鏡が落ちてたの。
で、ボタンみたいなのが付いてたから押してみたら、ポンって煙みたいなのが出て男の子になっちゃってた。
そりゃあ始めはびっくりしたよ。でもいつも見てるアニメにもそういう設定があったから、これって夢だよね、て感じでそのまま街を歩いてみたの。
そしたら、普段私になんて興味も示さない同級生や上級生の女の子がキャーキャー言ってるわけ。なんだか面白くなって夕方まで町をぶらついてから家に帰ったんだけど、夢だと思ってたのにいつまで経っても覚めないの。
だから何時もなら出歩かない土曜日のお昼に、こうして賑やかな繁華街まで来たってわけ。
一度やってみたかったんだよね、イケメンになってナンパするの。
繁華街に来てみると1学年上のミステリアス美女、烏丸ひかりがそこにいた。
どうせ今の私は別人だしやってみようかな!
「よっ!彼女、僕とお茶しない?」
しかし烏丸ひかりはこう答えた
「わたくし、女性に興味はございません」
!?
まずい、変身の効果が切れてるのに声をかけてしまった…!
どうやら変身は1時間で溶けてしまうらしい。
夢はいつの間にか溶けてしまったけれど大丈夫。
なぜなら私には魔法の鏡がある。
大丈夫、誰もいないところで変身すれば……
ほら、元通り。
念のため一応鏡で自分の顔を確認してみたけれど、ほら……誰から見てもイケメンの私がここにいる。
私が、再び歩き出せば多くの女の子が寄ってくる。
あの子だってほら、先ほどの出来事なんかなかったかのようにコッチを見ているよ。
ふふ、幸せ。
すっかり虜になっている烏丸ひかりに、ニコリと微笑みをプレゼントしてみた。
彼女は頬を赤らめ、まんざらではない様子。
これが現実だったらいいのに。
そんな事を思っていると、ズキンと頭痛がし、こんな光景が頭に流れ込んできた。
降り積もる雪の中。
その中に、私が独り倒れている。
私はここに居るのに。
倒れている「私」はとても幸せそうな顔をしている。
だめ。こんな所にずっと倒れてたら死んじゃう。
戻って!温かいところに!
そう叫ぶけど、「私」はピクリとも動かないよ。
戻って!ねぇ!戻って!
「私」に手を伸ばすと、私は何かを思い出した。
そうだ。私は────。
またズキンと頭痛がして、魔法の鏡のある世界に戻ってきた。
あれ、何を思い出したんだっけ?
何か、何か大事なことを忘れているはずなんだ。
何だっけ……。
必死に思い出そうとしていると、周りが少しざわつく。
何?と思って周りを見渡すと、さっきまで私の虜になっていた女子達が怪訝な顔でこちらを見ていた。
手鏡(普通の)で自分の顔を見ると、元の顔に戻っていた。
なんで!?まだ1時間経ってないのに!