夏休み中に世界を滅ぼしてみないかと幼馴染に誘われる話。
「ねぇ、世界を滅ぼしてみない?」
そう言って、彼女はいつもの笑顔を浮かべた。
「…………は?」
こんなありきたりな反応しか出来なかったことを、どうか許してほしい。
しかし、突然こんなことを言われてしまえば、どこにでもいる男子高校生でなくても、大抵の人間は驚くのではないだろうか。
しかも、シチュエーションも悪い。
両親が隣り合わせておむつを替えていた頃から一緒にいる幼馴染から1学期の終業式終わりに屋上に呼び出されたら、嫌でも期待するものだ。
例えそれを受けた男が、彼女いない歴=年齢というライトノベルかX(旧Twitter)に投稿されている漫画の主人公のような経歴を持っていたとしても。
……やめよう、虚しくなるだけだ。
「だから、一緒に世界を滅ぼしてみないかなぁと思って」
「おーそうか、頑張れよ」
「まず聞く姿勢はとってほしいんだけど……とにかく聞いてほしい。私が何故こんなことを考えたのか」
聞き手の混乱と心の虚しさなど気にも留めずに、彼女は語り始めるようだ。
季節は七月。明日から夏休みが始まるぞという日の午後。
ひと夏の冒険が、始まろうとしていた。
「この世界はさ、狭すぎると思うんだよ」
彼女は後ろに手を組み、飛ぶように歩く。
「そうかな、僕は何かをやるには充分な広さがあると思うけど」
「本当かな。キミにはもっとやりたいことがあるんじゃないかな。この小さなコミュニティでは露出するのも難しい、大きな大きな願望が」
……キミはいつもこうだ。僕が諦めようとしていると、毎回無理矢理手を引っ張ってくる。
「私ならキミを導ける。キミさえ同意してくれれば、この世界では得られないものを、キミに提供してあげられる」
その瞳に、何度魅了されたことだろう。
その想いに、何度動かされたことだろう。
「……僕は、キミが好きなんだよ」
「知っているよ」
「キミとならどこにだって羽ばたいていけると思ってしまった」
「私もだ」
「キミはこんな純粋な僕に、何をさせようって言うの?」
彼女はニヤリと悪魔のような笑みを浮かべ、呟いた。
「新世界の神にしてあげる」
ふわりと、こちらに体重を預けるキミ。
「さあ、あなたの願いを教えてちょうだい?」
僕はいけないと分かっていながらも囁く。
「願いって言われてもなぁ……。キミは?夏休みしたいこととかないの?」
「えーっとね、海!海にいきたい!それに夏祭りでりんご飴を食べたり、打ち上げ花火もみてみたい!」
「おや、世界の滅亡はどこにいったのかな〜?世界を壊したら夏祭りだって無くなるよ」
頬を赤くした彼女は、恥じらいをみせまいと咳払いをしてから、また以前の調子で話しだした。
「世界の滅亡は延期します。夏祭りを楽しんでからでも遅くありません。浮かれ気分のリア充どもへ、花火の代わりに、核ミサイルを打ち上げてやります。夏祭りじゃなく血祭りにしてやりましょう」
……もし本当に、夏休みを最後に世界が滅ぶとしたら、ぼくはなにを希うのだろう。
いま僕に欠けているものはなにか、それは思い出だ。何度殺しても殺したりない思い出の数々だ。自分が死ぬ間際、走馬灯がながれるとしたら、それは幸せな記憶でありたいものだ。たとえば、青春した夏休みとか……。
「願い、みつかったよ」
「一体どんな願い?」
「旅にでよう、滅びゆく世界の果てまで」
彼女は明るく笑った。
「ラノベのタイトルみたい。いいよ、最後に世界をみてまわるのも悪くない」
「残念ですが娘さんの余命はもって後1年です。」
「なんでうちの子が。。」
俺と妻だけが呼び出された静寂に支配された診察室で響き渡るのは泣きじゃくる妻の嗚咽だけだった。
「わあ素敵なお花だね。え?こんなに本買ってくれたの?ありがとう。」
「お父さん今日も来てくれたんだ。」
「来週家に帰れるんでしょ?楽しみだね。」
狭く苦しい世界で娘はいつも元気いっぱいだった。
「ねえ聞いて聞いて今日仲良くなった友達ができたの。」
とっても恥ずかしそうにでもどこか嬉しそうに話す娘に月日の早さを感じた。
「このままなら後1年、苦しい延命をしても後2年生きられるかどうかです。」
だから俺達は娘の残りの人生をどう生きたいのか娘に決めてもらうことにした。
「嘘でしょ?嘘だよね?嘘と言って!」
その時娘は初めて泣いた。
好きな人と結ばれる未来が無いことを知ってしまったから。
今まで娘の世界は定期的な入退院と制限された生活が全てだった。
死ぬ前の最後の思い出に。。。
治療費にかかるはずだったお金を渡して
娘が元気なままでいられる最後の一夏の大冒険が始まった。
空港へ向かう電車の中、僕と彼女は並んで座席に座っている。車内は閑散としているけど、地方空港ならこんなものかな。
彼女は疲れているようで、居眠りをしていて電車が揺れる度に頭が僕のこめかみに当る
その度にコツンという心地よい振動が僕の感覚を麻痺させる。
ところで何故空港なのか?
