と、言う夢を見た。
ぽつぽつと街灯が立つ一本道を荒い息を立てながら駆けて行く。
背後からは怒声とサイレンの音が少しずつ迫って来る。
先には白いドアが道を塞ぐ様に佇んでいる。
右手に握った銀色の鍵を確かめ、私はさらに足へ力を込めた。
あと少し。あとほんの少しと、ドアに掛けられた錠へこの右手を突き出せば、鍵が穴に突き刺さった。
サイレンの音が背後まで迫る。勢いのまま鍵を回す。
ふっと目を開けると、見慣れた天井があった。
「夢か……」
安堵の息と共に乾いた声を押し出した。SFものの観すぎかなと、ぼさついた髪を掻きながらベッドを下りる。
僅かな隙間から光が差しているカーテンに手をかけた。
カーテンの向こうからは都会の音が聞こえてくる。
調子のいい車の排気音、怒鳴るクラクション、優しい信号機のガイド、何を言っているかも判別できない人々の声、そして幾千万の無機質な足音。
一瞬躊躇ってから、意を決して勢いよくカーテンを引き開けた。
眩しい朝日に目が眩む。ぼんやりしていた世界が解像度を上げてどっと流れ込んでくる。
——いつもの朝だ。
何も考えずとも体は動いて、朝のルーティンを遂行する。その感覚はまるでこちらの方が夢の中であるかのようだった。
歯を磨きながら掌を見下ろす。鍵が鍵穴にはまる小気味よい感覚が生々しく甦った。
——本当に夢だったのかな?
疑ってみようとして、やめた。そんなの考えても無駄だから。
窓の外を見れば、のどかで危うい平和ボケした世界が広がっている。
これが私の現実。つまらない世界で毎日決まったルーティンを繰り返して死んでいくのだ。
そうしているうちに〝朝のルーティン〟が終わった。
私は上着を引っ掛け、何の変哲もない鍵束を無造作に取って、軋むドアを押し開けた。
ドアの向うの玄関、そこで男が死んでいた。
刃物でめった刺しにされ、新鮮な血液が、つぶれたトマトのように体中からあふれ出していた。
次の瞬間、玄関のドアが開いた!
「ちわぁーっす!三河屋でぇーす!」
三河屋が御用聞きに入って来た!彼は中に入るなり、玄関の死体を見て硬直した。
「ひっ、こ、こ、殺した!人殺し!」
「ち、ちがう、私じゃない!私じゃない!」
「警察!警察!誰かぁーっっ!!!」
三河屋は大声をあげながら外に飛び出していった。
まずい、奴の口を封じなくては!
私は急いで自室に戻ると、愛用のニューナンブ(ピストル)を取り出し、安全装置を解除した。
そして、窓から狙いをつけ、往来で大騒ぎする三河屋を狙撃した!!!
弾丸は正確に三河屋の前頭葉を貫いた。
三河屋は派手にすっころぶと、手足を交差させたまま、二度と動かなくなった。頭部から赤いものが流れ続ける様は、まるで穴の開いた樽からワインがこぼれているようだった。
ふっと目を開けると、見慣れた天井があった。
「夢か……」
当たり前だ。いくら一人暮らしの女性といっても、ピストルを愛用したりなどしない。
ここはアメリカではなく現代日本で、私はその中で平凡で面白みのない日々を咀嚼して生きている一人の女でしかないのだ。
私は夢で一度やったようなルーティンを、現実でも淡々と遂行する。
一度、夢で同じことをしたからだろうか。いつもよりそれがつまらなく、薄っぺらいものに思えた。
しかし、"いつもよりつまらない"というこの感情はむしろ、毎日当たり前に行われる"朝のルーティン"に鈍い刺激を与えているのも事実なのかもしれない。
悪夢は勘弁だが、たまにはこういうのも悪くないのかも、なんて。
歯を磨きながら掌を見下ろし、苦笑を漏らす。銃を撃ったときの感覚が、生々しく蘇った。
───もし、夢であったならば。
何故、一度も撃ったことのない銃を持った感覚が残っている?
何故、興味のないピストルの種類の名前が夢の中に?
何故、夢の内容を鮮明に覚えているのに、吐き気はおろか、あの夢に対して何の感情も抱いていない?
疑ってみようとして、やめた。そんなの考えても無駄だから。
ふっと目を開けると、見慣れない暗くて無骨な天井があった。
その天井からは大きくてカラフルな照明がいくつもこちらを照らしており、眩しくて私は目を擦った。
「テレレレレー♪テレレレレー♪」
何度も耳にしたことのあるギターのメロディが耳に入ってきたが、何の曲だったかは思い出せない。
なんだっけなと思いながらふと横を見ると、そこにはやたら横幅の広い白く光る階段があり、その脇の左側には何やら観客のような人々が座っていた。
そして歓声に包まれながらどこかで見たことのあるような気がする人が何人も階段を降りてきたが、眠くて目を擦ってもよく見えない。
そして最後に降りてきたスーツにサングラスの男を見て私はここがどこか悟った。というより思い出した。
「こんばんは。タモリです。」