Darling
はあ…久しぶりの人間界で生活必需品と魔術に使う必需品をなんとか買えたものの魔女イルナはげんなりしていた。魔女イルナは魔女でありながら処女である。だがその麗しき見た目で老若男女問わず口説かれては必ずと言ってトラブルが起きるのだ。昔は性欲の捌け口にされそうになって尚更人間界に必需品を買う以外では足を運ばなくなったが依頼者や神々や妖精達にはとても愛されていたから特に問題は無かった。
でも何故だろう?偶に心臓が雪が積もった様に寒くて人肌寂しくなるのは?私は魔女になって今まで生きてきたのに…。よく人間達が真実の愛だの最愛の人に会いたいだのよくほざくがその影響だろうか?まあ長居はマスターも迷惑だろう。金を置いて森の中にある家に帰る為箒と自分に透明になる魔法をかけて空を飛んだ。
家の前にフードを深く被った人が居る。どちら様ですか?フードを深く被った人は口を開けて惚れ薬は作れるか?と聞いてきた。あーまたか…。これは困ったな…と困惑して一言すみません惚れ薬は作れないんです。と言ったらフードを深く被った人はそうかと言って何処かへ行ってしまった。イルナは昔から使い魔がいないのと真実の愛を知らないまま生きてきた。秘薬を作る条件は使い魔と魔女の魔力や材料だけでなく真実の愛もいるからだ。だが何故かイルナは使い魔の召喚が出来ない。いいや成功しないのである。だからこそ簡単な頭痛薬などでお金を稼いでひっそりと暮らしていた。…なんだか余計に惨めになってきた…。早く寝ようとベッドでダイブするもなんだかむしゃくしゃするのでダメ元で使い魔召喚をやってみる。我魔女イルナ汝この世界と深き魔の世界を繋ぐ者我が声を聞け!!そして我が世界に共感するなら今こそ此処に我が理と呼び名に応えよ!!だが光もなければ姿すら現れないまた失敗か…なんで駄目なんだろう?
目から涙が流れる。一通り泣いたあとベッドで寝ようとして目を閉じた時だった。くすくすとだれかが嗤っているのだ。誰!?居るなら出てきて!!しかし周りには気配はあるものの姿が見えない。ああ遂に幻聴に悩まされてしまったか…と自作の眠り薬を口にして無理矢理寝ようとした時だった。耳元でこう囁かれた。
ここだよココ。キミは失敗してないよ?成功してるよ安心して?え?目を開く前に自作の眠り薬が効いてゆっくりと瞼が閉じてやっと姿が見えた。イケメンではあるが髪は白髪と黒髪が混ざり瞳は金色に見える時もあれば赤い目にも見える。何処か妖しくも怪しい相手がそこには居た。
ああ、これは夢なんだなぁ。夢なら何を言ってもいいかなと、私と契約して使い魔になってよ!なんて言ってみる。
すると美しくも妖しい姿の青年は、じゃあキミの処女を捧げてよと言う。
夢の中なら構わないかと思いつつ、いやいや、いくら夢でも知らない相手といきなり行為に及ぶのはいかがなものかという疑問が頭の中を過った。それに真実の愛を知らない私とでは失礼なのでは?もっとお互いを知ることから始めてみてはどうだろう。そう思って口にした言葉が、
交換日記をしましょう。
だった。
そこから先の夢の内容はあまり覚えていない。名前さえ聞けなかった相手は頷いてくれたような、はにかんでいるような表情だった気がする。起きたときには只の夢だったのかと思ったが、周囲から私以外の魔力の気配がしたので、私には認識できないがどこかに彼はいるのだろう。
魔女イルナは心なしか嬉しそうだった。
それは使い魔召喚に成功したからではなかった。もちろん、夢の中でイケメンと出会ったからでもない。
交換日記……もう忘れるほど昔に友人達と交換日記をしていた記憶がある。日々の何気ない事を綴るだけなのにどんな事を書こうか、どんな返事が書かれているか、普段会っている相手なのに、日記が手元に戻って来たときは期待に胸を踊らせていた。そんなささやかな思い出だけれど、輝いていたあの頃。懐かしいな。なんてね。
新しい事を始める時はいつだって楽しい。
そして全く知らない相手と交換日記を始めるなんてちょっとドキドキするのだ。
そうだ、日記帳を買いに行こう。
可愛くてお洒落なのがいいな。イルナは行きつけの魔法雑貨店へと足を運んだ。
カランカランと入り口のドアが音をたてて開くと、ほんのりと優しい甘い香りがした。
この魔法雑貨店では入り口が二つあり、こちら側からの入り口と、もうひとつは人間界へと繋がっている入り口がある。もちろん、互いには行き来出来ないように魔法が施されている。
人間界からも客が来るようだが、互いが交わらないように上手く魔法で仕切っているそうだ。店主は扉がある所ならどこへでも繋げる事ができると言っていた。便利な魔法だ。それもあってか、雑貨店には異国の変わった雑貨も置かれている。じっくりと眺めていたいが、まずは日記帳だ。
雑貨屋の一角にある、日記帳等が置かれている棚へと移動した。交換日記と書かれたpopが目に入った。一口に交換日記と言っても様々である。直接相手に渡すものから、離れた場所にいる相手でも交換できるものや、メロディや香りを詰め込めるものまである。
無難に黒猫のイラストが描かれた日記帳に手を伸ばしたが、普通の日記帳でもいいのだろうかという疑問が浮かんだ。夢の中でしか会ったことのない相手と交換日記なんて果たして可能なのだろうか?そもそも相手は本当に存在するのか。
日記帳の前で漸く悩んでいると、見かねた店主が声をかけてくれた。
私は身振り手振りでこういう相手と交換日記をしたいのだと拙い説明をすると、店主は分かってくれたようで一冊の日記帳を手渡してくれた。ずしりと重い日記帳には魔力が込められており、不思議と心が踊った。
いい買い物が出来たと、足取りも軽く家路につくと、またもや昨日のフードを被った人が玄関の前に佇んでいた。どうだ?惚れ薬は作れそうか?と。