プライベート インサイド ザ ワールド

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1人目

ブーブー
聞き慣れた目覚ましのバイブ音で目を覚ます。
「おはよう、母さん」
リビングに入ると母が朝食の支度をしていた。
「おはよう現一、もう10月だけど勉強は順調?昨日も遅くまで遊んでたみたいだけど」
僕の名前は進藤現一、何処にでもいる普通の高校3年生。今は1月に迫った受験に向けて日々勉強に追われている。 とは言っても時々息抜きに友達と遊んでたりするけど。
母はどうもそれが心配らしい。
「大丈夫、大丈夫。 この前の模試A判定だったし」
椅子に腰掛けると、トーストとゆで卵が運ばれてきた。 僕はそれを頬張りながら母の問答に生返事を返す。
どうってことない、いつも通りの朝。
僕は今日もなんの変哲もない平和な一日を過ごす、はずだった。

「21XX年 今日の東京は1日曇り空。夕方には小雨が降ります。降水量は1mmで…」

午後から雨かぁ、予備校サボりてぇな。 なんてテレビを見ながら考える。


「おはよー!今日も元気かあ〜」
通学していると背後から、聞き飽きた明るい声が聞こえてくる。クラスメイトの吉野だ。
「ビミョー、夕方から雨らしいからちょい憂鬱だわ」
「天気ひとつでウジウジすんなよな!若者らしくないぞ!」
僕の素っ気ない返しにも、こいつは明るく反撃してきやがる。
「若者って言ったって、もう人生の1/4は過ぎてんだぞ。 少し落ち着けよなお前は。」
目が冴えてきた僕はちょっとイライラして、吉田に強めな言葉を浴びせた。
「そういうのをな、あー言えばこー言うって言うんだぜ。」
間髪入れずに吉田は続ける。
「ああそうだ、学校終わったら駅前のラーメン屋行こうぜ。 うまいもん食えば雨なんか気にしなくなんだろ!」
「予備校あんだよなぁ、残念ながら」
「餃子無料券あるって言ったら?」
「もう一声」「半チャーハン無料券」「サボるわ」
そんなこんな言っていると、僕達は学校に到着していた。


30分。 僕が校門の前に立ってから過ぎ去った時間だ。 吉田のヤツが来ない。
「なんだよあいつ、自分から誘っておいて」
冷たい雫が頬を伝う感触を覚え、僕は反射的に顔を上げた。
そこには真っ黒な雨雲が広がっていた。
いや雨雲にしては黒すぎないか?
その刹那、僕の視覚を闇が支配した。

「おい、聞こえるか?おい」
誰かに体を揺すられている。
「聞こえたら返事をしてくれ、おい!」
何なんだ、一体この状況は?
「…こえて…、だからゆ…ないで」
思いのほか声が出せなかった。 しかし何者かは聞こえたようで手を止めてくれた。
「良かった、目が覚めたか。一先ず病院に行こう」
僕より少し年上だろうか、背の高い男が目の前に立っていた。 そして何故か僕は狭い部屋の中に居た。さっきまで屋外に居たはずなのに。
僕が思考を巡らせるよりも先に彼に担架に担ぎ込まれた。
そのまま全身にロープを括られて救急車の様な車へと僕は運ばれた。
その時気づいたのだが、部屋にはイスとベルトコンベアに手すりが付いたようなマシンが設置されており、床にはゴーグルの様なものと沢山の管が散乱していた。


「パニックにならずに聞いて欲しい」
車中で男は、神妙な面持ちでそう切り出してきたもんだから肩に力が入る。

「君が17年間生きてきた世界は偽物なんだ」

何を言い出すと思えば、これは巧妙なドッキリなのか? たまにある一般人が巻き込まれるタイプの番組に引っかかったのか?

「君は、いや君を含めた日本の大半は、あるゴーグルによって投影された仮想世界を生きているに過ぎないんだ。」
「そして私は、その仮想世界から人々を救い出したいと思っている。」
彼は余程必死なのか、冷静な口調に反して唇を震わし語っている。
「君はあの世界から戻ってこれた。それだけでも稀有な例なんだ。もしかしたら救世主になれるかもしれない。…これを君に渡す」
僕の手に白い粉末をねじ込んで来た。
僕は咄嗟に振りほどこうと試みたが上手く力が入らない。
「なんなんですか、これは?」
そう尋ねることしか出来なかった。
「記憶が戻るかもしれない薬だ。それが効力を発揮すればあの仮想世界に入る前のことを思い出せるはず」

僕の頭は完全にパニックだ、何から理解すれば良いのか。目の前の彼に尋ねたいことは沢山あるのに言葉を紡げない。

「吉田ぁ…」
この時僕が唯一放った言葉だ。

それを無視するかのように彼は言った。
「きっと今回は検査入院だから、君は明日には退院出来ると思う。渡した薬は飲んでも飲まなくても良い。もし君が人々を仮想世界から救う気になったならここに来てくれ」

