男子高校生は復讐に利用される

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1人目

藤原拓海は平凡な日常を送っていた。ある日、彼は帰宅途中に突如として誘拐されてしまう。目隠しをされ、手足を縄で縛られた拓海は、恐怖と不安に包まれた。
拓海が目隠しをされたまま、車に乗せられる。数時間のドライブの後、車は止まり、拓海はどこかの建物に連れて行かれる。目隠しを解かれた彼は、そこにいた男に驚愕する。それは、まさにイケメンと呼ぶにふさわしい容姿を持つ男だった。
男は無言で拓海を椅子に縛り付けると、彼の目の前にあるパソコンを操作し始める。やがて、画面にはとある動画が流れ始めた。その動画では、一人の制服姿の少年が椅子に縛り付けられていた。そして、その少年の顔には見覚えがあった。
「……海斗!なんで!?」
そう。画面の中で椅子に縛り付けられている少年の名前は佐藤海斗。拓海の幼なじみだ。
「お前を誘拐すると同時にこいつも誘拐した。理由は簡単だ。復讐するためだ。」
「復讐?」
「ああ。俺の人生をめちゃくちゃにしたお前らの親にな!俺はあいつらに復讐するために、まずは手始めにお前らからってわけさ!」
男の目は狂気に満ちていた。
この男にとって、拓海や海斗は復讐のための道具に過ぎないのだ。
「ふざけんなよ!そんな理由で俺たちを巻き込むんじゃねえよ!」
「うるせえんだよクソガキがっ!!」
男が机の上にあったギャグボールを拓海の口に無理矢理嵌める。
「うぐぅ……むぐうううう……」
「いいか?これからお前らは俺達に協力するしかないんだ。逆らうことは許さないぞ。もし逆らえばどうなるかわかっているだろうなぁ?幼なじみが殺されたくなければ大人しく従え。わかったか?」
「ふーッ!!ふーッ!!」
拓海が激しく首を縦に振ると男が拓海が縛り付けられている椅子を持ち上げ、海斗が監禁されている部屋に運び入れた。
(海斗、良かったまだ無事で!)拓海は海斗が生きていることに安堵し、同時に海斗を守るためにも今は言うことを聞くしかないと判断した。
そして海斗にもギャグボールがつけられた。
「よし、これで準備完了だな。じゃあ、大人しくしとけよ?あと、お前らが逃げないように部屋のドアの前に見張りを置いておくからな。まあ、仮に逃げたところですぐに捕まえられるけどな。」
こうして、拓海と海斗は捕らえられてしまった。

2人目

 拓海は男の姿が消えるのを待つと、ふっと小さく息を吐いた。誘拐という日常を大きく崩壊させる出来事が彼の脳を激しく動揺させ酷く狼狽させていた。落ち着こうにも、口を塞ぐギャグボールの存在と椅子に縛られた状態ではまともな思考を働かせるのは難しかった。
 画面越しに見える海斗の様子は、拓海よりも幾分か落ち着いて見える。いや、あるいは既に意気消沈した後なのかもしれない。
 助けが見込めない今、彼らに出来る事は思考する以外にないのだから。

「(しかし、妙だな)」

 拓海がその考えに至ったのは誘拐されて十分が経過した頃だ。
 というのも、彼が男の発言の矛盾に気が付いたのである。

『ああ。俺の人生をめちゃくちゃにしたお前"ら"の親にな! 俺はあいつらに復讐するために、まずは手始めにお前らからってわけさ!』

 拓海は仮にも海斗の親友である為、彼の家事情にも詳しかった。彼の記憶通りならば、海斗の両親は既に三年前にとある事件をきっかけに他界しており、以来彼は一人暮らしを続けている。

 拓海と海斗の仲が深まったのは、一人暮らしの彼を支える為のある種、結束という意味合いが強かったように思える。毎日の食事等、一介の高校生である彼の負担を鑑みて、拓海の両親が気を利かせて度々家に招待し、食事を共にする事が多かった。

