とまと

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500文字以下 10人リレー
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  • 自由に続きを書いて
  • 現代ドラマ
1人目

俊三おじさんはヘビースモーカーで、家から家族の畑まで車を走らせている間にも、二本三本と煙草に火を点けていた。
僕は助手席で、好きでも嫌いでもない煙の臭いを嗅ぎながら、よく知らないこのおじさんの隣、居心地の悪さを感じていた。
「あー、その、なんだ。正雄は最近どうだ?ほら、学校とか。友達とかできたのか?」
居心地の悪さを感じていたのは俊三おじさんも同じだったようで、彼は窓からタバコを振り捨てながら僕に話しかけてくる。僕がこの県にやってきてから、もうひと月ほど立っていたけれど、どうにも馴染めていない感じがしていた。ここの風土にも、学校にも。
「まあまあだよ。」
そしてまた、小さな車の中身をエンジン音とガタガタいう振動だけが満たした。
おじさんはまたタバコに火を点けてカーステレオのスイッチを入れる。
良く知らない洋楽だ。盛り上がる曲じゃない。
「Rocky Raccoon」
おじさんはタイトルか何かをつぶやいたけど、調べる気にもならない。
おじさんと車に乗る時は、おじさんの趣味の曲を聴くことになるんだけれど、正直世代でもない、ノリのいいわけでもないおじさんの趣味は、ちょっと僕には窮屈だった。

2人目

流れる景色の中に整然と並んだビニールハウス、とまと、と書かれ山積みにされたダンボールを見つける。
突如消えた人々も、収穫されたとまとのように、地球のどこかで山積みになっているのだろうか。ふと、そんなことが頭に思い浮かぶ。僕が田舎にある、俊三おじさんの家にやってきた理由である。
ある朝、僕が目覚めると昨晩まではいたはずの父と母が消えていた。最近では都心を中心に、人体消滅事件が頻発していた。事件の犯人も、突然人体が消える仕組みすらも謎のままの怪事件。テレビの中で取り沙汰されるのを他人事のように眺めていたが、まさか自分の身に起こるとは思ってもいなかった。
「Don’t Pass Me By」
おじさんの声で我に帰ると、目的地である畑に到着していた。
「母さんがもう先に作業してるはずだから。」
そう言いながら軍手が差し出される。軍手を受け取ると、俊三おじさんの後について畑を進んでいった。

3人目

前を歩くおじさんが転がす、いろいろな道具が入ったキャスター付きのケースが砂利道で音を立てる。
僕は、そのケースが作る轍をなんとなく見ながら、おじさんについて行った。

「母さん、来たよ。コロコロっていうのはこれで良いの?」

おじさんが畑の側のベンチに座っているおばあちゃんに声をかける。

「トシちゃん、正雄ちゃん、ありがとうね。トシちゃん、畑のそこにおいてくれる?」

僕は地面を見ていた目線を上げて、おばあちゃんの顔を見た。去年、まだ父も母もいた頃に会ったおばあちゃんより、なんというか、疲れた顔をしている。白髪が増えて、目の下のクマが濃くなり、なんだかやつれた感じがしているのだ。よく笑う人だったのに、僕がこの町に来てからも、辛そうな顔ばかりしている。家族が突然消えた人間というのはこういう顔をしていて、たぶん、僕の顔もこんな感じになっているんだろう。
僕は、手に嵌めた軍手の口をぐいと引っ張りフィットさせて、自分の中の何かの勢いをつける。

「じゃあ、さっさとやっつけちゃおうか!」

ムリに元気を出して、僕はトマトを入れる籠を持ち上げた。

4人目

ひと月経っても、力仕事にはどうも慣れない。
トマトの入った籠をおばあちゃんの軽トラに乗せて、販売所まで持っていく、ただそれだけの仕事。
籠をしゃがんで持ち上げる、この単純な動作が意外と腰に響くし、ビニールハウスから軽トラまでの距離を移動するのも大変だ。
自分が元運動部でなければ、手伝いなど出来なかっただろう。

「終わった?それじゃあ正雄ちゃん、一緒に販売所に届けに行こうねぇ」

幸運なことは、おばあちゃんの軽トラで音楽が流せないことと、おばあちゃんが噂好きであることだ。
近所の人から聞いた噂に適当に相槌を打っているだけで時間が流れていく。
無言の時間が生まれるせいで余計なことを考えてしまう俊三おじさんの車内とは違う。
しかし、そういう時間に限ってあっという間に終わってしまうもので、販売所までの距離はぐんぐんと縮まっていく。
販売所は、無愛想なおじさんが1人で経営している、近所の人々が野菜を売っている場所だ。
普段そこにいるのは、彼を除くと農家のお年寄りか、買い物に来た主婦くらいのものだ。
しかし、今日の先客はいつもとは違っていた。

5人目

販売所にいたのは紺色のワンピースを着た少女。
年齢は僕と同じくらいか、少し年上にも見える。

「女の人は心が年齢よりも大人だからね、母さんだってそうだろう?僕より年下なのに、僕よりも頼りがいがある。年齢なんて関係ないんだよ。」
いなくなった父から聞いたことがある。どうしてそんな会話になったのか、忘れてしまったけど父のその言葉だけがふっと、蘇った。

僕が籠いっぱいのトマトを販売所に運んでいる間、少女は店主のおじさんと話していた。
なんとなく耳に入ってきた話を聞いていると、少女が祖父母と暮らしていること、祖母がミネストローネ作りにハマっていること、そのミネストローネが絶品であること、少女が僕と同じ学校に通っているらしいということが聞き取れた。

僕が収穫したトマトはミネストローネに変身していたのか、と少し嬉しくなる。

6人目

しかし、その少女が誰なのかはわからない。
同じ小学校に通っていてもわからないことはあるもんだなと思いながらトマトを販売していく。
とうとう少女の番が来た。
少女の顔をよく見ていたが、会ったことも見たこともない顔だった。
その少女は僕のトマトをたくさん買って行った。
カゴがトマトでいっぱいになるくらいに。
その日は暗かったので家に帰ったが、あの少女のことが頭にこびりついて離れなかった。
なので、明日学校に行って少女のことを聞いてみようと思った。

翌日

僕が学校に着くと、早速先生に少女の特徴を言って、この少女を知っているかということを聞いてみた。
すると先生は「なんだ?そんな子供、みたことがないぞ?え?お前と同じ小学校?聞き間違えたんじゃないか?」
と言った。先生は知らないだけじゃないのかと思い、校長先生にも聞いた。だが、返答は「ん?そんな生徒知らんぞ。気になるんだったらホラ、この顔写真が載っている本を見てみんさい。多分載っておらんじゃろう。」
というだけだった。
それでも気になったので、学校の帰りに販売所に寄ってから帰ることにした。
販売所までは遠いが少女のためなら気にならない。