彼は持っていた手帳の1ページをちぎると、何かを書き出し、その紙切れを僕のポケットに突っ込んだ。

そこで僕は気絶した。

2人目

深海に沈むように遠のく記憶を最後に、僕は病室のベットで寝かされていた。
どうやら気絶してしまったらしい。
気絶の原因はわからない。
いつのまにか睡眠薬でも盛られていたのかもしれない。
あの背の高い男にとってはそっちの方が都合がよかったはずだ、と掲げた右手首に巻かれたバンドを見つめる。

そこには、いくつかの検査項目が規則正しく羅列されており、項目横のチェックボックスには、軒並みレ点がされていた。
気絶している間に、様々な検査を施されたみたいだ。
人権を排した手際の良さと理路整然とした成り行きが、夢の出来事では無い事を暗に示している気がした。

体を起こして部屋を見渡す。
高校の教室ぐらいあろう病室には、僕のいるベッドの他に、重厚な引き戸と白いサイドテーブル、テーブルには水の入ったガラスピッチャーと薄口のグラスが置かれているだけだった。テレビはおろか雑誌もなく、挙げ句には窓もない。

現状を推測する手掛かりが欲しい。
そう思いベットから立ちあがろうとした時、ズキンと後頭部が痛んだ。
触ると、なだらかな山のような腫れと、その中心を分断するように、凸凹したものが伸びている。
この感触には覚えがあった。
かつて、後頭部のちょうど同じあたりを手術をした時、僕はそれが気になり触り続けていた。

縫い糸だ。

その瞬間、地の底から湧き立つような寒気を感じた。
ヤバいことに巻き込まれたのか。
わかりきっていた事実が質感を帯びて迫ってくる。

悪い予感がする。
かつて見た漫画のワンシーン。
小型爆弾を埋め込まれたプレイヤーの頭が、スイカみたいに弾け飛ぶシーン。

居ても立っても居られず、飛び起きた。
一目散にドアを目指す。
ドアハンドルに手をかけた時、何故プレイヤーが爆ぜたのか思い出した。
逃げようとしたからだ。
一瞬、握る手が緩んだ。
けれど、留まり逃げる機会を失う方が怖い。
再度ハンドルを硬く握りしめ、扉を引いた。

しかし、扉はびくりとも動かなかった。
扉に力を加えているのに、壁全体を引っ張るような重みが、全身に伝わる。
まるで、固定された手すりを引っ張るみたいだ。

完全に閉じ込められた。
もう一度ハンドルを引く。
やはり開かない。
ヤバい、どうすれば良い。
微動だにしないドアは音も出さない。
部屋には自身の漏らす吐息だけが、小さく響く。
鼓動が、早まるのを感じる。
考えが悪い方向へと流れていくー

その時だった。

「おはよう。進藤くん」

突如、背後から声がした。
跳ねるように振り返ると、先ほどまで壁だった所に薄型のモニターが設置されている。
モニターには、あの背の高い男が映っていた。

「この映像が流れているという事は、目が覚めたという事だね。そして、君は何らかの理由でドアに手をかけたところだ」

見られていたのか、と反射的に部屋を見渡すが、監視カメラようなものは見当たらない。それに口ぶりからして、この映像は録画されたものみたいだ。
ならなぜ、行動が予想されているのか。
その疑問に答えるように、尚も男は淡々と続けた。

「何故行動がわかったのか、と君は疑問に思っただろう。けれど、君のいる病室は私の構築した空間なだけあって、君の行動をある程度予想できるんだ。空間をプログラムするとでも言うのかな、君の行動によって物を出現させたり、逆に消したりが可能なんだ。
今回だと君が扉に触れるのを条件に、テレビの出現と映像の再生を空間に組み込んだ。まぁ詳しいことはいずれ話すよ」

そこまで話すと、彼はコホンの咳払いをして居住まいを正した。

「ここからが本題。私は君に薬を渡したね。時間がなかったから、はんば押し付ける形になっちゃったけど、あの時言ったこと、覚えてるかな」

勝手に紡がれていく言葉に何とか食いつきなが、記憶を漁る。
記憶を戻す薬。確かそんな薬だったはずだ。

「進藤君。君にはこの世界を救って欲しいと思っている。しかし、一方で無理やりこの世界に招き入れてしまった事に罪悪感も感じているんだ。
だから、君にはこの世界の現状を知って貰いたいと思う。その上で、この世界で戦うか、昨日までの仮想世界に戻るか決めて欲しい」

風が髪を揺らした。
風上に振り返ると、テコでも動かなかった扉が音もなく大口を開けている。

「世界を見て回るといい。この空間はいわば仮想空間の応用みたいなものだ。君が望めばいつでも帰って来れる。だから安心して行くといい」

彼が喋り終えると、映像はプツリと切れた。
暫くの無音に呆然としたが、促されるように、歩は進む。
今この瞬間ですら、夢かうつつかわからない。
後頭部の恐怖は、依然恐怖の印としてあり続けるし、怪しくて疑う事だらけの現状だけど、僕はこの先が知りたいと思った。

部屋を跨いで振り返る。
そこにはもう、何もなかった。

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