プライベート 風船ラプソディ
道端で、風船をもらった。
私は通学路で、途方に暮れてしまった。だってこれからアイス屋さんに行こうと思ってたし、そういえばシャーペンの芯も買いたいんだった。
私に風船を渡したのは5歳くらいの男の子。飽きちゃったの、と一言告げて、押し付けるように風船を渡し、そのままどこかへ駆けて行ってしまったのだ。
突然のことに動揺し、立ち尽くす。そばを歩いている人たちも、私を異様な目で見て通りすぎていく。ああ、どうしてこんなことになったんだろう。
そんなふうに思いながら私は風船を持っているというご機嫌な現状とは裏腹に顔をゆがませていた。
この状況をどうすればいいのか分からない。風船はヘリウムガスが入っているから飛ばしてしまえばなんら問題は無いのだが、私の中に少しばかりある男の子に対しての気持ちがそれを食い止める。ただ風船をずっと持って歩いてるのは如何せん視線も心も痛い。
あの男の子のように誰かに押付けたいがそんな勇気も私はもちあわせていない。
仕方なくそのまま歩いていたら、ふと、道端のアンティークショップの、ショーウィンドウに目を惹かれた。こんなところにこんなお店あったっけ? 中を覗くと、真っ赤なドレスを着たかわいいお人形がいた。私は何故か、どうしてもそのお人形から目が離せなくなってしまった。私の持っている風船と同じ赤のドレス。ウェーブのかかったブロンドに、ガラスみたいに青い瞳。私はなんだか、このお人形にこの風船を持たせてみたくなった。
私は意を決してお店の中に入った。お店の中は人は居ないもののその寂しさを感じさせないくらい色々なものがありキラキラしていた。
様々な時代のものがこのお店に所狭しと詰め込まれているように思えた。
そして私はショーウィンドウの方へ視線を移した。
「何かお探しかい?」
後ろから優しげな声が聞こえた。私は驚き後ろを振り向くと男性が立っていた。
年齢は見る限り60歳くらいでおじいさんという言葉が似合う感じだが背筋は伸び品の良さがその風貌から溢れ出ていた。
「あの人形、いくらですか?」
私はおじいさんにそう尋ねた。店頭には値札がなかったのだ。私のお小遣いで買えればいいのだけど。
「素敵な風船だね」
おじいさんは私の質問には答えず、にこにこと風船を見ている。お店に風船を持ち込むのはまずかったかしら。でももう持ち込んでしまったものはしょうがない。
「あの人形が欲しいんです。真っ赤なドレスの」
「あれはねえ。お嬢ちゃんには無理ですよ」
「え?」
無理ですよ。という言葉でショックを受け私は思わず声を上げた。
でも冷静に考えてみた。そりゃそうだ。
こんな子供が、とても買えるような代物では無いのかもしれない。恥ずかしさが込み上げてきた。我ながらなんて突拍子もないことを言ってしまったんだろうと後悔した。
「……そうですよね。すみません変なことを言って……」
私はおじいさんに謝った
「いえいえ、多分お嬢ちゃんが考えているような理由ではないですよ。」
おじいさんは私の心中を察したかのように言った。
「そ、そうなんですか?」
「あれはね、もう、予約されてるんです」
おじいさんは窓の方を見て、ゆったりと笑う。何かを懐かしんでいるような横顔だった。
「予約されてるものを買うとなったら、それ相応のものが必要でしょう?」
私はもう一度、あのお人形を見た。陶器のようなつやつやの肌、つるりとした指先。そうか、あなたは誰かを、待っているんだね。そこを横入りしちゃいけないね。私はといえば、少しのお小遣いと風船を持っているだけだ。対価なんて、払えるわけもない。