傘頭
頬杖をつきながら「これは酷い雨だ…」と呟く。周りの視線がこちらに集まろうと、関係ない。事実だからだ。
とある日の午後、何やら幽霊を見たとの目撃情報があったから、いの一番に、この村へ取材に来た。
しかし、半日村人達に聞き回っても幽霊についての目新しい情報はない。みな口を揃えて「赤い傘が頭部の位置に開いていた男だった」「雨の日に傘を持たない者の元に現れる」とだけ。
唯一、遭遇したという人は「言いたくない」の一点張り。
結果的にこちらが根負けし、今は敗北の味のコーヒーをカフェで啜っていたところだ。そんな時、急に雨が酷くなったのである。
これは絶好のチャンスだろう。もしかしたら、ご本人に会えるかもしれない。「幽霊など人間の目の錯覚だ」なんだとのたまう連中を黙らせてやる。
何のためにわざわざ現像しなくてはならない型のカメラを持ってきたと思うのだ。
荷物をまとめ、もちろん傘は持たず外へと出る。
雨は予想以上の轟音を鳴らしながら降り続けていた。
こんな中傘を差さない人間は、さぞかし幽霊さんは面白がって来てくれるのではないだろうか。
俺はひとまず、辺りを散歩をする事にした。
雨。
バケツをひっくり返したような土砂降りだ。
周囲に雨宿り出来そうな建物はない。先程のカフェからはだいぶ離れてしまった。俺の左手には田んぼ、右手には鬱蒼とした雑木林がずっと向こうまで延びている。
首から提げた防水加工のカメラを大事に抱えながら、俺は例の「幽霊さん」を待った。服を貫通し下着までぐっしょり湿っていて、とても気持ち悪いーーー。
ーーー。
あーあ。やっぱ眉唾じゃねぇか…。
つまんねー…、と鼠色の空を睨む。やめたやめた、もう帰るか。
いっこうに止む気配すらない雨。
帰ろうと一歩踏み出そうとしたその時ーーー
「……え?」
突如俺の頭上だけ、雨が止んだ。
俺は上を見上げる。
「赤い...傘?いやこれは...」
背中を仰け反らしてみると、赤い傘の傘の柄から野太く喉仏がある灰色の首、白いパーカーが続いた。
間違いない。ご本人様のご登場だ。
俺は振り返り焦る気持ちと興奮で震える手を抑えながらカメラを構え奴の姿を写そうとした。が。
何度写そうとしても、画面が黒くなるだけで何もカメラには映らない。
「あれ...。おかしいな。ちゃんと、整備したはずなんだが...。」
カチャカチャカチャ
思わぬ異常事態に少しの恐怖感と焦りを感じたが、俺はそのゾクゾクとする感覚を「そうそう。心霊現象といえばやっぱりこのゾクゾク感だよな。」と篤と堪能していた。
そうして再びカメラを構えたその時。パッと奴の姿が消えた。
「ったく。いつまで、この幽霊さんは俺に『待て』をさせる気なんだァ?俺は、もう待ちくたびれたぜ。このカメラでお前を写し、世間にお前の存在をさらけ出してやる。それで俺は、お前のおかげで名声と金を得るんだ。いい話だろ。」俺はそう狂気に目を走らせながら奴を探した。
キェエエエエ!!唐突に耳元で金切り音のような耳を切るような音がなった。
バシィィィイイイイイン!
背中に衝撃、思わずつんのめった俺の襟首がぐいと後ろに引き戻され、金切り音の主に抱きとめられる。坊主だ。
「おんし、魅入られておったぞ。儂が活を入れなんだらアレに首を挿げ替えられておったわ」
「アレ」
「アレじゃ。見えておるのじゃろうが。」
坊主の指の先に案山子。その上に傘頭。そしてその手にカメラを構えている。
「あッ!?の野郎!!」
俺のカメラ!傘頭は楽し気にパシャパシャとフィルムを無駄にしている。
「わからんか。知らぬ間に首まで手を掛けられておったということよ」