ずっと、君を見ている。
ずっと、君だけを見ていた、僕はいつだって君のそばにいたんだ。
「...おはよう!」 午前7時半、ミカゲはいつも通り玄関の鏡に対してそう言う。
鏡の中の彼女は今日も変わらずそこにいるだけなのに、それでも毎日挨拶をするのだ。
僕は彼女のこの行動が好きだった、なんだか僕にも話しかけられているような気もしたからだ。
もちろん、挨拶の練習なのか…一度ではなく、何度もするのだが。
「よし!行ってきま〜す!!」彼女は練習に満足したのか、
高らかな声でそう言うと駆け足で学校へと急いだ。
「…ミカゲ、今日も頑張って!」 僕はいつものようにそう声をかけてから、
その後ろをついていく。これが僕の日課だ。
彼女を見守り続けること十数年…僕は彼女のことを未だによくわかっていない。
なぜなら、僕は彼女と直接会話をしたことがないからだ。
それに、彼女に僕の声が届くこともない……だって、僕はミカゲの影だから。
僕は彼女に認知される日はきっと来ないんじゃないかと思う。
だってそうだろ?日常の中で大きな建造物の影を気にする人はいても、
自分の影を気にする人はいない。
せいぜい、日差しの強い日にちょっとだけ影を視認して終わることが多いでしょ?
僕は影だから…彼女を照らす光によって姿を表し、
姿を消すから余計に日常では認知されづらい存在だ。
彼女が僕を確実に捉えた瞬間なんて、数える程度。
こんなにも密接なのに、彼女は僕を認知しようとしない、僕を見てはくれない。
僕の足は大抵、ミカゲの足とくっついていて彼女のように自由に動かせることはできない。
言葉を発しようにも、僕には人間みたいな声帯はない。
だから今、僕ができることは彼女を見守ることしかできないのだ。
幸いにも、僕はミカゲのことが嫌いなわけじゃない。
むしろ、ミカゲはいつも慌ただしく日々を過ごしており、
見ているこっちまで心配になりそうなくらいだ。
そんな彼女を陰ながら見守る僕としては、もう少し落ち着いて欲しいというのが本音である。
でも、彼女の笑顔を見るとそんな考えも吹っ飛んでしまう。
彼女が笑うだけで、僕まで嬉しくなって幸せな気分になれるんだ。
……だからこそ、僕は彼女を見守ることにした。
ただそれだけの理由だけど、それが僕の生きる意味でもあると思っている。
「ふぅ……」教室に着くとミカゲは自分の席に座って息をつく。