とまと
俊三おじさんはヘビースモーカーで、家から家族の畑まで車を走らせている間にも、二本三本と煙草に火を点けていた。
僕は助手席で、好きでも嫌いでもない煙の臭いを嗅ぎながら、よく知らないこのおじさんの隣、居心地の悪さを感じていた。
「あー、その、なんだ。正雄は最近どうだ?ほら、学校とか。友達とかできたのか?」
居心地の悪さを感じていたのは俊三おじさんも同じだったようで、彼は窓からタバコを振り捨てながら僕に話しかけてくる。僕がこの県にやってきてから、もうひと月ほど立っていたけれど、どうにも馴染めていない感じがしていた。ここの風土にも、学校にも。
「まあまあだよ。」
そしてまた、小さな車の中身をエンジン音とガタガタいう振動だけが満たした。
おじさんはまたタバコに火を点けてカーステレオのスイッチを入れる。
良く知らない洋楽だ。盛り上がる曲じゃない。
「Rocky Raccoon」
おじさんはタイトルか何かをつぶやいたけど、調べる気にもならない。
おじさんと車に乗る時は、おじさんの趣味の曲を聴くことになるんだけれど、正直世代でもない、ノリのいいわけでもないおじさんの趣味は、ちょっと僕には窮屈だった。
流れる景色の中に整然と並んだビニールハウス、とまと、と書かれ山積みにされたダンボールを見つける。
突如消えた人々も、収穫されたとまとのように、地球のどこかで山積みになっているのだろうか。ふと、そんなことが頭に思い浮かぶ。僕が田舎にある、俊三おじさんの家にやってきた理由である。
ある朝、僕が目覚めると昨晩まではいたはずの父と母が消えていた。最近では都心を中心に、人体消滅事件が頻発していた。事件の犯人も、突然人体が消える仕組みすらも謎のままの怪事件。テレビの中で取り沙汰されるのを他人事のように眺めていたが、まさか自分の身に起こるとは思ってもいなかった。
「Don’t Pass Me By」
おじさんの声で我に帰ると、目的地である畑に到着していた。
「母さんがもう先に作業してるはずだから。」
そう言いながら軍手が差し出される。軍手を受け取ると、俊三おじさんの後について畑を進んでいった。
前を歩くおじさんが転がす、いろいろな道具が入ったキャスター付きのケースが砂利道で音を立てる。
僕は、そのケースが作る轍をなんとなく見ながら、おじさんについて行った。
「母さん、来たよ。コロコロっていうのはこれで良いの?」
おじさんが畑の側のベンチに座っているおばあちゃんに声をかける。
「トシちゃん、正雄ちゃん、ありがとうね。トシちゃん、畑のそこにおいてくれる?」
僕は地面を見ていた目線を上げて、おばあちゃんの顔を見た。去年、まだ父も母もいた頃に会ったおばあちゃんより、なんというか、疲れた顔をしている。白髪が増えて、目の下のクマが濃くなり、なんだかやつれた感じがしているのだ。よく笑う人だったのに、僕がこの町に来てからも、辛そうな顔ばかりしている。家族が突然消えた人間というのはこういう顔をしていて、たぶん、僕の顔もこんな感じになっているんだろう。
僕は、手に嵌めた軍手の口をぐいと引っ張りフィットさせて、自分の中の何かの勢いをつける。
「じゃあ、さっさとやっつけちゃおうか!」
ムリに元気を出して、僕はトマトを入れる籠を持ち上げた。