宝くじが当たった話
「15組の154649……」
俺は何度も紙に書かれた数字と、発表された数字を照らし合わせていた。
間違いない。
1等3億5千万が当たったのだ。
先日、仕事帰りになんとんなく買ってみた宝くじ。まさか当たるとは思ってもいなかった。震える手でもう一度確認してみたが、やはり数字が一致している。
「夢じゃないよな」
自分のほっぺたをつねってみるが、ひりひりして痛い。
俺には昔から夢があった。それは映画を作ることだ。
学生時代は自主映画を作ったりして、賞を取ったこともあった。といっても県内の小さなイベントだったが。それでも自分の作品が評価されたのは素直に嬉しかったし、自信にも繋がった。
しかし、映画を作っていくにつれ、自分が作りたいものと観客が求めているものが乖離していった。何を作っても納得がいかなくなってしまい、とうとう映画作りをやめてしまった。
就職して、映画作りとは縁がなくなったが、最近昔の友人と会う機会があり、思出話に花が咲いた。あのころの輝きをもう一度取り戻したい。
そう思っていた時に宝くじが当たったのだ。
資金は3億5千万だ。
これなら映画が作れる。
俺が作る映画のジャンルは……
アクション映画だ!
すごい派手なスタントでアカデミー賞を総ナメにするぜっ!とにかく舞台を用意する。
高層ビルがいいな。
ビルがテロリストに占拠され、主演俳優がテロリストどもをボコボコにやっつける。
最後はビルを爆破するんだっ!
超ド派手な映像が撮れるぜっ!
主演はもちろん、俺だ!監督も俺だ!
そういうわけでビルを買った。そうしたら金がなくなった。
しまった。俳優を雇う人件費がない!どおしよおおお!
とりあえずビルを爆破し、その映像を撮影した。
しまった!ビルを爆破したら、ビルの内部の映像はもう撮れない!
ああああどうしよう!もう金はない!俺は終わりだ!死ぬしかない!
「はっ……! なんだ、夢かよ」
俺は全身の興奮が冷めていくのを感じた。宝くじをバチ当てした挙句、ビルを爆破して一文無しってどんな悪夢なんだ。
「なんだよ、期待させやがって」
俺は、夢のことを忘れて顔を洗った。その時、横にあったデジタル時計がふと目に入った。
あれ?
「うそだろ……時間が戻ってる?」
デジタル時計の表示は、間違いなく"宝くじ"を見たその時間に巻き戻っていた。
そして、机には無造作に置かれた私物の中に、15組の154649と書かれた宝くじの紙がある。
俺は急いでスマホを開け、1等の数字を確認した。俺はやはり、1等を当てていた。
あれは果たして本当に夢だったのか。あまりにも鮮明だった。宝くじを持った時の紙の手触りすらしっかり覚えている。
夢の中の俺は、高額当選者に対して送られるという注意喚起の冊子をもらった。
お金の取り扱いやプライバシーについてのお知らせだったはずだ。
だがそんなのは、テレビ番組か、実際に当選した人しか知りえない話だ。一方で、今回もその冊子をもらうという気がしてならない。
しかし疑問は残る。なぜ俺はタイムリープしたんだ。夢が夢ではないと仮定すれば、俺は時間遡行をしたことになる。あるいは、そもそも俺が観測する今すらも、夢なのだろうか?
俺という人物が存在するのかさえ曖昧だ。それはある意味で俺自身がシュレディンガーの猫にでもなったような気分だった。
「まてまて、落ち着くんだ俺……っ」
タイムリープ説が正しいなら、そのトリガーはなんだった。俺は夢の最後を思い出す。
『ああああどうしよう! もう金はない! 俺は終わりだ! 死ぬしかない!』
俺の夢が完全に潰えたときだ。映画をつくるという希望が完全に途絶え、死ぬことすら考えたほどの絶望を味わった瞬間───、
───俺はこの世界に戻ってきたんだ。
「なら、ならば……だ。俺の仮定が合っているなら」
俺は震える手で、1等の宝くじを持ち上げた。
両手で紙の端を持ち、力を込める。
試したい。まるで悪魔の実験だ。
知りたいという欲求に抗えない。
「うりゃあっ」
俺はビリビリビリッ、と宝くじを破った。
……。
「はっ……! なんだ、夢かよ」
ん、さっきのは夢か?
違う。また、俺は戻ったんだ。
これは、俺の夢が叶うまで続く、
タイムリープだ……!!!
宝くじを確認すると、15組の154……、いや違う。よく見ると13組になっている。
なんだ、やっぱり宝くじが当たった夢を見たのか。夢の中で夢だと認識する事を何て言ったっけな、なんて思いながらスマホで当選番号を確認してみる。
「え……?」
1等の番号が13組の154649と書かれていた。数が減っている?
