アトリエにて
みんなが僕を見ている。
座ったままの姿勢で人の目にさらされる感覚。
そのことには何の感情もなかったが、松尾さんの視線だけは別だ。
松尾さんが鉛筆を走らせる音だけが僕の耳に届く。
この絵画教室では持ち回りでデッサンモデルをやることになっていて、
今日は僕がモデルをやることになっていた。
僕は椅子に座り、松尾さんを見ている。この1時間だけは、どれだけ松尾さんを見つめていようと、誰も気に留めない。松尾さんはイーゼルと僕とを交互に見ながら、真剣な顔で鉛筆を走らせる。
松尾さんの視線が僕に移る。僕はごくりと唾を飲み込み、その強烈な視線に打ち据えられる。僕を、僕の本性までを見透かすような視線だ。
松尾さんの視線がイーゼルに移る。僕は、あれ以上の視線には耐えられなかったかもしれないなどと訳の分からないことを考えながら、しかし一抹の寂しさを覚える。
だが、すぐにあの目は僕に帰ってくるはずだ
松尾さんの第一印象は、「綺麗な目」だった。
つやつやと濡れて透けるような瞳と、柳の葉のような少し細めの目は、何かを見つめるとき、ぱちっと開かれる。その目の輝きは生物的なものではなく、水晶のような無機物的なものを連想させた。
なぜか、その視線に絡め取られると息がしにくくなる。松尾さんは鉛筆を横に持ち、滑らせるように動かして僕に影をつけている。
松尾さんが僕に目を移した。
視線が何度か交わったが、思わず目を逸らしてしまった。
スケッチのモデルに申し出たのは、ただ単に『バイト代が良かったから』
別に自分の外見に自信があるわけでもなければ、美術に関して興味があるわけではない。
美大の門前で既に圧倒されたのに、椅子に座ったまま数時間も微動だに出来ない(姿勢を崩せない)状況は、思った以上にしんどい。
しかし、松尾さんと目が合う度に、心の底から湧いてくる『喜びにも似た感情』が、徐々に染みてくる体の痛みを和らげてくれる。