こわいはなしをしよう
うだるような暑さが続く夏、皆様いかがお過ごしでしょうか?しかし、こうも暑い日が続くと生きているのが嫌になりますね。
生きているのが嫌になると言えば、私の地元にはこんな話がありましてね…。
私の住んでいる場所は地図に載ってるかどうかも分らない程ド田舎でして、海と山に挟まれたごくごく小さな集落なんです。
そんなうちに集落には『普通の人は入ってはいけない』場所が二つあります。通称「不帰の山」「不帰の海」と呼ばれる場所で、所謂『そこに足を踏み入れたものは誰一人として帰ってこない』場所なんです。
私も幼い頃に悪さをした際、よく親族に「あんま悪いことばっかしてると、不帰の海か山に捨てるぞ!」と脅されたものです。
さて、そんな『普通の人が入ってはいけない場所』ですが、実は入ることが許される人がいるんです。それは『帰る場所がない人』です。
うちの集落はそういう人が来ることに対して何も言いません。ただそれ以外の人、つまり『帰る場所』がある人が足を踏み入れようものなら容赦なく追い払います。
ん?どうやって『帰る場所がない人』と『帰る場所がある人』を見分けるかって?そんなの簡単です。うちの集落の入り口にはこの集落のまとめ役をしている人がいて、その人に持ち物を全部渡すか否か、それだけです。『帰る場所がない人』はあっさり渡してくれますが、『帰る場所がある人』は大体嫌がりますからね。
そうして持ち物を全部渡してくれた人には海か山の『不帰の場』への道を教え、その人がそちらへ向かえばそれで全部おしまいです。
…え、意味が分からない?そうですか…。ではもう少し詳しくお話ししましょう。
人間は普通死ぬとどうなります?ご遺体を棺桶に入れて、お葬式をして、死体を焼いて、お骨を骨壺に入れてお墓に埋めますね。つまり、彼らの肉体は永遠に墓石という重しの下に残ってしまうんです。それに、それまでに膨大なお金がかかってしまう。
『普通の人』はそれで満足かもしれません。盛大に弔うことで残された人たちの気持ちも少しは浮かばれることでしょう。
でも『帰る場所がない人』にとって、それらは苦痛でしかありません。『帰る場所』が無くて死を選んだのに、無理矢理現世に体の一部を残して永遠に閉じ込められなきゃいけないんですから。
だから、うちの集落はそんな『帰る場所のない人』に『還る場所』を提供してるんです。
『不帰の場』で死んだ人の体がどうなるかご存知ですか?まず、肉食獣が肉という肉を食い尽くすでしょう。食べ残しがあればやがて腐敗し、それを栄養素にする生物に喰われます。そして骨もバクテリアなどによって少しずつ吸収され、やがてそこには何も無くなる。そうして『帰る場所のない人』はようやく自然に『還る』ことができるんです。彼らはそれを望んでこの集落を訪れるんです。
…ここまで言ってもまだご理解できませんか?では、はっきり言いましょう。この集落は現代の『姥捨て』の場所なんです。
現代社会のシステムに馴染めず、生きる権利を失った人たちが最期に行きつくのが『ここ』なんですよ。
…少し話し過ぎたかもしれませんね。まぁ、世の中にはそんな場所もあるということだけ頭の隅に置いておくといいかもしれません。
これで私のお話はおしまいです。さて、次の方のお話を聞きましょうか…。
はい、そうですね。私は後悔しています。その後悔の一部を、少しだけ開けてみましょうか。
もうしわけないですが全てありのままに話すことはできません。これは私と、彼女だけが知っているべき話です。私がこれから語る話は何か所も何か所もぼやかして、匿名性を保持して、誰かに危害などは及ばないように心掛けています。
…万一のこともないと思います。ですから、ご安心ください。
もう時効だと思いたいので、お話させていただいてよろしいでしょうか。
私と彼女は仲が良く、幼馴染として育ちました。それはとある集落出身同士の親だったから、という理由もあるでしょう。単純に隣に住んでいて接点が多い、ということもありましたが。
とにかく、仲が良かったのです。だから集落の実家に帰省するのも、家族ぐるみでの付き合いとなりました。
あの時、私と彼女は高校二年生でした。帰省するのは初めてではありませんでした。
温和な、山間の村の雰囲気も、普段と少し毛色の違う食事、人々の営みを形作る空気、全て好きでした。
あの村には少しだけ奇妙な風習があります。奇妙、といっても、それほど些細なことではありません。
その村の出の人が亡くなると、その人の遺体を焼いて、骨に還すのです。
ここまではどこの地域でも大抵同じですよね。
しかし私の村では、そうして骨だけのご遺体にしてから、ある手順を踏みました。
………
…………
……………
……すみません。
少し、省かせていただきます。
それで、骨をある塚の前に埋めるのです。その塚は村の外れの畑から、枝分かれした小道をずっと行った辺鄙な場所にありました。葬式の際、ご遺体がどれほど腐乱――ああいえ、違います。間違えました。
その遺骨を運ぶのですね。運んで、…埋めます。
埋めるんです。
それから、葬式の際は、着用するのはただの喪服ではありません。奇妙な面と、奇妙な外套を纏います。色が滅茶苦茶に塗りたくられて、顔も模様もあったものではないような、奇怪極まりない衣装です。
それをまとって、一列になって小道を行くのです。一人一メートルほどの間隔を開けて、列をなします。ご遺体の入った棺は、最前列で、その役職を順繰りで担う成人男性と成人女性がそれぞれ一人ずつ担ぎながら歩きます。
私たちが帰省することとなったのは、私と彼女の幼い頃、よく面倒を見てくれた叔母が亡くなってしまったためでした。
叔母の両親は既に亡く、また、私の母も他界してしまっていました。父と叔母の関係はそれほど親密ではなかったので、「最も近しい存在が担う」とされているその役は、私と彼女に回ってきました。
当日は恙なく儀式を終えるはずでした。私は彼女に前をゆずってしまいました。なぜなら前の方が――
名誉な役割、だった、からです。はい。そうなんです。村人の間でも、前を担った人間は祝福され、一目置かれるようになります。ですから。ですから、そうなんです。
儀式は終わりました。彼女は今はもういません。私はここにいます。
…それだけです。
え?
