夢の中で私はいない

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1人目

くそーーーどうしてだ。どうしてできないんだ。

俺は片手で頭を抱えるように髪の毛を掴み、もう片方の手は消しゴムを握りしめる。

「おらおらおらおらおらおら」

苛立ちまぎれに髪の毛を掴んだ手で机の上に置いた紙を押さえ込み、消しゴムで強引に擦り付けた。

「消えろ、こんな駄文消えてしまえ」

先程まで心を弾ませながら書いていた紙には愛しい彼女への恋心が刻まれていた。幼稚でそれでいて必死な文は読んでいてことさらに恥ずかしくなってきた。

違うんだ。俺はもっと……

……もっと……特別で、俺らしいそんな何かを書きたかったはずだった。

2人目

そうだ、こんな調子でどうする俺!
このままでは愛しい彼女に気持ちを伝えるどころじゃないじゃないか。
「あぁー!このままじゃ書けるもんも書けねぇ!」
このままむしゃくしゃしていても何も書けそうない。
「一回、頭の中を整理するか」
そして席を立ち部屋を出て、財布とスマホを持ち、玄関へと向かう。
なんだか無性に外の空気が吸いたくなった。
外に出てみると、夏にも関わらず日中とは打って変わって涼しい風が吹き抜ける。
そして聞こえてくる虫や蛙の音色。
それらは昂っていた感情を落ち着かせてくれる。
「ったく、こんな時間に出歩くなんていつぶりだよ?」
そしてヒヤリとした風が向く方に歩みを進めてみる。
それからしばらく歩いていると終電間際で人気のない駅に着いた。
その駅の外壁に俺より少し年上くらいの青年が持たれたかかって空を見上げているのが見えた。
「こんな田舎の駅でに何してるんだあいつ」
とりあえず話し掛けてみる。
「あのー、えっと。こんな時間なのに何やってんすか?」
青年は俺に気づくと優しく微笑みこう返した。

「僕、自分探しの旅をしてるんですよ。一人で行くあても決めずにね」

3人目

えらくモラトリアムなことを言う少年に、強く興味を惹かれた。

「此処は、旅を始めて何ヶ所目なんですか?」
「どうだったかな、30を超えたあたりから数えるのは辞めましたから」

彼はもう一度空を見上げた。きっとそこに答えはないとわかっているはずなのに。
答えがない……それで言えば今の俺も一緒なのかもしれない。いや、一緒なんていうのも烏滸がましいか。

箸を持つよりも早くペンを持ち、今まで30年以上も文を書き続けてきたと言うのに、便箋一枚分の文字数すら埋められない。そんな自分が情けなかった。

「そんなお兄さんは、此処で何を?」

自責している最中、今度は青年の方から質問が飛んできた。

「俺も、似たようなものだよ。もっとも、君とは違って、俺の方は一生見つからないものかもしれないけどね」
「僕の方もわかりませんよ。本当の自分、なりたい自分なんて、そう簡単に見つけられませんし」

自信なさげにいう青年に、珍しく小言を言いたくなった。

「いいや、必ず見つかるさ。歳はわからんが、若いってことはわかる。自分探しってのはつまるところ夢探し。若い者ほどよく見える」