あああ
騎士になりたかった。彼らの持つ剣は輝くように白く透き通るように光を反射し、呑み込むように敵を見つめている。
彼らの行く先には闇があり、彼らの進んだ後には平和か約束される。
ひとえに国のために。愛する民のために。
俺は騎士になりたかった。彼女は花のように笑い、鳥のように泣いた。空を飛ぶことはおろか、地に立つことすら許されずとも。
とても綺麗な人だった。求められる期待に応えるため自らを削る覚悟を持っていた。
大嫌いだった。許し、苦しみ、傷つく彼女が。全てを受け入れるお前が嫌いだった。
だから、俺は騎士になりたかった。彼女の闇を踏みにじる『権利』が欲しかったのだ。
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大それた夢だ。もはや俺と彼女を結ぶものは何も無い。たったひとつの運命がそれを立ち切った。
「シグナ・ブルーカ、あなたはセレンフォンデール家の正当な血筋である。よってこれより、あなた様をお城へ赴き王位を継承しなければいけません。」
突然だった。騎士を連れた男は豪華な衣装に身を包んでいた。騎士のひとりが男の名をパラキート伯爵と呼んでいた。きっと身分の高い帰属という奴だろう。伯爵はシワの多い顔に黒い影を落として赤い縁で装飾された羊皮紙を読み上げた。
街のものたちは騎士の姿を見て頭を下げている。伯爵と呼ばれ、姫という読み上げから皆が膝を折って平伏しだした。きっと顔には困惑と驚きで覆われていただろう。
そして、俺は1人立ち尽くしていた。シグナと共に。
彼女は俺と同じ平民だ。街で生まれて同じように学校へ行き過ごしていた。特別俺たちは仲がいい訳でも無く、ほとんど会話もすることは無かった。だから、俺の気持ちを彼女は知らない。
「貴様、不敬であるぞ。頭を下げよ。」
騎士の1人が俺を指さして睨みつける。そうだ、俺は今女王の隣で立っている。たかが平民の少年がだ。
「わたし、血なんて知りません。親も王族とは無関係です!」
シグナは困惑しながらも必死で訴えかけた。
「無関係では無い。フォンデール家の血を持つものは大小はあれど国民の大半が持っている。そして現王が死ぬ時、無数の国民の中から王として覚醒するものが一人いる。あなたがそれに選ばれたのです」
伯爵は俺を一瞥し、だがさして興味も持たずにシグナの反応を窺う。
「どうしてそれが分かるのですか?」
シグナが自身の変化を確かめるように身体を見渡した。
「これだ。」
伯爵は懐から透明の石を見せる。それは透明であれど赤く光っている。光は1本の線になってシグナを指していた。
「王を示す線だ。あなたは選ばれたのです。この国に。」
それをじっと見てシグナは言葉を無くす。
「わかっていただけのなら我々と共に来て貰いたい。」
伯爵はシグナを馬車へと誘導するように道を開けて頭を垂れた。
彼女は震える足を上げた。
嫌だ。嘘だ。シグナが王なんて
そんなのあまりにも理不尽だ。
彼女は震える足を上げた。
悔しいのではない。悲しいのだ。俺はあいつが望みもしない王になることを。シグナの夢は栄養士だ。誰もが健康に幸せを感じて欲しいとそう願っていた。彼女は優秀だった。頭もよく器用で人の機微に聡かった。
シグナはほんの少し俺に振り返った。
辛いのだ。苦しいのだ。何も伝えないままに終わることが。
シグナの横顔が映る瞳が全てが止まったように視界に映った。
認めたくない、許せない、自分がここまで愚かだったことが。
振り返ったのは一瞬のことだった。きっと物理的に意味のあったことでは無かった。だから、それっきりこちらを振り向くことなどしなかった。
彼女はもう手の届かない場所にいた。今告白すれば彼女の瞳にどう映る。きっと権力欲しさに見苦しく映ったことだろう。身勝手で身の程知らずな馬鹿に見えただろうか。
違う。そんなのは言い訳だ。もっと奥深くに残ったものがある。不安や恐怖をひっくるめて、俺は彼女に何一つ与えることができない。その輝きを覆い被さる蓋でしかない。女王となった今この瞬間にそれはどうしようもなく突きつけられていた。
そうして馬車と共に彼女は去っていった。ただ、悲しみと痛みを残して。
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俺は知らなかった。この国の王が皆に称賛されるだけの置物では無かったことに。
王に覚醒したものは何らかの使命を背負っている。それは敵対国から国を守るものだったり、自然による災害から立ち直るための指標だったりだ。