さっきの夢では15だったような?いや、あの時は混乱していてしっかりと確認していなかった。14組だったかもしれない。
俺はもう一度宝くじをビリビリに破いた。
「はっ……! なんだ、夢か」
そう思ったが、俺は宝くじの当選番号をもう一度確認してみる。
12組の154649になっていた。
やはり数が減っている。恐らくこれは俺がタイムリープできる残りの回数なんだ。あと12回か。
なんてこった。無駄に何度も破いてしまった。
だが、このタイムリープできるという設定は映画でも使えるぞ。主人公はテロリストと戦うが、倒れても自身の能力でタイムリープし何度も甦るのだ。だがしかし便利な能力には大きな代償がつきもの。そう、時間が巻き戻る度に徐々に世界が崩壊していくのだ。
目の前の命と世界を天平にかけるんだ。
そうだ、ダブル主人公もいいな。
途中で華麗なダンスシーンも入れて盛り上げるんだ。
ダブル主人公で、劇中にミュージカルじみたダンスシーンがある、アクション映画。
その言葉と共に、俺の頭には一つの映画が浮かんできた。
『LLL』
2022年に発表されたインド映画の大傑作。
舞台は1920年のインド。使命の抱える若者、インド人のピームとマーラが、英国の支配に立ち向かうという物語だ。
ぶっ飛んだド派手なアクション、神話を基にして重厚に作られた濃密なストーリー、インド映画特有のコミカルな雰囲気と勢いの強さ、全編三時間の超大作だが全く胃もたれしない、コメディだけど壮大で泣ける、俺が今まで見た映画の中でも五本の指に入るくらい面白い映画だった。
手が震える。
そうだ、俺は、インド映画が作りたい。
ーーー開演ブザーが聞こえた気がした。
古い映画館の幕が上がるときのあの熱、それが、心臓の奥からせりあがってくるようだ。
俺はいてもたってもいられなかった。なに、どうせまた何万回と繰り返す命だ。
金に構う必要なんかない。
目にもの見せてやろう、映画界にまた『LLL』のような衝撃を与えてやる。
それまでなんど失敗してもいい、繰り返してもいい。
宝くじを換金した。憧れの地を夢見て。
さあ、今こそ
行こう!インドにーーー!
8月のインド、暑くはない。スコールのすぐ後だからってだけじゃない。ここがインドで最も高いビル、PLムンバイの屋上だからだ。
俺は最初、宝くじを破ると時間が戻ると思っていた。しかしそれでは俺が記憶を保持していることと矛盾する。時間が完全に戻るならば、俺の記憶も戻っているはずだ。つまり、俺は過去の世界という未来に行っていたのだ。過去の事実を変えることも、元の世界に帰ることも、二度と、できない。
10年前インドに来てからの俺は失敗続きだった。その度に俺は宝くじを破き、新しい過去の世界へと逃げた。無くなった金は戻ったが、映画監督としての自信は戻らなかった。
俺は、4年前に観た映画を"盗作"した。観ただけじゃない、スタッフとして関わっていたから大体のことは分かっていた。宝くじを破き、俺が監督としてその映画を撮った。
売れに売れた。それはそうだ元の映画はアカデミー賞を獲っているのだ。売れて当たり前だ。全く同じ映画を作ったのだ。脚本はもちろん、キャストも同じ、スタッフも同じ、撮影時期も場所も同じ、エンドロールは監督以外、全て同じ名前だった。
それなのに、私の映画がアカデミー賞を穫ることはなかった。
わからない。
どうして俺じゃ駄目なんだ?何もかも同じようにしたのに、なぜアカデミー賞を取れない?
わからない。俺はもう、映画に対する情熱も失ってしまっていた。
金ならある。売れた映画の監督という立派な名声もある。
でも心は満たされない。なぜだ?
……。
ああ、そうだ!俺はアクション映画が撮りたかったんだった!
ヒット作を作り出すことに躍起になっているうちに忘れていた。これじゃあ、金が無くて諦めたあの頃の自分に失礼じゃないか。
今度こそ俺の作りたい映画を勝手に作らせてもらおう!
俺は俺が新しく生まれ変わるのに相応しい新天地を探し求めて、パソコンを開いた。
俺がまず調べたのはイタリアだ。
あそこなら綺麗だし、いい映画を撮影できるだろうと思ったからだ。
それから少し、色々な場所を調べたが、イタリアがいいと思ったので準備をして、イタリアに行くことにした。
イタリアではいい映画は撮れるのだろうか。
俺には映画を作れるのだろうか。
そんな不安もあったが、イタリアに行った。
イタリアは綺麗だった。これはアクション映画には向いていないのかもしれない、と思ったほどだ。
でも、来たからには映画を作ってみようと思う。
まずは、アクション映画が撮れそうなところを探してみる。
俺はイタリアの端から端まで探した。
すると、一箇所だけアクション映画が撮れそうなところがあった。
そこは、名前も聞いたことがない街だったが、ここにいると、映画の構成がすごく思い浮かんできた。
早速この町のことをパソコンに書いてゆく。
どんな建物があるか、どんな料理があるか、アクション映画に使えそうなものはあるか。などだ。
この町の料理は美味しかった。これはアクション映画にせよ、他の映画でも使えるな、と思うほど美味しいのだ。
そして俺は宿を3日ぐらい借りて、今日のことの整理と、映画の構成を考え始めた。