 となると、一気に男の動機が不鮮明になる。まさか、死人に復讐等という大それた事を考えている訳でもあるまい。ならば男は三年前から、情報が止まっているのだろうか。

 海斗はこの事実をどう考えているだろう。

 いや、それよりも。
 一人暮らしである海斗を攫った事が変ではないか。

 誘拐に当たって、まさか男が偶発的に起こした事件でない事は明白だ。部屋には見張りを立てているという発言もあったし、この事件にはやはり計画的に行われた事。

 ならばその過程で、彼が一人暮らしであると察するに至らなかったのだろうか。海斗は商店街のタイムセールには欠かさず行き、日々の食費を浮かすように努めていた。

 炊事に限らず、洗濯や掃除といった家事も全て独力。
 その片鱗すらも、男は掴めなかったというのか。


 人は極限状態になると逆に思考が加速する。
 生存本能が掻き立てられた故なのか、折角ならば学校で受ける試験にもこれ程の思考力を発揮してほしいものだと、拓海は自嘲気味に嗤った。

 海斗。彼は何かを隠している。
 具体的には、三年前。彼の両親を死に至らしめた事件。

 それと今回の誘拐事件は深い関わりがあるように思えた。

 □■□

 理知的な双眸で、あれこれと思索する親友の様をディスプレイ越しに眺める海斗は、ほんの少しだけ表情を和らげた。
 彼は昔からそうだった。彼は想像以上に頭が利くのに試験では上手く結果を残せない。燻った天才を見ているようで、常日頃からもどかしさを感じていた。

 彼が海斗の事をどう考えてくれているか、正直のところ分からなかった。三年前の悲劇に遭遇し、若くして両親を失った。その分の悲しみを共に背負ってやろうとそんな細かな気遣いが、彼の発言や態度、至るところから感じられたのもまた事実だ。

 しかしながら、内心では少し面倒に思っていたかもしれない。結局のところ、他人の本心など心理学に精通し、読心術を極めておくか、はたまた悪魔にでも魂を売らなければ分かりえないのである。

 それを知ろうとするのは、傲慢。
 神に至らぬ人の業とでも言うべきか。

 凝り固まった身体を解し、背筋を伸ばす。
 緩くとはいえ、四肢を拘束し、更には口の自由まで奪われていては満足に背伸びすら行えない。刹那の不自由性さえ、彼は許容出来そうになかった。

 その時、建物の外から何やら車が止まる音がした。

 そうか、もうそんな時間か。
 海斗は思い至ったように部屋のドアを眺める。

 男が拓海を誘拐してから一時間弱。
 拓海と海斗がいる建物を往復する時間には十分な時間だろう。

 扉が僅かに開かれる。
 まるで突き入れた刃物の如く、闇に包まれた部屋に光が差し込まれていく。外には、黒塗りの車から男が降りている様子が確認できた。

「随分と惨めな姿じゃないか」

 男は揶揄うようにして言い放った。
 これは一種のゲーム。彼にとってはそうだ。

 まるでチェス盤の駒を動かすような、遊戯に等しい時間。日常を謳歌する一介の高校生に過ぎない彼もこの瞬間に至っては、ただの道具に過ぎないのだ。

 男はゆっくりと海斗の傍に腰を下ろす。冷えたコンクリートの床。ざらついた砂塵をひと撫でして、男はチッと舌打ちする。汚れるのを嫌って、彼は再び立ち上がった。

「さて、と。一時的に共有は切っておく。その間に、お前の大切な親友がどうなるかなぁ……楽しみにして待っとけ」

 画面の中で、拓海が暴れているのが分かる。
 目の端に涙さえ浮かべていた。

 海斗はこんな状況ながら、少し涙腺が緩んだ。

「いつまでそんな面してんだ?」

 男は酷薄の笑みを浮かべている。
 海斗を睥睨し、ややあってギャグボールを取り除く。


「友達ごっこはおしまいか?」
「そうだね。ありがとう、"兄さん"」

 男、佐藤裕也は鼻を鳴らす。
 全くとんだ茶番だ。

 繰り返そう。これはただの遊戯に過ぎない。
 復讐と言う名の、遊戯だ。

 人生をめちゃくちゃにした佐藤家と藤原家の家族。燃え滾るような怒りを抑え、されど熾り続けた炎は遂に、彼らを行動へと至らしめ、かくて誘拐は成立した。

 男子高校生は復讐に利用される。
 それは決して「達」ではない。

 この遊戯の主催者は、親友という肩書を超えて復讐に身を窶した男の物語。

 これ程大掛かりな仕掛けだ。
 楽しまずにはいられない───。