非公開 天使と悪魔と井の中の鳥
ああ、最悪。
机上には靴底や汚いマッキーペンの字で書かれた暴言の数々。廊下から聞こえる潜めた笑い声や無言の注がれる憐みに満ちた目。全てが不快極まりない。
濡れたボロ雑巾で机を擦り続けながら考える。この教室と言う空間はまるで鳥籠……いや井の中と言ったところだ。
やけに脳も金もあるグループが自分たちを中心に地球は回ってるかの様に高笑い、彼女らの下僕かの様にクラスメイト達はヘラヘラとやり過ごしている。
そして女王様たちはご趣味である飼いネズミ遊びに興じているのだ。
ネズミはこの女王達の興味が薄れるまで、摘まれ弄られ潰されなければならない。
ああ、もういっそ
「死んでしまいたい?」
聞きなれない中性的な声が私の耳をくすぐり、思わず顔を上げる。教室はまるで時計の針を止められたかのような静寂と異様な光景に包まれていた。いや、実際壁に掛けられた時計の針はピクリとも動いていなかった。そんな中で声の主は平然と私の顔を覗きこんでいた。
濡れ烏色の髪に頭部から生えた角、ダブルスーツに身を包んだ体の背にはコウモリの翼、腰元に尖った尾。まるで悪魔だ。
「ご名答!」嬉しそうに赤い目を細めながら悪魔は優しく微笑む。
「僕は見た通り正真正銘悪魔だよ。君の叫びが聞こえて来てみたんだ。ご不満だったかな?」
ハスキーな声と滑らかな口調を共に私の冷えた手を両手で包む。口をつぐみ首を横に振って見せると悪魔は満足げに言葉を続けた。
「そこで僕から提案があるんだ。君は可愛くて賢くて強い女の子だ。だからあいつらの事で気に病んで、今死ぬのはもったいない。井の中の蛙をぐちゃぐちゃに潰しちゃうんだ」
悪魔がパッと手を離すと私の手の中には黒の小瓶が入っていた。
「これを飲めば君の人生はあっという間に変わるのさ。その代わり君の大切なものを1つ僕が勝手に貰うから。でも安心して。命なんかは取らないからさ?」
もはや失うものなど何もない。悪夢の様な興奮を飲み込むように恐る恐る蓋を開ける。むせ返りそうな甘い香りが私の鼻をくすぐった途端、バチンと熱い痛みが手に叩き付けられ指の隙間から小瓶が零れ落ちる。
悪魔が溜め息交じりに私の横に立つ存在に白けた瞳を向ける。