…そうだったんですか。
ああ。はい。ごめんなさい、ちょっと……はい。
すみません。でも知ってたんです。ごめんなさい、私は、彼女に謝りたいです。謝らせてもらえないんです。
エビトだって何も必ず男女そろわなくてもいいでしょう。どうせ食われるんなら同じなんですから。両性を完全ととらえてだとか、どうでもいいです。神なんてそんなものですよ。あれは理解の及ばない存在です。
あなただって知ってるでしょう。あの村出身の者同士なら、暗黙のルールがあったはずです。忘れていませんよね。
私、あの時、腐りこけた叔母の死体を見ました。自分が死ぬとこうなるのだろうか、いつからあったか、なんであんな場所にいるのか、分からない化け物の腹の中でこういう姿のまま居続けるんだろうか、私はいやでした。
助かりたかったんです。文献を沢山漁って、人の話を聞いて、どうにかして助かる方法を知りたかった。彼女のことなんてこれっぽっちも頭になかった。自分の命が危険にさらされてるってことはそういうことだってしりました。
エビトがきちんと生きて帰った例はありますが、そういうのは、必ず後ろの方にいた人間です。
後ろを担う人間以外、前で棺を担ぐ者の中で、生き残った例はあります。
でもそのうち腐敗が進んで駄目になります。私嫌でした。そんな風に死にたくありませんでした。だって叔母だってエビトだったんですよ。母が亡くなって、彼女と同じように前を務めて、生きて帰ったのに。
もう思い出したくもないくらいなんです。
だけど私は自分の命を優先しています。だって彼女に教えようとしなかったし、たぶん、今からあの時に戻れるとなっても後悔しながら、また彼女を犠牲にします。
こっそりくすねてきた面を被って、無事に逃れることに成功しました。棺と共に彼女が食われたところで、皆の注意は私を向いていなかったのでしょう、五体満足健康体のまま無事に過ごしていても、だれも咎める人はいませんでした。
私は彼女を救いませんでした…それどころか、彼女に前を勧めたのは私でした。私は後ろを担ぐことしか頭にありませんでした。
せめて償うなら、彼女との話を一生忘れないことです。
あれのことも、村の風習も、あなたはすぐに忘れたほうがいいです。きっとあの村がある限りあなたは無事でしょう。
誰か、両親だとか、兄弟姉妹だとか、親戚だとか、友人・知人が亡くなったとしても、絶対に帰らないでください。分かっていますね。
調べていくうちに分かったのですが、あの儀式、どうやらあれを封ずるためにあるらしいです。棺の中の贄と、棺の外の贄。どちらも欠かさないうちは繁栄と衰退の防止が約束されています。
儀式できっちりと固まって列を成すのは侮られないための威嚇のようなもので、身にまとう衣装は目くらましだそうです。それなら、最前列に居た私と彼女がただの普段着で参加させられた理由が理解できますよね。エビトが常に衣装を着ないで参加するという仕組みだったことも。
ただの何かです。でもそれの正体は分かりません。いくら調べても、村の資料館で一番古い資料を漁っても、あれが何なのか全く分かりませんでした。塚を建てたのは、誰なのか、いつからあの塚はあるのか、それも知りません。
しかしあの儀式を行わないとあれは暴れだすらしいです。被害状況は過去一度のものが記されているきりですが、古い読みづらい文字で、「何があっても儀式だけは遂行しろ」という意味の言葉が、何度も何度も書かれているのです。
私は愚かでした。今、あの村と連絡は取っていません。父はなくなりましたが、あの村には運ばず、無事に燃やして、埋めました。どうなったかは知りません。分かりたくもありません。
申し訳ありませんでした。
………はい。あ、いえ
ここまで言っておいてすみませんが、
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