その信仰心は誰の為……?

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1人目

私はあなたの美しくお優しい心に引かれました。

私はあなたの美しい見目麗しいお姿に心引かれました。

私はあなたの美しい清らかな声に心引かれました。

私はあなたの為ならばどんなことでも実行いたしましょう。例えそれが反道徳的な行いだとしても。

あなたが白だと言うならば黒も白なのです。

はい、そうです。

私はあなたの敬虔なる信者です。

2人目

男は忠実な奴隷を製造することに成功してしまった。それは男の悪魔的に魅力を兼ね備えた行為、あまりにも生々しく清浄な言葉に毒されていった。

一滴のインクをコップ一杯の水の中に落とすと、あっという間にインクの色が水全体に広がる。一粒だけでは全く透明感に支障はない。だが二粒、三粒、と、続けて容赦なく、何色でもない透明を染め上げようとする。
最終的に、インク壺一杯を零して水を染め上げてしまえば、それはもはやただの清涼な水とはいいがたい。どれほど純真であったとしても、濁っている。


「レーヴよ。そなたは十分に働きました。世を知るものが増えるのは、好いことです」
「はい。まったくその通りでございます」

レーヴの主――名はない、何故ならばレーヴにとって彼はただ唯一の神であるためだ――は、世にも素晴らしい教えを説くため、レーヴに多くの仕事を任せた。

この宗教における教義は八つある。


神はこの世の全ては見ていない。

神はこの世の全ては聞いていない。

神はこの世の全ては知らない。

したがって神は全能ではない。

神は救いを何も伝えない。

神は偉大ではない。

故に神を崇めるのは人の自由に委ねられている。

その神は人の形を取っている。

神は我々に関心があるが、それは神が無力であり、一切の崇高さを持たないためである。



ほんの小さなころ、ただの道端に座り込む孤児であったレーヴはこの神に魅せられた――魅せられてしまった。たちまち引き込まれてしまった。
誰一人としてこの男を気にも留めない中、その御姿を目にした瞬間、幼いレーヴは神を信じた。己の母を殺し、父を去らせ、幼いレーヴを一人きりにした運命を呪う事などなかった。

それよりもレーヴには、他の誰が口にするどんな神よりも、この神のことが信じられた。



そも、神は救わない。誰も救わない。見ていて、聞いていて、救う意志が存在しているなら、この世から悲しみも苦しみも消えている。全くそれだけである。

神は、神を信奉するようになったレーヴに、八つの言葉を伝えた。
神は何も禁止しなかった。神は何も望まなかった。しかしレーヴはそのお傍に置かれることを望んだ。神は否定せず、好きにするように、と、一言だけ言った。

それからレーヴは神に尽くした。神はほとんど何も――はじめのうちは何度も言葉を交わす栄誉を賜れたが、レーヴが街頭に立ち、演説を行うようになってからは、聾唖のように口を開くこともなかった。けれどもレーヴが唯一、信者を増やし、自分の足で歩く同志を作り上げた際にはただ一言言った。

「よくやりましたね」

体がしびれ弾けるような、心臓すらも痛痒に襲われ、脳髄まで侵された。
その言葉を聞けば、信者は皆熱に浮かされた。


神にはごく不思議なカリスマ性があった。ごく不思議というのは、神は殆ど人と変わりない生態であるというのに、その一点だけが全く異なるのである。


そこに立っているだけで、人を狂わし、人を動かし、人を救ってしまう。

それを人は神という。
























男は半ばあきらめていた。この人生に対して何か希望を持ったことはなかったが、それにしても、いるともいないとも知れぬ神に呪われているのかと何度も考えるほど、男の生涯は奇妙極まりなかった。

男がもう物心つくよりも前であった。男の両親、二人は男を「神である」と云った。

幼児であった男は、いつのまにやら「神」になっていた。ただの小さな農村である。どこにでもある古き良き、といえば聞こえはいいが、その実変わったこともなく、本当に閑散とした暮らしを日々細々と営むような閉じた世界であった。

その小さな小さな閉鎖空間で、男は初めて神と成った。


神であることにはもともと疑問を感じていた。その空間の中だけで育った男であったが、多少の知識はあった。普通の人間は神ではない。

人の親から生まれた子は神ではないだろう。
こんな寂れた村に神が生まれるわけがないだろう。
全能だと言われる神が病人の一人救えないわけないだろう。

男は青年になり、独り立ちできるころに村を出た。実に18の年頃であった。


男は名も知らない街に出て物乞いになった、村での「神」という仕事、「神」という生き方しか知らなかった男は、それ以外に生きてゆく方法を知り得なかった。ただそれでも男は良かった。道行く豪奢な装いの金持ちに唾を吐かれようと、市民に邪険に蹴られようと、満足だった。男は少なくとも神から人に繰り下がった。


「神」という肩書以外に名のない男は、しかし、運に恵まれていなかった。

男は不潔な孤児や意地汚い家無し、ずる賢い物乞いの仲間に混じって暮らしていた。それらはグズでのろまでどんくさく、ことばをしゃべらせてもまともではなかった男のことをあまりよく思っていなかった。

しかしあるとき、新しく物乞いに落ちぶれた女が、男を一目見るなり云った。

「このお方は、神である」

気づけば男には多額の献金、有り余るほどの奢侈な飯、豪勢を極めた家が与えられていた。男の望んだものではなかった。

かつて男を見下していた仲間どもにはやはり同じく「神」として讃えられ、祈られ、祀られていた。



男はやはり逃げ出した。

それから、その先で、少年に見つかった。

少年は云った。

「あなたは神様なんですね」

男の答える余地はなかった。
男はとうとう自身の生きている時間には望みを絶ってその場から動けなかった。


少年はよく働いた。男が望みもしない、ごく不真面目、不誠実に作り上げた即興の教えを広め、信者を集め、それらを統治し、男の手足となって生きた。少年が青年となり、男は中年に差し掛かって、男はもうほとんど己の生など諦めに近い思いを抱き続けていた。

男は神に成ってしまう。神でしかないのである。
誰かが、誰かが、男を「神である」と云ってしまうのである。
すると、昨日まで、つい先刻まで、ただの人間であれた男は、あっという間に神の座に座らされてしまう。


男は人である。少なくとも自身はそう思っていなければいけない。

だが男には、人ならざるような魅力が備わっているのも事実であった。
男は、存在感自体は薄い方で、むしろ脚光を浴びる未来など無いかのように思えた凡人だった。しかしながら、一つずば抜けて、周りを跪かせるカリスマ性に満ち溢れていた。


それは男が物を知ることで発揮されるものではなく、

それは男が口を開くことで発揮されるものではなく、

それは男が耳を傾けることで発揮されるものではなく、


ただ、「その場にいる」それだけで、誰かが感じ取る。
感じ取った人間が、男のことを「神」と呼ぶ。
すると男は、あっというまに神として祀り上げられてしまうのだ。