これは彼女の『空への玄関を見てみたい』と言うリクエストに応えたまでで、僕としては海で波打ち際を歩く方が愉しいと思う。
でも最近の彼女は疲れ易いみたいで、僕と2人の時はよく居眠りをしている····
僕にしか見せない寝顔そして寝息。おっと少し調子に乗り過ぎたかな。
とにかく彼女はそんな様子なので、願い事はなるべく優先する様にしている。
でも次は海へ行きたいな
久しぶりに彼女の水着姿を見たいし、僕も少しはたくましくなった身体を見てもらいたい。
おっ!もうすぐ空港へ着くぞ、彼女を起こさないと。
「わぁ、飛行機ってこんなに大きいんだね!」
さっきまで寝起きでショボショボ目を擦っていた彼女は今、大きな大きなガラスに顔を張り付け声を弾ませている。
数メートル隣には彼女と全く同じ姿勢でガラスに張り付く男児が2人、かぶり付くように飛行機を見つめる3つの旋毛に込み上げる笑いを噛み殺した。
「そんなに驚く?」
「だって間近で見たの初めてだもん」
「いやいや、中学の修学旅行の時に見ただろ?」
そこまで言い切って、はたと彼女が入院を理由に修学旅行に参加していなかったことを思い出し慌てて口を噤む。
漂う気まずさを舌先で転がす僕をちらと振り返った彼女の瞳から一瞬光が消えたのは、気の所為ではないだろう。
「飛行機、乗りたいな」
「え、今から?」
ぽとりと突拍子も無い願い事を落とした彼女の視線は、既に飛行機から逸らされていた。
反射的に出た驚きの言葉と共に彼女と同じ方向を見やれば、先程まで隣にいた男児の旋毛が人混みに紛れているのを見つける。
遠くに見える搭乗ゲートを潜る彼らの横には、キャリーケースを引く年若い夫婦。
幸せな家族旅行の一コマは、今の僕らにとっては非日常のシンボルでしか無かった。
きっと頭が、耳の奥のカタツムリ的な器官が、激しく傷んだんだ。
「何や、誰に話しかけとんねん」
「あぁ、昔の夢を見てたんだ」
戦友は露骨に訝しんで、僕の顔を覗き込んだ。
「ほんまに大丈夫か、お前2回転ぐらいしたで?」
回転か、降伏を装った敵の自爆攻撃で、僕は無様に吹き飛ばされたようで、身体の節々はぎこちない。
僕たちは今、とある高地を攻めている。高台に陣取った敵は、機関銃や迫撃砲でこちらを狙い撃つ。
そして僕の部隊はいわゆる捨て駒で、本部隊が落下傘で突入するまでの囮だ。
「頭がふわふわするんだ、これが死か」
「アホか、脳震盪起こしとんねん。そこで寝とけ」
学生時代の記憶が、耳に流れてくる。冴えなかった僕にも、優しくしてくれた彼女の声が、今になっても忘れられないんだ。
あれ、最後に何を話したんだっけ。
8月の暑い夜。彼女は歩道橋の柵に腰掛け巡って来た各地の話をして····
僕は隣でその話を聞いていた
「ねえ?」
問われて彼女を見ると両手を柵から離して僕を見詰め。その時トラックの警笛が響き、何おか言わんとした唇の動きを止めた
「なに?」
僕の問いに彼女は応えず、背中からヘッドライトの河へ堕ちて行く。
けたたましいスキール音が僕の耳をつんざき、目を覚ますと知らない天井。
いや、テントの中だ。
ゆっくりと辺りを見回すと幾人もの負傷者が簡易ベッドに寝かされている。
最前線の野戦病院か····
と言う事は俺も?恐る恐る我が身を見ると腕と脚は付いていたので一安心。
「良かった、気が付いたのね」
看護師が近付いてくる。
俺は看護師に向かって
「高地112はどうなりました?」
看護師の顔が曇り
「今は怪我を治す事だけを優先して」
····作戦失敗か。
戦友達はどうなった?いや、それよりも
「看護師さん、このハエ共どうにかして下さい」
「待ってて、殺虫剤を持ってくるわ」
ふーっ、これからどうする?